第9話「裏切り」
「…俺が勝てばいいだけの話だ。」
今まで感じたことのない、変な緊張感に襲われていた。
初めてだ。自分のレース人生を賭けた交渉をするなんて。
でも、このレースで勝てれば駿をF2に残すことができる。
シグナルオールレッドからブラックアウト。
少々気負ったか。
スタートをミス。
1位から4位まで落ちる。
「大丈夫。まだ、まだ挽回できる。」
すぐにオーバーテイクのチャンスを伺う。
「ここだ。」
相手が少しアウト側に膨らんだ瞬間を見逃さない。
その隙間にマシンをねじ込む。
3位浮上。
「前との差は?」
『2位とは2秒、1位とは4.3秒差だ。』
そのくらいのタイム差なら行ける。
その後も順調に走り、ついに1位の後ろまで来た。
「こいつを抜けばもう1回1位に戻れる。」
1位のマシンはF2名門のART Grand Prix。
一筋縄では行かないだろう。
「DRSオン。」
リアウイングの一部が開き、加速する。
このDRSとは、ドラッグリダクションシステムの略。
F1からF3まで搭載されている。
リアウイングの一部が稼働することでリアウイングの空気抵抗を減らす。これでストレートスピードを向上させるものだ。
勢いそのままに首位のイン側に飛び込む。
タイヤとタイヤが接触する。
鈍い感触がステアリングを伝わってくる。
「負けるものかぁ…!」
ジリジリと松下が前に出る。
『よし、これでトップだ。あと4周、後ろを守っていこう。』
「了解。」
「永野は?」
『あいつは今18位だ。18位だ。』
結構後ろの方に沈んだな。
『この周でファイナルラップだ。抑えきれ。』
ミラーを確認しながら後続との差を確認する。
1周を抑えきり、フィニッシュする。
「よぉし!」
『おめでとう、ポールトゥウィンだ!』
「カモーン!」
よし!これで永野と一緒にレースできる。
そんな嬉しさを胸に表彰台に向かう。
すると、目の前のART Grand Prixの選手が声をかけてきた。
「おう、お前が1位のマツシタかい。」
「あぁ、俺が松下だが?」
「おめでとう。」
「あ、ありがとう。」
いきなり祝福され、少々困惑する。
すると、セレモニーが始まる。
3人がトロフィーを受け取っていく。
その時、ファンやスタッフたちの中に永野を見つけた。
「駿…」
その表情はどこか寂しそうだった。
「まさか…」
自分の中の第六感が何かを感じ取った。
セレモニーが終わり、チームのテントに戻ろうとしたとき、後ろから声をかけられた。
「おい、マツシタ。」
「なんだ?」
そこに立っていたのはART Grand Prixの選手だった。
「あんたは…」
「俺はアレクサンダー・ノア。ARTのドライバーをやってる。」
「ノア…よろしく。」
2人が握手する。
「それで、いきなりなんだが渡したいものがあってな。これなんだが。」
そう言って渡されたのは1枚の紙切れ。
「?」
「それに俺の連絡先が書いてある。なんかあったら頼ってくれ。」
「わ、分かった。ありがとう。」
ノアとの会話を終え、チームのテントに戻る。
「おめでとーう!」
チームメンバーたちが明るく迎え入れてくれる。
「よくやったな、大輝。」
「はい、途中4位になりましたけど、1位とれて良かったです。」
「さぁ、次はイギリスだ。価値あるレースだぞ〜?今度も期待してるからな。」
「はい!」
しかし、2日後、思わぬ知らせが届く。
「こいつはどういうことだってばよ…」
スマホを片手に頭を抱える。
そこには
〈永野駿、November モータスポーツ離脱へ。後任はF3注目のハリソン・ジャクソン!〉
と書かれていたからだ。
「話が違うじゃねぇかよ…」
怒りで体が震えだす。
すぐにモントーヤのもとへと向かった。
ドアを荒々しく開け、叫ぶ。
「おかしいだろ!モントーヤさん!これどうしてだよ!この前俺が言った条件クリアしたじゃねぇかよ!」
「もう、決定事項だ。何を言っても、受け入れない。」
「なんでだよ…本当にここにいる意味なくなるじゃねぇかよ…」
その場に自分は崩れ落ちた。
「もう話はオーストリアの前には決まっていた。だから、お前があの交渉をしたときにはすでに契約を切ることは決まっていた。」
「…!嘘だろ…もう、あのときには切り捨てる準備ができてたっていうのか…」
「まぁ、大輝。永野のことは忘れてハリソンと仲良くやれ。」
「…ろ。…るわけ…できるわけねぇだろ!!」
そう言い残した後、チームの事務所を後にした。