11. 対比の存在
その日、朝から私はとても気分がよかった。というのも、昨日のルージュとブランの戦いが最高だったからだ。
ブルーという仲間が加わったからか、最近のルージュは調子がよく、前のように焦ったり、余裕のなさそうな雰囲気を出すことが少なくなった。精神的にゆとりが出てきたことで、更に魅力度がアップしている気がする。
そして戦士側に余裕が出てきたということは、魔女側は少しずつ危機感を覚え始めていることを意味する。
その証拠に最近の幹部会議はピリピリとした空気があるし、特に生真面目なヴェールなんて「鬱陶しい戦士どもめ…!」とイライラしまくっている。他の二人も彼ほどではないけど、戦士を無視できない存在と認識し始めたようだ。
そして昨日! ルージュとブランが初めて三分以上もの長い会話をしたのだ!
「朝ご飯は…余りのケーキでいっか」
顔を洗って歯磨きを終えると、コーヒーを淹れて冷蔵庫から三分の二以上残ったホールケーキを取り出す。
それを半分ほどに切って「流石にホールは買いすぎたかぁ…」と苦笑した。
二人の様子をいつものようにオペラグラスで観察していた私は、喜びのあまり、その夜、お高い商品がそろったデパートへ向かった。大きなイチゴのホールケーキを購入し、シャンパンを購入し、家で「二人の愛に! かんぱーい!」と一人で祝杯を挙げたのだ。
「まだ厄介な敵として認識し始めただけっぽいけど…! これは大きな心境の変化だよね~!」
まだ戦士の一人としてでしか意識されていないが、今後、ブランは次第にルージュという個人に特別な興味を抱いていくようになるのだ。
昨日の二人の様子を思い出すと、ニヤニヤと口元が緩む。
「欲を言えば、オペラグラスだけじゃなくて、盗聴器とかも出せるようになりたいんだけど…」
アニメでヴィオレが使っていた小道具は、日傘とオペラグラスだけだが、個人的にはそれに加えて盗聴器も欲しい。やはり少し離れた位置で観察するとなると、二人の会話を完璧に盗み聞きすることができないのだ。
今までの感覚的に、強くイメージできて特性さえ合えば、武器は結構なんでもありな気がするんだけどなぁ…。
「逆に、普通にスマホを隠して録音アプリ…いやでも、戦闘中は結構移動するし、雑音も入るし…」
そんなストーカーじみたことをブツブツと呟いていると、テーブルにのせていたスマホが振動する。誰かからの着信だ。
驚いてスマホを手に取れば、その画面には「お母さん」の文字。
「え、何気に初じゃん。マリアのお母さん」
この世界に来てから初の母親との会話。意外に思いながらボタンを押して、耳元にスマホを当てれれば、「マリア」と優しい声が聞こえてきた。
近況報告など、何気ない会話をする。親子だから中身が変わってしまったことをバレやしないかとハラハラしたけれど、「なんだか明るくなったわね。大学を楽しめているようで、お母さん嬉しいわ」と言われた程度で、特に深く追求されることはなかった。
「…それでね、今日はマリアに伝えたいことがあるの」
「あら、どうしましたの?」
「…貴方に妹ができるわ」
びっくりして固まる私。電話の先の母が「マリア?」と気遣うように名前を呼ぶ。
「…ごめんなさい。少し驚いただけですわ」
「そう…?」
「ええ。おめでとう、お母さん」
私が明るい声でそう言えば、母が分かりやすく安堵したのが分かった。その反応に少しだけ申し訳なさを覚える。
だって彼女が感じている、気まずさも、罪悪感も、今の私には理解してあげられないからだ。だって私は原作のマリアではなくて、この人のことも「マリアの母」という他人としてでしか見れないのだから。
母との会話を明るく続けながら、私は窓の外を見て、もう三人目の戦士が登場する時期か、早いなぁ、と思った。
■
「新しい魔女候補じゃ」
ノワールに緊急招集されて、変身して来てみればそんなことを告げられる。予想通りの台詞にやっぱり…と思い、そして次の台詞を予想する。
「ヴィオレ、勧誘はお前に任せよう」
「私でございますか?」
「あぁ、今回の候補はお前の境遇によく似とる。どうすればこちらへと引き込めるか、似た環境にいたお前ならば、たやすく予想できよう?」
