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勝手に殿下の愛人にされても困ります

作者: 上野 ハル

パチッ。

――ここは?

「目が覚めたようですね、リナ様」

私はベッドから起き上がり、声の主を見ます。


ふわり、と柔らかい感触。

これ、いつも使っているベッドじゃない?


あ。

思い出しました。


私は、葉都祭(はとさい)でレモネードの売り子をしていたんです。

年に一度のお祭りなので城下町にはたくさんの人が集まります。

だから、日銭稼ぎに城下町まで出向いていました。


まだ15歳の私が、一人で城下町まで遠出の旅。

怖かった。ようやく街にたどり着いたときは、とてもホッとしました。


葉都祭は、全国から平民と貴族様が関係なく集う、年に一度の緑を祝う祭りです。

私のレモネード店は、貴族街の近くに住んでいる裕福な人たちに向けて販売することで、順調に売り上げを伸ばしていました。

そこまでは、普通に商売をしていただけなのに。


急に、とても立派な服を着た男性が屋台に駆けつけてきたのです。

貴族街の方向からなので、あの人は貴族様なのかもしれません。


でも、とても危険な感じがしました。


避けようとしても間に合わなくて。

その人は、私をひょい、と持ち上げました。


見ず知らずの男性に急に体を抱かれる恐怖といったら。

怖い。


――その後の記憶は何もありません。


「今日で葉都祭から二日が経ちました」

召使いらしい人に目を向けます。


「どういうことですか。ここはどこ?あなたは?」

「ここは王宮の奥の院で、私は第一王子にやとわれた、下級貴族のカシャです。リナ様の身の回りのお世話を担当するので、以後お見知りおきを」


貴族様が、私の世話を?

それにここ、王宮?!


「王宮って……貴族街の?」

「はい」

貴族街……。


たしかに、この部屋の装飾はとても豪華です。

このベッドもふわふわですし。


でも、貴族様は怖いです。

私がちょっと逆らうだけで切り殺されるそうです。

この召使いの人も貴族――貴族様?!


「これまでのご無礼申し訳ありません!」

私は急いで床に正座になりました。

「いえ――」




カッカッカッカ。

誰かが歩いてきてる。


「私は一旦下がらせていただきます」


ガチャ。


ドアが開くと、そこにいるのは、あの男でした。

私に急に抱きついてきた、あの。


私は正座から急いで立ち上がります。


「リナ!」

彼は言いました。どうして私の名前を知っているの。

「だれ。何しに来た」


警戒しろ。

この男は危険だ。


「レルコニアン王国第一王子の、カロナス・デルナキオです。以後、お見知りおきを」

「お、王子様……?」


私はへなへなとベッドに座り込みます。


結局、私の処理能力以上の爆弾をぶっ放されました。

私は平民なのに、急に貴族様とか王子様とか……。


「そうだよ。僕は君の王子様になりたい。大好きだ、リナ」

え。

「なんで急に」

「一目ぼれだよ。リナは僕の運命の相手だ」


……。

信じられない。

たしかに私、村でも美人だとは言われていた けど。


っ。

「お、王子様、ご無礼申し訳ございません」

私はまた正座の姿勢に戻ります。

動揺に任せて乱暴な口を……。


「そういうのいいから。普通に接してほしいな。王子様って呼び方もやめてよ。僕とリナの仲だ。カロナスでいいよ」

「いえ、しかし……」

先ほど会ったばかりですし……。


「じゃあ、僕の命令だ。僕を名前で呼びなさい。無礼なんて関係ないから」

「わかりました……カロナス、様」


命令は絶対。

でも名前で呼べば呼ぶで、他の貴族様に怒られそうです。


「では、一つだけ質問に答えて頂けますでしょうか」

「んー、『質問に答えてほしいです』って感じに話せるなら、いいよ」


どうしましょう。

貴族様はいつ気が変わるか分かりませんから、急に無礼って切られるかもしれないんです。


「僕の命令だ」


ですが、命令。

貴族様から出された命令を破っても、また切られます。


「質問に答えてほしいです。なぜ私は捕まったのでしょうか」

「君を僕だけの物にしたいからね」

え……。


それって、ただの誘拐なのでは。

そして監禁なのでは。


いえ、別に法律違反なわけでは無いのでしょう。

だって相手は貴族様。


貴族様が勝手に平民を使いつぶしても、それは道具を使いつぶすのと同じもの。

そう、お母さんから教えられました。


ですが、嫌なものは嫌です。

これから殴ると言われて覚悟していても、殴られたときは変わらず痛いのです。


それでも我慢しなければ切られると、お父さんから教えられました。


「あのっ!お母さんとお父さんには、私のこと――」

どうせ貴族様のことです。

私を両親の元に帰す気はないのでしょう。

それでも確認しなければ。


私の言葉は途中で止まりました。




「大丈夫だよ。()()()()()()()()




