027.最大の敵と最大の仲間
いつもはクシード視点ですが、今回はミルフィ視点です。
彼女の一人称目線でお届けいたします。
私の両親は、生まれ育った街を魔神から守るためオウレに残っている。
ずっと続いていた手紙のやり取りは急に途絶え、一緒にルシュガルへ避難した執事のティーナも、私を守るために見たことのないモノノケから逃してくれて以降、戻らない。
不安で押し潰されそうな毎日の中、やっと見えた一筋の光。
不思議な彼、クシードとの出会い。
でもその不思議さは、どこか魅力的で彼とならばオウレに帰れると思った。
私は彼にティーナの愛銃ルミナエルスを託した。
それは今でも間違っていないと選択だと思う。
クシードは会話も戦闘も苦手な私の手を引き、オウレへ帰ろうと、ルシュガルの外へ連れ出してくれた。
知らない街、優しい人、美味しいご飯、綺麗な景色。
それに、新しい友達が2人もできた。
毎日が刺激的でとても楽しい。
けど、モノノケや悪い人、そしてハイファミリア、戦場……。
ルシュガルを発つ前、クシードは言っていた。
“毎日が楽しいとは限らない”と。
それは覚悟していた。
けれど、実際はこんなにも怖くて辛くて、不安になるとは、思いもしなかった――。
「ミルフィッ! 大丈夫かッ!?」
「どうしたの〜?」
「しっかりしてッ!」
クシード、アマレティ、パーレット。
皆んなが私のことを心配している。
「とりあえず、一回うがいしようか! アマレティッ! 水筒や!」
また恥ずかしいところを見せてしまった。
悪心が走り、彼の前で嘔吐なんて2回目。
吐瀉物まみれの私を見ないで欲しいよ。
「ひどい汗ね。今、拭いてあげるわ」
「背中さすりゃ、すこしは楽になるやろ?」
「はい、お水〜」
なんでこんなにも優しくしてくれるのだろう。
皆んなとのおしゃべりは楽しいけど、何を言ったらいいか分からないこともあるし、戦闘なんて、どうしたらいいのか分からない。
憲兵さんが言っていた作戦もよく分からない。
地図もちゃんと読めているか不安だ。
なんだが面倒臭い女だからって、気を遣われているのかな……。
「向こうにある反物屋のとこに椅子がある。そこまで行けるか?」
「……ぅん……」
「一度、そこで休みましょう」
……椅子に座って、皆んなのことを見ていると、改めてすごい人達だと実感する。
クシードとパーレットは、次の行き先の確認をしているのか、地図を見ながら打合せをしている。
初めての場所、危険な任務。
そんな状況でもリーダーシップのある2人なら、絶対に成功させてくれると、どこか安心感がある。
アマレティも、ほんわかとしているけど敵が来ないかしっかりと周りを警戒している。
クシードもパーレットも、アマレティを信頼しているのか、周囲を気にするそぶりは見えない。
レッサーテングの時や、悪い人に絡まれた時、今のハウクロニカもそう。
皆んな必死になって戦っていた。
なのに、私は何もしなかった。
怖がるばかりで守られっぱなし。
クシードは私の護衛に協力してくれているけど、あの時、一緒にがんばろうと約束した。
オウレまでの道のりは危険が多い。
だからモノノケと戦うために訓練もした。
でも、やっぱり戦うのは怖い……。
このままじゃ、私、ただの足手まといだ。
悲惨な状況を見て、“やらなきゃ”と、川を渡ったけど、あのまま残れば、皆んなに迷惑をかけずに済んだかもしれない。
結局何もしない私……。
アハハ……。
ほんっと私って迷惑な存在、だよね……。
「……ミルフィ? 何で泣いてんのや?」
……分からないよ。
勝手に流れてきたのだから。
「怖かったのね? でもこのあたしがいるから大丈夫よ!」
確かに怖かった。
けど、そうじゃないよ。
「近くにはぁ、いなさそうだからぁ〜、大丈夫だよぉ。たぶん〜」
役立たずの私なのに、皆んな優しい。
あまりにも優しすぎる。
本当は邪魔なのに、敢えて言わないのかな。
邪魔なら邪魔と言って欲しいし、いらないなら、いらないと言って欲しい。
でも実際に言われたら、立ち直れない。
早く泣き止まなきゃ。
皆んなの迷惑になってる。
こうしている間にも、救助を待っている人がいるんだ。
「落ち着くまで、しばらく休憩やで」
「そうよ。焦る必要なんてないわ」
「元気になってからぁ、出発だよぉ〜」
本当は焦ってると思う。
早く泣き止まなきゃ。
でも……。
何で……。
止まってくれないの。
止まって欲しいのに、どんどん涙が出てくる。
