007.スナッチ
「なぁ、ミルフィ――」
行政庁舎にて、身分証を無事に取得できたクシード。
シーブンファーブンへ戻る途中、建設現場があり1人の作業員が大量のレンガを背中に担いで、2階まで軽々とジャンプした様子を目撃した。
作業員はタンクトップにヘルメットのみと、安全対策が全くされていない簡単な姿だが、ナノマシンスーツの身体能力強化機能使用せず、高さ3〜4mを跳ぶなんてありえない。
「――あの人、重たいもの背負ってんのに、なんであんなに高く飛べたんやろうな?」
「……?」
怪訝な顔をするミルフィ。
おそらく、この世界では当たり前の光景なのだろう。
「あのー、実はさ……、コッチへ来る時にモン……、モノノケの襲撃にあって、なんや、その……、魔法とか、色々と記憶が無いんやわ」
“んなアホなことあるかいッ!”、とクシードは自分自身にツッコミを入れつつも、魔法やこの世界のことなんてわからない。
そのような中で情報を入手するにはどこかで、ご都合主義な記憶喪失者になるしかないのだ。
幸い、人との会話が極端に苦手なため人間というものを知らないのか、もともと優しい性格なのかは不明だが、彼女は記憶喪失をあっさりと信じてくれている。
「……あ、れ、は……、グ、リ、ス、タ……」
「ぐりすた?」
ミルフィはスケッチブックに文字を書いて説明してくれたが、“なんやそれ”だ。
不思議な顔をしているクシードに、ミルフィは両手を伸ばした。すると、手のひらから浮かび上がるように1つの水晶玉が現れた。
「うわッ! なんやこれッ?」
「グ、リ、ス、タ……」
このグリスタと呼ばれる球体は、ビリヤードの球ほどの大きさ。サファイアを思わせるくらい青く透き通って美しい。
しかし、どのような原理で手の中にあったのはわからない。
俗に言う収納魔法だろうか。
「んー……、その“ぐりすた”については、夜メシの時にでも教えて欲しいな」
ミルフィはコクリと頷く。
さりげなく夕食にありつける確約もとり、 2人は冒険者登録を行うため、シーブンファーブンへ戻った。
シーブンファーブンへ着く頃には、すっかり日は傾いていた。
クシードがこの世界へ転移する前の仕事は、モンスターの駆除や、その他派遣サービス業で生計を立てていた。
冒険者業も類似しているため、ある意味、経験職。
元の世界へ帰る方法など検討がつかず、この世界で生きていくには仕事をして収入を得ることが必要だ。
クシードの現在の仕事はミルフィの通訳業務であるが、契約書は締結しておらず、あくまで口約束。
そのため、いつ解雇されるか不明瞭な状態である。
冒険者業も行い、ある程度自立できる状態にならないといけない、とクシードは計画していた。
「――冒険者登録をしたいんですが」
「新規登録?」
数時間前に案内されたもう一つの受付には、濃いアイメイクの受付嬢がいた。
「依頼を受けた冒険者達が帰ってくる時間だしさ、もういょっと早めに来てくれない?」
濃いアイメイクの受付嬢は、鬱陶しいそうに話し引き出しから用紙を取り出した。
いつも通り、クシードはミルフィに代筆をお願いする。
「ハァ? あんた字も書けないの? ミルフィは字が書けるけど喋れない。逆にあんたは字は書けないけど喋れる……。ちょうどいい感じにバランス保ってんじゃん」
馬鹿にしてくるこの言い様……。
この受付嬢、態度悪いな。
反対側にいるウサギ耳の受付嬢と全く違う人種だ。
「ホラッ、使用武器とジョブも書いて!」
「ジョブ?」
「冒険者するぐらいなら、それぐらい知っておいてよ」
濃いアイメイクの受付嬢は、ため息混じりに面倒臭そうな顔をして言う。
「ミルフィは白魔導士なの。依頼をこなす時の適任ジョブ確認や、パーティメンバー募集時に必要だからさ」
よく分からないがジョブとは、保有資格みたいなものかもしれない。
