021.物理と魔法
雨が降るラツキックの町。
砂利で舗装されただけの路盤には水たまりが、ところどころにでき始めていた。
道幅は馬車が行き違いができるほどあるが、決して広いとは言い切れない。それに街中での戦闘は障害物が多く油断はできない場所である。
相手は鈍器を持った暴漢。
だが、本を正せばこの町の人たち。
戦いにおいては、喧嘩慣れした素人程度だろう。
普段得体の知れないモノノケを相手にしている冒険者からすれば、楽勝に思えるが、殺害は当然として、大きなケガを負わせれば法で裁かれる可能性もある。
かなり難易度が高い戦いだ――。
「パーレット、分かってんな?」
「分かってるわよッ! ムカつくけど峰打ちで半殺しにしてやるわッ!」
ソードウィップを構えたパーレットに、棍棒と大槌、メイスをそれぞれ持った3人の男たちが襲いかかった。
クシードは銃弾の入っていない、底碪式散弾銃“ハーヴィスロート”を持ち、ミルフィとアマレティにこの場から離れるよう促す。
それを逃すまいと、メイスを持ったもう1人の男と丸腰の男が追いかけて来た。
「アマレティッ! 頼むでッ!」
「りょうかぁ〜いッ!」
クシードは踵を返し、追いかけてきたメイスを持ったヒト族の男に向けて、ハーヴィスロートを構えた。
弾が入っていないと知っているのか、メイスの男は銃口から逸れることもなく、獲物を大きく振りまわす。
クシードはバックステップで躱し、銃を180°回して地面を蹴り、ストック部を突き立て突進した。
――硬い。
服の下にボディアーマーでも着込んでいるのだろうか、ストック部を通して伝わる硬質素材の感触。
その刹那、クシードの視界が揺らいだ。
何が、起こった……、のだろうか……。
視界がぼやけたままだが、男の右腕が飛んでくるのだけは認識できた。
これ以上のダメージは避けたい――。
咄嗟にクシードは腰を落とし、サイドロールで男から距離をとった。
「クシードぉ〜ッ! 魔法ぉ、くるぅ〜ッ!!」
アマレティの叫びに反応したクシードが、離れた場所にいる丸腰の男を見ると、右手を伸ばしている。
【氷系魔法・直進する投擲槍ッ!】
街中で攻撃魔法――。
法律違反だ。
それよりこの槍魔法は、かなり速度がある。
青白い魔法陣が現れた瞬間、クシードは建物に向かって空高く跳躍――。
飛来する氷の槍を回避した。
アマレティの忠告が無ければ直撃だ。
彼女に感謝しなければ。
クシードは建物の外壁を蹴って宙を舞い、男2人が視界に入る場所へ着地すると、ハーヴィスロートに散弾をセットした。
手加減などしていては、圧倒的に不利。
流石に弾薬が装填されたと知ると、先ほどまで積極的に攻めてきた男達の動きが急に消極的になった。
さぁ、反撃開始だ。
先に始末するのは、氷の魔法を放った男――。
だが、その男は次なる魔法を詠唱していた。
【氷系魔法・防衛も可能とする砲弾ッ!】
男は両手を広げ魔法名を叫ぶと、空間に4つの魔法陣が現れ、各々から盾とも思わせる氷塊が出現する。
……初めて見る魔法だ。
だが、不思議と既視感がある。
術者を守る様に浮遊する氷の盾。
これは普段は防御に使用するが、任意で発射も可能とする映画やゲームとかでよく見るパターンのやつだと、クシードは推察する。
「――ウリィィアアァァーーッ!!」
目線を氷魔法の男に向け、隙があると思ったのか、メイスを持った男は雄叫びをあげつつ高く跳躍し、獲物を振り上げていた。
クシードはバックステップで、メイスの一撃を冷静に回避するも、先端部が地面に到達していないことに気付く。
――寸止め……、これは回避を予測している。
メイスは楕円を描いてクシードの動きに追従した。
「くっ……」
咄嗟にクシードは地面を蹴り、攻撃を躱すも着地のバランスがとれず、水溜りに身体を浸してしまう。
――くそ、お気に入りの服がびしょ濡れだ。
これが本撃だったのか、メイスの遠心力に身体をもっていかれ、男はバランスを崩していた。
好機と捉えたクシード。
早急に立ち上がり、ショットガンのレバーを引き、薬室に散弾を装填すると銃口を男に向けた。
至近距離から銃を突きつけられメイスの男は怯んだ。
トリガーに指を掛け、殺意を剥き出しにしてターゲットを睨む。
だが、メイスの男の目線に違和感がある……。
銃……では無さそうだ。
後ろか――。
クシードが後ろを振り向くと、氷魔法の男が出現させた氷の盾を発射していた。
この軌道は……。
味方もろとも直撃させる気か――。
「ぐあぁぁぁーーーッ!!」
氷塊はメイスの男に命中した。
