9.鍵の覚醒 ―レンの内なる魔力
耳鳴りが、止まらなかった。
爆音。破壊音。叫び。
魔法学校の敷地は、まるで戦場だった。
上空では雷と氷がぶつかり、閃光が夜を昼のように照らす。
篠宮レンは、瓦礫の影で息を潜めていた。
隣では友人の白崎ユナが血を流して倒れている。
彼女の制服は焦げ、魔力障壁は完全に消えていた。
「ユナ……! ユナ、しっかりして!」
「……レン……逃げて……あれは、人間じゃ……」
ユナの視線の先――空に浮かぶ白外套の男。
シグマ・ロウ。
彼が片手を振るだけで、空気が歪み、校舎の一角が音もなく崩壊した。
「お前が“鍵”か。」
赤い瞳がレンを見下ろす。
「封印の器……よくも、十年も保ったものだ。」
レンは息を呑んだ。
“鍵”? 何のことだ?
その瞬間、背後から風が吹いた。
――否、風ではない。存在そのものが“流れた”。
「そこまでだ、シグマ。」
レオンが現れた。
黒い外套の裾を翻し、指先には青白い魔力光。
「生徒を巻き込むのは、教師として許さねぇ。」
シグマは微笑む。
「教師? 神の代行者のくせに、随分と地に堕ちたな。」
「お前が勝手に天に登っただけだろ。」
そして、空間が裂けた。
次の瞬間、二人の“超越”がぶつかる。
⸻
風が、空気が、時間さえも止まる。
レオンの右手から放たれた青い光弾がシグマの障壁を貫き、
同時にシグマの詠唱が完成。
「第九式――《神還ノ門》。」
黒い円環が空に浮かび、無数の光槍が降り注いだ。
レンはユナを抱え、必死に後方へ転がる。
地面が抉れ、炎と氷が交錯した。
視界が白く染まる。
だがその瞬間、レンの胸の奥で“何か”が脈打った。
――ドクン。
「……っ?」
視界の端で、光が揺れた。
腕に刻まれた紋章が、淡く浮かび上がる。
今まで一度も発動しなかった“魔力”。
「やめろ、レン!」
レオンの叫びが聞こえた瞬間、
レンの身体から金色の光が噴き出した。
⸻
時間が止まる。
周囲の瓦礫が浮かび上がり、雨粒が空中で静止する。
レンの意識の中に、声が響いた。
> 『――ここは“内界”。君が封じられていた場所だ。』
白い虚空。
そこに立つのは、十年前の姿をしたレオン。
いや、正確には――封印の一部として彼の魂の欠片が残っている。
「……俺の中に、先生が……?」
『違う。俺じゃない。
お前の中にあるのは、“封印柱アーク・コード”そのものだ。』
レンの頭の中で、断片的な映像が流れた。
十年前、東京湾で暴走する光の塔。
レオンがそれを止めた瞬間、塔の“心臓部”が彼の手から離れ――
ひとりの赤ん坊の胸へと吸い込まれる。
> 『それが、お前だ。』
「俺が……封印の“鍵”……?」
『そうだ。
アーク・コードは完全には消えていない。
その中枢は、お前という“人間”の形を取って眠っていた。』
レンは唇を噛む。
「じゃあ、先生はそれを知ってて……!」
『守ってきた。お前を。
封印を暴こうとするシグマから、お前の存在を隠し続けてきたんだ。』
沈黙。
虚空の中で、少年の瞳が震えた。
「俺が……世界を壊すなら、
俺は……どうすればいい……?」
> 『――選べ。』
レオンの幻がそう言った瞬間、
金色の光が弾け、現実世界が戻る。
⸻
レンの身体から溢れ出した光が、空を裂いた。
黒い雲が吹き飛び、雷鳴が轟く。
シグマが驚愕に目を見開く。
「まさか……“鍵”が自我を持ったというのか!?」
レオンは苦笑した。
「見たか、シグマ。
これが――“人”の奇跡だ。」
レンの目が金色に輝き、空中に三重の魔法陣が展開する。
詠唱もなし。術式構築もなし。
ただ、意志の力だけで“光”を形にした。
「第十式――《黎明ノ環》!」
轟音とともに、夜空が白く塗りつぶされる。
Λの兵たちが次々と光に呑まれ、闇が消える。
しかしその力の代償に、レンは意識を失った。
彼の体から、金色の紋がゆっくりと消えていく。
レオンは駆け寄り、倒れたレンを抱き上げた。
「……よく頑張ったな。」
空を見上げる。
そこには、シグマの姿がもうなかった。
彼は一瞬の光の隙に姿を消していた。
⸻
静寂。
戦いの後、焼けた大地に風が吹く。
理事長が現れ、レオンの肩に手を置いた。
「彼が……“鍵”だったのか。」
「ああ。」レオンは短く答える。
「だが、まだ開いてはいない。“扉”の方がな。」
彼の視線の先――黒塔が、ゆっくりと光を放ち始めていた。
まるで、封印の奥で“何か”が目を覚ましたように。