「え」


「大丈夫かい、リナ?復讐なら心配いらない。文字通り、人っ子一人残さなかったからね」


「平民だから、殺しても誰にも文句は言われないよ。僕のことなら心配しないで」


「あ」

「リナ?」



「ありがとうございます、カロナス様!」



復讐のためには、誘拐犯に従順にしていなければならない。


いざその時になるまで、私は力をためる。

こいつの理想の女を演じてみせる。


だからカロナス、首を洗って待っていろ。

直にお前も、村のみんなと同じ最後を迎えるだろう。


――


「リナ、君は僕に真実の愛を教えてくれた。父上に決められた婚約者なんかじゃなく、君が、好きだ」


やだ。


「リナ、大好きだよ」


やだ、やだ。


「僕の美しく愛しいリナ」


いやぁ!!

バンッ!


拳を突き上げて、奴の顔に触れるか触れないかで目が覚めました。


また、この悪夢です。


奴に監禁されてから一か月が経ちました。

そして、奴は毎日私のところに来て話します。


奴は私をとても愛していて、奴の性格なら今にでも結婚しそうなのに、まだ結婚しないのが不思議なくらいです。

私にとっては喜ばしいことですけれど。


「リナッ!」

「カロナス様!」

また奴が来ました。

私は表情を満面の笑みに固定して、心を殺して奴と話しました。


――


うぅ……。

奴にネックレスをもらいました。


販売している物ならまだしも、奴が作ったセンスの悪すぎるネックレスなんて、触れたくもない。


外そうとしているんだけど、外せなくて。

どうしよ……。




「ねえ、リナ。一緒に殿下を陥れません?」

「え?」

私がネックレスと格闘していると、カシャ様の声がしました。


姿形は、私の知っている、召使いのカシャ様です。

ですが、その口調、態度、姿勢、すべてがカシャ様の者ではないみたいです。


「私、フロレイン家の長女、カシャルキニア。殿下の婚約者ですわ。あの殿下と結婚なんて絶対いやですから、一緒に殿下を陥れましょう?」


殿下の婚約者で、フロレイン家?!

