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次から次へと! 少年魔導士の受難は続く  作者: はるゆめ


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第二話 昭和から来た二人

 俺たちはすぐに傭兵協会の建物を後にして、人通りが少ない街道を歩いていく。

 良からぬ気配の四人も、付かず離れずで追ってくる。


「これを見てくれ。この先は森だ」


 クローセが地図を差し出してきた。


「これは……よく出来た地図だな」

「自分で書いたんだよ」

「すごい。等高線まである」


 国土地理院製に匹敵するほどの詳細なものだ。


「……まともな地図がないから自作するしかなかったんだ。この森へ入ったら行動開始、それでいいか?」

「いいよ。刺客は四人」


 ──皇帝の目と手は大陸中に届く。

 この言葉の意味を知らない者はいない。どこに逃げても追ってくる。有名な話だ。


 十五分ほど歩くと、深い森に差し掛かり街道はその中へと続いている。

 ユウコの姿がブレたかと思うと、セルアの背後に立っていた。この子も転移魔導を使うのかね。彼女は指で摘んだ小さな矢を俺に見せる。


「吹き矢か……“忍者”かよ」


 危なかった。吹き矢ってここまで遠くに飛ばせるのか。敵の位置は五十メートル先だぞ。


「射手を片づけてくるわね」


 言うが早いか、ユウコの姿が消えた。


「じゃ俺はもう一人を」

「クローセ、任せた」


 クローセは走って森の中へと姿を消した。


「腕は確かなようだな。これでヒロアの負担もかなり減る」

「安くない金払って雇ったんだからさ。そうでないと困るよ」


 あの二人は想定以上にコスパが良い。そんな会話をしていると、殺気が迫ってきたので、セルアを抱えて横へ飛ぶ。 

 風切音と一緒に迫るモノをナイフで弾くも、すぐに別の方向からも飛んできた。

 袖に仕込んだ籠手で止め、殺気のする方向へ誘導と加速魔導をかけて打ち返す。ホーミングミサイルの概念を知っていれば朝飯前だ。


 殺気が消えた。自分のエモノが、しかも威力と速度を増して返ってくるとは想定してないだろう? 

 もう一人の殺気がする辺りの酸素を気体魔導で消すと人が倒れる音。呼吸する生き物に無酸素空気は必殺技になる。


 それぞれの死体を確認。最初に変な武器を飛ばしてきた方、そいつは釣り竿を持っていて、針の代わりにプロペラというか手裏剣ぽいモノが括られていた。なるほど。凶器の挙動が変だった理由はこれか。

