009.身体能力強化魔法
僅かではあるが、相手から魔力をひったくりのように奪うテクニック“強奪”。
家電や水道などの生活設備機器は、電池のように組み込まれた魔石“ヴィスタ”で動く。ヴィスタの正式名称は、生活魔石。
そして、人間が装備することで身体能力を強化したり、映画などで見られる魔法が使えるようになる魔石“グリスタ”。正式名称は、業務魔石。
聞き慣れない専門用語が自然に使われていると、改めて異世界へやってきたとクシードは感じている――。
ここ数日、彼はミルフィと共に、冒険者ギルド“シーブンファーブン”に寄せられる依頼、図書館の本棚の整理業務や人間広告塔、多種多様な軽作業などを達成すると同時に、スナッチの練習にも励んでいた。
ミルフィ直伝によるスナッチのやり方は、
①まず、魔力を感じる
②魔力を感じたものに向けて腕を伸ばす
③そうするとムワッする
④これをガッとすると、キュウーッとなる
⑤それをシューッとして
⑥いい感じにクッとやればOK!
と、①から難易度が高く、続く②以降も感覚的過ぎて難易度が高い内容だ……。
ほぼ手探り状態で、スナッチの練習を続け数日が過ぎた頃――。
「アレ? なんやこれ?」
ミルフィに向けていたクシードの手のひらに、ムワッとした感覚が走った。
それをガッと掴み取ると、吸い付くようにキュウーっとなり、すかさずシューっと手繰り寄せて、いい感じにクッとすると……。
「あっ! なんかを羽織った感覚がする!」
スナッチの練習相手であるミルフィから魔力を得ることに成功したのか、クシードの身体全体が見えない服でも纏っている感覚になった。
「で、ここからどうすんやったっけ?」
「ぐぐぐグイッ、グイッグイッ、グイッ……」
ミルフィは、ボールに手動式の空気入れを使用するような仕草を見せた。
「んなんで、分かるかボケェーーッ!」
やっぱり伝え方が感覚的。
ミルフィに対して強めのツッコミが入ると、耳と尻尾は萎え、目元から煌めく物が頬を伝っていた。
「ごめん、言い過ぎたわ……」
ミルフィの指導方法が相変わらずなのはさておき、魔力を得ただけでは意味がない。
この数日間、グリスタを手の中に入れる“ストック”と呼ばれるテクニックをクシードは実践してきたが、全くできなかった。
魔力を駆使することで基礎魔法である身体能力強化魔法が使用可能になるが、使うための魔力はスナッチで奪うか、グリスタから得るかの2通りしかない――。
「あれ?」
スナッチから得た魔力が無くなったのか、クシードの身体から何かを纏っていた感覚が消えた。
「い……、いいいんて、インテ、グレっしょ……ッ!」
うーん……、またミルフィが知らない言葉を口にしている。
知らない言葉の正体は、“インテグレイション”と呼ばれるテクニック。
スナッチから奪った魔力や、ストックしたグリスタから供給できる魔力と、自身の魔力を統合するテクニックらしい。
この体内と体外の魔力を合わせる“統合”を行って、初めて魔法を発動させることができるそうだ。
何と言うか……、魔法を使うのはやはり複雑である。
「スナッチで魔力をゲットできたら、その魔力をグイグイッてやればインテグレイションできるんやんな?」
ミルフィはこくりと頷く。
感覚的に教わったスナッチも習得できたため、インテグレイションもその内できるようになるだろう。
「さてと――」
クシードが壁にかかっている時計を確認すると、午前11:15前。
本当は練習に1日を費やしたいところだが、収入面に不安を覚える現状、どこかで切り上げて仕事へ行かなければならない。
練習もほどほどに、クシードとミルフィはシーブンファーブンへと向かった――。
「なぁミルフィ、これはなんて書いてあるん?」
「じょ、じょー、へ、き、ほ、しゅー……」
「ほなこれは?」
「あ、し、ば、く、み……」
午後12:40過ぎ。