フロレイン家といえば、王族の次に強い力を持っていると言われている貴族様の家です。


「詳しく話を教えて!」

殿下が関わる話なら、どんな情報でも良いのです。


――それから話してくださったのは、こんなお話でした。


・カシャ様はフロレイン家の長女。本名はカシャルキニア。

奴――カロナスと、年齢が近いからというだけの理由で婚約者になった。


・致命的に相性の合わない二人は早々に仲たがい。

婚約解消をしたいけれど、自分の家の都合を一番にしてくるカシャルキニア様の父は、それを許さない。


・だからカシャルキニア様は、自分で婚約解消のために動いている。

その一環として、カロナスの弱みを少しでも握れたらと思って、ここで召使いとして働いていた。


・私を愛しているカロナスは、あと一押しもあればカシャルキニア様との婚約を解消しそう。


・しかし、カロナスにも理性というものが存在するのか、婚約解消の一歩を踏み出してくれない。

その一押しをしたいが、カシャルキニア様一人では限界がある。


ということで、奴のマインドコントロールができる私に、白羽の矢が立ったのです。


……もし奴に少しも理性が無ければ、今頃私は奴と結婚してたではないですか。

危なかった。


カシャルキニア様もです。

私に話を持ちかけて下さったのは、ただ私がいないとカシャルキニア様の計画が失敗するから。


「もちろん。殿下を陥れたいのは私も同じだから」

私がそういうと、カシャ様――いえ、カシャルキニア様は、薄く微笑みました。


これ以外の返事がありますか。

私もカシャルキニア様も殿下が嫌い。それだけの繋がりです。


私は平民で、カシャルキニア様は貴族。

その差は無くすことができないのです。


ですから私は、カシャルキニア様の望む通りの返答をした。

ええ、私にこれ以外の返事がありますか。


私の気持ちなど、最初から問題ではないのです。

だって、相手は貴族なのだから。


それから私たちは、計画について話し合いました。

1週間後に、決行します。


――


「リナ、これが脱出ルートよ」

「ありがとうございます、カシャ様」


もらった紙を広げると、中にカードが挟まっています。

紙は半分が地図で、半分が解説の文章みたいです。

文章によると、このカードは関所を通るときに必要みたいですね。


とても詳しく書かれています。

貴族と遭遇したときの言い訳の仕方、どの道をどの速さで歩くか、そして門での話し方。


これだけの物を、よく一人で……。

カシャ様の頭脳には感服します。



「殿下が来るわ。約束通りお願いね」

「はい」


奴が来ました。


「リナっ!」

「カロナス様!」


「だから、カロナスでいいってば」

「あ、そうでしたね…」


「ごめんね、仕事が忙しくて。二日ぶりかな?」

「いえ、大丈夫です。お仕事お疲れ様です」


「――いずれ一緒に旅行したいな」

「私も旅行したいです」


「せっかく一緒に行くんだから、遊園地とかが良くない?」

「なるほど!いいですね!」

「じゃあ、予定を調整しとくね。今度一緒に行こっか」


「あ、でもそれなら、カロナス様、カシャルキニアという方とは別れてください。不倫なんてダメです!」

「わかったよ、もちろんだ。僕もカシャルキニアとは別れたいと思っていたところだ。約束するよ」


「できるだけ早くが良いだろう。今日のパーティーで婚約破棄をするよ」


「リナ、安心して。僕はリナの味方だ」


「愛してる」

「またね、リナ」


うえっ。

奴が、私の耳に息を吹きかけて、帰っていきました。


これが、奴との最後の会話であることを祈ります。

あとは、カシャルキニア様、うまくやってくださいね。


明日のパーティーで、婚約破棄、でしたっけ。

頑張ってください。


貴族たちがみんなパーティーにいる間に、私はカシャルキニア様がくださった、この鍵で脱出します。


暇を持て余しながら鍵を見つめていると、いやおうなく一週間前のことを思い出します。


………



「では、リナ。あなたは殿下に、カシャルキニアと別れてほしいと言って。それで私は婚約解消ができるわ」

「……」

「明日も殿下が来るはずよ。そのときに頼むわ」


「嫌です」


私は、あなたの思うままに動く操り人形じゃないんです。


「なぜ?」

その言葉からは、微かないらだちが漏れ出ていました。


「私がここから解放されるという証拠が欲しいです」

「――私が後で助けに来るわ」


「そんなの証拠にはなりません。だって、目標を達成した後に、わざわざ私を助ける利点なんて、カシャルキニア様には無いんです」


「……そうね」

「わかったわ、これがこの部屋の鍵。あなたに預けるわ」


ひんやりとした金属の鍵を受け取ると、私はすぐにドアに行って、試しに鍵穴に差し込んでみました。


良かった、本物みたいです。


「じゃあ――」

「あと、私が貴族街から脱出するまでのルートをください」


私はカシャルキニア様の言葉をさえぎって続けます。

これについては、少しの妥協もしません。


私の命にかかわります。


それに、私が死んだら、カシャルキニア様も永遠に婚約解消ができませんから。

殺される心配が無く自由に要求できるのが、嬉しいです。


ひっ、睨まれました。やっぱり怖い……。


「今すぐには用意できないわ。脱出が遅れても良いの?」

「はい。どうせルートが無ければ私は途中で捕まってしまいますから」


自分の能力を過信してはいけません。


「どれくらいかかりますか?」

「……一週間ね」


一週間……。

カシャルキニア様一人で作るとしたら、たぶん早い方でしょう。


「わかりました、では、一週間後ですね」

これで私たちの秘密の会話は終わりです。


ふぅ、貴族と話すのは緊張します……。


「まだ終わりじゃないわよ。私のほうも計画を話しておくわ」

カシャルキニア様は、私が顔をそむけたことがお気に召さなかったようです。


「リナが殿下に私の婚約解消を訴えたあと、私は殿下のところに行って、殿下をからかうように振る舞うの。一週間後なら、国王陛下の誕生日パーティーが良いわね。できるだけ多くの貴族の前で婚約解消をさせないと、あとで うやむやに されてしまうから。」


