023.対岸へ渡るには
水平線の彼方にぼんやりと見える対岸側のラツキック。
空と川の境界から広がるのは雨雲ではなく、火災による雲のようだ。
「そこの民間人ッ! 4名ッ!」
急に響き渡る怒号にも似た叫び声。
「――憲兵……?」
声の先を振り返ると重装備姿の憲兵の集団がいた。
確かに女装した男、挙動不審のネコ耳娘、耳の長いショタの指名手配犯、露出が多い角が生えたお姉さんという変態4人組だが、悪いことはまだしていない……。
「あっ! 皆さんでしたかッ!」
顔見知りになった憲兵が数人いてクシード達は安心したが、この様子は一体何だろうか。
「……あの、女性4人組ですが冒険者でもある皆さんに、折り入ってお願いがあるのですが……」
クシード達の顔を見るや、顔見知りの憲兵の1人が改まった態度で言う。
「実は、対岸側のラツキックが、“ハイファミリア”の侵略に遭っています。もうまもなく船が参りますが、いかんせん兵が不足しており、有志による戦闘へ参加される方を募集しています」
――“ハイファミリア”って何だろう……。
「報酬額は30,000ジェルトです。……正直、内容は割に合わないのですが、町のため、いや国のためにも手を貸していただけないでしょうか?」
「すごく急な話ね……」
受ける受けないの交渉は、率先してリーダーシップを発揮しているパーレットに任せ、今のうちに異世界用語を調べよう。
「……なぁ、アマレティ」
「ん〜?」
「ハイファミリアってなんなん?」
「えぇ〜、クシード知らないのぉ〜?」
「てかあんた、どこまで何も知らないのよ……」
小声で話していたのに、耳が大きいためかパーレットの聴力はすごい……。
「ハイファミリアは、上等級の魔神の使い魔のことです。対岸に、巨人型のハイファミリア、我々が“フィーマヘング”と呼んでいるハイファミリアが町を蹂躙しているのです」
顔見知りの憲兵が丁寧に説明してくれた。
魔神のハイファミリアとは、俗に言う幹部。
巨人型の幹部フィーマへングが、対岸のラツキックを襲撃していると言うことになる。
「フィーマへングは、我々の先鋭部隊で陽動し、巡洋艦の砲撃にて排除します。みなさまは、我々の残りの部隊の指揮の下、戦闘協力及び、地域住民の誘導、護衛を担当して頂くことになります」
「戦闘協力もあるのね。そのフィーマへングってのは、どんなヤツを従えているか知ってる?」
「はい。ハウクロニカです」
「……聞いたことがないわね」
――ここでクシードは思う。
全く話についていけてないと。
「ごめん。話の腰を折って申し訳ないんやけど、敵は巨人1体だけとは違うんですよね?」
「はい、総数不明のハウクロニカが町中至るところで発生しています。この得体の知れないモノノケに住民が襲われ、被害が多発しているのです!」
「えーと、すいません。巨人1体の他にハウなんとかって言う、よう分からんのが無数におるんですよね?」
「仰る通りです」
「得体の知れないハウなんとか……、の方がやばいんと違います?」
「ええ……、数が多いだけで、1体1体は脅威とはなりません。数が多いだけで苦戦を強いられていますが、フィーマヘングの方が厄介で、現況、砲撃以外の作戦がないのです」
憲兵はため息混じりに気難しい顔で言う。
得体の知れないハウクロニカの大群と、無双状態の巨人との戦いに、対岸側は苦戦を強いられているようだ。
「周辺地域にも増援要請を送っていますが、カロッサ・ヴァキノから巡洋艦と駆逐艦、共に1隻ずつに、200名の兵士と補給物資を積んだ増援しか見込めません」
「見捨てられたようなものなのね……」
「いえ、混乱を避けるため機密事項にして頂きたいのですが、西側の至るところでハイファミリアとの戦闘があり、兵が足りていません。増援が来ただけでも恵まれています」
