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18. 薫とショッピング


「自分の大切なものを見失っては駄目」なんて曖昧なのもいいところの助言をした私は、彼女の親が帰宅すると同時に、逃げるようにその場を去った。


しかし、彼女との関りはこれで終わりではない。最終関門、プレゼント選び&魔女への勧誘という予定が残っているのだ。


自室のテーブルの上で、ノートを広げ、覚えている限りの原作の情報を書き出す私。かなりイレギュラーな展開ばかり続いているから、細かい部分を修正して原作に戻さなくてはいけない。


「ノワールから薫のシフト表はもらってる。それに加えて、私のスケジュールを組み合わせると、原作のあの出会いはおそらくこの日。で、お昼時だったから…八時くらいから家に張り付いて、外出を確認して後をつける…」


ノートに「ショッピングモールまで尾行した後は、変身を解いて接触」と書き込む。


「店の順番とかは覚えていないけど…この買い物ではマリアはなにも買わないんだよね。『一緒に買い物をしている』という体験を共有して仲を深める作戦だったのかな…。なら、交流することが大切なわけだから、店の種類や順番はそこまで気にしなくていい?」


「買い物」という文字の上に、グルグルとシャーペンで円を描きながら「うーん…」と唸る。


「話の最後に、マリアは母親に食器を贈ってる。なら二人で食器は見ていたのかな。ジョーヌの武器的にもやっぱり見ていた方が安心か」


ショッピングで見る商品リストに「食器、カトラリー」を加える。


「その後、近くの海辺で休憩。この時点で夕方だったよね。で、さりげなく魔女の勧誘…と。いや、勧誘というよりも、願いの確認って認識の方がいいよね。ここで『大丈夫』って言いきってくれて、原作通り、家に帰ってから迷ってくれるのが理想」


ここまで考えて、私はまた頭を抱える。そしてペンを放り出して、代わりにテーブルの上に置いていたヴィオレの宝石を手に取った。


魔女の姿へと変身し、そしてテーブルを睨みつけながらパチンッと指を鳴らす。


木目の上に、なにやらヘニョヘニョした、エノキの出来損ないみたいなものが現れた。


次に耳をすまして意識を集中させる。聞こえるのはノイズ音。試しにスマホで小さく音楽を流し、それに近づけてみるけれど、耳元から聞こえる音が変化することはない。


落胆してそのエノキもどきをつつくと、それはパラパラと消えてしまった。


「げ、しかも変色しているし」


綺麗な白いテーブルの一部が腐ったような色合いになっている。せっかくの素敵なテーブルだったのに。


「盗聴器…欲しいんだけどなぁ…!!」


そう、さっきのエノキもどきは盗聴器(失敗作)だったのだ。


薫の心情の変化を確認するために、できるだけの情報を集めておきたい。そのために家族や友人、バイト先でどのような会話をしているかを逐一確認できる手段が欲しかったのだけど…。


「使えない上になにこのエノキ…傘とかオペラグラスとかはアンティーク風で綺麗なのにさ、私が生み出したやつはなんでちょっと気持ち悪い感じなの…。こんなことってないじゃん…」


いっそのこと正真正銘のエノキという見た目だったらいい。


見ようによっては可愛いかもしれないし、道端とかに生えていても自然だし盗聴器として最高のデザインだと思える。


だけど、私のこれは違う。なんか、虫の幼虫とか、そんな感じの変なグロさが残った見た目なのだ。こんなものが家に生えているのを見つけたら「うわ、きもっ!!!!」って叫んじゃう。


いや、大丈夫。失敗作だから変な見た目になっているだけで、ちゃんと練習して形になれば、きっと綺麗な見た目になる…はず。


「まぁ、これはおいおい改善していくとして…」


ノートに書かれた作戦を見下ろし、「頑張ろ」と私は独り言を呟いた。



そして決行日。


「あれ?」


「あら、奇遇ですわね」


よしよし、第一関門突破。


薫の家からストーキングしていたことを隠して、さも「今偶然出会いましたよ~」というような顔で挨拶をする。


薫はキョトン…と目を丸くした後に、「先日は本当にありがとうございました!」と勢いよくお辞儀をした。


「あぁ、そんなに恐縮しないでくださいな。大したことはしておりませんから」


「いえ、パスタをかけただけでなく、看病までさせてしまって、弟たちの面倒まで…! 本当に感謝してもしきれません!」


「そんな大げさな…」


「…その。それでなんですけど、謝罪は聞き飽きたと仰っていたので、お詫びではなくお礼をしたいのですが…」


おずおずといった様子で言われた言葉に、今度は私が目を丸くする番だった。


しかし、これは渡りに船だ。さりげなく買い物の同伴をお願いする予定だったけれど、看病のお礼という建前であれば取り繕う手間も省ける。


「では、よろしければ、プレゼント選びに付き合ってくださいませんこと?」


「そんなことでいいんですか…?」


「あら、心強いお言葉。私、優柔不断なものでして、この数日、なにを贈ればいいのやらずっと悩んでおりましたの」


薫は戸惑ってはいるものの、特に嫌がっている様子はない。もう一押しかな。


私は満面の笑みを浮かべて、彼女に詰め寄る。


「先日、スズランを勧めてくださったでしょう? とても素敵な花束になりそうで感動したんですの。貴方のセンスで選んでくださったプレゼントでしたら、きっと自信を持って渡すことができますわ」


