ep.10
ブライベリーに来て二度目の夏が来た。
ロージーはよちよち芝生の上を歩く。躓いて転んでしまった。泣くロージーをソフィーは優しく抱き上げた。
「ソフィー。暑くなったから入りましょう」
日傘をさしたヴィクトリアと彼女の息子のオリバーが待っている。
ロージーはオリバーと手を繋いで先に屋敷に入っていった。乳母が2人を追いかける。ヴィクトリアが微笑んだ。
「2人は仲良しね。可愛いわ」
ソフィーは今もヴィクトリア達の領地にある領主館でお世話になっている。ヴィクトリアはソフィーと娘のロージーにとても良くしてくれた。
「ソフィー。ロージーの髪は本当に綺麗ね」
ロージーの髪は眩しいほどのブロンドだ。ソフィーは黒髪だし、ロージーの父親もそうだった。
ロージーの髪色が誰に似たのか、ソフィーは見当がつかなかった。
あくる日、ソフィーは馬車鉄道に乗り、隣のフォーダムの町まで向かった。
停留所からは徒歩で、フォーダムの地主の屋敷に着いた。地主夫人に頼まれていた絵を持って来たのだ。
夫人のエラはダニエルの親戚だ。これまで度々顔を合わせてきた。
ソフィーの描いた風景画をエラに渡す。ソフィーは思いがけず謝礼金をもらってしまった。
安定して絵が売れるようになったら、ロージーと2人で暮らしていけるかもしれない。ソフィーは淡く期待した。
ヴィクトリアにいつまでも頼るのは心苦しかった。
お茶の誘いを丁寧に断り、ロージーのもとに帰ろうとすると、ピーターに引き留められた。
「もう帰るのかいソフィー」
ピーターはエラの息子だ。
「ええ、ロージーが待っているもの。またね、ピーター」
「ソフィーちょっといいかい?」
「なあに?」
「君もこっちに来て二年になるね。伯爵達は親切だけど、世話になるのも気を使うだろう」
「そうね」
[それでずっと考えていたんだが⋯⋯」
ピーターは頭をかく。
「僕と君が結婚したらどうかなって。僕のことをそんなふうに見てないのは知っているよ。だけど僕なら君に安定した暮らしをさせてあげられる」
ソフィーはピーターの気持ちにまるで気が付いていなかった。
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、貴方とは友達でいたいわ」
「⋯⋯そうか、残念だ」
ピーターは鼻を擦る。
「気が変わったらいつでも言ってくれ」
ピーターはいい人だ。でも今はそんな気分になれない。
遊ばれたと分かっていても、ソフィーはロージーの父親をまだ忘れられなかった。