第十九話 胸糞悪っ!
セルアと一緒にダラド領の伯爵邸から迷宮都市ディーザにあるガロウの宿まで約二千キロの転移をした俺。ことが片付いた安堵からうっかり低血糖の演技を忘れてしまった。
で、セルアがそれに気付いて問い詰められ、仕方ないのでフゥジィに取り憑かれたことを白状した。怒った女、いやずっと歳下だから女の子か、とにかくそういうのに弱いのが俺の弱点なのである。
「亜神に憑依されたか……」
心配顔のセルア。そうか、フゥジィのような存在は亜神て言うんだな。
「でもセルア、デメリットはわからないが、メリットはあるだろう?」
「そのデメリット、不具合がわからないのが問題であろう」
『セルアちゃんに伝えてねぇ。そんなものないよって』
「フゥジィはないって言ってるけど」
「亜神の言うことを真に受けるな。帝国の歴史上でも亜神に取り憑かれた者の末路は悲惨なものばかりだ」
マジか。それは気になる。
『だからぁ、そんなものないって』
本当か?
「セルア、どっちにせよ、こいつを追っ払うことができないなら、ここで言い合っても無駄だよ。今のところ害意や悪意はないようだから、俺は受け入れるさ」
「……ヒロア、それでいいのか?」
「いいも悪いも、今のところ魔導の代償を、一部どころか、かなり肩代わりしてもらってるのは事実だしな」
少なくとも伯爵邸へ跳んだ時よりずっと楽だった。納得いかない顔したセルアをどうにか宥めすかして、戻ってきた黒瀬と優子にも事情を話しておいた。
「それでヒロア、ヒガキのことはどうする?」
黒瀬が聞いてくるが、俺は本音で話す。
「放っておけば、そのうちあの取り巻き女達に始末されるだろうさ」
少しだけヒガキなる少年を哀れに思う。彼をこの世界に送り込んだのは何者かは不明だが、最悪なことにフゥジィと出会って彼女がヒガキに能力を与えてしまった。
それで増長してしまい、帝国に喧嘩を売るなんて発想に溺れてしまった少年。そんなものがなければ、生き残る確率はマシなものになってただろうに。
東の王国も国の英雄を表立って止められないが、ここ帝国領内でなら暗殺はやりやすいだろう。国際問題になる前に処分されるのは目に見えている。
国というものを全く理解していない幼稚な発想が身を滅ぼすわけだ。皇帝一人殺したところで、帝国はびくともしない。何人もいる皇子の誰かが次の皇帝になり、何百年以上も続いた国体は変わらずだ。
誰か教えてやれよと思わないでもないが、俺がどうこうすることでもない。
「それより夜も遅い。寝ようぜ」
寝床に入るとすぐにセルアがいつもよりきつく俺に抱きついてきた。
翌朝、朝食を求めて市場に出かけた俺たちは、編隊飛行をするデルタ翼機を目撃することになる。居合わせた市民達も歓声をあげながら見上げていた。伯爵の情報通りだ。
「二十機以上だな……」
俺は想像以上の数に驚いた。そして気がついた。コックピットに当たるものが見当たらない。無人機なのだろうか。
「ヒロア、見ろ、加速したぞ」
黒瀬の指さす方向では三機が加速して視界から消えた。俺はセルアに耳打ちする。
「もしドラゴンモードなら、あれに勝てるか?」
「単純な速度の話なら、あれには追いつけない。戦うとなるとやりようはあるが」
セルアは俺の目を見つめ問い返す。
「ヒロア、何を考えている」
「外れて欲しい推測だけどさ、あれは対ドラゴン兵器のような気がするんだ」
「……そうかもしれん」
少し不安ではあるけど、ここで考えたって仕方ない。さっさと朝食を済ませよう。
食堂の片隅で俺たち四人は次の目的地を話し合う。
「ここへ寄った理由はヒガキの呼び出しだったわけだな?」
俺はセルアに問う。
「……そうだ。あの国境に近い村にいた時、伝書鳥が私に伝えてきたのだ」
「一人の時を狙ってきたのか」
なるほど。ここへ来る理由をセルアが言わなかったわけだ。
「転移の制限が俺の中の亜神様のおかげで無くなった。一気に霊峰まで跳ぶ……のはどうだろう」
セルアに提案してみる。
「霊峰は寒冷地にある。それなりの装備や服を調達してからだ」
セルアは冷静に答えた。それもそうか。俺たちが今着ている服じゃ寒さには耐えられないしな。
「霊峰に近い都市はどこになる?」
「カリドヤだ。以前は霊峰調査の拠点にもなっていた中規模都市だ」
皇女であるセルアは大抵のことは知っているので、こんな時助かる。
「フゥジィを召喚した存在も気にはなるが、もう少しゆっくりしてからここを出ようか」
「ベレタちゃんとルサちゃん、寂しがるわね」
優子が寂しげな顔をして言った。俺の思い出せない記憶、もう会えない妻や娘のこと。自分でもわかっている、ベレタやルサを可愛がるのは代償行為みたいなものだと。
「ま、発つまではベレタとルサと遊ぶことにするさ。黒瀬、お前も手伝え」
「俺? まぁ善処する」
「ヒーローごっこあたりも教えていくし、物語を紙に書いて置き土産としていこう。この国じゃそういうの見当たらないから」
それと気になるのはフゥジィを召喚した存在。予想はつく。帝国が徹底して弾圧している宗教、その草の根ってところだろう。
フゥジィ、そいつらの居場所はわかるのか。
『うん。どこにでもいるよ。例えばこの食堂にも』
なに?
『でね、あなた達、特にセルアちゃんのことを遠巻きに守ってるわねぇ。帝国に知られないように』
なんだと?
『けどあなたが帝国に目をつけられちゃったから』
そりゃお前のせいだろう!
「ふふふ。ごめんなさいねぇ。彼らはね、ドラゴン信仰をしてるの』
ドラゴン信仰も弾圧対象だったな。そのドラゴンを信仰する奴らが、なんでお前みたいな邪神を召喚したんだ?
『彼らがいうにはドラゴンは私のような存在の眷属だと思ってるのよ。実際は違うけど』
ドラゴンは高次元に住む者によって遣わされたとか、そんな感じか?
『そうそう。そういう生き物もいることはいるけど、ドラゴンは逆なのよ。私達みたいな存在に近づこうとした生き物ってこと』
ん? あ! 確か……鯉が竜門という滝を登りきって竜になるという故事があったな……後漢書だったか……つまりはそれと同じことか。
『よく知ってるわね。別に滝を登るわけじゃないけど。とにかく彼らは私を召喚して信仰の象徴を手に入れたかったみたいよ』
それはそれですごい技術だが……お前って捕捉されてるの?
『そうみたい。そんなわけであなたとセルアちゃんを守ってるのよね』
帝国領に入って以降、あの南部の村やダラド領が安全だったのは不思議じゃないが、ここディーザで帝国の刺客に見つかってないのはそういうわけか。
セルアの髪を染めてフードを被らせてるという対策の成果だと思っていたが……。
『召喚もねぇ、不完全な儀式だったから生贄を二百人も用意した割に、私は森の中で顕現することになっちゃったし』
ちょっと待て。二百人の生贄だと……。
『それはそうよ。対価もなしにできることじゃないからぁ』
エグいんだな。二百人も死んで大事にならなかったのか?
『あ、それはねぇ、あちこちの都市で分散してたみたい。ある者は自殺、ある者は親が子どもを手にかけたり。だからただの事件として処理されてるのねぇ』




