時間は遡って入学式の日④
私の言葉が気に食わなかったのでしょう。
チョークを持った名前も知らないあの人は、私をきつく睨みつけてきました。
私はというと反射的に目線を逸らしていました。
これが私の限界ですよ、トホホ…。
さて、この後どうしたものかと考えていると、逸らした目線の先、教室の前扉3cmほどの隙間から視線が。『家政婦は見た』のワンシーンのようです。
目線の低さで紫乃さんだとすぐわかりました。
ショックで入って来られなかったのかな?と心配していると、ビシャーン!と紫乃さんは扉を力強く開け、ズンズンと教卓に向けて進んできます。
クラス全員がビクっとしたことでしょう。
かという私も心臓止まるかと思いました。
さすがにまずいと思ったのか、教卓を取り囲む生徒達は蜘蛛の子を散らすように離れていきます。
紫乃さんはノートを手に取り、中身の無事を確認すると、大切そうに胸に抱いて自席に戻っていきました。
紫乃さんって、表情変わらないから感情が読めないなぁ。
教卓前に一人取り残された私も自席に戻ります。
紫乃さんはどこから見てたんだろうと考えていると、お隣からボソボソと小さな声が聞こえてきました。
「私の作品、守ってくれたんだよね?」
紫乃さんは無表情にノートに目を落としながら、そう言いました。
「あ、うん、微力ながら…。」
私はちょっと照れて、そう答えました。すると紫乃さんは、
「ごめん、こういうとき、どうしたらいいかわからないの。」
と言いました。
少しの間の後、私は意を決して伝えました。
「私のしたことが迷惑でなかったのなら、『ありがとう』って言えばいいんじゃないかな。」
少し考えて心に落ちたのか、紫乃さんは私のほうに顔を向け、
「ありがとう」
と言ってくれました。
そのときの紫乃さんは、ぎこちない笑みを浮かべていて、なんかとても愛おしくなってしまいました。
今しかないと思い、私は紫乃さんに言いたかったことを伝えました。
「ねぇ、紫乃さんの作品、私にも読ませてくれない?私も魔法少女もの好きだし。読書が趣味だし?」
すると紫乃さんは、また考え込んだあと、こう言いました。
「いいよ、あと、ムッチンって呼んでいいよ」
え、あだ名?ムチムチしてるから?私が動揺していると、
「友達限定の呼び方なの、名前の紫からムッチンって。」
あ、紫からね…。
その後、ジワジワ喜びが込み上げてきました。だって友達限定って言ったもん!
「うん、うん、ムッチン。これからよろしくね!私のことはサラって呼んで。」
ムッチンは頭の中で数回反芻した後、
「わかった、よろしくね、サラ。」
と言ってくれました。
私とムッチンだけが、美しい桜吹雪に包まれ、世界に二人しかいないような幻想を見ました。
あぁ、本当によかった…。
私は入学初日に複数の敵と腹心の友を手にすることとなりました。
影薄の私には刺激的なスタートとなりましたが、後悔はありません。
でも、正直言うと、ちょっと今後が心配ですよ…。