この状況を聞くに、かなりの激戦地へ向かうことになる。
報酬額は割に合わないと言っていたが、命の保証が無いため、ということなのだろう。名誉のために、自ら危険を冒してまで行くのかどうか、選択をしなければならない。
「どうか皆さん、力を貸して下さい! 我々と共に魔神のいない平和な世の中をつくりませんか?」
「……」
高潔なるロンイー族は――、などといつも豪語して勝手に決めているパーレットが悩んだ顔でいた。
「……みんなはどうしたい?」
流石に危険な任務。
彼女自身、独断で決めることはできないと、考えたのだろう。
「ん〜……、ウチぃ、わかんないから、みんなにぃ、合わせるぅ〜」
「……ぇっと……、ぁの……」
ミルフィはクシードに助けを求めるように、“どうしよう”と戸惑っていた。
「……回答はいつまでに必要なんですかね?」
「出発は夜明け、明朝5:00予定です。それまでにここへ来られれば登録いたします」
「わかりました……。ほな、一回宿に戻ろうか」
◆◆◆
「――で、どうするの? クシード」
「状況を一旦整理しよう。まず、オレらの旅の目的なんやけど、オウレへ行くことなんや。魔神の相手をすること違うねん」
「でも川を渡らないと、オウレへ行けないし、向こう側にはハイファミリアがいるのよ」
「そうねんてな。なので、選択は3つに絞られる。1つは、船に乗って対岸に渡り魔神達と戦う。2つめは、迂回路を経由して対岸に渡る。3つめは、渡らずここに留まる」
「まず2つめは論外ね。大人数ならまだしも、この人数で行くのは危険が多すぎるわ」
「そう。だから、1か3に絞られるわけやな」
「でもぉ、渡っちゃってぇ、死んだらどぉするのぉ〜」
「そうやな。例え生きとっても無傷とは限らへんしな。なので、安全面を考えて憲兵達が勝つと信じ、ここで待つとゆう選択もある」
「憲兵達が負けたら渡れなくなるわよ」
「むしろ川を渡って、今いるこの町も、攻め込まれる危険性があるわな」
「じゃあどうするのよッ!」
クシードの提案は、あれもダメ、これもダメ。
具体的な解決策に至らずパーレットは苛立っていた。
「改めて皆んなに聞きたいんやけど、どうしたい?」
「……どうしたいって……。あたしは、渡らない。本当は渡って戦えば済む話だけど、今回は相手が悪いわ」
アマレティとミルフィは口ごもり答えようとしない。
クシードがアマレティを見て、ようやく口を開いた。
「ウチぃ、分かんないからぁ、やっぱり皆んなにあわせるぅ〜……」
クシードがミルフィを見ると、彼女は俯き、耳と尻尾を下げて黙っていた。
意思表示がハッキリしているパーレットに対して、選択を迫られているのに、2人は不明や沈黙を貫く。
これはとても楽だが、結局は自分の意思など無く、何も考えていない。
しかし、そのような経験がないので、答えられないのは当然かとクシードは思う。
トラブル発生時に後で文句を言わなければいいのだが……。
「実はオレもパーレットと同じ意見で、ここに留まるなんやわ。相手がよく分からん分、攻めるのは的確ではないし、退却しようにも船が簡単にでるとは思わへんねん」
結果や予測はどうであれ、最も優先すべきことは、やはり安全。
そうなると、選択は限られてしまう。
「……戻って会議までする必要あったかな? 本当は最初から答えは、決まってたんじゃないの?」
鋭い質問。
パーレットの言う通り、本当は答えは決まっていた。
「重要な場面でもあるし、一回、冷静になって話し合いたかったんやわ。でもこれで、渡らない方針で確定やんな」
憲兵達が勝利を収めると信じ、この場で待機。
せめて依頼を出してくれた顔見知りの憲兵には、断りの連絡だけでも入れておこう。




