第8話 蹂躙
曰く、最高にして最大の戦術はより大きな戦力で圧倒的に敵を蹴散らすことだ。
その1番簡単な方法は相手よりはるかに勝る数をぶつけること。
多勢に無勢で多勢が勝つ。
これを疑う馬鹿はそういないだろう。
1人より2人、2人より3人だ。
しかし、目の前の男はそれを覆すように淡々と敵を斬り殺していた。
「ア゛ッハッハッハッハ!」
耳につんざく凶悪な笑い。
それを「淡々」と表現するのは語弊があったかもしれない。
だが、その様はめちゃくちゃなようでいて、あまりに完成され、1つの殺人機械のようにただ殺す作業を繰り返していた。
「や、やめ」
そんな言葉を残しつつ、また1人兵士が首を刎ねられた。それに伴い血飛沫が飛ぶ。
こんな状況でもなお、敵の一群は殆ど逃げ出さないあたり統率の具合、兵士として求められる心意気の高さが伺える。
だが、それが何の役に立つのか。
ノンフィクションのように外連味のない悲鳴で1人、また1人と殺される。
一合も打ち合うことなく、歪んだ表情のまま床に転がる生首は増えていく。
稀に腕を先に斬り落とす、腹をかっさばくなど別パターンもあったが結果はさほど変わらない。
その後すぐに首をズバンッだ。
何か首を斬りとばすことに執念でもあるのか?
そして、あの男は当たり前のように無傷で、その反面返り血を浴び続け全身は赤黒く染まっている。
この光景を前に俺は呆れ返っていた。
(ここまでできるのか……)
底を知るどころか、その気配すら見せない。
そしてもし、こいつと出会ったあの瞬間に逃げ出さなかったらと思うと俺も冷や汗が噴き出す。
所詮ゲームとはいえ殺されるのは気持ちのいいものではない。ましてやリアルなこのゲームでは。
(こいつは化け物か?)
そう思う傍、俺は斬りかかってきた兵士の首を掻っ切る。
時折こういう奴もいたが、士気はガタ落ち刃筋もブレブレで、とても戦える状態ではない。
なるほど、エトセラムの言っていた通り、確かに俺の仕事は楽だった。
こんな物は戦いとは呼べない。
一方的な蹂躙だ。
そして、殺しが作業じみてきたころ、俺とアルチョムの他に動く者がいないとやや遅れて気付く。
全て殺し尽くしたのだ。
恐らく途中から館内の警備も援軍に駆けつけてきたのだろうが、それに伴い敵と死体の数も増え続け、辺り一面汚ない血の池と化していた。
これほどの数を一度に殺ったのは初めての経験で息も絶え絶えの俺はふと、横目でアルチョムを見る。
息は一切上がっていなかった。
(化け物め)
何度目か分からないが、そう思う。
「あれ、終わりか。」
残念がるように声をあげたのはアルチョムだ。
その様子から後10回はアレを繰り返せる余裕が垣間見えた。
◆◆◆◆
「始まったね」
そう言ったのはエトセラム。
アルチョムとガラージが屋敷に踏み込み、殺戮を始めた瞬間とほぼ同時刻、彼女は街中でも1つ飛び抜けて背の高い建物の屋根の上に居た。
そこは静謐さを感じさせるような教会で、これを足蹴にするのはなかなか冒涜的だが、ここを選んだのは単に実用的な側面からだ。
高い塀の向こうの市長の屋敷が一望でき、その敷地の正門へ向かう一本道もよく見える。
ここまで御誂え向きの場所もそうないだろう。
そして、彼女の背後から現れたもう1つの影。
「ご機嫌ですね」
そう言い放ったのは黒髪を後ろで括った女。
右目周辺に不自然な火傷跡があり……
ここまでくれば明白だが、クサカベだ。
しかし、その装いは作戦会議の際にしていた白シャツに革のパンツという服装ではなく、フル装備そのもの。
青緑の硬質な革鎧で全身を守ったその姿は戦士としてはやや軽装だったが、その素材を知っていれば侮れない。
それらは魔物から採取された革をふんだんに使った品。
本来であれば換えの効かないこうした装備は実用性に欠けるのだが元々専門的に魔物を狩る『魔狩人』であった彼女からすれば、素材のストックは大量にあり旧知のコネから補給するのも難しくない。
続いて武器だ。
腰から金具で吊るしたサーベルは一般的な品だったが、左手に携えた武器は違う。
濃紺の短弓。
それはどこか冷え冷えとした圧を纏う。
(来た)
あることに気づいた彼女は、腰の矢筒から黒羽の矢を一本、引き抜いた。
屋敷へ通じる一本道に4人組を見たのだ。
その一団は衛兵の格好をしていたが、エトセラムが入手した情報によれば皆バーム竜滅戦士団の精兵達。
彼らは一般的な基準で腕利きとされ油断の余地は無い。
そして彼女は矢をつがえ、耳の後ろまで一息に引き絞った。
これまで何万回と反復したその動作は実に滑らかだ。
そして、標的を見定める。
彼らは周囲を警戒しつつ2列で進んでいた。
(リーダーは……)
集団を狙撃する際、仕切っている奴から撃ち殺すのがセオリー。
統率が取れていないならそれで瓦解するし、そうでなくとも一時の混乱は招く。
そして彼女がこの距離からそうやって狙い撃てるのは異常だった。
標的との距離直線で約500m。
本来なら弓で狙撃できる距離ではない。
加えて今は深夜。視界も本来なら通らないはず。
標的が松明を掲げているとはいえそれが目印とはなり得ない。
しかしそれは、彼女が普通の射手であったならの話。
