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013.炎の魔剣士

 剣と銃では攻撃範囲の広い銃に軍配があがるのが普通。だが、間合いを詰められた場合は、その限りでない。

 いかに距離を保ち、戦うことが出来るかが勝敗を決める――。



 


「ホラホラッ! 避けてばかりだとあたしに勝てないよッ!」

「くっ……」


 銃を構えてトリガーを引く。


 簡単な動作である。

 だが、剣による熾烈(しれつ)な斬撃。

 

 クシードは、右手に構えた大型ナイフで捌き、身体を捻って回避することで精一杯だった。


 

「あーでも、攻撃止めると詠唱されちゃうか〜」

「……そんなに魔法使って、欲しいんか?」


「できるもんならねッ!」


 ロンイー族の女は剣を大きく構えた。

 

 安い挑発にのるとは、随分単純な性格だ。


 肩で息をしつつあるクシードに、女は真向斬(まっこうぎ)りを繰り出す。


 クシードは、軌道を見切り斬撃を回避。

 

 強力な一振りは反動が大きい。

 刹那ではあるが、次の動作まで隙が生まれる――。

 

 スナッチで女から魔力を奪い、インテグレイション。身体能力強化魔法の持続時間を継続し、足腰に力を入れて、クシードは体当たりで女を突き飛ばした。


「あぐッ……」


 同時にクシードは、女のみぞおちに肘打ちも入れた。

 クリーンヒットして苦しんでいる。


 

 クシードは間髪入れず、うつ伏せ状態になっている女に回転式拳銃(リボルバー)“ルミナエルス”を向け、撃鉄を起こした。


 

 トリガーを引く指に力を加える。


 

 しかし、その瞬間――。


 女は剣を振った。

 

 みぞおちを手で押さえ、顔だけを上げた、うつ伏せ状態にもかかわらず。

 

 剣の間合いでは無いのになぜ……。

 これほどの技量を持った剣士が、闇雲に剣を振るうだろうか。


 そんな疑惑が、クシードの脳裏をよぎった。


 悪い予感がする……。

 

 女の様子を注視すると、蛇腹状の剣の剣身が伸びていた。

 鞭のようにしなり、クシードに迫っている。


 ――斬られる。

 

 反射的にクシードは右手のナイフでガードした。

 反動で銃声と共に金属音が響く。


 

「ハァ……ハァ……」

「うそ……でしょ、ソードウィップ、の……一撃を捌くなんて……」


 あの一撃は、隙をついた奥の手だったのであろう。

 女は苦しそうに息を切らし、地面に伏したまま唖然としていた。


 銃撃するのであれば今がチャンス。


 追撃を……。

 

 だが……。

 なんだ……。

 腕が、上がらない……。


 

 ――慣れない対人戦。

 そして、魔法を使った初めての対人戦でもある。

 

 クシードの極限まで研ぎ澄ました集中力が、徐々に限界を迎えるようになっていた。



 客観的に見ても、彼は疲弊状態であるとわかる。

 

 フラフラしているクシードを休ませなきゃと、一本の槍が、ロンイー族の女に向けて放たれた――。

 


「そう言えばもう1人いたわね」


 槍は女から大きく外れて地面に命中。


 女は立ち上がり発射方向を睨むと、視線の先にはミルフィがいた。


 

 水の槍魔法を発動させた彼女へ、危害が及ぶ前に決着をつけなければ。


 クシードは呼吸を整え、再びナイフを構える。

 そして、間合いを詰め始めた。


 女の視線はミルフィに向いている。

 

 ――が、クシードへの警戒は解くことは無く、むしろ彼が動くことを女は見抜いていた。


 

 まずい、剣を使った反撃が……。


 いや、違う。

 なぜか左手を伸ばしている。

 

【発、砲、砕】


 女は急に何かをつぶやいた。

 

 これはもしや……。


 

炎系魔法(リフリット)乱闘大華輪(ラダムクァイフ)ッ!!】


 

 女の左手に赤い魔法陣が現れたと同時に、クシードの目の前で爆発が起きた。

 瞬間、身体を落とし直撃を避けることができたが、それでもダメージは大きい。


 

「……危なかったわ」


 衝撃、激痛、火傷……。

 致命傷までとは行かなくとも、クシードは黒煙と共に空を上げながら倒れ、動かなくなっていた。

 

 一部始終を見ていたミルフィは、彼の元へと急ぐ。


「く、く、く、くしぃ、クシー……」


 呼吸を乱し、涙ぐみながらもミルフィは、クシードの名前を必死に呼んだ。


「ミル……フィ……、逃げ……」


 これ以上ここにいては危険。

 

 力無い声で、クシードは離脱を指示する。


 しかし、こんな状態の彼を置いて逃げたくない。

 と、ミルフィは涙を流しながら首を横に振っていた。


回復薬(ポーション)持ってる? さすがに命までは奪わないわ。治療が済んだら荷物とお金を置いてルシュガルへ帰りな」


 ミルフィに剣を突きつけ、女は言う。

 慈悲ある女の言葉に従い、ミルフィは涙声でクシードに回復魔法を唱えた。



 