「そんな…あ、ありがとうございます…」


「ですから、お願い」


「ひぇ…近い…」


「私を助けると思って、少しの間、買い物に付き合ってくださいませ」


腰をかがめて彼女と視線を合わせ、彼女の手を自分の両手で包み込むようにして握る。


眉を下げて不安げな表情を作れば、薫は顔を真っ赤にさせながら「わ、私でよろしければ…!」と頷いてくれた。


うん、第二関門クリア。やっぱり美少女の顔って便利だね。



「そういえば、どういうプレゼントにするかっていうイメージはあるんですか?」


「そうですわね…。母に贈るものなので、実用性がある方が喜ばれる気がしますわ」


予想していた質問にあらかじめ用意していた答えを返す。


「なるほど…」


「伊藤さんは日頃から家事をされていらっしゃるのよね? どのようなものがあったら便利か、よろしければアドバイスをいただけないかしら?」


これも用意してきた問いだ。


これなら薫もイメージしやすく、プレゼントの解像度も上がるだろうし、それにこの後する予定の「現在の日常を不満に思うかどうか」という会話、その話題に繋がる種にもなる。


「私ですか…。そうですね。今の包丁はもう十年以上使っていて切れ味が悪いので新しい包丁とか、あ、あとガタガタうるさくて脱水も全然できない洗濯機とか買い替えれたら最高だな~って思います!」


…誰かこの子に百万円くらい渡してあげてくれ。花の女子高生が言うようなことじゃないって。


黒の魔女も幹部になる対価なんてケチくさいこと言わないので、無償でお金を渡してやれよ。お前があしながおじさんになれ。


「…って、すみません。こんなこと、お母様は困っていませんよね」


「そんなことありませんわ。とても参考になりました。まだ相手が持っていないものを無理に探すよりも、今あるものを少しアップグレードできる贈り物というのも、なかなか素敵ですわ」


「…!! なるほど、言われてみればそうですね…!」


「ふふ、私は貴方が言ったことを言いかえただけですわよ? こんな風に、気負わず、思いついたことを色々と教えていただけると嬉しいわ」


私がそう言えば、薫は嬉しそうに「はい!」と笑ってくれた。うん、元気でよろしい。


店を回りながら長い間、会話をしていれば、ある程度相手のことが分かってくる。


「すごい、銀食器で本当にリアルであるんですね! うわ~映画みたい!」


「お好きなんですの?」


「はい、こういうアンティークな感じ、大好きです!」


銀食器といった中世風のデザインの食器に興味を示したり。


「…? 伊藤さん?」


「っ! すみません! 急に立ち止ってしまって!」


「いえ、平気ですけれど…映画のポスターですか? 『リトル・ピンク・ドール』? ホラー映画ですの?」


「はい! 可愛いなぁ、楽しみだなぁって…!」


「これが可愛い…???」


人の腕を噛みちぎりながら、らんらんと目を輝かせて歪んだ笑みを浮かべる西洋人形(左手は海賊船の船長のような金属の腕に小さなハサミが取り付けられていて、右足には縫いぐるみの足を移植されている)を一切の躊躇なく「可愛い!!!」と言えたり。


「…伊藤さんの好み、分かってきましたわ。目玉パンケーキ、脳みそソーダ、肝臓ステーキ、脊髄ポテト…これらの言葉にご興味は?」


「なにそれ、すごく気になります!! どこで食べられるんですか?!」


普通ならば食欲を失う言葉の羅列に、目をキラキラさせたり。


アニメではそこまで薫の好みを深堀りされていなかったけど、オッケー、なるほど。優理と同じ感性の人だね。


ブルーの衣装を見る限り、戦士としての姿はこういう好みが反映されるっぽいし、だからジョーヌはああいう衣装なのか。


てっきりドレス姿でお嬢様っぽいヴィオレと対比されたデザインなのかと思ってたけど、アニメでもこうした裏設定があったなら納得だ。


こういう新しい発見があると、作品とキャラクターの解釈が深まるから、転生してよかったって心から思うんだよね。推しの解像度は高ければ高いほどいい。


「もしかして、こういうのお好きですか?! 共感してくれます?!」


「いいえ? それは全然」


「えっ…」


まぁ、それはそれとして、いまいちその好みのよさは分からないけど。


そんな捨てられた子犬みたいな目でこっちを見なくても…ごめんって…。


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