口を挟む隙がありません。

……もしあったとしても、どうして貴族に、その話はどうでも良いのでやめてください といえますか。


「そして婚約解消をさせたら、あとはそのまま書類まで持って行くだけよ」

「がんばってください」


私は適当に返事をして、こんどこそ体をそむけます。

貴族と話すと疲れます。

しかも、こんなに面倒な貴族だと、なおさら。


………


これでもう、カシャ様と話し合うことはない、はずでした。

それなのにカシャ様は、毎日話しかけてくるのです。

あれから一週間、毎日毎日です。


「リナ、このゲームの攻略法を、一緒に考えましょう?」

とか、

「リナ、一緒に料理しましょう?」

とか、

「ところでリナって、釣りできる?森にある木の実が毒持ちかそうでないか判別できる?」

なんていう、意味の分からないものまで。

できるけどって、ドヤ顔をしました。


あと、

「そういえば、『カシャルキニア』って長いだろうから、カシャでいいよ」

って、言われました。

それからはカシャ様と呼んでいます。


貴族からの要請は、命令と等しいですから。

……確かに長かったのもあります。



「リナ、ありがと。これで婚約解消できる」

やっと、とカシャ様は小さくつぶやきます。


私が奴に拘束されていた時間は、たった一ヶ月ほどです。

ですが、カシャ様は、本当に、何年もずっと、奴に拘束されていたのだと思います。


「――ねえリナ、知ってる?この街を出て北にちょっと行くとね、森があるの。その中を、道にそって進んでいくと、小さな小屋があるのよ」

「初めて知りました」


「まわりには食べられる木の実もあるし、川も流れてる。ひとりで暮らせるはずだから、そこに行きなさい」

「え?」

なんの、話ですか。


「リナ、どうせ街に戻っても、住む場所が無いでしょう?だから、その小屋を使ってちょうだい」


考えまいとしていた、脱出したその後の話です。

私の村は、もう、ありません。

帰る場所が、ない。


「ありがとうございます、カシャ様」


目に涙が溜まりました。

たぶん絶対、村のみんなのことを、両親のことを、思い出してしまったからです。


「じゃあ、私もパーティーに行くわ。この服は脱出用に使いなさい」

「いってらっしゃいませ」



私は、カシャ様が置いていってくれた、召使い用の服を着ます。

とてもきれいなドレス。

私にはとても似合いませんが、計画に必要なので仕方ありません。




時計がないので、時間が分かりませんが、カシャ様はパーティーに出かけて行きましたし、もう良い頃合いでしょう。



脱出の始まりです。



鍵のかかったドアを開けて、廊下へ出ます。

なんだか新鮮です。


一応できるだけ足音を抑えながら、もらった地図を見ます。

まずは離宮から脱出です。これは簡単そうですね。


私は離宮の裏口を出ます。

一か月を過ごした離宮ですが、これでお別れです。

嫌な思い出の方が多いですけど。


次に探すのは、壊れたフェンスです。

壊れたフェンス、壊れたフェンス……。

ああ、ありました。


カシャ様いわく、離宮は使われていないから放置されたままだそうです。


私は穴をくぐり抜けます。

穴は予想より大きくて、服の破れる心配もありません。


穴をくぐり抜けたら、あとはこの裏通りを突っ切って、門を通り抜けるのです。


あと少しでここから脱出できる。

そう思うと、自然と足も速くなります。


「待てっ!」


私は足を止めて、振り返ります。

私の後ろから、騎士様が走ってきていました。


「ここで何をしている!」


ひっ。

騎士様に、見つかった……。


「あ、えっと」


落ち着け、落ち着け。

ここで捕まったら、また奴の元へ戻ることになる。

それはいやだっ!


大丈夫、カシャ様にもらったルートに書かれていた言い訳を思い出せ。


「私、カシャ――カシャルキニア様に命じられて、平民から扇子を受け取りに行っているところです」


「パーティーの日に?」


「は、はい。わ、忘れてて……」

ここで、涙の一粒でも出せば上出来でしょう。

演技は得意です。奴を騙すために必要でしたから。


「自業自得だな」

「……じゃあ、失礼します。早く戻ってパーティーに出たいのです」


騎士様は見回りに戻りました。

私は気を抜かないで、小走りで門へ向かいます。





「すみません、通してください」

はぁ、はぁ。

ようやく門に着きました。


「だれだ。通行手形は?」

「ふろれいん家の召使いです。通行手形はこれです」

私は、カシャ様から渡された小さなカードを提示します。


「よし、通れ」

「ありがとうございます」


私は小走りで門を通り抜けます。


「違うっ!フロレイン家は全面通行禁止だと、今日言われただろう?!」

「なっ!――待て!」


え、なに?

