16.封印 ―この身、時の果てに沈むとも
レンが光となって消えてから、三日が経った。
魔法学校の敷地は封鎖され、空はどこまでも曇っていた。
生徒たちは外出を禁じられ、教師陣のほとんどは沈黙を守っていた。
そして理事長会議――五大国合同の非常会議が、日本支部にて行われていた。
その中央に立つのは、スチュワード・レオン。
世界唯一の魔導師。
レンの師であり、この時代で最も強く、最も危険な存在とされる男。
「……スチュワード・レオン。君の存在は、もはや均衡を壊している。」
重々しい声で告げたのは、アメリカ支部の理事長、アーネスト・ウォーカー。
彼の言葉には怒りでも恐怖でもなく、“畏れ”が滲んでいた。
「あの少年の死を悼む気持ちは我々も同じだ。しかし、君が一時的に発動した“時の魔法”――その力は、すでに人智を越えている。」
「……時の魔法?」
ロシア理事長のセルゲイが低く呟く。
アーネストが頷いた。
「目撃者がいる。レン・シノミヤが光と消えた瞬間、時空がわずかに逆行した。
それは魔導師である君の“反応”だ。彼の魂を呼び戻そうとした……そうだな?」
沈黙。
レオンは答えない。
彼の周囲の空気がわずかに震えた。
周囲の理事長たちは息を詰める。
彼の存在そのものが、魔力の奔流そのものなのだ。
「……私は、救いたかった。ただそれだけだ。」
低く、掠れた声。
「彼はまだ、生きていていい人間だった。誰よりも純粋で、誰よりもまっすぐだった。
なのに……“システム”が彼を見捨てた。」
レオンの瞳が、淡く紅を帯びる。
空気の温度が下がり、周囲の壁がきしむ。
彼がほんのわずか感情を揺らしただけで、世界の構造が軋むのだ。
「スチュワード・レオン。」
日本理事長――老魔導師、榊 慶円が立ち上がった。
「お前の痛みは、分かる。だが、今のままでは世界が耐えられぬ。
“滅握封印”を執行する。」
その言葉に、レオンの肩がぴくりと動いた。
“滅握封印”。
それは、超越者や滅握者クラスの暴走を止めるための最終儀式。
対象の魔力を時間と空間の狭間に封じ、存在そのものを“凍結”させる。
レオンの後ろで、空間がゆっくりと歪む。
五大国から召集された滅握者たちが、封印陣を展開していた。
天井から、無数の光の紋章が降り注ぎ、床には古代文字が輝く。
「君の意識は保存される。」
アーネストが言う。
「いずれ、再び必要とされる日が来たら――我々が君を呼び戻す。」
レオンは、ゆっくりと目を閉じた。
かつて、レンが最後に見せた笑顔が脳裏に浮かぶ。
金色の光、仲間たちを救ったあの瞬間。
――ああ、そうか。あの子は、自分を“信じた”のだ。
「……その日が来るまで、私は抗わない。」
静かな声が響く。
「だが一つだけ、約束してほしい。レン・シノミヤという名を、世界から消さないでくれ。」
榊がうなずく。
「記録は、残す。彼は歴史に刻まれた“光の生徒”として記される。」
封印陣が完成した。
光がレオンの周囲を包み、空気が重く沈む。
レオンは一度だけ拳を握りしめ、呟いた。
「……レン、次の世界でまた会おう。」
その瞬間、白い光が弾けた。
教室で、あの時のように。
だが今度は誰も悲鳴を上げない。ただ静寂があった。
レオンの姿は光に溶け、やがて跡形もなく消えた。
封印完了。時空座標L-01、魔導師スチュワード・レオン、静止。
その夜、世界はほんの一瞬、時を止めた。
風も波も、雲さえも止まる――まるで、彼の眠りを見守るかのように。




