14. 友達と息抜き
「藤原さん! ごめん、待たせちゃった?!」
「いいえ、私も来たばかりのところですわ」
今日は斎藤さんとカフェで食事をする日だ。
約束の時間きっかりに、彼女は待ち合わせ場所にやって来た。
腕時計を見ながら待っていたせいで誤解させてしまったのか、「本当にごめんね!」と申し訳なさそうな顔をされる。
「謝らないでくださいな。そもそも今がちょうど約束の時間ですわ」
「でも…その様子だと結構長く待ってたよね…?」
「まさか。ほんの十分ですわよ? それくらいで怒るほど短気ではありませんわ」
「…やっぱり、藤原さんってイメージと違うね」
「あら」
「なんか勝手に怖い子なのかな~とか思ってたんだ。でも、やっぱめちゃくちゃ話しやすい! ね、ね、マリアちゃんって呼んでいい?」
「ええ、もちろん」
「私のことも優理って呼んで!」
「優理さん」
「優理!」
「分かりましたわ、優理」
「うん! じゃあレッツゴー!」
手を握られてそのままぐいっと引っ張られる。満面の笑みを浮かべながら右手を掲げて走り出す優理に、元気だなぁ、と思わずつられて笑ってしまった。
「今日はどこに行くんですの?」
「まずは気になってたカフェに! その後は適当にぶらぶらしよ!」
「いいですわね。楽しそう」
「でしょでしょ! 流石、分かってる~!」
そして連れて来られたのは、ホラー&ゴシックカフェ『暗闇の舞踏会』という場所。
名前も内装も、なんというか、厨二病感マシマシなんだけど。
「優理???」
「すごくない?! この目玉パンケーキ! 映える~!!」
「最近はこんなのが流行っているんですの??」
「あ、マリアちゃんの脳みそソーダもこっちに寄せて! 肝臓ステーキはもうちょっとこっち! 脊髄ポテトはそのままで!」
「な、なに一つよさが分からない…」
まぁまぁグロテスクな見た目の料理たちを並べて、楽しそうに写真撮影会をする優理。どうしよう…年齢は変わらないはずなんだけど、まったくついていけない…。
フリーズしながら、写真に大きな影響がなさそうなポテトを一本盗み食いする。あ、ちゃんと味は美味しいんだ…。
そのままノリで脳みそソーダで乾杯し、料理を食べながら雑談をする。とはいってもほとんどの話は恋バナだ。
なんたって目の前の彼女にはできたばかりの彼氏がいるので、話題には事欠かない。
どんな人がタイプかとか、どんなデートが理想だとか、そういう話をしていると、ふと優理が「そういえばさ」と思い出したように言った。
「吉田君、酔った時にマリアちゃんのことお姉さんって言ってたじゃん?」
「吉田君? あぁ、メガネの」
「そそ、メガネの。で、初デートの時にその話になったんだけど、清水君、首傾げてたんだよね」
「? どうして?」
「吉田君、一人っ子なんだって」
「…え。つまり、イマジナリーの…」
「うん、まぁ、そういうことだと思う…」
メガネ君が想像以上にヤバい奴だった件。可哀想を通り越して怖くなってきた。
なにこれ。意味が分かると怖い話?
喉が異様に渇いてきたので、私は目の前の脳みそソーダに手を伸ばす。食欲がなくなる見た目とか、そんなことを言ってる場合じゃない。
今、聞いた情報量の方がすごくて、マジで料理の見た目なんか気にならない。
「待って。私、あの日の帰り道、抱き着かれたんだけど…」
「だ、大丈夫だったのそれは?!」
「な、殴ったから多分ダイジョウブ…」
「ヤバすぎる! ヤバすぎるよそれは!」
じ、情報を整理しよう。
あの酔っているのが演技ではなかったとして、彼はどれだけ本気で言ってたんだ?
優しい姉によしよしされたい願望が強すぎて、日々妄想してて、それが酔った勢いで出ちゃったのか?
いや、それにしては、父に認めてもらえないとか、妙に具体的じゃなかった?
つまり、家庭環境設定までばっちりなイマジナリーの姉に、「ずるい」と駄々をこねる、ほぼ赤ちゃんプレイ願望のある男子大学生ってこと???