用紙の使用武器欄に“銃”と記入してもらい、ジョブは――
「ジョブは、銃使いですね」
「……何それ?」
鋭い視線を向ける受付嬢と、考え込んで斜め上を見上げるミルフィ。
道行く人や、冒険者ギルド内でも銃を携えた人を何人か見かけている。銃を扱う銃使い職があってもおかしくないハズなのだが。
「銃を使うので、ガンスリン――」
「あー、メンドクサイから狩人にしておいてよ!」
食い気味で否定され、勝手にジョブを決められた。
「で、これから依頼を終えた冒険者達が帰ってくるから、今日はもう帰っていいよ。仕事受けたかったら、明日の朝9:00ぐらいからオリエンテーションするから、その時にまた来な!」
濃いアイメイクの受付嬢は、煙たそうにシッシッとクシード達を払いのけ、半ば追い返されるように冒険者ギルド“シーブンファーブン”を出た。
◆◆◆
「あーーーッ! ったく、あの受付嬢なんやねんッ! ほんまハラタツわぁーッ!」
その日の夜。
宿近くの大衆食堂にてビールを飲みながらクシードは不満を口にしていた。
「まぁでも、これで冒険者登録ができたし、後は仕事をこなすだけやんな」
「……」
紆余曲折があったとはいえ、職にあぶれることは無くなったと思うが、ミルフィの顔は曇りがちだった。
「……で、でもあれやで。毎日シーブンファーブンに顔出しとれば、そのうち護衛も見つかるんちゃう?」
彼女からすれば、連絡の途絶えた両親の元へ一刻も早く帰りたい。
モタモタなどしていられないのだ。
見限られない内に、この世界での生き方を身につけなければ、とクシードは思う。
「ほな、明日はオリエンテーション受けてくるし、その後は護衛探しでもしよう」
翌日――。
シーブンファーブンにてクシードはオリエンテーションを受講した。
受講時間は1時間程度で、内容は冒険者としての心得。
受講者はクシード以外に2人いた。
冒険者ギルドそのものは全国に大小複数あり、シーブンファーブンもそのひとつだそうだ。
そして冒険者ギルド商工会があり、シーブンファーブンはここに所属しているため、他の町へ行っても依頼が受けられるとのこと。
その証明書として、各冒険者ギルドのバッジがある。
シーブンファーブンからは、パープルカラーに輝く直径3センチメートル程のアーチ型のバッジが配布された。
シーブンファーブンとは、虹色の架け橋という意味があるそうで、ランクが上がるに従い色が変わるのだとか。
最高ランクはレッドカラーである。
そして、仕事内容。
雑用など多岐に渡り、メインとなるのは異形の生物“モノノケ”の駆除だ。
命を落としてしまう危険な内容だが、その分報酬額は多い。
このモノノケは、駆除した後は“スナッチで回収”だそうだ。
クシードが初めて聞く用語。
他に受講していた2名の参加者は、納得していた様子だった。
あとでミルフィに確認しておこう。
「――以上がオリエンテーションとなります」
受講を終え、クシードが研修室を出るとミルフィが待っていてくれた。
「これでオレも仕事受けられるで!」
にこやかな顔で話すクシード。
彼の笑顔につられて、相変わらず目を合わせる様子は無いが、表情が柔らかくなっているミルフィと共にシーブンファーブンの外に出た。
依頼を受けられる時間帯は、午前の部が8:00〜9:30、午後の部が13:00〜14:30と決まっている。
現在の時刻は10:30前。
午後からの行動予定を組むため、クシードとミルフィはシーブンファーブン近くの公園に移動し、2人並んでベンチに座っていた。
「――ところでミルフィ、スナッチって何かわかる?」
「……」
ミルフィは少し考え込むと、クシードに向けて腕を伸ばした。
彼女は何かを掴むような仕草を見せ、それを手繰り寄せた瞬間、クシードの身体が急に重くなった。
「ぐっ……」
何が起こったんだ――。