031.阻むナニカ
道行く先は蜘蛛型のハウクロニカによるバリケード。
この大群に対し、応戦する戦力は憲兵と冒険者合わせて8名に、パーレットを除くクシード達4名を加えた12名。
背後からはフィーマヘングが迫る気配が強く感じる……。
逃げ場の無い挟み撃ちの状況下、クシードは、底碪式散弾銃ハーヴィスロートにスラグ弾を装填。
アマレティとエレクツォも業務魔石内にプリセットされている、術者の周りに盾も兼ねた砲弾を展開する魔法、【防衛も可能とする砲弾】を発動させ、戦闘準備は整った――。
「苦労して習得した【防衛も可能とする砲弾】を8発も出して、おまけに二段階強化型まで強化させるなんて……」
アマレティの魔法を見たエレクツォは、あからさまに落胆している様子がクシードの目に映る。
「ん〜? そぉ〜? これでもぉ、1年もかかったんだよぉ〜」
「俺は2年かかって、この高難易度魔法を4つまで出せるようになったのだけどな……」
アマレティの悪気の無い無邪気な言葉に、“ハハハ”とエレクツォは笑うしかなかった。
「だが、村1番の魔導士として、戦わせてもらう!」
「うんうん! がんばろぉ〜!」
「――みっちみちに集合して……。相当仲良しなんやな」
クシードの眼に映る敵の大群。
数では劣勢である。
蠢く集合体とあり、不快感極まりないが、裏を返せば恰好の的。
照準は適当に定めても当たる。
クシードが放った甲高い発砲音は、軌道上のハウクロニカを次々に灰塵と化して行った。
精密に狙うのは、先陣を切る者だけでいい。
8本の脚を素早く動かし、クシードとの間合いを詰める蜘蛛型のハウクロニカ。
接近以外の攻撃方法がないのだろう、銃の敵ではない。
彼の冷静な射撃は眉間を射抜き、灰にした。
2人の黒魔導士も追従し、纏っていた砲弾を放って大勢の敵に立ち向かう――。
「――ミルフィ、スラグ弾」
進行方向には、まだまだハウクロニカがいる。
混戦状況を把握しながら、クシードは右手を後ろに伸ばした。
「……?」
クシードは、持ちきれない弾薬はミルフィに持たせ、戦闘時は補給を受けるスタンスでいる。
ところが、どう言うわけか彼女から応答がない。
クシードが後ろを振り向くと、サソリ型のハウクロニカに首を絞められて、もがいているミルフィがいた。
「――ッ!」
咄嗟にクシードは回転式拳銃ルミナエルスを抜き、6発全ての銃弾を放つ。
「……げほッ、げほッ……、ゔぅ……」
「ミルフィ。大丈夫か?」
「……こわ、かった……」
「油断しとった。ごめんな」
弱った様子のミルフィを心配しつつ、クシードが周囲を見渡すと、数体のハウクロニカが目に映る。
迂闊。
まさか囲まれていたとは……。
ハーヴィスロートもルミナエルスも弾薬再装填が必要だ。
クシード1人だけならば、行動しながらできる。
しかし、ミルフィを守らなければ。
アマレティやエレクツォの援護はどうだろうか。
クシードは視線を彼女達に向けるも、他の冒険者達と共にハウクロニカの相手で精一杯だ。
攻防どちらを優先させるか、選択に戸惑っているクシードの元へ、ケンタウロス型のハウクロニカが迫る。
慈悲といった配慮なんて無い。
容赦なく、鎌状の鋭利な爪を構えて命を狩りとろうとする姿は、どこか機械的だ。
この殺戮マシン相手に迷っているヒマなど無い。
クシードは回避を選択。
ミルフィを抱きかかえると、近接する建屋に向かって走った。
だが、行動が読まれていたのか、蜘蛛型のハウクロニカが彼を追いかけてくる。
執拗に迫る不気味な漆黒の物体。
そこから発せられる無機質な殺意に、ミルフィの息はいつしか荒くなっていた。
頼れるクシードに強く身を寄せるも、銃に弾薬がないままでは2人共々餌食――。
闇に飲み込まれまいと、クシードは腰にある大型ナイフを抜き、迫ってくるハウクロニカに向けて投げて応戦。ナイフは頭部に命中するも決定打には及んでいない。
このままではダメージを喰らう。
クシードは屋上まで退却するため、闇雲に壁を蹴って上を目指した――。
屋上に到着するや否や、クシードは急に重力を感じる。
腕の中でうずくまってるミルフィ。
彼女は今までこんなに重かっただろうか……。
いや、違う。
どうした。
思うように身体が動かない……。
「クシード!?」
「大……、丈夫や」
足元がおぼつかないクシードに、ミルフィの顔が曇る。
彼が発動させていた、身体能力強化魔法の効果が切れてしまっているのだ。
護衛は弱体化。
頭部にナイフが刺さった蜘蛛型のハウクロニカは獲物を狩るため壁を這い上がり、ついに追いつかれてしまう。
「……しつこいねん」
今のクシードに唯一残された武器は、元の世界のレーザー武器、“2丁拳銃ウォード&グローサ”のみ。
普段は隠し持つように腰へ忍ばせており、最終手段としている。
この上ない強敵のために使いたかったが、まさかこんな雑魚相手に……。
クシードは下唇を噛みつつ銃の片方を抜き、ジリジリと迫る敵に銃口を向けながら、守るべきミルフィを抱きしめた。