駄目だ。考えれば考えるほど混乱してくる。
「従姉妹! 従姉妹かもしれない!」
「そ、そっか! 『姉さん』って呼び方は親戚にだって使うもんね! あ、使うものね!」
「うん、そうそう! そうだってきっと!」
「そうよね。きっとそうだわ。そうに違いないわ」
そういうことにしよう。現実を直視するのが怖いから。
テンパりすぎてマリアの口調まで崩れてしまっていた。脳みそソーダの残りを一気飲みして、私は落ち着くために深呼吸をする。
「あ、でね…。その吉田君がなんかマリアちゃんに直接謝りたいとか言ってたらしくて…」
「ものすごく嫌な予感がするのですけれど、気のせいですわよね。そうだと言ってくださいな、後生ですから、この予感が当たっていたら私は目の前のナイフで喉を掻き切りますわよ本気ですわよ」
「なんか、その、Wデート? 的な?」
「…」
「ま、マリアちゃん! 生きて~!」
ステーキ用の銀製ナイフを手に取って、それを死んだような目で見つめる私。優理は大げさに泣く真似をしながら抱き着いて来た。
騒ぎ過ぎたのか、スタッフさんがじろりとこちらを睨む。すみません、冗談です。
「でも、普通に反省しているらしいよ? 元々すごい真面目な子らしいからさ」
「だとしても、イマジナリーシスターを心に宿している方はちょっと…。これ以上の関わりは遠慮したいですわ」
「だよねぇ…。オッケー、清水君にも伝えとく」
うんうん、そうしてくれ。私の心の安寧のために。
■
「マリアちゃん、色白だから寒色系めっちゃ似合う~!」
「優理はピンクがよく似合いますわね。愛らしくて素敵ですわ」
「えへ、そんなこと言われると照れちゃうな~!」
その後は、優理とショッピングをしたり。
「え、マリアちゃん! アニソンとか歌うの?!」
「ええ、まぁ、嗜む程度ですが…」
「意外~! ギャップ~! でもそこが好き~!」
カラオケに行ったり。
「あの人、イケメンじゃない?!」
「あら優理、さっそく浮気ですの?」
「違う違う! やっぱ目の保養的存在と恋愛対象は別物!」
街を適当に歩いたりした。
そうしている内にあっという間に時間は過ぎて、気づけば夕方になっていた。
ぐぅ…と優理のお腹が鳴って、彼女は恥ずかしそうに「せっかくならご飯も一緒に食べよ! おすすめのレストランがあるの!」と言った。
優理が案内してくれたレストランは、スープパスタが有名なところのようで、まだディナーには少し早い時間にも関わらず、ほぼ満席状態だった。ちょうど予約が一つキャンセルになったということで、私たちはそのテーブルに案内してもらえることになった。
「待たなくてラッキーだったね!」
「ええ、素晴らしいタイミングで、優理のお腹が鳴ってくれたおかげですわね」
「もう! それは忘れてって言ったでしょ?」
「記憶にございませんわ」
「マリアちゃんの意地悪~!」
頬を膨らませながらも、「どーぞ!」とメニュー表をこちらへと向けてくれる優理。
お礼を言いつつそれを受け取ると、美味しそうな料理が並んでいた。うん、お昼に食べたのがなかなか衝撃的な見た目だったから、いつもの五割増しで美味しそうに見える。
私はその中のトマトと魚介類のスープバスタにすることにした。優理はクリームパスタにするらしい。
しばらくお喋りに夢中になっていると、視界の端にふらついている人が見えた。店員さんだ。トレーにパスタを四つのせて、具合が悪いのかうつむきがちに、ふらふらと歩きながら運んでいる。
流石にこの満席状態で忙しいからといって、あれは流石に危な…。
そこまで考えて、「あ」と声が漏れた。その店員がつまづいてしまったからだ。トレーにのったパスタはそのままくるくると宙を舞い、そして私の方へ一直線に向かって来る。
えぇ…そんなことある?
ばちゃんと頭に熱い液体がかかるその瞬間まで、なんだか現実味がなくて、私は他人事のようにそんなことを考えていた。人間って驚くとすぐに体が動かないものなんだね。勉強になった。
「マリアちゃん?!」
不運なことに被ったスープは赤。今日は白いワンピースを着てきたので、人から見たら、結構大惨事な見た目になっていると思う。
優理が慌ててハンカチを取り出し、私の顔を拭ってくれる。
「大丈夫?! 火傷してない?」
「火傷…はしてないと思いますわ。多分」
「多分じゃ駄目だって! タオル! 店員さん、タオル持ってきてください!」
パスタを頭からかぶった私よりも優理の方が慌てていて、そこまで気にしなくていいのに、と私は逆に冷静になってしまう。
まぁ、そりゃあ目の前で人がパスタを被ったからこんな反応にもなるか。
魔女の力の影響か、この姿でも人よりは頑丈になっているみたいだから、本当に平気なんだけどなぁ。
「お客様! 申し訳ございません!!」
優理を「大丈夫ですわよ~」と落ち着かせていると、先ほど転んでいたスタッフがこちらへと駆け寄ってきて勢いよく頭を下げる。
パッと見た感じ、かなり若い。結構小柄な方だ。
大学生…いや高校生かな。雰囲気的に。
「私は平気ですわ。そちらこそ、お怪我は?」
よくあるよくある。この世界ではアルバイト経験がないけど、私も前世は普通にバイトしてたからね。
流石に客がパスタを頭から被るなんて珍事件はなかったけど、私も重大なミスをして店長に怒られたことあるし、これくらいシャワーを浴びれば解決するでしょ。
完全に怯えてしまっている様子の相手を安心させようと、柔らかい声色を意識してそう言えば、相手は驚いたように頭を上げた。その顔を見て、私はぴしりと固まる。
「え」
「え???」
そこには驚愕の表情を浮かべる伊藤薫がいる。
私は辺りを見回す。あー…パスタのレストラン…はいはい、なるほどね…。
原作崩壊、という四文字が頭に浮かんだ私は心の中で叫んだ。
二つ目のバイト先、ここなんかい!!!