「承知いたしましたわ。ご期待に沿えるかは分かりませんが、このヴィオレ、誠心誠意、お役目を務めて参ります」
床に膝をつきながら、ま、母親からあぁいう電話が来たんだったらそうだよね、と納得する。
アニメの…何話目だったのかは覚えていないけど、三人目の黄色の戦士、ジョーヌの誕生話。その話では対比の存在として、ヴィオレの過去回想も含まれる。
この話で初めて彼女の過去とノワールとの契約が明かされて、それで元々ファンの多かったヴィオレは更に視聴者に大人気になったんだっけ。
逆に言えば、魔女側はわりとそういうバックグラウンドが作中で明かされていないことが多くて、過去回想はヴィオレとブラン、ノワールしかされていない。だからまぁ、「制作陣は絶対にヴィオレを贔屓にしてる」なんて噂があったんだけど。
他のキャラクターに関しては、後日、ファンブックで詳しい設定が明かされる予定だったらしいんだけど、私はその発売前に死んじゃったんだよねぇ。
話がそれたけど、そのジョーヌ、実は戦士として覚醒する前は、魔女たちに新しい魔女候補として目をつけられていたのだ。
ノワールとブランは地球の人間ではないんだけど、マリアを含めた他の幹部は全員、元々普通の人間として暮らしていた。
候補の条件は、一定以上のリュミエールエネルギーを保持していること(だけどこの基準はかなり高い)、魔女としての素質があること(能力は実際に魔女になってみないと分からないことも多いため、これは結構ギャンブル要素が強い)、そしてリュミエールエネルギーの宝石を生み出せるほどの強い願いを持つこと。
んで、こうやって見ると、戦士と魔女ってかなり似ているんだよね。作中で分かる、簡単な違いとしては「宝石を自分の力で生み出しているかどうか」かな。
戦士は自力で宝石を生み出しているけど、魔女はノワールと契約してリュミエールエネルギーのエッセンスから人工的に宝石を生み出しているって感じ。
ただし、人工的な手段だとしても、そのエネルギーに強い「願い」がなければ、ノワールも宝石化できないらしいため、エネルギー量が多い人間であれば誰でもいいというわけではないらしい。
そしてノワールは、契約する時にその人間の願いを一つ叶えてくれる。その代わりに自分の臣下となれと要求してくるわけだ。
ということで、魔女候補の勧誘は、相手がなにを望んでいるのか、なにが弱みなのかを知る必要がある。その担当者として今回は私が選ばれたというわけ。
ま、その努力も虚しく、ジョーヌは魔女ではなく戦士として覚醒するんだけどね。
招集が終わって解散となった私たちは、ついでに幹部会議をする流れになった。これはいい機会だと、私は内心ワクワクしながらブランに戦士たちの様子を尋ねる。
「ブランも二人目の戦士と戦ったようですわね。貴方はあの者たちをどう思いますの?」
「…弱くはなかった」
「単純な戦闘力など、実際に彼女たちと戦ったのですから、ここにいる誰もが知っていますわ。他の側面での意見を聞いているんですの」
「よく、分からない奴だと思った」
「あら。具体的には?」
「赤の戦士だ。実際に、言葉を交わしてみて…少し、気になった」
おいおいおいおい、結構進んでるんじゃないの?! これ?!
公式の供給がすごすぎる。少し困ったように眉を下げて、自分でも上手く言語化できないのか首を軽く傾げつつ、ルージュに対する印象を吐露するブラン。
え、可愛すぎか? え、マジでこんなご尊顔を無料で見てもいいの??
「ヴィオレ?! ちょ、ちょっと貴方、どうしたの?!」
「へ?」
ローズが私の顔を見て、慌てたように席を立つ。
そして素早くポケットからハンカチを取り出すと、そっ…と優しく私の顔に当ててくれた。具体的には鼻の真下へ。
「血が出てるわよ…?! 体調を崩しているのだったら、最初から言いなさいな!」
「鼻血…?」
「あぁ、もう。なかなか止まりそうにないわよ。ほら、自分でもちゃんと押さえて」
あまりの供給過多に体がついていかなかったようである。面目ねぇ。




