第八話 前編 早口で語っちゃうよね
すぐに姿勢を正すと、優子の言った通り二人が湯浴みの用意ができたと知らせに来た。えっと奥さんがエヤ、娘さんがミィタだったかな。
「ならば主様、さあ」
俺はセルアと優子を促す。セルアの気まぐれがなかったら野営の予定だったけど、風呂に入れるのはありがたい。
村長の奥さんと娘さんは食膳を手際よく片付け、寝床の準備をする。布団だ。平民の家で布団は珍しい。さすが帝国って感心していると、村長の娘ミィタと目が合う。俺と同じぐらいの歳で、それなりに綺麗な娘さんだ。ニコリと微笑むミィタ。うん。タレ目が色っぽい。……でも仮にも貴族(設定)の俺に対して少し気安くないかな。奥さんの方は硬い笑顔なのに。
全て終わった後、奥さんと娘さんは恭しく礼をして退出したので、すぐに俺と黒瀬は今後の予定を打ち合わせる。
「多分セルアは、無いよりはマシの目眩しとしてここへ来たんだと思う」
「あぁ、そういうことか」
黒瀬も理解が早くて助かる。
「ここを発った後に長距離転移をすれば、俺たちが滞在したことが伝わっても、足取りを追跡できないと思うんだ」
俺が転移魔導を使えることは知られてない……はず。帝国の国境を越えるまで使うのを控えてきたし。
「霊峰へのルートは具体的にどうする?」
「事前に寄るべき都市はセルアに教えられてるんだ。そこに用があるってさ。順番はジグザグどころかデタラメに進む。三歩進んで二歩下がる、みたいな。早く日本に帰りたい黒瀬たちには申し訳ないけど」
「それはない。帝国のやり口を知った今じゃ、それが無難だと思う」
「すまないとは思ってるよ」
───ヒロアと黒瀬が会話している様子を見ている者がいた。
帝国南端にいる彼らより遠く離れた王国の奥地にある開拓村。
村のすぐそばには樹齢数百年はあろうかという大樹が聳え立っている。その樹洞を利用して設えた住居の中で二人の女が、空中へ投影されたホログラムを見つめている。
『それはない。帝国のやり口を知った今じゃ、それが無難だと思う』
『すまないとは思ってるよ』
女の一人はヒロアや黒瀬と同じく黒髪に黒い瞳、ゆったりとした黒い薄布をまとっている細身の身体。母親が我が子を見守るような表情だ。
「黒瀬君と優子さんは頼れるわね。ヒロアキ君とも仲良くしてくれてるし」
もう一人の女も黒い髪に黒い瞳、服装は貴族の屋敷でよく見かける侍女のそれである。
「あちらの世界で苦労して、こちらでも自活しているだけあって、精神が熟成しているようですね。向こうではヒロアキさんの方が生活年齢はずっと上なんですが」
黒い女──イズミはそれを聞いて微笑む。
「それにしてもあの惑星にもあなたの同類がいて、しかも黒瀬君に懐いてたってのが驚きよ」
そう言われて侍女服の女──ルウカは無表情で答える。
「次元は違えども、私達の造物主のような存在は必ず生まれると計算されています。生物が最初に欲する器官は“目”ですから」
ルウカは遠くを見つめるような目で語る。
「私達の場合、ひとつの銀河に対して数十億単位で散布されます。生物の住む惑星に降り立った者は原住知的生物に接触し、宇宙航行が可能な文明を持っているならその協力を得て、他の惑星へと仲間を誘導するのもセオリーです」
「どこにでもいるってわけね。すごいわねぇ、あなた達の造物主は」
「“識る”ことは全てに優先されます。それにしても黒瀬さんがあの侵食型生命体を防いだのは大手柄ですよ」
「こっちの宇宙にもいるんでしょう?」
「はい。造物主と同じように、ああいった侵食型生命体も必ず生まれるものです。人体に例えると悪性新生物、つまり癌細胞ですね。とは言えこちらの次元にいるのは数千光年先の星団です。造物主が何とかするでしょう。この惑星の魔導と同様のテクノロジーが他の惑星にも存在する確率はゼロではありませんので」
「安心していいのかしら?」
「はい。彼らが侵食を進めてきても、数十億年より早くこの惑星に到達することはないと思います。その頃、この惑星は赤色巨星となった恒星に飲み込まれているはずです」
「その話は怖いわねぇ」
「永遠というものはないのです」
「そうね。あら、ヒロアキ君達も湯浴みに行くみたい。セルア皇女と優子さんが二人きりでする会話も気になるけど」
「中継機器をヒロアキさんの首飾りに加工したから仕方ありません」