まず、魔術でいじられた彼女の両目は著しく高い視力を持つ。この程度の距離なら容易に視認でき、月明かりがあれば充分に視界を見通せるほど。
加えて彼女の扱う短弓。
これは魔物の腱や、革、秘境の奥地の古木がふんだんに使われ有効射程は優に700mを超える。
そして何より、それらの要素を使いこなせるクサカベの技量。並の射手なら持て余してしまう。
これらが揃い初めて、こんな芸当ができるのだ。
そして撃ち殺す標的を定めると同時、彼女は弦を離した。
剛弓と呼んでまだ差し支えのある弓から放たれた一矢はほぼ直進の軌道で進み、音より速いそれに気付くはずもなく……
狙ったこめかみへ直撃して兜を貫き、獲物の頭部をすり潰して内部から破裂させた。
急に訪れた仲間の死。
ましてや弓で撃たれたと思えない惨状を前に残された3人は驚くより先に呆然と思考を失う。
それはあまりに致命的過ぎる隙。
続け様に今度は3本矢筒から引き抜いた。
撃ち放つ一矢以外は指の間で保持し、番えた矢を放っては滑らかな手さばきで番え、連続して一本ずつ撃ち放つ。
ほとんど間を置かない3連射。
本来であれば精度を犠牲にするが、それら全てが吸い込まれるように残り3人の頭部を破壊し、静かになった。
こうして4人分の死体が出来上がったのだ。
◆◆◆◆
「お見事」
その言葉と拍手を聞いてクサカベは背後に振り返る。
そこにいたのはどことなく優雅な所作で手を叩くエトセラム。
屋根の上に腰掛ける少し行儀が悪く見える瞬間でさえ、彼女は気品をまとっていた。
しかし、今日はいつにも増して楽しそうだ。
思い当たる節と言えば……
「あの、彼。ガラージ君でしたっけ? 結局彼の扱いってどうするんですか?」
「ん?もちろん、うちに入ってもらうよ」
「でも彼断ったんですよね?」
「まあね。でも、彼は私達についてくるよ」
当たり前と言わんばかりにエトセラムはそう言った。
これに少し首をかしげるクサカベ。
その上で周囲の警戒は怠らない。
(いつも、妙に自信満々なんだよなぁ……)
それがどこから来るのかは疑問だ。
しかし、エトセラムが「そうなる」と言って、その通りならなかったことはまずない。
彼女がそう言うのなら、彼はついてくるのだろう。なぜかは知らないが。
「でも、そんなに彼、引き入れる価値あります?」
クサカベは言いたい事を言ってしまう達だ。
これも、見下しての発言ではなく、単に事実を述べただけに過ぎない。
「……ああ、その辺りのこと、まだ君に話してなかったね。実は彼、まだこのゲーム始めて1ヶ月経ってないんだよ」
その言葉をしばし咀嚼し、
「……本当ですか?」
これは予想外とばかりに驚くクサカベ。
このゲームはキャラクターを操作する上で、一切システム的な補助がない。
だから、強くなろうと思ったら現実と同じように武芸を極めるしかない。
そのため最低限戦えるようになるまで3ヶ月は掛かると言われている。それでも肉体を鍛える手間が省ける分マシではあるが。
「彼を買っている理由の1つはその成長性の高さだ。彼の引き起こした事件を紐解いたがどう考えても彼、急激に成長している」
これが本当なら、エトセラムがあのガラージという男に一目置くのも納得がいく。
このゲームで戦士をやってる奴らほぼ全員から嫉妬を買うであろうあの男を。
(じゃあ、戦力として期待していいのか)
それは少し嬉しい。
自分の負担が多少軽減されるからだ。
しかし彼女の表情は微動だにしない。
そもそもクサカベはVRゲームで表情の操作が苦手なのだ。
そうしてあれこれを思いつつ、ふと、先程仕留めた4人の方に振り返る。
頭部の弾けた死体。
それらに群がる何かが見えた。
遠目に見ると、群がるのは5匹の野犬。
だが、クサカベの目はそれを異質なシルエットとして捉える。
灰色の毛並みのソレらは本来持っている4本足に加え、やせ細った両脇腹からも足が生えていた。
6足の野犬。
いっそ「野犬もどき」とでも呼ぼうか。
その瞳は爛々と死体の方を向き懸命に貪り食らう。
だが、クサカベはその光景に何の感慨も覚えない。
異形のシルエットを持つあの野犬もどきはエトセラムが異界から呼び寄せた存在。
俗に悪魔と呼ばれる者どもだ。
彼らは様々に異様な姿と異質な能力を持つ。そして時に加護を与え人を手足のように扱うが、その反面、下位の悪魔は魔術師の下僕と成り下がる。
アレもそうした下位の存在だが能力は便利で、こき使われることが多い。
あの必至に死体を貪り食う口は無限に繋がっている。文字通り無限の広さを持つ空間だ。
そこに取り込んだものは決して取り出す事はできず、生き物が入り込もうものなら決して出る事は出来ない。
なんて言うとすごい存在に聞こえるが、そのせいで常に空腹に苛まれているのは馬鹿っぽくちょっと可愛らしい。
加えて知能は犬並みで、戦闘能力も口に気をつければ低いので下位の存在に留まっている。
奴らはその特性と屍肉を好んで食らう性分から、死体や流れ出た血の後処理を担うことが多い。
市長の屋敷に通じるあの一本道に死体を残すと何かと都合が悪い。
だからその前に文字通りこの世から消してしまうのだ。
そうすれば後には何も残らない。