「へぇー、上級の回復魔法も使えるんだ。超すごいじゃん」


 ミルフィの回復魔法、二段階強化(ドライツ)治療の煌めき(キュアル)により、傷が癒えた身体を起こしたクシードは、ミルフィに剣を突きつけている女を睨んだ。


「そんな怖い顔しないでよ。さっ、早く荷物とお金を頂戴!」


 悔しいが負けた。

 まだ良心的な盗賊で助かったが負けるのは悔しい……。




 

 

「――隊長ぉぉーッ!! 先ほどの爆発は、あの休憩所からですぅーーッ!!」

「隊長ぉぉーッ!! 指名手配のパーレット・キャラルがいますぅーーッ!!」

「隊長ぉぉーッ!! あの2人は民間人でしょうかぁーーッ!!」

「隊長ぉぉーッ……」

 

 隊長、隊長と騒がしい声。


 ついている。

 見回り中の憲兵達だ。


 

「……どうやら年貢の納め時やで。ロンイー族の騎士さんよぉ」

「あら、そうかしら?」


「?」


 強がりでも何でもなく、余裕の表情。

 この女、まだ何かを隠しているのか――。


 

「指名手配犯を引っ捕えろぉーーッ!!」


 隊長の号令により憲兵達が威勢よく、一斉に駆けつける中、女は大きく息を吸い始めた。


「アンタ達ぃぃーッ!! 逃げるわよぉぉーーッ!!」

「……えっ?」


 女は大声で叫ぶと、道の彼方へと走り出していった。


「あの2人は仲間だぁーッ!! 捕まえろぉーーッ!!」


「うっそやろ……」


 まさか囮にして自分だけは逃げる算段か。

 無実とは言え、憲兵に捕まると非常に厄介だ。

 そして散り散りになるのはまずい。


「ミルフィ、逃げるでッ! あの女を追いかけるぞ」




 ◆◆◆




「もう大丈夫ね。憲兵はあたし達を見失ったわ」


「これでオレらも犯罪者の仲間入りかいな……」


 数時間前まで善良な一般人だったのに……。

 ショックのあまり、ミルフィも涙を流していた。

 

「顔バレしていないんだから大丈夫っしょ!」

「何を根拠に言いよんねんッ!」


「何をって、逆に憲兵達の顔、覚えてる?」

「……そういや、分からへんな」


「でしょ! ほらッ、だから大丈夫よッ!」


 

 ロンイー族の女の奇策により、チェマまでの道中にある林のエリアへ決死の思いで逃げてきたクシード達。

 

 周りが静かになったところで、お互い口を開いていた。


「ところで、自分、どんな悪行をしてきたんや?」

「だから何もしてないわよッ!」


「ウソつけッ! 今もオレらから金品奪おうとしたくせにッ!」

「あれはあたしに銃を向けた示談金よッ!」


「なら、何で憲兵に追われとんねんッ!」

「知らないわよッ! 急に追われるようになったのッ!」


「いやいや、何か心当たりはあるやろ?」

「うーん…………、そういえばこの前、公園で写真撮ってたら憲兵に職質されて――」


 職質……。


「――それから撮った写真のアルバム見せたら、没収されそうになったし、ぶん殴って奪い返して……、それからかなぁ」


「憲兵ぶん殴ったらあかんやろ」

「でもそれだけで、指名手配なんてオカシイでしょ!」


 言われてみれば確かにそうだ。

 罰金か書類送検で済みそうなのだが――。

 

「てか、そのアルバムって今も持ってんの?」

「持ってるわよ」


 クシードが見せてもらえるか聞くと、女は背中に担いだ薄いカバンから、重厚なハードカバーで覆われたアルバムを取り出した。


 クシードが表紙をめくると、そこにあったのは大切そうに並べられた、たくさんの白黒の写真達。


「……かわ……いい……」


 最初の1ページ目には、様々な幼年の男の子が映っていた。

 平和な日常を切り取った一瞬の時間。

 無邪気な笑顔の子供たちを見て、ミルフィもほっこりしている。


 2ページ目にも小さな男の子たちの写真。

 3ページ目も。

 4ページ目も……。

 

 

 アルバムに収められた写真を見て、クシードはこの女が指名手配される理由がわかった気がした。

 50枚近くある写真の被写体が、ほぼ全て小さな男の子なのだ。


「あっ! これ以上見たらダメ〜」


 女は顔を赤くし、嬌声を上げながらアルバムを取り上げた。

 一瞬中身が見えたが、映っていたのは小さな男の子のコンプライアンスに違反しちゃう写真……。

 

 ……この女、ショタコンの変質者だ。

 性犯罪を危惧した優秀な憲兵が事件を未然に防ぐため、指名手配にしたのだろう。


「なぁ、おまえ、自首した方がええで」

「なんでよッ!」

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