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10. 帰り道での会話


二十歳になって知ったけど、お酒というのは不思議なもので、普段は大人しい人が饒舌になったり、ナルシストだと思っていた人が自分のコンプレックスを語り出したりと、なかなかなカオスを生み出す力を持っている。


ちなみに私は、適度な量ならちょっとだけ陽気になるくらいで、分かりやすい酔い方はしないタイプで、前世の友達から「あんまりいつもと変わらなかったよ」とお墨付きをもらっている。


酔うと人の本性が分かる、なんて言われるくらいで、アルコールの力によって普段は抑圧している感情が表に出てくることもあるわけだ。


「アイツらは分かってない!」


そしてこのメガネ君、日頃からかなりストレスを溜めていたようである。


「うやまえ〜」なんて鳴き声をしていたと思ったら、急にスンッと真顔になり、そして手にあったグラスをテーブルの上に勢いよく置きながらそんなことを叫び出した。


えぇ…と引き気味だった周囲の人間も、次第に愉快に思い始めたのか、「え〜なに? 誰が分かってないの?」と話を聞き出そうとしている。


「どいつもこいつも…好き放題やりやがって…あの自由人どもめ…」


なるほど、よく分からないが、彼は根っからの苦労人気質のようである。


「その自由人って誰?」


「同僚」


「だから誰だよ同僚」


「まさか俺?」


「…? お前は誰だ!」


「お前のダチだよ! 忘れんな!!」


「ここはどこだ!」


「酔っぱらいを通り越して、認知症じゃないのこれ?」


とりあえず、このメガネ君はお酒にとても弱そうなので、水を飲ませようとタブレットで注文する。


そんな私の行動が気に食わなかったのか、「皮肉女!」と彼は私のことを指さす。


「お前はいつもいつも遅刻するのはなんなんだ!」


「申し訳ありませんが、これでも優等生ですのよ? 授業に遅刻したことは今のところありませんわ」


「知らん!! もっと早くに来い!」


「あら、では何分前に?」


「十時間前だ!」


「ド深夜ですわね。お肌に悪いのでお断りさせていただきますわ」


「来い!!!」


「犬猫のように命令しないでくださいませ」


なんともまぁ無作法な人である。私がわりと流せるタイプで命拾いしたな。人によっては即見切られる態度だぞ。


実際に女子たちは全員「コイツはないなぁ…」みたいな目でメガネ君を見ている。なんで分かるのかって?


女子のコミュニケーションって目配せだけで完結する場合があるの。すごいでしょ。


しかし、そこでメガネ君の友人がすごい爆弾を投げる。


「コイツ、こう見えて医学部なんすよ。普段はちゃんと頭よくて!」


多分醜態を晒し続ける友人のフォローをしようとしたのだろうその発言は、女子たちのメガネ君の見る目を180°変えた。


医学部=将来医者=高給取り、という方程式が彼女たちの頭の中で成り立ってしまったのだ。


その瞬間、メガネ君は男子一番の人気者になった。本人は急に興味関心を持たれて困惑しているが。


そんな彼を見ながら「大変そうだなぁ…」と私はぼんやりと思った。



そのまま二次会、三次会と続き、ようやくお開きになった。この頃には皆べろべろに酔っ払っており、最後なんて見れたものじゃなかったけど、まぁまぁ楽しかったかな。


「にしても、マリアの体、お酒に強すぎじゃない…?」


両手をグーパーしながら小首を傾げつつ独り言を呟く。


違和感を感じたのは二次会からだ。この体、まったくと言っていいほど酔わない。


飲み放題コースだったから多分、十杯くらいは飲んだと思うし、後半は興味本位でかなり度数の高いものも飲んだけど、完全に素面状態。すごすぎる…。


「ヴィオレの能力が影響してるのかなぁ…」


アルコールもまぁ彼女の能力に分類されてもおかしくはない。


ならばこれはいいものを手に入れた。とりあえずこれで前世と同じ轍は踏まなさそうだ。


「で、あとはこの人をどうするかなんだけど…」


そして私の隣には、酔っ払いまくって泣き上戸と化したメガネ君が、私の袖の端を引っ張って突っ立っている。


ぐずぐずと鼻を鳴らし、ギリギリのところでとどまっているが今にも泣きそうである。


「姉さんはずるい…」


「メガネ君、メガネ君。私は貴方の姉さんじゃないんだってば」


「ずるい…」


「駄目だこりゃ」


そう、このメガネ君。なにがどうしてそうなったのか分からないけれど、私のことを自分の姉と誤認し始めたのだ。


メガネ君の頼れる友人も、理性をアルコールに溶かされた。あと今ごろ女子の一人といい感じになってると思うので、唯一判断がしっかりしている私が彼の世話を担当するはめになったのだ。


