11.世界会議 ―魔導師の覚悟
黒塔の崩壊から七日後。
世界は、静かにざわめいていた。
ニュースも、政府も、そして魔法局でさえ、
黒塔の“存在”そのものを記録から抹消していた。
しかし、世界の魔力循環は確実に変化している。
魔力濃度の乱れ、自然の歪み、異常な魔物の発生率。
それらは、黒塔の“封印解除”が完全ではないことを示していた。
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日本魔法学校の地下深く――そこは外界と遮断された“封印回廊”。
その奥に、ひとつの光る魔法陣が浮かんでいる。
そこに立つ男がひとり。
スチュワード・レオン。
白いコートを翻し、静かに術式を展開する。
「……アーク・コードの反応、完全に消えていない。」
彼は自分の掌を見つめる。
微かに金の紋が浮かび、震えていた。
「レンの魔力が、まだ繋がってる。
やっぱりあいつ、“鍵”として完全に閉じられてねぇ……。」
その背後で、ドアが開く。
現れたのは真里亜理事長。
「レオン、準備は整ったわ。各国の代表が“評議空間”に集まってる。」
レオンは肩を竦めた。
「はぁ……やっぱり逃げられねぇか。」
「あなたが世界唯一の“魔導師”なのよ。
誰も、あなた抜きで結論なんて出せない。」
「そんな肩書き、面倒なだけなんだがな。」
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評議空間――
地上500メートルの魔法局本部に存在する、世界五大国を繋ぐ会議結界。
ここでは、五国の“魔法理事長”と“超越者代表”が顔を合わせる。
空間の中央には、五つの玉座が浮かび、
日本・アメリカ・ロシア・中国・インドの国章が光を放っていた。
「――日本代表、スチュワード・レオン。入場を許可。」
結界の声が響く。
光の扉が開き、レオンが歩み出る。
その瞬間、ざわめきが起きた。
「……本物だ」「魔導師が、評議に姿を現すとは……」
「十年前以来だぞ……」
彼は静かに中央へ歩み、立ち止まる。
「久しぶりだな。世界の連中が、まだ俺を“味方”だと思ってるとは意外だ。」
アメリカ代表の滅握者、ジョナス・ケインが冷笑する。
「味方かどうかは知らんが――黒塔を暴走させた張本人が、よくも顔を出せたな。」
ロシア代表、アレクサンドル・ヴォルコフが重々しい声で続ける。
「我々の観測によれば、黒塔は日本の魔力座標から出現した。
つまり、貴国が再封印に失敗したのだ。」
中国代表の女超越者、**楊玲華**が冷ややかに笑った。
「それに……封印の“鍵”である少年、篠宮レン。
あの子、どこにいるの? まさか、もう壊れたのではなくて?」
レオンは沈黙した。
周囲の空気が、張りつめる。
「質問を変えよう。」
ジョナスが椅子に肘をつき、鋭く言い放つ。
「アーク・コードは完全に沈黙したのか?」
レオンはゆっくりと答えた。
「――いや。まだ、生きてる。」
その言葉に、全員の表情が変わる。
「内部から干渉が続いてる。封印層の残響が残ってるんだ。
今の状態は“閉じた棺の中で、死体がまだ息をしている”ようなもんだ。」
真里亜が補足する。
「現在、レンくんは意識不明のまま。
彼の魔力波動は安定してるけど、時々“外部の魔力”に反応しているの。」
アレクサンドルが唸る。
「つまり、封印は不完全……。再覚醒の可能性があると?」
「その通りだ。」レオンの声が低く響く。
「だが――今回は、前とは違う。」
「違う?」ジョナスが眉をひそめる。
レオンはゆっくりと右手を上げる。
空間に、複雑な術式が浮かんだ。
光の紋が交差し、観測装置が一斉に反応を示す。
「これが、黒塔の中で観測された“反転波形”の断片だ。」
映し出された映像――
そこには、レンの姿があった。
しかし、その背後に、もうひとりの“レン”が立っている。
「……二重存在?」玲華が目を細める。
「そうだ。アーク・コードは“人の意志”をコピーして、自己保存を試みていた。
つまり、塔の核はレンと同化しつつ、“もうひとつの人格”として眠ってる。」
沈黙。
そして、ジョナスが冷たく笑う。
「ならば簡単だ。少年を処分すれば、塔も完全に沈黙する。」
その瞬間、空間の温度が下がった。
レオンが、目を細めて笑っている。
「――今、何て言った?」
ジョナスの首筋に、風が走った。
音もなく、彼の椅子の背後の壁がえぐり取られている。
レオンの指先から、わずかに光が漏れた。
「二度と“生徒を殺せ”なんて言葉を口にするな。
次はお前の舌を封印する。」
玲華が小さく息を呑む。
「……さすが、“魔導師”ね。」
アレクサンドルが手を上げ、沈黙を促す。
「落ち着け。
だがレオン、お前の言葉には一理ある。
もし封印を再び保つ手段があるなら、我々は協力する。」
レオンはうなずいた。
「手段はひとつだけだ。
――人類すべての魔力を、再調律する。」
「なっ……!?」「それは狂気だ!」
「聞け!」
レオンの声が空間を揺らす。
「世界の魔力総量は、限界を超えている。
黒塔の封印が開いたのも、人類が“力を求めすぎた”からだ。
もし全員の魔力波を再構築できれば、アーク・コードとの干渉は断てる!」
玲華が低く言う。
「だが、それを実行できる者はいない。」
レオンは静かに笑った。
「――できるのは、俺だけだ。」
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会議室が静まり返る。
真里亜だけが、わずかに唇を噛みしめていた。
「レオン、それをやれば、あなたの身体は――」
「分かってる。」
レオンは静かに言う。
「俺の魔力は世界と繋がってる。再調律を行えば、俺自身の核が崩壊する。
だが、レンを救うにはそれしかねぇ。」
「……本気なの?」玲華が問う。
「十年前、俺は世界を救えなかった。
今度は、ちゃんと救うさ。
あいつら――“生徒たち”の未来をな。」
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評議が終わり、扉が閉じた。
レオンは静かに夜空を見上げる。
月の代わりに、空には薄く黒い線が走っていた。
封印の裂け目。
「……時間がねぇな。」
ポケットの中で、レンのペンダントが微かに光る。
それは、まだどこかで彼が“生きている”証だった。