昼食を終え、午後からもできる仕事を探すついでに、明日以降の仕事も探すクシード達。
適当にピックアップした仕事は、ルシュガルを取り囲むようにそびえ立つ城壁の補修や、何かの建物の足場組みだ。
収入の良い仕事を探していると、建築や土木関係の仕事といった肉体労働系が多い。
「どれも身体能力強化魔法が必要になるわな……」
他に収入が良い仕事がないかと探せば、モノノケと呼ばれる所謂モンスターの駆除や、犯罪者の逮捕だった。
治安維持のためにと、憲兵から冒険者に向けて、定期的に駆除依頼があったり、お尋ね者のビラが配布されている。
これらは、身体能力強化魔法はもちろん、武器まで必要だ。
弾薬の補充ができない以上、2丁拳銃“ウォード&グローサ”は、この世界では使えないに等しい。そのため、スナッチを確実にし、インテグレイションの習得が必須になる。
そんな現況下で、クシード達ができる仕事と言えば――。
「今日も軽作業の手伝いやんな」
本日の仕事はオブジェの検品及び、梱包の手伝いだ。
業務の合間を見つけて、クシードは職場内の人でスナッチとインテグレイションの練習を行った――。
◆◆◆
それから5日が経過した、午前10:30過ぎ――。
「これがインテグレイションか……」
スナッチで得た身体に纏っている魔力と、自身の魔力をグイグイッ、グイッと圧縮して統合するイメージをすることで新たな変化が起きた。
身体全体が湯船に浸かっているかのように温かい。
魔法を使うには、このインテグレイション状態になることで始まる。しかし、どんな魔法でも使える、というわけでも無く、グリスタ内にプリセットされたものに限られるそうだ。
パソコンで例えるなら、パソコン本体がグリスタで、パソコン内のアプリが魔法、パソコンを操作することがインテグレイション、が近い例えだろう。
幸いにも身体能力強化魔法は、グリスタが無くとも使える魔法なため、クシードでも使える魔法になる。
「一回外に出て、身体能力強化魔法の練習をしてみようかな」
クシードはミルフィと共に、宿泊している宿屋近くの公園へ移動して練習を開始する。
まずはミルフィに向けて手を伸ばしスナッチで魔力を取得。スナッチで得た魔力を、自身の魔力と統合して、インテグレイション。
そして身体をバネの様にして高く跳ぶイメージをしながら……。
跳躍――。
クシードの身体は軽々しく宙を跳んだ。
その高さは約4メートル程。
着地の反動も問題ない。
身体能力強化魔法の使い方は、異世界転移前に着用していたナノマシンスーツ同様、イメージが重要だ。
「見た!? ミルフィ! 1発成功やったでッ!」
クシードが無邪気に喜ぶ姿を見て、ミルフィの口元も綻び、手を小さく叩いていた。
「これでオレも魔法が使えるようになったんやんなッ!?」
「…………」
「ん? ミルフィ、どうしたん?」
大きな声で喜んでいるクシードに対して、ミルフィは突然下を向き、周りを気にしながら赤面していた。
クシードが周囲を見渡すと、公園で遊んでいるたくさんの家族連れから怪訝な眼差しを向けられている。
それもそのはず。
この異世界では“魔法は使えて当たり前”な上、東側の都市ルシュガルにおいて西側地区の訛りは返って注目を集めてしまうからだ。
「……び、貧乏暇無しやから、仕事に行こうか」
クシードもこの状況を理解し、ミルフィと同じように、顔を赤らめながら急いでその場から退散した。
午後からは、いつものお世話になっている図書館にて、本の返却作業の仕事を行う。
ここでも身体能力強化魔法の訓練は可能だ。
高い場所へ1〜2冊だけ戻す作業を移動式の階段をわざわざ使用せず、身体能力強化魔法を用いたハイジャンプだけで終わらせる。
などと言った内容で、クシードは作業能率を改善しながら業務を行ない、身体能力強化魔法の精度も上げていった――。