002.異世界生物
初めて見るモンスターの襲撃。
そして、都市部から楽園のような景勝地への瞬間移動。
一体、何が起こっているのだろうか。
あまりにも唐突過ぎて、クシードの理解は追いつかない。
さらに彼の目の前には、空色の長い髪の女がいる。
顔立ちが整った美女ではあるが、頭頂部付近には猫耳、腰には髪と同じ色の尻尾。
コスプレ……だろうか。
だとすると、もっと意味が分からない。
対峙している女は眉を顰め、猫耳は外側へ向けて尻尾を丸くしている。
生物的な動き――。
クシードを警戒しているのはあからさまだ。
「……こ、こんにちは」
相手は何者か分からないが、人型、ということだけは理解できる。
思考は錯誤しているが、とりあえずクシードは空色の髪の女に挨拶をした。
「アキャキャキャワルキャルキャルリュリュオオォォォォーーーーッ!!!」
女は、目を見開いて突然、奇声を上げた。
先程までウジャウジャと湧いていた操り人形と似たような奇声だ。
想定していた回答と180度違う。
クシードは戦闘態勢に入ろうとするも、女はなぜか慌てふためくように踵を返して逃げていった。
「あれも新手のモンスター……やんな?」
「失礼ですよッ! 彼女、多分……人間だと思いますよ」
「多分、人間?」
「はい、サーモセンサーで確認すると猫ちゃんの耳にも尻尾にも温度がありました」
漫画やアニメなどで見かける、いわゆる獣人と言うものだろうか。
「それ以外は、一般的な女性と変わりません。身長は猫耳とブーツの底を抜いて約160cmと平均的で、体重はナイショにしますけど、指のネイルが可愛くて、あと、サラサラロングストレートの髪が綺麗でした!」
「……ニホン人が着とるキモノみたいな服も、なんか新しい感じやったしな」
「それよりも、彼女はクシードさん好みのおっぱいが大きい人ですよ! Fカップはありましたッ!」
「さっきのネイルとサラサラロングストレート同様、その情報は今いらんがな……」
「ホントはうれしいクセにぃ〜」
着用しているナノマシンスーツから、心拍数や血圧などバイタルチェックをされているため、否定はしない。
「あっ……」
他愛無い会話でイタズラな表情をしていたミオだったが、急に真面目な顔になった。
「クシードさん……、ここ、通信回線もGPSも繋がりません……」
「……ウソつけッ!」
「それと、マズいです。レーダーに反応ッ! 8時の方向から真っ直ぐ、何かがやって来ています」
「次から次へとなんやねん……」
今日は厄日だとうんざりしているクシードだったが、有効範囲約150メートルの検知レーダーが捉えた方向を見て、彼は全て納得した。
彼の目に映るのは、5匹のカマキリ型モンスター。
クシードは、両腿のホルスターから2丁拳銃を抜き、両手に構えた。
一般的にカマキリは単独行動を好むが、群れを成している。
初めて見るタイプだ。
それに周囲は起伏のある地形にも関わらず、150メートル以上離れた場所から、なぜここを特定できたのだろうか。
あの猫女の仕業かと、クシードは考えたが、その可能性は低い。
女が逃げていった方向とは、全く違う方向からやってきているからだ。
となれば、奇声。
僅かな空気の振動で獲物の位置を感知し、移動してきたのかもしれないのだろう。
カマキリの体長はレーダーから計算するに、およそ180センチメートルとかなり大型だ。
ナノマシンスーツを稼働し身体能力を強化して戦うにしても、ミオのバッテリー残量は残り11%。
唯一手にしている武器は、44口径の2丁拳銃“ウォード&グローサ”のみで、弾薬は8発と最大装填されているが、弾倉は残り1つだけ。
戦える時間は限られてしまう。
補給は必須のかなり深刻な状況――。
退却を選択したいが、周囲は遮蔽物が無い開けた場所である。
例え隠れたとしても検知能力はカマキリの方が上だ……。
幸い、カマキリの動き方は規則正しく、身体は大きい。保護色を纏って緑の草原を駆けていても目につきやすかった。
横一列に並び、真っ直ぐ突っ込んでくるなど、銃撃手相手には、どうぞ狙って下さいと言っているようなもの。
「ミオ、静的狙撃補助」
「はいッ! 了解ですッ!」
2丁拳銃の有効射程距離50メートル以内に入り次第、頭を撃ち抜く――。
「ロックオンッ! レディ!」
ミオがターゲットを捕捉したと同時に、両手の銃口から彗星とも思わせる煌びやかなラインが描かれた。