 もう一人は若い女だった。どこからどう見てもただの街娘だ。こんなのがあちこちにいるんだよなぁ。

 俺は背嚢から干し芋を取り出し齧り付く。魔導を使うと腹が減る。


「終わった」


 クローセとユウコも戻ってきた。


「おっご苦労さん」

「武器以外の所持品は一切持ってなかった」

「いつものパターンだな。こっちの奴は“手裏剣”ぽい武器だったわ」

「“手裏剣”?」


 変な顔になるクローセ。


「あーすまん。俺の故郷にあった武器でな」


 咄嗟に誤魔化しておく。クローセとユウコがもろ日本人顔してるんで、うっかり手裏剣なんて言葉が口をついて出てしまった。


「よしっ。ちょっと休憩しようか」


 さっきの吹き矢はユウコがいなかったらヤバかった。危険な目にあった後はいつも茶番をやって自分とセルアの気を紛らわせることにしている。


 定番は『お姫様とバカ従者ごっこ』。地面へ俺のマントを敷き、セルアへ慇懃に礼をとる。


「ささ、殿下〜、こちらへ〜」

「……またその戯れか」

「殿下〜、言葉遣いがなっておりませぬ〜。(それがし)が陛下のお叱りを受けますなりよ〜」


 俺の口調と仕草はバカっぽい喋りと演技で有名なコメディアン、みなみ太郎の物真似。

 近年は映画監督として世界的に有名で、彼のコメディアン時代を知らない若い子も多い。


 みなみ太郎の物真似は、全社集まっての忘年会で俺の十八番だった。

 一回ヤケクソでやったら社長に大ウケしてしまい、それ以降、毎年社長直々の指名でやらされてた。CEOには逆らえないよなー。


「くすくす」


 振り向くと、ユウコが肩を震わせながら茶の道具を取り出していた。ウケてる。茶を淹れてる間、クローセも笑いを堪えていた。


「帝国、いや大陸で並び立つ者なき美貌の殿下にお仕えできる(それがし)は果報者でござる〜」


 おどけつつ、俺はセルアの隣に座った。


「お美しい殿下の前にはどんな宝石も霞んでしまいまする〜」

「……」


 頬を赤らめて俯くセルア。俺にベタベタしてくる割に、こういうところは血統書付きのチョロインだ。

 まぁ二十三番目の皇女、おまけに特攻兵器扱いで戦場に送られたセルア。皇宮でどういう扱いだったのか容易に想像つく。ストレートに褒められるのに慣れてないだろうな。


「お茶どうぞ」

「お、ありがとう」


 ユウコが木の椀に入れた茶を差し出してくれたので、一口啜る。


「美味いな」


 ハーブティーだろうか? するとクローセがユウコと目配せをして、真剣な顔で告げてきた。


「ヒロア、俺たちの自己紹介には続きがある」

「ん?」

「俺とユウコは……こことは違う異界から飛ばされてきたんだ」

「えっ?」


 セルアも俺と同じように驚いたようだ。あまりに突拍子もない告白。

 この二人、顔と名前が日本人っぽいなぁとは思ってたけど……次元を渡るなんて話、SFかよ。


「詳しい事情はおいおい話す。俺たちの目的は元の世界へ帰ること。霊峰に行ってドラゴンに交渉して頼み込むつもりなんだ」

「……そうだったのか」

「“それでヒロア、君も日本人だろう?”」


 黒瀬が日本語で質問してきた。聞きなれない言語を訝しむセルア。


「等高線、地図記号、忍者、手裏剣という言葉。それにさっきのコント、みなみ太郎の物真似だよな?」


 そりゃわかるわな。隠しても仕方ない。


「そうだ。生まれも育ちも日本だよ」

「じゃ、ヒロアもこっちへ転移してきたのか?」

「俺は違うんだ。あっちで死んだ後、魂だけ召喚(よば)れて、転生ってわけだ。とは言えこれは俺自身の身体でね。中身はおっさんだよ」

「自分の身体?」 


 クロセが「?」を三つぐらい浮かべた顔で聞いてきた。


「その辺は後で詳しく話す」


 今度はセルアが口を開く。


「ヒロア、さっきから何語を喋っている?」

「あ、すまん。日本の言葉だよ」

「今のがニホン語か。イントネーションやらアクセントまで全く違うのだな」

「クローセとユウコはその日本から来たんだ」

「何? ニホンは違う世界にあるのだろう? どうやって来たのだ?」

「その辺は後で教えてくれるってさ。クローセは黒瀬、ユウコはそのまま?」

「優子だ」

「二人とも高校生ぐらいなのに、みなみ太郎の芸風をよく知ってたな。ネットで昔の動画とかで見たのか?」

「……え?」


 ポカンとする黒瀬。