どうにかこうにか、メガネ君から住所を聞き出し、ちょうど帰り道も同じだったので、途中までついて行ってあげることにした。


だってこの人、まともに真っすぐ歩けないしね。フラフラした足取りで車道に出そうになっているところを見ちゃったら、やっぱり他人事だとは思えなくてさ…。


「メガネ君〜。ちゃんとしっかり歩いてね〜」


「うぅ…速い…」


「速くない速くない。牛歩も牛歩だって。牛さんがびっくりするレベルの」


「姉さんは意地悪だ…」


「残念ながら姉さんじゃないんだよな〜」


完全に理性を飛ばしきっているので、これはもう記憶にも残らないなと確信した私は、すっかり素の口調に戻っている。


マリアの皮肉っぽい言い回しを考えるのも頭を使うし、まともな判断力のない酔っ払いにはまったく通じないしね。


メガネ君に肩を貸しながら、えっちらほっちらと歩く。


「父さんは…いつになったら、俺を認めてくれるんだろう…」


「お父さん?」


「いつもいつも姉さんばかり。…俺は要領が悪いから、呆れられてばかりだ」


「ふぅん」


「姉さんばかりずるい」


ずるい、ずるい、と何度も言うメガネ君。二十歳にもなってまさかの幼児返りなんて、正直言うとなかなかきついぞ。


確実に彼の黒歴史になるであろうことを察した私は、心を無にして、できる限り今の彼の状態を記憶しないように努めることにした。


大丈夫、陰キャのよしみだ。私は君の味方だぞメガネ君。


「俺はいつまで経っても馬鹿なままだ」


「…なんでそう卑屈になるのかなぁ。お姉さんがすごいのは分かったけど、別にそこまで気にしなくていいんじゃない?」


「…だが」


「貴方は貴方、お姉さんはお姉さん。別の人間でしょ?」


とはいえ、流石に耳元でずっとネガティブ思考を垂れ流されるのも迷惑である。


「姉さんずるい」「それに比べて俺は駄目だ」ループを三十回は聞いた頃、私は思わずそう口に出してしまった。


「月並みな意見だけど、メガネ君にはメガネ君にしかないよさってもんがあるんじゃないの? お姉さんの人生をなぞろうとするだけなんてつまんないよ。…貴方が思うよりもずっと、あっけなく、人って死ぬんだしさ」


そう、飲み会の帰りにそのまま死んだりね。ま、私の場合は完全に私が悪いんだけど。


「どうせなら最後まで自分らしく楽しんだ方が得じゃん」と言葉を続ければ、メガネ君は無言になった。お、論破しちゃった系か?


「…ごめん、姉さん」


しかし、その言葉とともに次の瞬間には、体を強く抱き締められる。


「ごめん…」


えーっと、落ち込んでいるところ悪いんだけどね。


「乙女の体にむやみやたらに触れるなど、紳士としてあり得ない行為ですわね」


そこまで許したつもりはない!


私はマリアの口調に戻すと同時に、容赦なくメガネ君の左頬にグーパンチをお見舞いする。平手? まさか。生温すぎるでしょ。


軽く地面に吹っ飛ばされたメガネ君は目を白黒とさせながら、頬に手をあて、「親にも殴られたことないのに!」みたいな顔をしている。


「目は覚めましたの? 先ほどからベタベタと鬱陶しい。体力が戻って来たのでしたら、この後は自力で帰ってくださる?」


「な…な…」


「申し訳ありませんが、甘ったれた情けない男は趣味じゃありませんの。ごめんあそばせ」


肩にかかった髪を払って背中を向ける。


取り残されたメガネ君がなにやらモゴモゴ言っているのが聞こえたけれど、あの様子だと酔いはある程度冷めたみたいだし、普通に自力で帰れるだろう。


今後は、酒は飲んでも吞まれるなというのを座右の銘としたまえ、メガネ君。ま、合コンも終わったしもう会うこともないだろうけどね。


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