019.喧嘩の原因
「……えらい人多いな?」
「そうね。とても田舎町とは思えないわね……」
「何かぁ、イベントがあったっけぇ〜?」
「……?」
次の町へ行く前に、情報は仕入れておく。
これは教訓にしておきたい。
夕闇が迫る中、クシード達が到着したのは次の目的地、小都市『ラツキック』。
ラツキックは、これまでのルシュガルやチェマよりも小さな町で、なおかつ、老朽化した建物や“空き物件”と書かれた看板が目立つ。それなのにも関わらず、多くの人が行き交っていた。
「と、とにかく、真っ先に宿を手配よッ!」
これとった催し物があるわけでも無いのに、小さな町に集結する多くの人。
夕食時の飲食店では、いたるところで行列ができているあたり、宿の手配には手こずりそうだ――。
「申し訳ございません。本日は満室となっております」
「大変好評のため、お部屋がご用意できません」
……行く先々、やはり宿はどこもいっぱい。
「――4名様で1部屋の相部屋でしたらご用意できます」
5軒目にして最後の1部屋を何とか確保できた。
「倉庫とか掃除用具置き場でもいいので、シングル1部屋だけ用意できないですか?」
「もうチョイ人間扱いしてくれへんかな……?」
パーレットの無茶な要望に、それは出来かねると苦笑いで断られた宿は、様々なデザインのテキスタイルに溢れたオシャレな宿。
それゆえか値段は他よりも少しばかり高かった。
「見て見てぇ〜。お布団の柄かわいいぃ〜」
「いい感じにオシャレじゃん!」
「めっちゃ……ええ……」
渡された鍵の部屋には2段ベッドが2つとクローゼットのみ。
シンプル極まり無いが、あのミルフィも声に出して喜ぶくらい、内装類は色鮮やかにブロックチェックや花柄、円をあしらった模様が散りばめられている部屋だ。
「クシード、運がいいわね。あたし達みたいな美人とオシャレな部屋で一晩過ごせるのよ」
「そうやな。ドキドキして夜しか寝られへんな」
「ほんとにドキドキしてるぅ〜?」
幸運にもミルフィ、パーレット、アマレティは皆、顔が整い、スタイルも良い美女達。
そんな彼女たちの艶かしい無防備な瞬間に出会えるとなれば、ドキドキするに決まっている。親睦は深まっているとはいえ、ここで下心を露骨に出せば追放されるのが関の山。
アハハ、ウフフな関係でも無いハーレムパーティは、結構気を使うものだ――。
「――さてと。お店は混んでいるから、今日の夜ごはんはお惣菜屋さんで買って済ませましょう」
クシード達は、月夜が薄く照らされるラツキックの町中へと繰り出し、惣菜屋にて見切り品と酒を購入。
他愛も無いおしゃべりをしながら宿へ戻る途中、路上で人盛りができている光景が4人の目に止まった。
「――いつまでも過去にすがってんじゃねーよッ!」
「うるせぇッ! あんなもんが出来たから町が廃れたんじゃねーのかよッ!」
「これも時代の流れなんだッ!」
「んだと!? 昔のように活気は欲しいだろうよッ!」
人盛りの要因を作っている男達の集団は、リーダー格同士、お互いに胸ぐらを掴み、今にでも殴り合いが起きてもおかしくない、緊迫した雰囲気があった。
「なんで喧嘩してるんだろぉねぇ〜」
アマレティの疑問について、近くで野次馬をしていた1人の中年男性に理由を聞くと、魔神によって破壊された鉄道の復旧を巡って対立が起きているそうだ。
「この町は川渡りで発展した町だったんだ。それが20年ほど前に鉄道ができてから来る人が激減してよぉ……」
中年男性は過去を思い出しながら物憂げに言う。
昔から東のカロッサ・ヴァキノと、西のロザーカの大都市間を行き来する道筋はできており、現在クシード達が歩んでいるルートが、過去から使用されてきたルートである。
迂回路はいくつかあるが、ラツキック周辺だけは川を渡るルートぐらいしかない。一応、川上に迂回路は存在するが、上流部は流れの速い渓流であり、さらにモノノケが蔓延る山岳ルートとなることから、利用者は昔から少ないそうだ。
川を渡る方法が必然的に絞られてしまうため、鉄道が通る前は活気に溢れた町だったという。
「魔神が鉄道を破壊してくれたおかげで、今はこうやって人が増えているんだ」
「……」
魔神により大変な思いをする者もいれば、恩恵を受けている者もいる。
人間同士を争わせ内部崩壊を狙ったとなれば魔神はかなりの策略家なのかもしれない。
「――政府は必ず鉄道を復興させてくる!」
「だから漁業と繊維業では限界なんだよ!
