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ガラージ  作者: 空き巣薔薇 亮司
第3章 血と陰謀
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第39話 タイマン

 ナルコスラの一角に屋根から屋根へ高速で飛び移る2つの物体があった。

 一方は4本触手を生やし、くねらせた何かが人を抱え飛翔するシルエット。

 化け物じみたこれはキリエとクサカベ。


 キリエは次々と隣家へ触手を伸ばし自身の体を引っ張り上げることで高速で屋根の上を飛び回っていた。


 そして触手に抱えられたクサカベは自分たちへ急速に迫る後方の物体へ速射を繰り返す。


 速射を受け続けるソレは白のロングマントで全身を覆う人影。

 その脚力と身のこなしは驚嘆と言う他ない。

 まるで大地を駆けるが如く屋根から屋根へ飛び移り、飛来する矢を時に跳ね、躱し、打ち払うことで一切のタイムロス無く走り寄る。


「くっ」


 クサカベはその光景を眺めつつ、そういうタイプで無いながら悪態をつきたいと思い始めた。


 これだけバカスカ撃ちまくり一切影響のない人間などクサカベとて、そうは知らない。

 初めてで無かったことがこの場合、彼女の精神安定の糧だったが、そもそも無闇に撃ち続けてるわけもなく、狙う部位をズラしタイミングを変動させ、弱い矢の後に強く矢を撃つなど工夫を凝らし、その全てに一切効果が無い。


 そして、矢の半分を撃ち尽くした段階でクサカベは思考を変えた。


 今ここで撃ち殺すのでなく、足止めして時間を稼ぐ方向へと。


 その理由は、まずこのまま撃ちまくってもラチがあかない点とキリエのスタミナがキツい点だ。

 キリエが生やす触手は独立して高い筋力と敏捷性、強靭性を誇っていたが、唯一その持久力はさほど優れてない。


 その証拠とばかりに、引き離す勢いだった逃走がここ数分で距離を詰められていた。


 そして、叩きつける風圧のせいで会話やコミュニケーションがままならないのも難点で、それらを一挙解決する手として足止め。


 となれば矢を打ち込むべきは敵でなく、敵が飛び移る瞬間、屋根へと着地するその一点。

 穴を開け踏み抜かせ、僅かばかり時間を稼ぐのだ。


 そして構え——


「ふー……」


 一息つく。


 彼女の心に既にいつもの平穏、波紋の立たない凪のような心境を取り戻し、そうなった彼女がタイミングと狙撃をしくじる筈なく、発射した矢は足を狙ったように見せかけ屋根をぶち抜き即席の落とし穴を作り上げた。


 そして流石に効いてくれよとクサカベが祈る気持ちで見届ける中、見事に標的が右膝まで足を取られ、その様を見て彼女は次の行動に移る。


 まず己を抱えるキリエの触手をバンバン叩いた。そのことに何事かと一瞥を向けるキリエ。

 振り向いた視界で風圧で何も聞こえないが必死に口をパクパクさせ何か訴えるクサカベとちょうど穴に足を取られ動きを止める追跡者のその姿で意図を汲み取ると同時、為すべき行動。


 つまり身を隠す為、体力を振り絞り移動速度を上げた。


◆◆◆◆


 聖騎士パラディン


 その強さを一言で表すなら『隙が無い』。


 彼らに付与された術式は今となっては無限の願望機と成り果て利用されるがままの『G.O.R.E』よりかつて抽出された奇跡そのものであり、有り体に言えば聖騎士パラディンはこのゲーム世界における最高峰の魔改造を施された魔術戦士と言える。


 在野の魔術師を迫害する教義上、あくまで魔術とは別物の奇跡と彼らは主張するが、その事実はさて置こう。


 重要なのは術式の効果。

 そのうち正面きっての戦闘へ主に関わるのは次の4種。


 まずは大幅な『身体強化』。

 これには他のチャチな魔改造と異なり一切デメリットが無い上、身体能力値を望外な程底上げし、中型の魔物を真っ向から素手で仕留めることすら可能なポテンシャルを聖騎士に与う。


 次に物理現象に変換されない魔術攻撃をほぼ無効化する『魔術耐性』。

 観測されたデータによれば、上位デーモンによる数百人規模を殺しつくす呪詛を受けなお耐えた記録もある。


 そして肉体を常に最適に保つ『自己回復法術』。

 疲労すら肉体の損傷と解釈される為いつまでもいつまでも戦い続ける継戦能力を備え、致命傷すら即座に完治する即効性は驚異と呼ぶ他ない。


 最後に、それらを数時間に渡り十全に維持する体内の『魔力貯蓄エーテル・プール』。これこそまさに奇跡の真骨頂だ。

 極論だが、これを除く3種の術式は魔術全盛の時代、最高峰の知能を持った魔術師数十人がかりでどうにか再現できなくも無い。


 いささか不十分で不細工な出来になることは否めないが。


 だが、仮に再現できたとして、それを起動するための魔力が確保できない。ましてそれを個人の肉体に備え付けるなど、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