身体能力強化魔法を再び発動させている時間はない。
心臓の高鳴る鼓動を少しでも抑えるために、ゆっくりと深呼吸。
トリガーを引く指に緊張が走った――。
瞬間、ハウクロニカの頭部が飛ぶ。
一体何が起こったのか、クシードは理解ができていない。
彼は銃のトリガーを引いていないからだ。
宙を舞う頭部を眼で追っていると、発火。
ここでようやく彼は理解する。
これは、金髪のポニーテールと特徴的な長い耳を持った女剣士の剣技によるものだと。
「パーレット……」
「なんでイチャついているのよ?」
「ん……?」
クシードに抱きしめられ、また自身も抱きついていることにミルフィは気付いた。
彼女は顔を紅潮させながらクシードの元を離れ、両手で顔を隠すと尻尾を慌ただしく振り始める。
「ヒロインは遅れて登場するものだけど、来ない方が良かったかしらねぇ?」
「いやいや、頼れるリーダーが来てくれてめっちゃ嬉しいわ」
“あーそうですか、頼りなくてごめんなさいね”と気の利かないクシードの言葉に、慌ただしく動いていたミルフィの尻尾がピタリと止まった。
それはそれとして、パーレットがこんなタイミングで現れたと言うことは――。
「ついに来よったか……」
クシードは視線を見遣ると、再び相まみえた黒鉄の巨人、フィーマヘングが目に映っていた。
「適当な道を選びながら逃げてきたけど、まさかここで合流しちゃうとわね……」
「それはしゃあない。むしろ無事で良かったわ」
「やだ優しい〜、あたしのこと心配してくれたのね?」
「ツッコミ隊長がおらな寂しいねん」
「よく言うわよ」
クシードの戯言に鼻で笑うパーレット。
対照的に、フィーマヘングは絶望的な重低音を発しながら進軍していた。
「……さて、コイツはどうするの?」
「オレな、フィーマヘングは機械やと思うねん」
「たしか、元気に動く機械、だったわね」
パーレットは皮肉気味でいうが、“電気で動く”、の聞き間違い。この世界に“電気”は無いが、元気に動いているので、あながち間違いでは無い……。
「仮に機械やとすれば、関節のような接合部を狙うんがセオリーやな」
「なるほど、関節技と同じ要領ね。さっすが機工士ッ!」
「あくまで仮説や。成功するか知らんで」
「分かってるわよ」
カタストロフィを感じさせるが、フィーマヘングだけに気を取られている場合ではない。
退路を確保はどうなった、と気づいたクシードは建物の屋上から地上にいるハウクロニカの大群に目を降ろす。
実力者が揃っているためか善戦し、1人も脱落者を出さずに粗方片付いていた。
――退路は確保できつつある。
思わず湧いた希望に、クシードの口角は上がっていた。
「クシード、残りのハウクロニカを始末してあげて。上から狙撃すれば楽勝でしょ?」
「わかった」
「あたしは、皆んなに指示を出してフィーマヘングと闘るわッ!」
弱点を聞き、必ず勝てると確信しているのか、パーレットが剣を構えるその姿は凛々しい。
アマレティやエレクツォは彼女の意見に従うとしても、畏怖する存在である巨人相手に他の冒険者や憲兵達は戦意を保てるか、クシードは疑問に思うも、どうやら杞憂である。
いつも強気なこのスタイル。
彼女がいれば、どんなに劣勢でも打破できると思わせてくれる。
これこそ指揮を上げる秘訣なのかもしれない。
「よし! ミルフィ、行くでッ!」
「うん……」
リーダーを援護するため、クシードはミルフィの手を引いて近くの建物へと飛び移り、弾薬が装填された銃を構えた――。
「皆んなッ! フィーマヘングが来たわッ!」
屋上から地上に降りたパーレットが大きな声で叫ぶ。
1番気にかけている最悪な状況になったと知ると、ハウクロニカへの攻撃の手が止み、全員が一斉に彼女の方を見た。
出来た一瞬の隙。
味方を減らさぬよう、クシードは屋上から狙撃した。
「関節狙ってあたし達でブッ倒すわよッ!」
「……はぁ? あんなのと戦えるわけねぇだろーがッ!」
「そうだぜッ! 頭おかしいんじゃねぇーのかッ!?」
槍を持ったコーヌ族の男は反対し、手甲をはめた格闘家の男も便乗する。
それもそうだろう。
相手は巨人。
圧倒的な体格差に加えて、魔神の幹部というステータスもあり勝てる見込みなんてあるはずが無い。
「私は先に失礼するよッ!」
やってられるかと、ハウクロニカがある程度片付いたところで、ウマ耳を生やしたケモ族の女が足早に戦線から抜け出した。
その様子をクシードは屋上から見ていたが、そこで彼はフィーマヘングが何かを投げたことに気づく。
“ゴォォン”と爆発音が響いた。
爆弾でも投げたのだろうか。
音源に目を向けると、薄い土埃のカーテン越しに、瓦礫によって上半身と下半身が分断された、ウマ耳のケモ族の女の姿があった。
そうだ……。
あの巨人は、遠方の巡洋艦も撃沈させる程の精巧精密な投擲能力を持っている。
これは、“逃げられると思うなよ”と言う暗示に等しい。
クシードは息を飲み、戦慄を覚えた――。