私は本当にダメな女だ。
「……皆ん、なに……、迷惑……」
あぁーあ……、言っちゃった。
皆んなに迷惑かけていると言えば、返ってくるのは“そんなはず無いよ”と言う儀礼的な言葉。
何でこんなこと言ったのだろう。
本当に私はすごく迷惑な存在だよ。
「迷惑? なんや、迷惑かけとるって言うんか?」
そうだよ、クシード。
それと、いつも通訳してくれてありがとう。
「んー、逆なんやけどな」
なんで。
どうゆうこと。
「オレらのチームで最も重要なのは、回復魔法が使えるミルフィやと思うねん。そうやろ?」
「そうよ。間違いないわ」
「うんうん。ミルフィが1番大事ぃ〜」
「あのね、ミルフィ。あたしが先陣を切って剣を振れるのも、ミルフィの回復魔法があるからなのよ」
「治癒能力は折り紙つきやもんな。エグい傷負っても1発やし」
「ミルフィのぉ、優しいところがぁ、魔法にも反映されてるんだよぉ〜」
モノノケと戦い、いつも怪我をするティーナを助けたくて、頑張って覚えた回復系の白魔法。
でも回復魔法のことだけ言っている。
私、それ以外に取り柄は無いんだな……。
「ま、それは戦闘においてよね」
「そぉだよぉ〜。クシードの服、選びに行った時ぃ、ウチすんごい楽しかったぁ〜」
「いやいや、買う服間違えとるやんけッ!」
「なんだかんだ気に入っているんでしょ? スカート捲れるの気にしてたくらいなんだし」
「違うわ、ボケッ! その場のノリや! ノリッ!」
「本当にぃ〜?」
うん。
アマレティとのショッピングは楽しかった。
男の人だけど、どう見ても女の子にしか見えないクシードの服は、“絶対ウィメンズ!”で意気投合したし、どれが可愛いか一緒に悩んだなぁ。
そう思うと、傘を選んだり、皆んなでご飯を一緒に食べたり、クシードとの会話の練習とか、楽しい出来事もたくさんあった。
「なに笑てんねん」
「……」
目の前のやりとりと、楽しいこと思い出したら、笑ってた。
「そんなに女装にハマるオレがおもろいか?」
違うもん。
どちらかと言えば、背が高くて、足が長くて綺麗で、指も肌も顔もみんな綺麗で羨ましいよ。
「別にいいじゃん! あんたの女装は、もう女装の域を超えてるわよ」
「どうゆうことッ!?」
「そうゆうことぉ〜」
「もうええわッ! それよりも、泣き止んでくれて良かったわ」
本当だ。
私、泣き止んでる。
「ただまぁ、一つ言えるのは、ミルフィのこと迷惑やなんて誰も思ってへんよ」
「そうよ。会話が苦手だから何を思っているか分からないけど、誰しも得意、不得意があるから気にしてないわ」
「そうそう。ウチとぉ、おしゃべりを、いっ〜ぱいして上手になろうねぇ〜」
杞憂だった。
こんな私でも、しっかり友達として受け止めてくれている。
「この先もハウクロニカはたくさんおるし、怖いことや、辛いことなんて、たくさんあるで。けどな、本当の敵はハウクロニカでも魔神でもないで」
先程まで表情豊かだったクシードの顔が、真剣な面持ちになった。
「本当の敵。最大の敵は自分自身や。けど、最強のパートナーも自分自身になるんやで」
私自身が敵であって、パートナーでもある。
どうゆう意味だろう。
「苦手やとか、できへんとか、弱い自分に屈せず、立ち向かって乗り越える。その乗り越えた先の成功経験が強さと言う信頼できるパートナーになるんや」
「あらあら、カッコいいこと言うのね。じゃあ、クシードは出来ているのかなー?」
「……課題やわ」
「やっぱり! まぁ、ここにいる全員に言えることね」
「カッコええこと、さらりと言える人間になりたいわぁ〜」
「だねぇ〜、努力しなきゃ〜」
みんな笑顔になって笑ってる。
私だけ辛いんじゃないんだ。
「そうゆうわけやし、ミルフィ、ほらッ!」
クシードはいつもの優しい笑顔で、私に手を差し出してくれる。
「もう立てるやろ? 歩くこともできるやろ?」
“立てるか? 歩けるか?”ではない。
これから先も楽しいことや嬉しいことだけじゃなく、嫌なことも辛いこともある。
クシードの言う通り、負けないで立ち向かわないと。
この手を握ったって、クシードは引っ張ってくれないと思う。
だからこの手を支えにして、私自身の力で立ち上がらなきゃ。
そして、歩かなきゃ。
「……うん……。がん……ばる……」
「オレも頑張るからな」
彼の手は暖かい。
私、負けないように頑張るからね。
でも、たまには許して欲しい……。
差し伸べる手を握って、頼っちゃっても。




