012.疑惑のロンイー族
第二章の始まりです
次なる目的地“チェマ”まではルシュガルを出て、ジェルコ街道を南へ7ルほど進んだ先にある。
“ル”とはこの異世界の距離を表す単位の1つで、計算すると、1ルは約4キロメートル。
つまり、チェマまでの距離は約28キロメートルだ。
この異世界の生活や文明水準は、18〜19世紀頃に起こった産業革命の頃だろうとクシードは感じている。
鉄道は存在しているが石炭ではなく、生活魔石、通称ヴィスタを燃料として動かしていた。
それに伴って自動車は誕生しているかと思ったが、そのような気配は無く、移動は馬車か徒歩がメインである。
チェマまでは遠い。
本当は馬車に乗って楽をしたいが、節約必須であるため徒歩で行く。
長い道のりを歩くことになるが、出発前にクシードが仕入れた情報によると、1ルごとに休憩場所があるそうなので、しっかりと休憩をしながら目的地へ行く計画だ。
所要時間は7〜8時間と試算。
休憩時間の2時間を加え、総移動時間は10時間程度とクシードは考えている――。
「……」
「……」
道中はとても静かだった。
唯一あった出来事とと言えば、貨車を引っ張る商人と1度すれ違ったぐらい……。
意気揚々と2人は、『せーの』で最初の一歩を手を繋いで踏み出したはいいが、クシードはどこで手を離そうかタイミングが見つからず、ずっと手を繋いだままだった。
繋いだ手を緩めると、ミルフィは握り返してくる。
だから、なおさら手を離しにくい。
しばらくクシードとミルフィは、付き合いたてのカップルのような時間を過ごしていた――。
「――ここで1ルか。あと6ル、長い道のりやんなぁ……」
ようやく見えた最初の休憩場所。
クシード達はベンチの上に荷物を置き、そして腰も下ろした。
数あるベンチの中に、先客は1人だけ。
長い耳を持った亜人。
エルフ……、いやこの世界ではロンイー族と呼ばれている種族と目が合った。
「――お姉さん達、チェマへ行くんでしょ? 荷物持ちとして手伝ってあげようか?」
腰には大振りの剣と、小剣を携え金髪のポニーテールとアクアマリンのように美しい碧眼を持つロンイー族の女性が親しげに話しかけてきた。
美人に声をかけられクシードは口角を緩めつつも、気づかれない様に回転式拳銃“ルミナエルス”のグリップに手を添える。
“本当の”荷物持ちであれば、ルシュガルの門付近で商売をしているはず。
まだ朝の早い時間帯だ。
このような時間帯に、街から離れた場所で営業をかけてくるのは怪しい。
おそらく盗賊の類だろう。
「ええ気遣いやけど、金は無いし、今回は遠慮しときますわ」
「いやいや、安くしておくからさ! あたしもチェマへ向かう所だし、道中モノノケも出るじゃん? だからサービスで護衛もしてあげるわ!」
女は食い下がるが、荷物持ちを依頼するつもりは最初から無い。
ただでさえ怪しいのに、約28キロメートル離れた場所へ行く割には荷物が背中に担いだ薄いランドセルだけと、かなり軽装だ。
これはますます怪しい。
「……」
このロンイー族の女から何かを感じ取ったのか、ミルフィも指を顎に添えて見入っていた。
やがて何かを思い出したのか、スケッチブックに挟んでいた一枚のビラを取り出し、クシードに見せた。
「……ミルフィッ! 引き返せッ!」
クシードは指示を出すと同時に、ルミナエルスの銃口をロンイー族の女に向けた。
「ちょっと何? 急にどうしたの?」
この女、以前シーブンファーブンから配られた、憲兵からのお尋ね者リストに載っている犯罪者だ。
こんな場所で指名手配犯と遭遇するとは……。
女は銃を突きつけられても全く動じない。
おそらく、この様な場面には慣れているのだろう――。
「後ろを向いて剣を捨てろ。妙な動き見せたら殺すで」
「マジで意味わかんないしー。てか、いきなり銃を突きつけるのはオカシくない?」
クシードは警告に対し、女は余裕の表情。
やはり場慣れしている。
クシードの対人戦は喧嘩ぐらいしかなく、しかも数える程しか経験がない。
ましてや獲物を持った戦いは初めてな上、恐らく魔法を使った戦いになる。
とても有利、同等とは言えない状況だが、今まで戦ってきたモンスターやモノノケの応用。
相手の動きをよく見て冷静に対処だ――。
女の右手に動きがあり、携えていた剣を掴もうとした瞬間、ルミナエルスが雄叫びをあげた。
銃弾は避けられ、女は半身になって腰を落とし剣を両手で構えている。
女の持つ剣は、蛇腹状で独特な形状だ。
武器屋で見かけるロングソードとは違い、クシードは初めて見る形ではあるが、あくまで剣は剣。
間合いさえ詰められなければ、銃の方が有利に戦える。
「全く、どいつもこいつも……。一体あたしが何したって言うのかね〜」
「道理に反したことをやったんやろ? 自覚症状が無いなんてヤバいヤツやな」
「ハァ……、まぁいいわ。あたしに武器に向けた以上、容赦しないよ。でも同じ女同士。示談金は有り金と持っている服で勘弁してあげるわッ!」
会話を終えると同時に、女は一直線にクシードへと駆け寄った。
――速い。
女は袈裟斬りを繰り出す。
クシードは、サイドステップでこれを躱した。
だが目線は、銀髪を捉えている。
2撃目が来る……。
女は剣を返し、水平に振った。
初撃の剣筋から予想できる攻撃。
クシードは、上体を反らせて躱す。
剣筋は鼻先をかすめ、ギリギリの回避。
しかし、このギリギリの行動が剣を振り切りさせた。
隙ができている――。
クシードは女の腹部に蹴りを入れ、その反動を利用して剣の間合いの外へ出た。
「……今の蹴り、浅いけどやるわね。魔導士なのに体術に優れているんだ」
「競争が激しいからな。何でもやらなあかんねん」
「アハハッ! 意味わかんなくてマジウケるーッ!」
嘲笑。
あからさまに、まだまだ余力がある。
今まで戦ってきたモンスターやモノノケとはレベルが格段に違う。
この女……。
強い――。