カマキリの頭部は一瞬にして蒸発。
2匹の行動を停止させると残り3匹の内、右へ1匹、左へ2匹に分散して行動パターンを変えた。
相手はの武器は鎌。
近距離攻撃型。
接近さえ許さなければ、銃が勝つ。
「次ッ! 動的狙撃補助ッ!」
「はいッ! 了解ですッ!」
再びミオがターゲットを捕捉すると、左側へ大きく旋回している2匹の頭部を撃ち飛ばした。
最後の1匹――。
クシードは照準を定めるため、2丁拳銃を右側へ向けた瞬間、ミオが叫んだ。
「まだ生きてますッ! 寄生虫ッ!」
「――ッ!」
頭部が消し飛んだ1匹から、黒い線が伸びていた。
クシードは急いで銃を向け直すが、黒い線は地を這い短い草花に隠れて目視では追えなくなっている。
同時にナノマシンスーツの首元を一周しているカメラでは捉えきれないと判断したミオは、サーモセンサーを瞬時に起動。
しかし、蛇のように素早い動きにロックオンは手間取っていた。
「クシードさんッ! 2時の方向ッ!」
草花が不自然に揺れ動く様子から、蛇行しているのが予測できる。
「来ますッ! ……2、……1」
ミオのカウントダウンと共に、尖った先端部がクシードの頭部めがけて飛びかかってきた。
行動は予測できている。
クシードは身体を捻らせて回避した。
「ぐっ……」
初撃を躱したまでは良かったが、寄生虫は細長い身体を空中でくねらせクシードの胴体に巻き付いてきた。
全身が筋肉で出来ているのか、締め付ける力が強い。
クシードの身体は圧迫され呼吸が厳しくなる。
少しでも多くの空気を吸い込もうと、彼が口を開けると寄生虫の先端部は動いた。
新たな宿主を探しているのだろう。
体内への侵入は断固阻止だ。
普通にキモチワルイ。
幸い、向かってくる場所は口元と限定的とクシードは理解している。
彼は迫る先端部を左手で掴んだ。
頭を掴めば勝ったも同然と、右手の銃を寄生虫の胴体に密着させてトリガーを引く――。
だが、寄生虫も生存本能を働かせ、細長い身体を揺らして抵抗した。
接射状態なのに当たらない……。
クシードは執拗に撃ち続け、5発目にしてようやく、その細長い身体を分断した。
「クシードさんッ! 右ィィーッ!」
右手側、約10メートル離れた場所に最後の1匹。
予期せぬ伏兵と戯れている僅かな時間に、接近を許してしまった。
――ところが、カマキリの様子が何かおかしい。
「……光を纏っていませんか?」
「どうゆう原理なんや?」
太陽の下にも関わらず、視認性のあるイルミネーションは、ホタルのように身体が発光しているのでは無く、空間そのものが発光。
クシードは身体に絡みついていた寄生虫を解きながら、カマキリを注視していると、振り上げていた鎌状の両腕を振り下ろした。
瞬間、青白い三日月型の“何か”が飛んだ。
――速い。
クシードは咄嗟に反応して身体を回す。
直撃は避けたが、右腕と右脇腹に“何か”が接触していた。
体液でも飛ばしたのだろうか――。
疑問を抱くクシードだったが、接触部から襲いかかる鋭い痛みで全てを理解する。
まとわりついていた寄生虫はボトボトと落ちて解放されたのは良かったが、同時に多量の血が滴り落ち、クシードの身体に激痛が走った。
――切創。
鋭利な斬撃の衝撃波を飛ばした、とでも言うのだろうか。
チェーンソーで斬られたような痛みにクシードは耐えるも、負傷部を庇うようにして膝をついていた。
目の前の獲物はにダウンしている。
そう判断したカマキリは、頭部を低く下げて、ステップを踏みながらクシードに接近。
得意な間合いに獲物を収めると、とどめを刺すべく右腕部を振り上げた。
このままでは虫のエサ。
クシードは側転して、回避するも激痛が全身をめぐり、足元はフラフラである。
獲物の衰弱具合は顕著だ。
あと少しだと、カマキリは横にいるクシードに狩るために右腕部を返し、水平に振った。
クシードも簡単にはやられる気はない。
痛みに耐えつつ、ダッキングで避けた。
避けたその先――。
顎下がガラ空きなのが、クシードの目に映る。
腰のバネを身体能力強化機能で強化。天井を突き破るイメージを強く意識し、クシードは左手の拳に力を込めた。
攻撃後に発生した一瞬の隙。
狙うは首と顎の付け根。
渾身の力で突き上げた一撃は、カマキリは身体ごと仰け反らせ、頭部だけは天高く宙へと舞っていった――。