010.決意
「新入りッ! この袋、上まで持って行けッ!」
「新入りさんッ! 金鏝洗っといてッ!」
「オイッ、新入り――――ッ!!」
スナッチとインテグレイション、そして身体能力強化魔法を取得したクシードは、冒険者ギルド“シーブンファーブン”へ寄せられた城壁補修の応援業務をしていた。
地上でセメント袋と砂利袋をを2つずつ持ち、仮設足場を蹴って高さ20メートルはありそうな城壁の頂上まで運ぶ。
その後すぐに金鏝に付着したモルタルを洗い落とし、汚れた水が入ったバケツを抱えたまま地上へ飛び降り、水を入れ替えて再び頂上へ。
このような動きが可能なのも、身体能力強化魔法のおかげ。
これまでの依頼内容とは違い、文字の読み書きは特に求められないため、クシード1人でも請け負うことができている。
なお、日当は昼食付きで1,000ジェルトと、今までとは違いかなり高待遇だ。
今回はたまたま左官業を行っているが、建築現場は常に動きを求められる。
より高収入であるモノノケ退治を想定した動作確認には、適した内容である。
射程距離が存在するスナッチや、身体能力強化魔法の持続時間など、それが一体どの程度なのか、クシードは仕事を通して身体に覚えさせていた――。
その日の業務終了後、クシードは、ミルフィと合流。いつもの大衆食堂で、いつもの様に夕食の時間を過ごしていた。
「今日の派遣先なぁ、みんなええ人なんやけど、めっちゃ人遣い荒かったんやでッ!」
「ほん……ま……に……?」
「そうねんて! せっかく上までモノ持って行ったんに、親方、アレ忘れたーとか言いよんねんッ! 1回ならええんやけど、荷物持って上まで登ったら、次はアレとか、コレなんやで。何でいっぺんに言われへんねんって思いながら仕事してたんやわッ!」
「……たい、へん……」
「せやろーッ!」
身体能力強化魔法を取得したことで仕事の幅が広がり、クシードの収入は上がった。それに比例して仕事内容も大変になり、愚痴もあったりする。
「……」
例え愚痴であっても、ミルフィからすればクシードの話は楽しい。
楽しいのだが、彼女の両親がいる西側にある都市“オウレ”まで行く手立てがいまだに見つからず、進展のない日々にミルフィの表情は憂いを帯びていた。
「……そういや……、護衛になってくれそうな人、中々見つからへんな」
人との対話能力に支障あり。
低い報酬額で魔神の本拠地がある西側の都市まで護衛。
このような条件で依頼を引き受けてくれる人などいない。
仮にいたとしても、途中でミルフィを売ることを企てる人身売買のゴロツキぐらいだった。
クシードも例外ではない。
ある程度自立できる目処がつけば、ミルフィと別れるつもりでいた。
だが、両親へ宛てた手紙を、郵便ポストの前で祈りを込めてから投函している様子を何度も見ている内に、クシードの心は動かされしまう。
「……銃さえあれば、オレが護衛を兼任できるかもしれへんのやけどなぁ」
クシードは呟く。
武器屋でいくつか銃を見てきたが、どれも簡単に手を出せるような価格ではない。剣や槍などは値段の安い物で約2,500ジェルトと、比較的お手頃価格だが、銃は製造工程が多く複雑なためか、値段は10倍以上となぜか高価だ。
「……銃……」
「あのな、ミルフィが持っとる魔導銃とかじゃ、あかんのやで。オレ、魔法がまともに使われへんからさ」
彼女が自衛のために持っている魔導銃は、強力な武器ではあるが、トリガーを握る者の魔力を装填して発射する仕組み。
そもそも魔力がほとんど無いクシードには、このような特殊武器は無駄である。
「……ごち、……ぅ、さま……」
声が小さくても食事はいつも完食するミルフィだが、今日は珍しく食事を残した――。
◆◆◆
翌朝、冒険者ギルド“シーブンファーブン”のロビーにて、クシードはいつも通りミルフィが来るのを待っていた。
昨夜の様子だと、彼女の気分は良くないままだろう、とクシードは感じている。
そのため、気分転換に今日は遊びに出かけようと考えた。
「――ミルフィ! おはよーッ!」
「――ッ!」
だが、クシードの予想に反して、彼女の顔には元気があった。
それに、手には少し大きな鞄を持ち、いつもとは違った様子である。
「……何持ってきたん?」
「…………これ……」
「ん? プレゼント?」
ミルフィが差し出してきたのは、幅広でやや大ぶりの白い箱。
特にラッピングもない。
すごくシンプルだ。
クシードは快く受け取るが、なんだかずっしりと重い。
一体何が入っているのだろう。
「ここで開けてええもんなん?」
ミルフィはコクリと頷く。