「そうよねぇ。私が『片時も外さないで』って言いつけたから」
「セルア皇女はヒロアキさんに婚姻を迫ってますけど、いいのですか?」
「いいわよ。ヒロアキ君の第二の人生、うんと幸せになってもらいましょう」
「……」
「ルウカ、何か言いたいの?」
「いえ。イズミ様がよろしければ、私には異論はありません。女心は複雑です」
「あなたにそれを言われると微妙な気持ちになるわね」
───再び、帝国領南満の山村。完全に日が暮れて暗闇の中を仮の宿に向かって黒瀬と俺は歩く。
「いい湯だった」
「黒瀬も風呂好きだったとはな」
「好きだぞ? うちの両親が温泉好きでな、その影響もあるんだろう」
「俺なんか会社で“温泉おっさん”って陰で言われてたわ」
「陰口なのかそれ?」
「社員旅行のたんびに温泉に浸かるばっかりしてたんだ。麻雀やら酒飲んだりお姉ちゃん口説くよりずっといい」
「今の見た目で錯覚するけど、本当に中身はおじさんなんだな」
木戸を開け、中へ入る。セルアと優子が何やら話し込んでいた。二人とも湯上がりで何となく色っぽい。
「邪魔したかな?」
「構わん。ユウコにニホンの話を聞いていたのだ」
「へぇ。好きだよな、日本の話」
「好きだぞ。マンガ、エイガは特に気になる」
魔導で何とか出来そうだけど、殺伐とした世の中だ。大衆娯楽が根付きそうにない。魔導を大衆娯楽に使うなんて発想は貴族にはないだろうし。
「ヒロアは好きなエイガとかあるのか?」
「セルア、よく聞いてくれた! ふふふ……俺の一番のお気に入りは『ブラックホークダウン』て作品でな、これは実際にソマリアってところで米軍ヘリパイロットが……」
───やってしまった。俺は熱く語りすぎた。セルアにはヘリコプターやアサルトライフル、アメリカや国連、国連軍のことなど解説することが多すぎた。黒瀬と優子には米軍の組織図、特殊部隊のあれこれをみっちりと解説するというやらかし。DVD BOX買って、何周も観て、色んなところで情報集めまくったからな。黒瀬だけ食いつき良かったのが救いだけど、あくまで女子二人に比較してに過ぎない。
「ヒロアさんは黒瀬君と同類の人だってよく分かったわ」
「優子、それちょっとひどい」
おい黒瀬、裏切るのか。お前もオタクだろ。
「ヒロア……お前がそのエイガを愛してるのはよく伝わったぞ……」
三人のやや疲れた顔と可哀想な人を見る目が辛い。
「あー皆、すまん。で、セルア、俺は詳しくないから聞くが、皇族と従者ってこんな風に雑魚寝が普通なの?」
この家、ワンルームマンションと同じなんだ。トイレは外。
「そのことか、皇族や貴族が自殺に連れていくのは肉体関係がある者というのが通例だからからな」
「……そうなんだ。黒瀬と優子はいいのか?」
「それも今更だよ。傭兵稼業は雑魚寝が普通だ。俺も女の裸には見慣れた」
「黒瀬君もたくましくなったわよね」
「優子はすぐ子ども扱いする……」
黒瀬と優子って、なんかこう、姉と弟みたいな雰囲気があるんだよな。
「優子も?」
「ヒロアさんは大人の男性。何も気にならないわ」
お、おう。お褒めいただき光栄だ。
「セルアもいいんだな?」
「ヒロア、何を気にしている。ずっと二人で寝ていたではないか」
「その言い方、誤解を招くって」
「ふふふ。何を照れてる?」
セルアはしなを作って俺にもたれかかってきた。ちょっと調子に乗りすぎだ。なので少しお仕置きする。
「はいはい、おやすみ。セルア、処女がイキっても無駄無駄」
セルアを“お姫様抱っこ”して、するりと布団へ寝かしつける。顔はキスできるぐらいの距離。
「な」
「ほれ」
そして軽くセルアの豊満なバストにタッチ。まだ硬いな。すぐに胸を隠し、顔を赤くするセルア。うむ。チョロ可愛い。
「こっちは夜の接待で鍛えられてるんだ。俺を揶揄うのはもう少し成長してからにしろよな」
そう言ってセルアの頭を撫でる。満更でもない顔になったが、“娘みたい”ポジションでなら、こうやっていくらでも可愛がってやるぞ。
「くすくすくす」
見ると赤い顔した黒瀬と口を押さえて肩を震わせ笑い続ける優子。
「優子、ちょっと笑いすぎ」
さすがは長生き女子。年若い女子とは余裕の大きさが違う。
「ヒロア、イチャイチャというか、キャバレーでおっさんがやるようなことはお前たち二人きりの時に頼む」
そう言って黒瀬は布団に潜りこんだ。若者にはちと刺激が強かったか。