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1. 転生先は敵組織の女幹部

大学二年生の夏、私はトラックにはねられた。原因は自業自得で、飲み会で思いっきりお酒を飲みすぎて、酔っぱらったままフラフラ歩いていたから。


あまりしっかりとは覚えていないけど、多分車道に出てしまっていたんだと思う。


それでトラックにひかれて、そして気づいたら私は知らない部屋のベッドに横たわっていた。


「どこなんだろ、ここ…?」


白い壁に薄紫色のカーペット。大きな本棚に、花瓶には素敵なお花が飾られている。


なんとも女子力の高いお部屋だ。ルームフレグランスもあるのか、いい香りもする。


確かに知らない部屋のはずなんだけど…なんでだろう、なんとなくこのインテリアを見たことがあるような…。


ベッドからおりて部屋をじっくりと見回してみる。そしてふと部屋の隅に置かれている大きな鏡が目に入った。


なんとなく近づいてみると、そこには黒髪の美少女が立っている。パッチリとした大きな目に、高い鼻、ぽってりとした唇。


肌はきめ細やかで、日焼けなんてしたことがないんじゃないかってくらい白い。そしてなんといっても特徴的なのが、左目の目元にある泣きぼくろ。


「藤原マリア…?」


そこに立っていたのは、私がハマっていたアニメに登場する敵幹部の少女だった。



私がハマっていたアニメ、「魔法戦士リュミエール」は、魔法戦士となった女の子たちが人からリュミエールエネルギーを奪う敵組織と戦うお話だ。


エネルギーを奪われた人間は、感情や思考を失って廃人同然になる。人間としての自我さえも失って、自分が何者なのかも分からない、だけどそれを不安に思うことさえない状態になるらしい。


だから魔法戦士たちはリュミエールエネルギーを奪われることを阻止するし、奪われたエネルギーを取り返そうとする。


そして私は今、そんな悪者の組織の幹部の一人となってしまったわけだ。


「す、すごい!!」


ということは。


「つまり、推しカプがこの目で見れるってこと?!」


このアニメの主人公であり、赤の戦士ルージュである宮本雪菜みやもとゆきな。そして敵組織の幹部の一人である、白の魔女ブランのカップリング。


主人公と敵幹部が惹かれ合うっていう王道展開なんだけど、これがなかなか素敵なんだよね。


あ、ちなみに魔女とついてるけど、ブランは男性だ。敵組織の幹部は皆、男女問わず魔女と呼ばれている。


といっても、女性の幹部はマリアしかいないんだけどね。幹部をまとめる悪の親玉は女の人だけど。


「うわっ…!」


しかし喜んだのもつかの間、突然、部屋の中に黒の霧が現れる。霧はどんどん一箇所に集まっていって、最後には空中に黒いブラックホールみたいなものができた。


「これ、敵が転移する時に使ってたやつ…」


まさか力が暴走して、勝手に転移魔法的なやつを発生させちゃったんだろうか。


そんなことを思いながら、どうやって消そうかと困り果ててワープゲートを見つめていると、しばらくして『ヴィオレ!!』と苛立った声が脳内に響いた。


『なにをやっている。緊急招集だ。今すぐ来い』


「あ、これってそういう…」


どうやら自分の意思だけでなく、呼ばれている時にも現れるものらしい。


ふぅん、と一人納得して、いやそんなこと悠長に考えている暇なんかないんだった、と思い直す。


不審に思われないように、頑張って本物の藤原マリアの口調を真似しながら、「…うるさいわね。分かっているわ」と脳内の声に返答した。


普通に声に出しての返答でいいのか分からないけど、こっちはまだテレパシー?の使い方が分からない。どうにかなって!!


そんな私の祈りが通じたのか、声の主は『ふん』と鼻を鳴らすと、通信を切ったようだった。よしよし、とりあえずどうにかなった。


「緊急招集…ってことは、この姿じゃ駄目だよね」


アニメに出てくる藤原マリア、紫の魔女ヴィオレは、紫の髪にゴシックアンドロリータの服装をした敵だった。


アニメの後半になって彼女の人間としての姿が描かれるんだけど、素の姿は幹部同士の間でも見せていなかったはずだ。


なら、まずは変身しなきゃいけない。さてさて、そして浮上するのは、どうやって変身するのかという問題なんだけど…。


「あった。これだ」


ベッドのサイドテーブルに、紫の宝石がついたブローチが置かれている。アニメで彼女が変身する時に、これを使っていたんだよね。


「変身…変身…。変身ってどうやればいいの?」


「変身しろ〜! 変身しろ〜!」と念じても、まっまく姿が変わる気配がない。おっかしいなぁ、アニメでは一瞬で姿を変えられていたはずなんだけど…。


「…変身は、魔法戦士もするんだよね」


マリアの変身は作中で一回だけ。それもかなり急いでいる時だったから、一瞬で彼女の姿が紫の光に包まれて変身が完了していた。


だけど本来、変身シーンといえば魔法戦士たちのように、手の込んだ変身シーンが作られているものだ。


もし仮に傍からみればあの一瞬だけど、光の中では、火が巻き付いてヒールになるとか、水の中に落ちたと思ったらドレスが現れたりとか、丁寧に変身されているとしたら?