ロビーのイスに座り、クシードは箱を開けた。
「……うそやん」
箱の中には1丁の大型で中折式の回転式拳銃と銃弾ケースが入っていた。
白く輝き、長い茎の先に咲く小さな花々の刻印が施された銃身は、芸術品のように美しい。しかし、その他の装飾性が無い無骨なデザインと、使い込まれた形跡から実用的な銃であるとわかる。
「これ、どうしたん?」
「てぃ、ティーナ、の……」
「ティーナって、たしか行方不明になった執事のことやんな?」
ミルフィとの会話練習の中で出てきた執事のティーナ。
会話練習から得た情報より、優しく勇敢で時に厳しい、ミルフィにとって姉のような存在の人だと、クシードは想像していた。
だが、44口径はありそうな大型の銃を扱っていたと思うと、かなりゴリマッチョなお姉さんだったのかもしれない……。
「……ご……、ええ……、……ごえぇ……」
ミルフィは顔を赤くし、尻尾をふらふらさせながらボソボソと呟くが、声が小さいこともあり、クシードには当然、伝わっていない。
けれども、銃を渡すその意味――。
彼は聞き返さずともしっかりと理解していた。
「護衛を頼むんやんな? ……それ、本気で言うてんの?」
ミルフィはコクリと頷く。
「魔法とか、まともに使われへんのやで」
「……だ、……じょぶ……」
「……それと、守られへん時もある。んで、危険な目に会う事もあるけど、ほんまにええんか?」
「……ぅん……」
「あとオレ、めっちゃ弱いんやで」
ミルフィは一瞬頷きそうになったが、慌てて首を横に振った。
「……そっか」
クシードは、大型リボルバーのラッチを外し、銃をハの字に開いて、銃弾の装填操作を静かに確認した。
――44マグナム並の大型リボルバー。
スイングアウト式は数回扱ったことあるが、中折れ式なんて博物館や映画以外で見るのは初めてだ。
扱えるかと聞かれれば自信は無いが、身体能力強化魔法と併用すれば問題はないだろう。
銃弾再装填の動作もスムーズに行える。
使い込まれていてはいるが、大切に扱われていたに違いない――。
銃を見る彼の目は真剣そのものだった。
肝心な時でも使えるよう、日頃のメンテナンスが重要。ティーナはいつもそう言って銃を整備していたことをミルフィは思い出す。
もうここにはいない執事の姿を重ねながら、ミルフィは銃と向き合っているクシードを見ていた。
確認を終えると、クシードは銃を掲げるように持ち、次は銃身を光に照らして眺め始める。
一見、ただの大型拳銃であるが、ミルフィの大事な人が大切に扱っていた代物。これを渡すと言うことは、決意を固めたのだろう。
“両親の元へ帰るのに力を貸して欲しい”
ならば、その思いに応えなければ――。
「なぁ、ミルフィ。この銃の名前、教えてくれる?」
「……ル、ミ、ナ、エ、ル、ス……」
銃が入っていた白い箱に記載されている文字をなぞり、ミルフィは微笑んだ。
「ルミナエルス……、かっこええ名前やな」
執事のティーナはミルフィを守ることに使命を果たした。だからこのルミナエルスも、“守るため”に存在するとクシードは思う。
守るとは言っても、生命を脅かす存在に向けて銃弾を放つのではなく、この先に待ち構えているであろう、不安なこと、辛いこと、悲しいこと――。
様々な困難に対して、時にはその手を引いて道を拓き、降りかかる災いには傘になって守ることも差しているだろう。
「ただな、ルシュガルの外へ出ると、ええことばかりやとは限らへんのやで」
「……ぅん……」
声は相変わらず小さくも、口を一文字に閉ざし、凛々しい眼差しを見せるミルフィ。
そこに、いつものオドオドしさは感じられない。
「ほんまに、オレを護衛に選ぶんやな?」
「うん」
「……わかった」
ミルフィは見ず知らずだったクシードに対して、今日にまで尽くし、そして今、自身の大切なものを託す。
そんな彼女の思いに反し、出会った当初のクシードは自分のことばかり考え、頃合いを見計らって縁を切るつもりでいた。
しかし、彼女と出会わなければ、この異世界を生きてはこれなかっただろう……。
「ミルフィ――」
彼女は芯が強く、そして心優しい女性。
大切な両親の元へ、危険を冒してでも帰る。
でも、苦手な会話を克服できておらず、両親の元へは帰れない。
かつてのティーナのように彼女を支えてくれる人も必要だ。
そんな大役、務まるだろうか……。
いや、努めなければ。
これは案外、贖罪ではなく運命なのかもしれない。
ミルフィは生命を懸けることを決めた。
ならば、こちらも生命を懸ける決意を示す――。
「一緒にオウレへ行こう」