「いやいや、今じゃ世界的な映画監督としての方が有名だろう? 現役のコントを知ってるのは俺らおっさん世代だし。えっと、確か平成元年に映画撮るって宣言したっけ」

「何の話だ? それと平成元年って?」


 黒瀬の表情からふざけていないのはわかる。


「平成がわからないのか?」


 黒瀬と優子は首を振る。 

 ……もしかしてもしかするのか。

 念の為に確認する。


「日本の首都は?」

「東京だろう?」

「じゃ日本で一番高い建物は?」

「東京タワー以外にあるのか?」


 ……そうか。


「日本一高い山は?」

「富士山だ」


 なるほど。


「総理大臣の名前を言えるか?」

「中曽根だ」


 中曽根総理……かなり前だぞ。


「大ヒットしたテレビゲームのタイトルを三つぐらいあげてくれ」

「テレビゲーム? インベーダーゲームのこと?」


 ……こりゃ決定だな。


「黒瀬達は……昭和から来たんだな」

「そういうヒロアは違うのか?」

「俺が生きていたのは平成。昭和の次の年号だ。昭和は六十四年で終わった」 

「六十四年? 平成……そうか……」


 そのまま互いの知ってることを確認し合ってパラレルワールドの住人ではないらしいことは確認できた。確定ではないけど。


 さらに俺が生年月日を伝えると、黒瀬は「俺より年下じゃないか」と言ったきり黙り込む。だよな。彼からすると俺は少しだけ未来人。


「黒瀬も優子も俺より年上か……」

「そうなるな」

「まぁそれは大した問題じゃない。同じ日本人のよしみで君らが日本へ帰る手伝いをするよ。役には立てると思う」

「それはありがたいけど……」


 俺はこの世界に骨を埋める。向こうで死んだんだ、帰る場所はもうない。でも黒瀬と優子は違う。日本へ帰してやりたいさ。


「日本人が日本人を助けるのに理由がいるか? それにおっさんは困ってる若者を助けてなんぼだぜ」

「何も礼はできない」

「はははっ。それは黒瀬がおっさんになった時、もし困ってる若者がいたら助けてやってくれ」

「……すまない。感謝する」


 頭を下げる黒瀬と優子。いいんだよ。若者は遠慮するな。


「クロセとユウコはヒロアと同じニホン人なんだな?」

「そうだ。ただ生きてた時代にズレがある」

「世界を移動したのと魂を召喚されたのでは手段が違うが、それにしても同郷の者たちに巡り合うとは、奇妙な縁だな」


 セルアが感慨深げに呟く。俺も同感だよ。


「私とヒロアの出会いも運命的なものであったが」

「なんだこの恋愛脳皇女め。あれは災難だ。災難」

「……私との出会いが災難だというのか」


 見るからに落ち込むセルア。あーもう!


「照れ隠しだよ! 察しろよ」

「ヒロアの言葉はいつもいい加減だ。素直に心情を述べろ」

「はい〜前向きに善処します〜」


 くすくすと優子が笑う。


「微笑ましい二人ね」

「な、なんだ優子。そんなにおかしいか? というか、今の優子、親戚のおばさんみたいだぞ」


 年齢はわからないが、優子の態度や仕草はどうも若い娘っぽくない。


「ヒロア、もうひとつ話しておくことがある。優子は何百年も生きてる吸血鬼なんだ」

「はっ? えっ?」


 何それ。

 あれか? 

 あの?

 血を吸う?


「ヴァンパイア? え?」


 実在するものなのか? 日本に? 黒瀬達がいて日本は本当に俺がいた日本なのか?

 動揺する俺の視線を受けても優子はニコニコしたままだ。

 俺は反射的に首を手で隠してしまった。


「ふふっ。ヒロアさんが今思い浮かべてるようなことはないから、安心してね?」

「あ、うん、おう」


 映画では牙を剥き出して、人に噛みつき血を吸うヴァンパイア。吸血された人間もまたヴァンパイアとなり、そして十字架を恐れ、日光で死ぬ。

 こっちの世界では吸血鬼なんて聞いたこともない。いやいや日本にだっていないだろ。


「だから優子の瞬間移動は魔導じゃない。吸血鬼としての能力なんだ」

「ヒロア、キュウケツキとはなんだ?」


 セルアは知らんよな。


「皇女さん、その辺も後で説明するよ。ヒロアもそれでいいか?」

「ああ。情報量が多すぎる」


 俺は同郷の人間に会えた喜び、吸血鬼が実在して目の前にいることへの驚き、これから熾烈を極めるであろう帝国の追撃に対する不安。

 あーぐちゃぐちゃだ、もう。

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