多分マリアの変身シーンは、作品でそれほど重視されていなかったから、ああいう一瞬の描写になったけど、魔法戦士たちも多分あれくらい早いんじゃないだろうか。


じゃないとゆったり変身している間に、敵に攻撃されちゃうし。変身シーンは盛り上がるから、アニメではその光の中で起こっていることを緻密に描いているだけで。


まぁ、つまり…。


「一個一個、変身するイメージ…」


脳内にあるヴィオレの服装をイメージしながら、手足から順にその衣装に変わっていく姿を想像する。すると、パッとその変身イメージが頭の中に流れ込んできた。


目を空けると色々なリボンが散らばった空間に立っている。よし、成功だ。


レースリボンが手足に巻き付いて手袋と厚底のロリータ靴に変わり、紫の刺繍リボンが巻き付いて胴体に服の形をかたどったり…と、リボンが次々に衣装へと変化していく。


そして変身が終わった後、その場に立っていたのは、緩くウェーブのかかった紫の髪に、黒のリップ、細かな装飾のついたゴスロリを着た少女だった。


泣きぼくろがあるのは一緒だけど、顔立ちもちょっと変わったから随分と印象が違う。


さっきまでのが、いいところの可愛いお嬢さんって感じで、たとえるなら高貴な猫。それでこっちはすごく可愛いけど目力があって、ちょっと人を寄せ付けない雰囲気がある。たとえるなら黒豹って感じかな。


同じ猫科でも近寄りがたさとか、圧がある美貌というか、そういう雰囲気の違いがあるよね。


『ヴィオレ!!』


はいはい、行きますってば。


変身初心者なんだから、ちょっとくらい待っててくれてもいいのにね。



「なにをしていた」


「嫌ですわ。殿方と違い、乙女は支度に時間がかかるものですの。こんな朝早くに起こす方がマナー違反というものですわ」


…どう? 今のはなかなかヴィオレっぽいんじゃない?


右頬に手を当てて、ことりと首を傾げながらそう言えば、目の前にいた緑髪の男性はぴきりと額に青筋を立てた。


と同時に、能力が漏れ出てしまっているのか、ものすごい圧力が身体にのしかかるけど、ヴィオレの身体ってすごい。


なんかすごい圧かけられてるってのは分かるけど、全然平気で耐えられる。これが幹部の力なのか…。


「短気な男はモテませんわよ?」


「ちっ…!」


私にまったく効いていないということが分かったのか、彼―――緑の魔女、ヴェールは圧をかけるのを止めたが、その代わりにギロリとこちらを睨んできた。


うわぁ、怖いな。アニメでもピリピリしていたけど、実際に見ると想像以上に迫力がある。


アニメで知っていて、こういうキャラクターだって分かってるから耐えられるけど、事前知識のない状態でこんな人と鉢合わせしたら平謝りしちゃうかもしれない。


緑の魔女、ヴェール。深緑色の髪に、メガネをかけたその目元にはクマがあるが、それがどこか気だるげな色気も感じさせる男性だ。


性格は規則第一という感じで、ルールやら序列やらに厳しく、ついでにいうと結構短気。あれだね。君は学校にいたら厳しすぎる委員長とか風紀委員になるタイプだね。


「あらやだ。ヴェールったら、怒りん坊なんだから♡」


「うるさい! お前は黙っていろ、ローズ!」


ピンクの魔女、ローズ。くすんだ桃色の髪に、筋肉質な長身の男性だ。


全体的なシルエットは細いけど、かなり身体を鍛えていて、なんていうかな、ラテン系のイケメンって感じ。


女性らしい言葉遣いなんだけど、本人の性自認は男性で、ついでに恋愛は男も女もどちらもいけるらしい。


手に口をあてて「あら〜」と微笑むローズに、「お前が話すとややこしくなる!」とプンプンと怒るヴェール。うん、なかなかにキャラが濃いね。


「…もういいか。始めるぞ」


そして、四幹部の最後の一人。白の魔女、ブラン。


銀髪にすらりとした体型。百人がいれば百人が「イケメン」と答えるであろう、絶対的な美貌を持つ男性。


あれだね。乙女ゲームに出てくる氷属性の貴公子様って言えば、雰囲気が分かってもらえるかもしれない。まさに王道のイケメン。


しかし、この素晴らしい美形さん、わりと天然というか子供っぽい仕草をする時があるので、アニメを観ていたオタクたちは、そのギャップにやられてガチ恋している人も多かった印象。


