13. スズランの花
魔女としての仕事も大切だけど、学生としての本分をまっとうすることもまた大切なことである。
ましてや夢であれだけ「大学に行きたい」って思っていたって言われたらね。面倒くさいからなんて自分勝手な理由で休むわけにはいかないし。
授業を終えて、期限が迫っていたレポートも提出する。パソコンを閉じて、スマホを確認すると、前に合コンに誘ってくれた陽キャの人から連絡が来ていた。
『前は本当にありがとう! 助かった!』
『藤原さんのおかげで、彼氏ゲットできた!』
『ってか、よかったら今度食事とかどう?』
いかにもコミュ力お化けっぽいメッセージに思わず笑ってしまう。
この陽キャちゃんこと、斎藤さんは、実はメガネ君の友達と付き合うことになったのだ。
多分、その面倒見のよさだったり、女子への気遣いだったりに惹かれたのだと思う。私の目から見ても彼はなかなかいい男性だ。見る目があるね、斎藤さん。
で、二次会くらいから結構アピールしていたし、斎藤さんが彼のことを気になっていたのは明白だったんだけど、その彼は酔っぱらったメガネ君のお世話に夢中で、その好意にまったく気付く様子がなかったんだよね。
さてさてどうなるのだろうと思っていたら、そこでまさかのメガネ君、二杯目のお酒を摂取。
どうやら自分の水と他人の日本酒を間違えてしまったようで、そこから彼は私のことを自分の姉だと認識し始めた。
「マジでごめん! 藤原さん!」
「構いませんわ。私は大丈夫ですから、貴方も休憩されたらどうかしら。少しの間なら子守を代わってあげてもよろしくてよ」
「えーっと?」
「鈍い方ね。せっかくなんだから貴方も楽しみなさいと言っているんですの」
すぐ真横で健気にアピールしている女の子を見るとかね!
あまりの鈍さに呆れた私は彼の背中をバシンッと叩く。
まさかこんなお嬢様然とした子が暴力的な手段をとるとは思わなかったのか、彼は驚いてフリーズしていたけど、しばらくしてちゃんと他の子たちともコミュニケーションをとるようになったのでよしとしよう。
さっきからじれったくてムズムズしてたんだよね。くっつくならさっさとくっつけ、リア充め。
まさかそのままメガネ君の介抱を全部やることになるとは思わなかったけどね。十分くらいで交代するつもりだったけど、メガネ君がなかなか離してくれなかったし、その友達も酔っ払い始めたからなぁ。
そんな経緯があったせいか、斎藤さんは私に恩義を感じてくれたようで、こうして改めてのお礼と食事のお誘いをしてくれたのである。
もちろん、返事はオッケーだ。私としても大学で仲のいい人ができるのは嬉しいしね。
メッセージに承諾の返信をし、よし、と私はバッグを持って立ち上がった。
■
向かうは、黄色の戦士ジョーヌのところ。彼女の家の近く…ではなくて、彼女がアルバイトしている花屋だ。
エマとの出会いは突然だったから結構素が出てしまったけど、今回はアニメの展開通りに、藤原マリアとして主要キャラクターと交流することになる。
なかなか緊張するんだよなぁ、演技するのも結構気を張ってなくちゃいけないし。
しかもジョーヌの話は少し複雑なのだ。彼女は戦士になる素質があると同時に、魔女候補としても目をつけられている。私が馬鹿をやってうっかりジョーヌが闇落ち展開☆なんて、結構ガチ目に洒落にならない。
「今回は慎重に…ジョーヌとの会話はできるだけ原作を意識して…。うーん、ちゃんと覚えてるといいけど…」
ざっくりとした話の構成とか、ファンたちの間でされていた考察とか、そういう情報は覚えてるんだけどなぁ…。
流石にたくさんある話の中の、たった一話、そのワンシーンの会話まできっちり正確には覚えていないのだ。
まぁ、大体の大筋さえ合っていればいい。他の細かい部分はアドリブでどうにかしよう。…どうにかなる、と信じよう! うん!
