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016.剣と手甲

 突如現れた、通常より大型のレッサーテングが2体。

 一方は鎧を纏い腰に3本の剣を携え、もう一方は大型の手甲を嵌めている。

 パーレットのようなこの世界の冒険者でも初めて見る新種のモノノケだ――。


 

「あぁ〜! あの剣の装飾とぉ、腕の()()ぇ〜、シュベアとぉ、ファートのぉ〜」

「つまり、先発隊は残念な結果だったってことね」

「アマレティ、申し訳ないけど感情的になったらあかんで」


 依頼内容は、先発隊の安否確認。

 武器を奪われたとなれば、その後は概ね予想はつく。

 レッサーテングの討伐は“状況に応じて”のため、依頼はもう達成したも同然だ。


 クシード達は帰還を試みたいと思うも、現れた2体はドロリと舐めまわすような声を発すると同時に、武器を構えていた。

 


「剣はあたしがやるッ! クシードは腕のヤツッ!」

「わかったッ!」


「アマレティは残った雑魚を始末してッ!」

「りょうかぁ〜い!」


「ミルフィは安全な場所であたしたちをサポートッ!」

「――――ッ」


 パーレットは指示を出し終えると、即座に剣を両手に構えたレッサーテングへと駆け寄った。

 

 彼女が正体不明の敵にもかかわらず、勇敢に挑むことができるのは、獲物の特性を理解しているからだろう。

 

 剣vs剣。

 即ち、優れた技術を持った方が勝利する。


 アマレティも残った雑魚を一掃するために動いていた。

 

 能動的な動きを見せるパーレットとアマレティに対して、クシードは手甲のレッサーテングを静観状態でいる。

 

 それもそうだ。

 

 相手は近接格闘型であるのは顕著だが、洞窟内はリングのように隔たりは無いが、制限だけはある空間。加えて味方も混戦しているとなると、闇雲に銃のトリガーは引けない。


 行動パターンの仮説を立て、予測し、一歩先を考え、確実に殺す――。


 対峙している相手の武器は、ガントレットのような造りだが、腕部を守るだけの造りではなく、プレートを重ね柔軟性を持たせた構造。

 そのプレートは盾にでもなるのか、比較的大型だ。


 斬撃や刺突を払って隙を作り、殴打を入れる攻守を兼ね備えた戦い方をし、格闘家とも思わせる体つきから俊敏な動きも予測される。



 クシードにジッと見つめられることに痺れを切らしたのか、手甲のレッサーテングは足を踏み出した。

 

 動きを合わせるようにクシードも左手にルミナエルスを構え、右手に大型ナイフを逆手で持ち迎撃体勢でいる――。


 先手を打ったのは敵。

 右ストレート。


 どこかでボクシングでも習ったのか、左脇を締めてしっかりと防御姿勢でいる。


 反撃はしない。

 左サイドステップで回避。

 

「――ッ!」


 次は身体を回した裏拳――。

 バックステップで回避だ。


 さらに左ブローの追撃――。

 クシードは側宙(エアリアル)で追撃を躱した。



 

「ふぅー、ええ準備運動になるやろ?」


 クシードは激しい動きでずれた暗視ゴーグルを調整しながら挑発をするも、勝算が思いついていない。

 

 どうにか一瞬の隙を見つけ、一撃を入れてやりたいがどうすればいいのやら……。


 いや、相手の先方同様、見つけるのではなく作れば良いのだ。

 

 クシードはスナッチで魔力を補填し、距離を保ちながら旋回。胸部と脚部を狙って銃のトリガーを引く。


 だが、避けられるどころか手甲で弾かれてしまった。


 銃という飛び道具を理解している。

 これでは牽制にすらならない――。


 敵はこれ以上の射撃を認めないとばかりに、左右にステップを踏みながら距離を詰めてきた。


「――ッ」


 ランダムに動かれると照準が合わせにくい。


 相手の接近を許してしまった。

 ジャブの繰り返しが来る。

 

 スウェーやパリングといった回避で精一杯だ。

 しかし、裏を返せば攻撃に夢中――。

 

 

 クシードは、腰ベルトに装着しているリサイクル用の薬莢入れから、使用済みの薬莢を数個取り出し、ナイフを使ったパリングと同時に手甲のプレート重ね部に突っ込んだ。

 


 自慢の武器の動きに何か違和感を感じたのか、レッサーテングの攻撃はピタリと止まる。


 

 反撃のチャンス。

 とクシードはルミナエルスを抜き、構えるが、敵は彼の動きをよく見ていた。


 銃口を両手の手甲で追従し塞いでいる。

 やはり、銃という武器を理解している……が、これも想定内だ。


 クシードは右手に構えていたナイフをしまい、銃口でなくシリンダーを敵に見せつけると、撃鉄に右手を添えて目を瞑った――。



 