思わず後ろを振り向くと、騎士様が私を追ってきていました。




逃げなきゃ。




私は門を急いで通り抜け、そのまま猛ダッシュで大通りを走っていきます。

走って走って走って。




――




「通して」


どこをどうやって走ったのかも覚えていません。

ただ、気が付いたら、私は正門にいました。


逃げなきゃ。

早く、この街から脱出しなきゃ。


「この紙に記入をしてください」

私は門にいる受付の人から紙をもらうと、雑な字で急いで書類を書いていきます。


名前……リーナ

通行理由……森に行く用事があるから


これで良いでしょう。

名前をそのまま書くと危ないと思うので、偽名にしておきます。


私は紙を受付の人に提出します。

「ありがとうございます。門限は、午後9時となっております。いってらっしゃいませ」


私は、受付の人が「ま」を言ったくらいで走り出します。



逃げなきゃ。



街から離れるように、外をずっと走り続けます。


ただ、奴から少しでも離れたい。

絶対に見つからない場所まで逃げ通さないと。




――




やがて私は、森にたどり着きました。

街から20分くらいの距離です。

歩いたら30分くらいでしょうか。


カシャ様の言った通りになってしまいました。

この街に居場所はない。


私は、ゆっくりと森の中を進んでいきます。

ちゃんと整備されていない道なので、転びそうです。


秘密の小屋、だっけ。

どこにあるんだろう……。


私は、森の中の一本道を、ずっと辿っていきました。


――


進めば進むほど、道が道ではなくなっていきます。

後戻りしようかな、と思ってしまいます。

街に私の居場所はないのですけど。


森がどんどん暗くなっていき、私の体力も限界に近づいていきます。


本当にこの道であっているのかな。

カシャ様が嘘をついたのかな。

もしかしてずっと前の情報だったりして。



もういいです。

諦めましょう。

そう思って、顔を下に向けます。


――これって?!

草に隠れた地面すれすれのところに、小さな看板が立ててありました。


”ひみつきち このさき まっすぐ”