クシードも素早く反応して進行方向へ跳び、ダメージを和らげようとしたが、無傷では済まされていなかった。
「ああぁぁ……、痛ってぇぇ……」
「大丈夫ぅ〜ッ!? クシードぉ〜ッ!」
ミルフィとアマレティは仰向けになって負傷しているクシードの元へ駆け寄る。
「なんやねん……、アレ……、メッチャ、痛いやん」
「ぃ、今、ななな、治しゅ、ね……」
「あの魔法ぉ〜、レベル高い方だからねぇ〜」
「解説は……、ええから、アマレティ、応戦や」
「町で攻撃魔法はぁ、犯罪だよぉ〜」
「んなこと、言っとる、場合か」
「あ〜、そうだぁ〜」
何かを閃いたのか、アマレティは紫色のグリスタを右腕から出現させると、腰のポーチから取り出したオレンジ色のグリスタと素早く交換した。
【――二段階強化型・治療の煌めき……】
「ありがとう、ミルフィ」
傷が癒えたクシードは、早急に戦況を確認。
氷の盾の男は、周囲を警戒をしながら距離を詰めてきている。
【矩形の障壁よぉ、大地に残存しぃ、我らを守る盾となりてぇ、その役目を果たせぇ――】
先ほどのオレンジ色のグリスタの魔法を発動させるのか、アマレティは魔法を詠唱すると、彼女の詠唱に気付いた氷の盾の男は、片腕を向けながら足早に接近を始めた。
――あの大砲みたいな一撃がまた来る。
「来るでッ!」
クシードがハーヴィスロートを構えて砲撃に備えると同時に、男は氷の盾を発射した。
【不意に現れる硝子細工の衝立ッ!!】
透明ガラスのような魔法障壁が出現するも、耐え切れるものだろうか……。
迫り来る砲弾を、少しでも威力を弱めようと、クシードは氷の盾に銃弾を放った。
小型の乗用車でも激突したのか、けたたましい衝突音が鳴り響く――。
発砲と同時に回避は可能だった。
しかし、ミルフィとアマレティがいる。
彼女達を守るようにクシードは立ちはだったが、不思議と身体には何の異変も無い。
目の前にはたくさんの亀裂が走り、今にも砕け散りそうな、魔法障壁があった。
「全然余裕だねぇ〜」
「ギリッギリセーフやろうが!」
ミルフィの顔も青ざめてしまっている。
だが、悠長に戯れている場合では無い。
「もう1発射たれる前に攻めるで!」
クシードはアマレティ達にもっと離れるように指示し、自身は魔法障壁から建屋の影へと移動して距離を詰めた。
ポケットから手鏡を取り出し相手の動向を注視しつつ、クシードはルミナエルスに弾薬を装填。そしてハーヴィスロートもスラグ弾に切り替える。
――ほんの一瞬だが、あの氷塊は散弾で削れたのが見えた。
おそらく破壊は可能だ。
クシードが弾薬を再装填中もその場を動かず、周囲を警戒してる様子から魔道士らしく接近戦は不得意。
それに残り2発となった氷の盾を補充しないあたり、全弾発射しないといけない魔法と予測できる。
クシードは付近で気絶しているメイスの男からスナッチで魔力を奪い、ハーヴィスロートを持って一気に走り出した。
迫るクシードの姿を確認した男は踵を返す。
――逃がすか。
銃を構え、正確、精密そして丁寧に氷塊を狙い、引き金を引く。
1発、2発、3発と。
氷塊に亀裂は生じたものの、目的は破壊ではない――。
男は再び踵を返した。
そう、3発も銃弾を当てれば流石に気づく。
いつでも狙えるんだ、と。
クシードは不規則に跳び、外壁を蹴って蛇行し距離を縮めた。
近づけば近づくほど、氷塊の命中率は上昇する。
けれど、恐れていては勝てない。
「おおおおぉぉぉーーーッ!!」
接近するクシードを迎え討つべく、男は雄叫びを上げ、自らを鼓舞した。
――来る。
クシードは地面を滑るように着地し、身を屈めた状態でショットガンを向ける。
少しタイミングをずらし、地面の砂利を拾って男の顔に投げた。
石つぶてによる目眩し。
氷塊の照準がずれ、男は誤って発射。
大事な場面にて攻撃を外してしまい、さらに男はクシードを見失っていた。
だが、どこへ行ったかすぐに分かった。
クシードは高く跳躍し、上空から最後に残った氷塊にスラグ弾を撃ちつけていた。
既に銃弾を撃ち込まれていた氷の盾に大きく亀裂が入る。
破壊されるのも時間の問題。
その前に当てて決着を。
空中では回避をされることはない――。
男がクシードに向けて最後の氷塊を発射しようとした瞬間、1発の、ごく僅かに長く響いた銃声と共に氷の盾は砕け散った。
ルミナエルスを持って着地したクシードは、男の眉間に銃口を突きつける。
「殺されてもええ覚悟があったから、攻撃魔法放ったんやんな?」
「あっ……、あっ……、ああぁ……」
氷魔法を使う男が感じたのは、“死”。
生命の危険を初めて知った瞬間だった。