 ごく僅かに長く響いた1発の銃声。

 正確には残りの4発全てを放った銃声だ。


 手甲のレッサーテングは頭を左右に振り、叫び声を上げた。


 発砲時にシリンダーから光を放つ現象。

 

 いわゆるマズルフラッシュによる目潰し。


 洞窟内は本来、真っ暗な場所だ。

 至近距離からの強い閃光は、視力を奪う。

 

 無防備となったその瞬間――。


 クシードは頭部にナイフを突き刺すし、そのまま切り裂いた。


 

 洞窟内に断末魔が響き渡ると、手甲のレッサーテングは、その場で崩れ落ち静かに絶命した。



 

「ねぇねぇ〜、こっちもぉ〜終わったよぉ〜!」


 アマレティが両手を振りながらピョンピョンと跳ねていた。

 命のやり取りしている緊迫した場面なのに、楽しそうな様子だと調子が狂う。

 なんなんだこのお姉さんは……。


 それはさておき、剣士同士の闘いはどうなった――。



 

「――観客が、増えたわね。そろそろ、フィナーレにしようかしら」


 微かに息が上がっているパーレットと、鎧を破壊された剣のレッサーテング。

 戦況はパーレットが優勢に見える。

 

 だが、油断はできない。


「パーレットッ! 加勢するでッ!」

「いらないわッ! あたしの剣技に見惚れなさいッ!」


 強がりなんか言いやがって。

 とクシードは思うが、それは杞憂に終わる。

 

 パーレットはソードウィップを肩に担ぐと、しなやかで引き締まっていた彼女の身体が、一回り大きく膨張し、剣身が燃えるような輝きを見せ始めた。


「ルークォス流剣技……」



 何かしらの剣技。


 対峙するレッサーテングは、悠長に待つはずがない。

 両手に持った剣を十字に構え、剣技発動前に決着をつけようと、パーレットとの間合いを詰めた。


 せめて足止めをしようと、クシードが銃を構えた瞬間――。


 いつの間にかパーレットの姿は無く、レッサーテングの身体は上下で分断され、上半身が激しい炎に包まれていた。


「――獅子閃光斬・(ほむら)


 瞬間移動でもしたのだろうか。

 離れた場所で背中越しに剣技名を呟くパーレット。

 

 レッサーテング自身は、恐らく斬られたことに気づいていないのかもしれない。

 断末魔などの悲鳴すら無く静かに、時折りパキパキと音を立てながら炭となっていた。


 

「さぁ、結果は予想つくけど先へ進むわよッ!」


 戦闘は勝って当然。

 と言わんばかりに、パーレットは剣を鞘に収めた。

 




 道は高台を登ったところからさらに奥へと続き、クシード達は歩みを進めると、今程斃したレッサーテングの居住区に辿り着いた。


 

「――どれもこれも量販店向けのナマクラばかりね」


 居住区内には貨物を強襲して奪った物で溢れていた。

 武器や農具、食料、陶器などが種類別に整理されているあたり、レッサーテングは、想定する以上に知能が高いモノノケだったと思われる。


「……銃もあるんやな」


 銃の使い方は知らなかったのか、扱い方は煩雑。

 リボルバーやライフルは壊され、廃棄物扱いだった。


「ん……、これは!」


 廃棄物の中に、クシードは1つだけ未開封の木箱を見つける。開封してみると中には1丁の底碪式散弾銃レバーアクションショットガンが入っていた。


「説明書付き……、なんかな? ミルフィ、読める?」


 隣にいたミルフィがペンライトをかざした。


「ハァ、ヴィ……、ス、ロ、オ、ト……?」

「戦利品として貰っといたら? どーせ大した武器じゃないと思うけど!」

 

 周辺の武器はナマクラばかりなため、パーレットはこの銃もガラクタ扱いする。

 大した武器じゃないかどうかは、持ち帰ってゆっくり調べよう。


 

 

「――あっ!」


 1人真面目に先発隊の捜索をしていたアマレティ。

 彼女は小部屋で人間の死体を発見した。


 死体の数は3つで、どれも真新しい。

 

 2つは頭は潰され、手足はちぎれた状態で放置。内臓は散乱して原型を留めていなかった。

 1つは女の身体だったとわかる。両腕と膝から下の足、乳房は欠損し、股と腹は裂けていた。


「セルン……、シュベア……、ファート……」


 暗視ゴーグル越しでも分かる凄惨たる光景。

 

 周囲に廃棄された服飾品から、かつての仲間だと分かったアマレティは、もう新たな思い出が作れないことを悟るように、言葉を漏らした――。

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