私は顔を上げます。

すると、木々の間からかすかに見える小屋。

私は転ばないように気を付けながら、小屋に向かって走り出します。




すぐに小屋に到着しました。

幸い鍵などは無かったので、勝手に中に入って、椅子に座ります。



はぁ、はぁ。



私は、奴のすみかから、逃げ出せました。



急に、今まで感じなかった疲れがどっと出てきます。

こういうときは、母に抱きしめてほしい。



今までの疲れがすべて涙に変換され、目からこぼれ落ちていきます。


不思議なことに、一度涙が出ると、止まらなくなるのです。


私は泣き続けます。

泣いて、泣いて、泣き続けます。




――




「リナ?」


だれでしょう。

私は、顔を上げます。


「カシャ――様?なんでここにいるの?」


そこにいたのは、もう会わないはずの、カシャ様です。


「いろいろ、あってね……」


「そうですか」

貴族のことは良くわかりませんが、カシャ様が悲しそうなのは分かります。


「……私も泣いていい?」

「え?!あ、はい、もちろんです」


カ、カシャ様が泣くなんて、考えられない……。

何があったのでしょう。


私は、ぽろぽろと涙を流すカシャ様を観察します。


「なに?見ないでよ」

「っすみません」


カシャ様は顔を背けてしまいました。


「なぜ泣いているんですか。婚約解消ができなかったんですか?」

「いいえ、婚約解消はできたわ。でも、父上が許してくれなかったのよ」


へぇ。

貴族のことは良くわかりません。

奴の性格を少しでも知っていれば、婚約解消は当然だと分かるはずなのに。


カシャ様はもう涙を止めています。

私はもう、さっきの驚きで涙が止まっています。

ですが、そうでなければ、まだ泣き続けていたでしょう。



私達は泣き止んでからも、何もせず、ただずっと座っていました。

ずっと、何時間もです。



やがて、外が暗くなってきました。


「カシャ様、家に帰らないで良いのですか?」

「分かるでしょう?家に戻ったら、殿下と結婚しなければいけないのよ」

「ですが、お父様もさすがに理解するのではないですか?」

「そんなこと、ぜーったいにあり得ないわ」


そういうカシャ様は、まったく悲しそうではなく、逆にすがすがしいほどです。


「お父様は最初から、家のことだけを考えているの。私なんか、政略結婚の駒としか見ていないわ」


カシャ様は、話し出します。

聞けなかったけれど気になっていたカシャ様の身の上が、どんどん明かされていきます。


平民の私が、ただ一時協力し合っただけの私が、こんなことを聞いてよいのか不安になりながら。

やっぱり、好奇心に勝てず、注意深く言葉を聞き、自分なりに頭の中でまとめながら。


それはこんな風な話でした。


・カシャ様は予定通り、パーティーで殿下に話しかけた。


・カロナスは私との約束通り、カシャ様に婚約破棄をつきつける。


・カシャ様はカロナスが勢いに乗っている間に国王陛下も巻き込み書類にサインさせた。


・しかし、国王陛下がカシャ様の父を呼び出すと状況が一転。婚約解消の書類は破かれ、無かったことにされた。


・パーティーが終わると怒られ、「お前なんかいなくなってしまえ」と言われたので、その通りにカシャ様は父の前から消えた。そして、ここに来た。


カシャ様が、後のない状況になって、ここに来てくれたことが、嬉しいです。

私がいるのに、やってきてくれたことが、嬉しいです。


そして、このことを私に打ち明けてくれたのが、たまらなく嬉しいのです。


「リナと同じよ。居場所がない人になっちゃった」

カシャ様は、不安そうにいいます。


「大丈夫です。ここで一緒に過ごしましょう」

私は、自分の望むままに言葉を返します。

自由に話せる喜びを与えてくれたカシャ様は、私の恩人で、私の親友。

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二人の今後が見たい方は評価をお願いします。


――後日談――

この小屋(カシャ様によると秘密基地と言うらしいですが)で暮らして、一か月が経ちました。

それで、あのときのことを思い返したのですが……。


大変です。奴がまだ、村のみんなと同じ最後を迎えていないのです!


いえ、もうさすがに、積極的に奴を――とは思っていません。

ですが、カシャ様の言っていた「殿下を陥れる」ことさえできていないのは、問題です。


私は逃げ出したのに、奴はいつも通り暮らしている。

これは許せないことです。


「カシャ様、そういうわけですから、奴を陥れに行きましょう」

「確かに言いたいことは分かるわ。でも、何のためにここに逃げてきたか、忘れたの?戻ったとたんに逮捕されて牢獄で一生を終えることになるわよ」


たしかに、一理あります。

戻ったら奴に捕まってしまうかもしれません。


「でも、奴に思い知らせなければ。人生を奪われた悲しみを。恐怖を」

「人生は戻ってきたのだから、良いでしょう。面倒は嫌なのよ。せっかく楽しくなってきたのに」


まったく、カシャ様は。


「カシャ様が行かないなら、私一人で行きます」

私は秘密基地の扉を開けます。


「待ちなさい。私も行けばよいのでしょう」

「その通りです、来れば良いんです」


やっと来る気になってくれた様で、良かったです。


「リナ、そこの扉より、二階の魔法陣からの方が近いわ。荷物をまとめたら出発よ」

「はい」


私たちは少ない荷物をまとめます。


「少ないのですぐに終わるわね」

「はい、すぐに出発しましょう」


やる気になってきました。

早く殿下を陥れないと気が済みませんよっ!


「リナ、聞こえる?」

「なんですか?」


さっきとは打って変わって、カシャ様は真剣です。

私はよく分からなくて首をかしげます。


「二階から物音がするわ。転移の魔法陣が使用されたのかも」


ガラ ガッシャン


今度は私も聞こえました。

二階から、大きな物音です。


「部外者よ。貴族の追手かもしれない。逃げるわよ」

「はい」


ちょうど荷物を整理していたところなので、大した混乱もありません。

私たちは必要最低限の荷物を簡単にまとめて、追手が罠に引っかかっている間に秘密基地から逃げ出しました。


無言で走って、森を抜けました。


草原の中、ちょうど良いところにあった岩の陰で腰を休めます。

せっかく二人で楽しく生活していたのに。

秘密基地から、強制的に追い出されてしまいました。


「面倒ね」

「はい。こうなったらもう、貴族街に突撃しましょうよ?」


さっきから話し合っていたのですから、ちょうど良いとは思います。

「強制的に追い出されたのも腹が立ちますし、怒りを発散させましょう」


「いいわね、たしかにイライラするわ。すべてを殿下にぶつけましょうか」


奴を今度こそ陥れてやります。


――二人の戦いは終わらない――


二人の今後が見たい方は、評価といいねをお願いします。


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