ルージュといい感じになった時は、SNSで「ルージュ、そこ代わってぇ…!!」という叫び声が界隈に溢れていた。


ちなみにその時の私は、「いいぞもっとやれ!!」と心の中で叫びまくっていた。


ガチ恋ってよりは、キャラクターたちの関係性を好きになるタイプなんだよね。憎い宿敵とか、背中を預けられる相棒とか、そういう特別な絆で繋がったキャラクターたちの両方を好きになるタイプ。


そんなころころ推しカプを作る方ではないんだけど、この二人はなかなか魅力的で…って、語りだしたらきりがないか。


「静まれ」


その一言が聞こえた瞬間、私は反射的に床に膝をつき、頭を下げる。


ヴィオレの演技とかじゃない。目の前のこの人には逆らっちゃいけないって、本能的に思って身体が勝手に動いたからだ。


…流石だ。これがラスボスか。


黒の魔女、ノワール。私たちを束ねる悪の親玉。


王座のような椅子に座っているのは分かるけど、薄いヴェールが何重にも重なって、ぼんやりとしたシルエットしか分からない。


だけどその声には厳格さがにじみ出ていて、「この人の機嫌を損ねたら駄目だ」と思ってしまう力を持っている。


「ブラン。報告せよ」


「はい。昨夜、リュミエールエネルギーを回収しようとしたところ、赤の戦士と名乗る者に妨害されました」


ブランの報告を聞いた私は、えっ、と思わず顔を上げそうになってしまう。


どうやら第一話の事件が昨日の夜に起こってしまっていたらしい。


というか、そうか。最初の敵ってブランだったんだっけ。マジか…。え、彼女の第一印象とか聞いてもいいかな? 駄目かな?


記念すべき初の接触。現時点での心境を聞きたい。なんなら心情の変化を逐一確認して観察日記をつけたい。


「ほう…戦士とな。やはり出てきたか」


「陛下、彼女は何者ですか」


「この星を守護する存在よ。忘れもしない、百年前、妾がこの星でリュミエールエネルギーの回収を諦めたのも、その憎々しい戦士たちの仕業じゃ」


「陛下が…」


「…とはいっても、それは百年前の話。地球人の寿命は百年もそう持たぬ。あの時代の戦士は老いて死んでおろう。お前が会ったのは代替わりをした新しい戦士のはず」


「はい、外見は若い娘に見えました」


なるほど? 戦士って定期的に生まれてくる存在なのか。


ここら辺の詳しい情報はアニメではなかったなぁ。基本的に主人公視点で話が進んでいくからね。


「妾も力を蓄えた。今こそあの忌々しい戦士たちを葬る時じゃ」


わぁ、それに私も強制参加なんだなぁ…。


まぁでも推しカプがイチャイチャしている光景をこの目で見れるなら安いものか…これもオタクの性…。


「ヴィオレ」


「…はい」


「次はお前がエネルギーを集めてこい。そして戦士の実力を確認せよ」


「かしこまりました」


びっくりした。考え事してたのがバレたかと思った。


なるほど、なるほど。次の敵は私かぁ。


アニメの世界とはいえ、人を傷つけるのには抵抗があるけど…まぁ推しカプを推すためだもんね。仕方がないか。


「用はそれだけじゃ。下がれ」


退出を促され、一礼した後に部屋を後にする。


ヴェールがやってきて一言二言嫌味を述べた後、「次からは気をつけるように」と離れて行った。ローズも「ブラン、ヴィオレ、よい一日を!」と爽やかに手を振って去っていった。


そしてそれに続くように無言で立ち去ろうとするブランに、私は慌てて声をかける。


「ブラン。戦士について一つ確認しておきたいのだけれど」


そう、これだけはやっぱり確認しておかないと。


「なんだ」


「やっぱり可愛かった?」


「…は?」


「赤の戦士、タイプだったのかしら?」


「……………は? 頭でもおかしくなったのか?」


なるほど、推しカプ誕生の道は遠い…と。


いいじゃない、いいじゃない。こっから上手いことくっつけて、原作以上の推しカプ成分を摂取してみせる!!


ブランに「意味が分からない」とドン引きされた目で見られながら、私は密かに心の中で決意した。


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