「すみません」
店の入り口をくぐり、花の手入れをしていた店員に声をかける。
振り向いて「いらっしゃいませ」とにこやかに挨拶してくれたのは、黄色の戦士ジョーヌこと、伊藤薫である。
髪を三つ編みで結い、メガネをかけた文学少女といった風の女の子。身長は小柄で、150cm といったところだろう。柔らかい雰囲気の、まさに花屋が似合うお姉さんという感じだ。
だが、外見はおっとりめでも、中身は男前というか、責任感のあるしっかり者。あと体力オバケといも言える。この花屋の他に、レストランのスタッフのバイトも掛け持ちしており、高校生でありながら週五は働いているバイト戦士である。
「なにかお探しですか?」
「実は母に花束を贈りたいと思っているんですの。だけど、ここまで種類が多いと、なにを贈ればいいのか迷ってしまって。もしよろしければ、相談にのってくださらないかしら?」
「素敵! 誕生日ですか?」
「いえ…日頃の感謝を込めてといったところですわ」
確かこの場面では、妹が生まれることはまだ言わなかったはず。
薫と共に花を選んで…あぁ、その後に一緒に贈るプレゼント探しで偶然再会したように見せかけるんだっけ。
よしよし、と私が今後の流れをシミュレーションしている間に、薫は顎に手をあてて「うーん」と真剣に悩んでくれている。
「そうだ! これなんてどうでしょう?」
そしてパッと顔を明るくさせて、店の前に並べられていた花を手のひらで指す。
雪のように真っ白で、まるで小さな鈴が連なっているかのような花。
「スズランです! 私が一番好きな花なんですけど、ヨーロッパでは、家族や恋人、大切な人にスズランを贈る記念日があるんです。贈られた人には『幸せが訪れる』なんて言われてるんですよ」
えっへん、となんだか誇らしげに説明してくれる薫に、私は思わず笑みが漏れる。シンプルに可愛い。
やっぱり選ぶのはスズランなんだなぁ。流石、ルージュのバラ、ブルーの椿と同様に、ジョーヌのイメージフラワーなだけはある。
「どうでしょう? きっとお母さまも喜ばれますよ」
「ええ、せっかくですもの。その花を中心に花束を作っていただこうかしら。予約はできますの?」
「はい、大丈夫です。お受け取りはいつになさいますか?」
原作ではプレゼントと一緒に贈っていたので、ここでは予約だけだ。ラッピングの種類なんかを選びながら、あぁ、そういえば、と私は思い出す。
ジョーヌの誕生話ってあまりファンからのウケはよくなかったんだっけ。なんか後半からマリアの行動がよく分からないとかいう理由で。
薫との会話と行動が一致していないだの、何故母親がプレゼントを開封して終わるなんていう中途半端なラストなんだだの、結構、当時の界隈はざわついていた記憶があるなぁ。
ルージュとブランに関係ないものだったから、「ふーん?」と私はスルーしていたけど。
あぁ、でも考察班たちはかなり盛り上がっていて、色々と投稿されていたような…。
「すみません。一つ確認があるんですが」
「え? あぁ、ごめんなさい。どうしましたの?」
「ご実家ではペットを飼われておりますか? または小さなお子様がいらっしゃるようでしたら、スズランは毒がありますので、誤って口に入れないように注意が必要かと」
「…毒?」
「どうしました?」
「いえ…子供は半年ほど先のようですから、きっと大丈夫だと思いますわ」
「? 分かりました。ではこれで花束を作らせていただきますね」
母親からの電話で、生まれるのは半年後だというのを聞いている。
だから今、スズランを贈っても一か月後には既に枯れて捨てられているはずだし、問題はないはずだ。原作でもちゃんとスズランの花束を贈っていたし。
―――幸せで愛らしいお姫様。私から貴方へ心のこもった贈り物よ。
脳裏によぎるのは、アニメでは描かれていなかった夢の続き。マリアの複雑な心情が痛いほど伝わってきた。
だからこそ、「貴方の気持ちに引っ張られるつもりはないからね。推したちのためにも原作を大きく変えることはしないし、他のキャラクターの前ではそれらしく振る舞う。でも普通に友達も作るし、日常を楽しむし、貴方のような生き方をするつもりはないよ」と鏡の前で宣言したのだ。
でもあの夢は本当に、マリアの心情を伝えるためだけのものだったんだろうか。
それが少し、引っ掛かった。




