6.日本支部防衛戦ー黒塔侵食
夜明け前。
東京湾の空が、黒く塗り潰された。
海上に立つ巨大な塔――
その表面は岩でも金属でもなく、まるで呼吸する魔力。
触れた空気を焼き、時間の流れさえ歪ませる。
「こちら防衛部第七班! 魔力圧、指数10.4を突破ッ! ――結界が保ちません!」
「退避ラインまで下がれ! 前衛陣は“零式障壁”を維持しろ!」
日本魔法学校・第零防衛隊が出動していた。
生徒たちの制服は防御装束へと変化し、校庭はそのまま“戦場”と化している。
紅の警報灯が鳴り響く中、教員棟から一人の男がゆっくりと歩み出た。
スチュワード・レオン。
いつものだるげな表情のまま、コーヒーカップを片手に。
「まったく……朝のコーヒーくらい、静かに飲ませてくれよ。」
だがその眼差しだけは、冷徹に戦場を見据えていた。
⸻
「初級生は全員、後方避難ラインへ! 中級以上は結界維持班を補助!」
指揮を執るのは副教員の神園ユリア。
レオンの教え子であり、現役の上門魔法師《紋宮廷》。
「先生、どうします? あの塔、内部で何かが動いてます!」
レオンは湾を見つめ、短く呟く。
「“黒塔”が成長してる……まるで、誰かを呼んでるみたいだな。」
「誰か?」
「――“鍵”だよ。」
その瞬間、地面が脈打った。
黒い紋章が校庭を走り抜け、魔力が生徒たちの足元から噴き出す。
「きゃあっ!?」
「魔脈が逆流してる! 詠唱式が崩壊する!」
レオンはため息を吐き、指先を鳴らした。
「【反転式:虚零陣】」
光が弾け、校庭全体を包み込むように白い結界が広がった。
黒い紋章は一瞬で掻き消え、波紋のように静寂が戻る。
生徒たちは目を見開く。
「今の……先生の魔法、ですか……?」
「詠唱も術式もなしで……!」
レオンは片目を細め、肩を竦めた。
「授業で教えたろ? 本気で生き残りたいなら、魔法は“考える前に使え”って。」
ユリアが息を呑む。
――詠唱も、術式展開も省略した魔法。
それは超越者すら不可能とされる、純魔導。
“魔導師”と呼ばれる所以だ。
⸻
湾岸沿い。
黒塔の根元が爆ぜ、海水を巻き上げた。
中から姿を現したのは、無数の“人影”。
皮膚が黒く、魔力の流脈がむき出し。
その身体からは蒸気のような呪力が噴き出している。
「魔導寄生体……!? 人間が、あんな形に……」
ユリアが震える声で呟く。
レオンは冷たく言った。
「封印の副作用だ。アーク・コードが“器”を探す過程で、周囲の生命を食ってる。」
生徒たちが防衛線を張る。
「全員、戦闘準備! 防御陣展開! 来るぞ!」
寄生体が一斉に咆哮を上げ、校庭へと突撃した。
空気が爆ぜ、魔法の光が交錯する。
「《氷鎖陣》!」
「《雷刃連撃》!」
「《火槍・第六式》!」
初陣にしては見事な連携。
だが敵は減らない。
倒しても、溶けた体が黒い霧となり、再び形を成す。
ユリアが叫んだ。
「再生してます! 魔法が効かない!」
レオンは煙草を取り出し、火を点けた。
「ったく、やっぱりそう来たか。」
次の瞬間、彼の周囲に無数の魔法陣が浮かぶ。
詠唱もない。術式構築の時間すら存在しない。
「【上級魔法第八式・破戒陣:レムナント】」
轟音。
黒塔周辺一帯が閃光に包まれ、空間そのものが“削り取られる”。
再生する間もなく、寄生体たちが蒸発した。
しかし。
黒塔の中心部――
塔の“心臓”から、低く脈打つ音が響いた。
ドクン。ドクン。
やがて、塔の表面に“腕”が突き破って現れた。
それは人の形をしていた。
だが、完全に人ではない。
眼窩から流れ出る黒い涙、口元から滲む魔力。
「――レン……?」
ユリアが呟いた。
塔の中から現れたのは、神宮寺レンに似た“何か”だった。
レオンの顔から笑みが消える。
「嘘だろ……おい、まさか。」
黒塔の表面が裂け、巨大な翼が広がる。
その中心に立つ“少年”が、静かに目を開けた。
「――僕は、封印の鍵だ。」
声が響いた瞬間、校舎の結界が粉々に砕け散った。
天に伸びる黒柱がさらに膨張し、東京湾の空を覆い尽くす。
レオンが歯を噛みしめる。
「……くそ、来やがったか。」
そして、静かにコートの裾を翻す。
「全生徒、後方撤退。――ここからは、教師の仕事だ。」
空に向かって、レオンが指を伸ばす。
次の瞬間、彼の背後に現れたのは十重の魔法陣。
「【魔導構築開始――コードネーム:セフィロト・リミット】」
世界でただ一人、魔導師の名を持つ男が、再び“封印”を始動させた。
空が裂け、光と闇が交差する。
戦いは、ここからが本番だった――。