「今の特需を活かして活路を見出せば――」
「毎回そうだが、一体何ができるんだよッ!」
「まだ、それは検討中だ……」
「いい加減にしろッ! 早く答え出せよなッ!」
鉄道が無くなったことで過去の活気を戻したのはいいが、鉄道が復旧されてしまうと、再び廃れた町に戻ってしまうかもしれない。
「――そろそろ宿へ戻るわよ」
「えぇ〜、止めなくていいのぉ〜?」
「そ、そ、そやで……」
「アマレティ、ミルフィ、これは町の問題よ」
「そうや。部外者であるオレらが口を挟むような問題ちゃうで」
男達の喧嘩はお互いに譲らず、平行線を辿っている。
事情も知らずに仲裁へ臨むのは得策ではない。
ただ、“そのような事情がある”という思いは残して、クシード達はその場を立ち去った――。
◆◆◆
「……お互いの言い分が正しいから難しい問題ね」
「ほんまやな。やり方は違えど、目指す方向は町の発展のため、やもんな」
宿に戻り、酒を片手に惣菜をつまみながらクシード達は先ほどの出来事について話し合っていた。
「いがみ合う場よりぃ、みんながぁ、楽しくなれる場を作ればいいのにねぇ〜」
「楽しくなれる場……、デカい川があるし、水着ではしゃげる所とかがええよな」
「ねぇねぇ、クシードぉ〜」
「ん?」
「ウチの水着姿ぁ〜、見たいぃ〜?」
ほろ酔い気味のアマレティはにんまりとした笑顔で腕を組み、自身の豊満な胸を強調しながらクシードにすり寄った。
「めっちゃ見たいッ! ほんまに見たいでぇ!」
「えへへぇ〜、かわいい水着ぃ、買ってこなきゃ〜」
「……」
“デュフフ”とニヤけるクシードを蔑む視線が一部あるが、本人は気にしていない様子。
「……まぁ、そんなことで解決するんだったら、あんだけ揉めていないでしょ」
「そうやな……。現実はそうゆうもんやんな」
「えぇ〜、ウチぃ、水着になって遊びたいよぉ〜」
「まじめな話をするとな。何でもそうやけど、新しいことを始めるのは以外と簡単やねん。ただ、継続するのが難しくて、今みたいな娯楽施設やと、どうやって集客を維持するのかが問題やねん」
「裸になれるとみんな来ると思うよぉ〜?」
「斜め上過ぎる発想よッ! ってかあたしは行かないわッ! ゼッタイッ!」
ヌーディストビーチならばたしかに……、とクシードは言いそうになったが、パーレットの言葉と恥ずかしそうに下を向いているミルフィを見て、これは不謹慎な発言となりえると判断し、言葉をのみこんだ。
「……例えそれが町の人が納得する案やったとしても、行動を起こすには金が必要やん? 銀行から金を借りるにしても、商圏調査や集客、経営方法とか考えんなんことたくさんあるんやで」
「う……う〜ん……、ウチぃ、難しいことわかんなぁい……」
失敗すれば財政破綻し町が無くなるかもしれないと言う意味でもある。
まちづくりなんて簡単なことではない。
「まぁ、旅人であるあたし達がどんだけ考えたって無意味ね。ご飯食べ終わった人からシャワー浴びて、早く寝ましょ」




