001.転移する世界
「キリがないわな……。どんだけおんねん」
突如現れた新型モンスターの咆哮と銃火器が奏でる歌曲は、いつまでも終わりが見えない。
弾切れとなったアサルトライフルを弾薬再装填しながら、1人の青年はあきれるように呟いた。
彼が遭遇した新型モンスターは、人の姿をした蠢く操り人形。
人間よりも大きい鋏を持ち、黒い布を被った浮遊体。
鎖付きの鉄球を携えている頭部の無い巨大な鎧などなど……。
まるで神話に出てくる悪魔のような姿をしたモンスター達だ。
青年はモンスター駆除業務を生業として6年になる。今まで多種多様なモンスターと戦ってきたが、今回の任務で遭遇するのはどれも初めてだった。
モンスターという存在は生物界に異変が生じて誕生した、いわば突然変異体。
今から70年ほど前の2040年代、当時起きた天変地異や世界的な大戦争が影響して誕生したとされている。
しかし、異形の生物であるモンスターはもともと地球上に存在していた生物。
姿が変わってしまったとしても、どこかにその面影が残っているのだが、目の前にいるのは、そのような痕跡は見られないのが多かった――。
「クシードさん、弾薬もバッテリーも減っています! 一度、拠点まで戻りましょう!」
「そうやなッ! ミオ、ルートを探してくれッ!」
艶やかな銀髪とブルーグレーの瞳を持ち、女性のような見た目と、しなやかな体つきが特徴の青年、クシード・シュラクスと、彼のアシスタントを務める女性型自律AIミオソティス、通称ミオ。
彼らはドイツとフランスの国境付近にある、とある市から新型モンスターの襲撃にあっている、と言う救助要請を受けて、現地へ赴いていた。
「あっ! クシードさんッ! 検知レーダーに2つの反応ッ!」
力尽きた兵士や一般市民の焼き焦げた遺体が散乱し、吐きそうになる刺激臭がクシードの鼻を突く。
阿鼻叫喚とする状況下、血溜まりだらけのアスファルトを蹴り、拠点へ向かう途中に現れた反応……。
ミオが言うには移動している様子は見られない。
待ち伏せでもしているのだろうか。
クシードはアサルトライフルを再び構え、未確認モンスターによる襲撃で道路上に散乱したガレキ、横転した自動車で身を隠しながら距離を縮めた。
右腕に装着された、ミオの本体でもある腕時計型PCから出力される3Dホログラフィーディスプレイには、残り40mと表記されている。
物陰から検知レーダーの正体を目視で確認。
そこには、3〜4歳の男児を抱いた若い母親の姿があった。
指輪型スマートフォンの3Dディスプレイが乱れ、困惑している様子――。
あれは一般市民。
救助の対象者だ。
クシードは銃口を下ろし、母子の元へ急いだ。
「拠点まではあと少しですッ! 護衛しますのでついて来て下さいッ!」
武装しているが見慣れた人間と3Dホログラフィーで出力された体長30cmのAIキャラクター。
この姿を見た親子は安心したのか、クシードの言葉に素直に従った。
クシードは拠点までの方向を指差し、ミオは衛生写真を立体画面に投影して順路を表示する。
拠点までのルートを手短に伝え、母子を連れて歩き出した瞬間、ガラスにひび割れが生じるように空間が割れた。
奇声を発し、生気が感じられない人間……。
空のどこから伸びているか分からない赤い線――。
新型モンスターの操り人形だ。
有象無象に出現するモンスターが、どうやって現れるのか分かったのは良いが、タイミングが悪すぎる。
「走りますよッ! このまま真っ直ぐ! 4つ目の角を左ですッ!」
次々と空間が割れ、操り人形が出現する中、クシード達は拠点へと急いだ――。
「!」
目標の4つ目の角を曲がると、刃物を携えた操り人形が3体。
進路を塞ぐように立っていた。
クシードは構えていたアサルトライフルを、迷うこと無く脚部に向けて発砲した。
「走れーーッ!!」
脚を破壊され機動力を失っても向けてくる殺意。
そして続く、けたたましい銃声。
幼くも危険な事態を理解しているのか、小さな男の子は涙を堪えて母親に必死に抱きついていた。
母親は大切な我が子を抱えて、クシードの合図と共に走る。
そのまま走れば拠点だ。
走る先の向こう側には、陸軍が駆けつけているのが見えている。
この親子はもう大丈夫だろう――。
「クシードさんッ! 後方から操り人形が多数! 鉄球鎧も接近しています!」
拠点へと真っ直ぐ走る親子を見て安心していたクシードだが、ミオの警告を聞き彼も拠点へと急ぐ。
だが、目の前に鉄球が急に現れ、アスファルトを砕きながら行く手を阻まれた。
クシードは即座に踵を返す。
アサルトライフル構え、投げ込んだ張本人である鉄球鎧に銃弾を撃ち込むも、堅牢な身体は攻撃ははじいた。
「……ッ」
「クシードさん! そこの横転したトラックの荷台にID未登録の対戦車ミサイル“ジャベリン”を見つけましたッ!」
「遠隔承認申請やッ!」
「はいッ! 了解ですッ!」
路盤を砕いた鉄球を引き戻し、再攻撃されるまでのタイムラグの隙を突く。
ミオが見つけた10m先にあるトラックまで走り、クシードはアサルトライフルと対戦車ミサイル“ジャベリン”を交換した。
「鉄球鎧にロックオンッ!」
「えっ……、でも距離が」
「倒すのが先やッ!」
「はっ、はいッ! 了解ですッ!」
鉄球鎧までの距離は近い。
ミオの忠告通り、爆風の影響がある。
だから、発射後、即座に防御体勢を――。
「ロックオンッ! レディーッ!」
放たれた小型ミサイルは一直線に翔び、鉄球鎧に直撃。
爆散した身体の破片は、金属音を立てながら地面へと散らばり、同時に発生した黒煙と衝撃波に、クシードの視界を奪われてしまった。
吹き飛ばされぬよう足腰に力を入れ、煙を吸わないように腕を盾にして呼吸器官を守る。
爆風で暴れるクシードの銀髪が鎮まると、彼は腕を下ろし目を開けた――。
目の前には、どこまでも続く澄み切った青い空と軽やかに浮かぶ白い雲。
太陽の光は柔らかい。
足元には、豊かな色彩の草花の絨毯が広がり、その香りは颯爽と、クシードに届けてくれる。
……どうゆうことだろうか。
先ほどまで、散乱したガレキ、外壁に残る血しぶき、道路の上には死体と、目を背けたくなる凄惨な光景があった。
異形のモンスターの奇声も小鳥のさえずりに変わり、アンモニアや酸系の混ざった刺激臭は一瞬にして消えている。
地獄とも言える場所から、景色は一転。
ここは楽園とも言える場所。
あまりの美しい光景にクシードは一瞬息を呑んだ。
死んでしまったのかと考えてしまうが、本当に死んだのであれば、もっと別の景色があってもおかしくはない。
クシードがそう考えるのも、目の前の出来事に説明がつかないからだ。
彼の目の前には、網かごに草花を摘んだ空色の長い髪の女性がいた――。