ep.13
夜中、ソフィはロージーの顔を見に子供部屋に向かった。
今日、一日会えなかった。せめて寝顔が見たい。エリック達に見られると困るので、自由に屋敷や庭園で遊ばせてやれなかった。
ソフィーは胸が痛んだ。
階段前に、ジェイムズ王子がいた。
ソフィーはスカートを持ち、お辞儀をした。
引き返そうとすると、王子に呼び止められた。
「私を忘れてしまったのかい?」
ソフィーはどう振る舞うべきか戸惑う。
「ソフィー。何か言ってくれ」
王子はまるで怒っているようだ。
「殿下」
「そんな風に呼ぶな」
「何とお呼びすればいいか分かりません」
王子がソフィーの腰を掴んで引き寄せた。
「私がどれだけ心配したか分かるか。君が死んだかもしれないと思ってた」
「離して下さい」
王子はびくともしない。
「思ったよりずっと元気そうで、複雑な気分だよ」
鋭い目でソフィーを見る。
「君はここで一体何をしていたんだい?」
階段の陰にピーターが立っている。こちらを覗いていた。
王子がソフィーの視線の先を見る。
「今度はあの男にしたのか?」
ソフィーは王子をひっぱたきたくなった。
不意に王子がソフィーにキスをしようとした。
ソフィーは顔を背ける。唇は頬に当たった。
王子はぐっと眉をひそめた。
「消えろ!」
ピーターに向けて怒鳴る。
ピーターは走り去って行った。
「ジェイムズ王子だったなんて思いもしなかったわ」
「伝えるつもりだった」
ソフィーは手をぎゅっと握りしめる。
「もう騙されない」
ソフィーは近くの部屋に連れ込まれた。
「やめて」
「私を信じて欲しかった。君が大切だと態度で示していたはずだ」
「無理よ」
「ソフィー。本当の事を伝えようとしたんだ。でも怖くて言えなかった」
「何故ライアンのふりをしたの?」
「君に逃げられたくなかった。⋯⋯王子は絶対に嫌なんだろう?」
ソフィーは狼狽えた。
思いを巡らす。
あの日、王子を紹介しようとしたエリックにそんなことを言った気もする。
王子の表情が強張っている。
「舞踏会でダンスして、君への気持ちを終わらせをようと思っていた」
「あの時初めて会ったのに」
「違うよ。初めてはデビュタントの日だ。君は緊張していたね」
「覚えてないわ」
ソフィーはデビュタントの日、気持ちが舞い上がって周りが見えていなかった。
「私にカーテシーしてくれたよ」
王子は目を細める。
「予想外に君は私を受け入れてくれた。夢のようだった。でも君に近づく度につまらない嘘をついた事に苦しめられた」
王子の態度には嘘がない。
ソフィーはまるで、心の氷がゆっくり溶けていくように感じた。
「殿下」
「ソフィー。ジェイムズと呼んでくれ」
ジェイムズがソフィーを強く抱きしめる。
「君に会いたくて気が狂いそうだった」
耳に当たるジェイムズの胸から激しい鼓動が聞こえる。
「ソフィー、あの頃みたいにキスしてくれ。愛してるんだ」
ソフィーは戸惑った。
ジェイムズはまだロージーのことを知らない。
秘密を抱えたまま、ソフィーはジェイムズにキスすることができなかった。