12.再調律計画 ―魔導師、世界を繋ぐ
空がざわめいていた。
雲が流れるたびに、空間がひずむ。
人の目には見えない“魔力の風”が、世界中で逆流しているのだ。
その中心――東京魔法区、旧・中央魔法局跡地。
かつて黒塔が立っていた場所に、今、白い巨大な魔法陣が描かれようとしていた。
「中心座標、固定完了。
北緯三十五度四十一分、東経百三十九度四十一分。
……これで、日本が“世界の心臓部”になる。」
指揮を執るのは、スチュワード・レオン。
黒い手袋を外し、地面に直接手を置く。
彼の指先から金の光が走り、幾何学の紋様が広がっていった。
周囲には、各国から派遣された魔法師たち。
アメリカ、ロシア、中国、インド、そして欧州連盟――
それぞれが自国の“魔力塔”と同期するよう、術式を調整している。
「これが……“再調律陣”ですか。」
真里亜理事長が静かに問いかける。
レオンはうなずいた。
「人類が持つ魔力波形を一度すべて“初期化”する装置だ。
世界中の生命体の魔力を、一瞬だけ繋げる。」
「そんなこと、本当に可能なの?」
「不可能だよ、普通ならな。」
彼は軽く笑った。
「けど、俺がやるんだ。普通じゃねぇ魔導師が。」
⸻
魔法陣の調整が進むにつれ、空間の温度が変わっていく。
地面から立ち上がる蒸気のような魔力。
それが風に乗って漂い、人々の身体を通過するたびに、心臓が一瞬跳ねる。
「……これが、世界を一つに繋ぐ力。」
誰かがつぶやいた。
「だが、代償も大きい。」
レオンは立ち上がり、空を見上げた。
「この術式を完成させれば、俺の魔核は崩壊する。
世界に繋がった“根”が、俺自身を分解するんだ。」
真里亜は拳を握る。
「まだ間に合うわ。別の方法を――」
「いや、これは“選んだ結果”だ。」
レオンの声は穏やかだった。
「俺は教師として、あいつらに“未来を選ぶ力”を教えた。
なら、俺自身が“選ぶ背中”を見せてやらねぇと。」
⸻
その頃、世界各地で異変が起きていた。
ニューヨークの上空では、空が割れるように光が走り、
ロシアの氷原では、大地の下から青い光柱が立ち昇った。
中国の西域では、砂漠の真ん中に“第二の月”が出現し、
インドの聖都では、神殿の石像が一斉に魔力を放ち始めていた。
世界が、呼応している。
そして、それらすべてが――
東京の一点、レオンのもとへと集束していく。
⸻
夜。
日本魔法学校の屋上。
レオンは一人、空を見ていた。
月が歪み、薄く黒い線が走っている。
黒塔の残滓。
「……やっぱり、間に合わねぇかもしれねぇな。」
ポケットから、小さな水晶球を取り出す。
中にはレンの魔力波が封じられている。
微かに、光が揺れていた。
「レン、お前の中の“もう一人”……どこまで侵食してんだ?」
背後から声がした。
「彼はまだ、戦ってるわ。」
真里亜だった。
彼女の手にも同じ水晶球があり、優しく光を放っている。
「心の底で、あなたの声を探してる。
だから――レオン、あなたが諦めたら、彼はもう戻ってこない。」
レオンは小さく息を吐いた。
「分かってる。……だから、全部繋ぐんだ。」
⸻
翌日。
“世界再調律会議”が開かれた。
各国代表が再び結界空間に集い、巨大な立体魔法陣を見上げる。
「人類の総魔力を制御するなど、神の領域だ。」
ジョナス・ケインが吐き捨てるように言う。
「失敗すれば、世界が一瞬で崩壊する。」
「分かってる。」
レオンは即答した。
「だが、やらなきゃ確実に滅ぶ。」
「お前は……自分を犠牲にしてまでそれをやる価値があると思うのか?」
レオンは笑った。
「価値なんざ知らねぇよ。
けど――“守りたい顔”があるんだ。
それだけで十分だろ。」
⸻
最終準備。
世界各地の魔法塔が一斉に光を放つ。
地球全体が淡い金色の線で結ばれ、まるで巨大な陣を描いたように見える。
その中心、東京で、レオンが立つ。
「開始まで、あと五分。」
真里亜の声が震える。
レオンは目を閉じ、息を吸った。
空気が震え、魔力が身体の中で渦巻く。
まるで“世界そのもの”が心臓に入り込むような感覚。
――その時、彼の脳裏に声が響いた。
『……レオン先生。』
レンの声だった。
かすかで、遠くて、それでも確かに。
『俺、まだ……ここにいます。
でも、もう一人の俺が、外に出ようとしてる……!』
「クソッ、早すぎる……!」
レオンは術式を強制展開した。
世界の光が一斉に爆ぜる。
空が裂け、雲が裏返り、地平線まで黄金色の波が走る。
「全世界魔力リンク、起動――!」
大地が叫び、空が鳴る。
人々の身体から放たれる微細な魔力が、一本の光の糸となって空へ昇っていく。
それらすべてが、レオンの胸へ――。
「レン、聞こえるか!」
『……はい。先生。』
「絶対に戻ってこい。
俺が世界を繋ぐ間に――お前は、自分を取り戻せ!」
『……わかり、ました。』
レオンの全身が光に包まれる。
その輪郭が少しずつ透け始めた。
真里亜が叫ぶ。
「レオン!!」
だが彼は、ただ笑っていた。
「心配すんな。教師が生徒を信じなくて、どうすんだよ。」
――世界が、音を失った。
すべての魔力が、静止する。
その瞬間、レオンの姿が、光の中に溶けていった。