 そして、奇跡をもって馬鹿を成し遂げた存在こそ聖騎士パラディンと言えるのだ。


◆◆◆◆


「ひー……つっかれたぁー……」


 そのぼやきを漏らしたのはキリエ。

 先の逃走でどうにか逃げ切りに成功し、額から汗水垂らして地面にへたり込んでいる。


 場所は適当な裏路地で、人通りも何も無く、ただ閑散としていた。


「あんな全力疾走久しぶりだぁ」


 そう言って懐から彼女が取り出したのは、小さな手にかろうじて収まる透明な瓶。

 中は青汁のような濃緑色に紫のまだら模様が付いた気色悪い液体で満ちており、コルク栓を無理やり引き抜くと躊躇もせずグビグビあおり始めた。

 それで心なしか彼女の額の汗が収まる。


 側に立ちその様子を眺めるのはクサカベ。

 頭の中ではあの聖騎士パラディンと思わしき白マントを仕留める算段を考え、空回りを繰り返していた。

 決定的な策が思い付かない。


 だから相談しようと口を開き……


「「で、……」」


 キリエと話し出しで被った。

 少し居心地の悪い沈黙が挟まった末、キリエが先に口を開く。


「どーする?」


(……『どうする?』、か)


 クサカベの頭にもはや逃走の選択肢は無かった。

 理由は色々あったが、そこで揉めると……


「いや、違うなぁ。違う違う」


 キリエが急に独りごちて


「あいつ……どう殺す?」


 そう切り出す。


 ここでクサカベはキリエの顔を見た。

 その表情は逃げる選択肢は己のうちには無いことを示し、それどころかまるで無邪気な子供のように(見た目はまさしく子供だが)キラッキラした笑顔で満ち満ちていた。


「逃げる選択肢は無いんだね」


「あれ、逃げたかった?」


「いや、私もここで仕留めるつもりだった。どんな手使ってるか知らないけど、あの人多分追っかけてくるし」


 こちらの狙撃ポイントを正確に捕捉した事実を思い出す。

 キリエの魔術行使に伴う魔力の放出はあったにしろ、数m以内でかろうじて感知できるかできないかの最小限に抑えていた筈だ。

 だが、その他の手掛かりとなると、ちょっと思いつかない。


「だよなぁ。それに逃げるなんてもったい無いっしょ、普通」


 嬉々としてそう言った。


 キリエはこういう考え方をする。


 クサカベなりにキリエの人格を述べるとすれば、『生粋のゲーマー』だ。

 それもアルチョムみたくタイマンとか正面きっての戦いにロマンを見出すタイプと対極。

 バグや裏技ハメ技その手の仕様上想定されてなかったり、いわゆる卑怯な手を積極的に使う性根のひん曲がったタイプ。


 で、彼女の魔術を始め、魔改造に薬学周りの知識もその手の手段に傾倒している。

 だから、あんな強敵が現れたとなれば喜び勇んでハメ殺しにかかるのだ。

 つまり、そういう強さを持つ。

 ハマれば強いの究極系こそ本質。


 そして、何か主義や主張があるわけでも無く、このゲームに関する表沙汰にできないあり方、真実を知っても「ほーん……」なんて適当に流し、面白そうだからエトセラムにつくとうそぶき、今この場にいると聞く。


 正直クサカベはそういう考え方が理解できないが、話してる感じ気は合う。


 で、方針が定まったとなればあとは具体的な策。


「1つ、良い手ってか、試したい手があんだけど」


 話し合う内そんなことを言い出すキリエ。


「どんな?」


「古巣に居た時たまにやってて、ぶっちゃけその手で仕損じた事は1度も無いやつ……」


◆◆◆◆


 逃げないのか。


 白マントを翻しつつ踏み込んだ裏路地でスンとした表情のまま、そう思う。

 視線の先には追っかけていた2人の内、背の低い触手を生やしていた方のみ。顔付きは覆面で隠し、触手をウネウネと生やしていない今となっては完璧な確認は取れないが、『疑わしきは殺せ』が所謂彼女の勤務先、聖光教会の方針だった。


 そもそも、その挑むような立ち姿と満面の笑みを隠さぬ目元はそれだけで殺すに足る十分な証拠と言えた。


 が、


(射手は逃げたか?)


 それが懸念だった。


 これはプレイヤーたちの間で基本戦略として有名な話で、『純戦士ピュア・ファイターは魔術師を生かす為に命を張るのが仕事』というもの。


 純戦士ピュア・ファイターとは一切の魔改造や魔術行使に必要な要素を持たず、純粋な肉体で武器戦闘を生業とするプレイヤーを指す。


 そして、純戦士型のメリットは主たるものとして2つあり、1つは身体に一切の魔的要素を持たない為、体から発する魔力で感知されない事。

 体内に魔的要素を持つ魔術師、魔術戦士を始め悪魔といった存在は感情の昂りや行使中の魔術の規模に伴い身体から魔力を発してしまう。

 それは勘の良い者にとって殺気や嫌な予感という形で察知され、純戦士はその問題と無縁でいられるのだ。


 魔改造は魔力の流れが体内で完結するため気付かれにくいが、それでも完全に体外に滲ませないのは至難の技。


 次に2つ目だが、これこそが『純戦士は魔術師を生かす為に命を張るのが仕事』と言われる所以ゆえん。純戦士は死後転生し、元の戦闘能力に戻すまでに時間がかからず、ローコスト。

 これは金と時間のかかる魔的要素が身体に一切仕込まれてないので当たり前で、と、くれば復帰に時間がかかりハイコストな魔術師を守り命を張るのが仕事と言われる訳。


 で、その定石に則れば明らかに魔的要素の少ない射手がこの場にいないのは……


(いや、どこかに)


 隠れているのか?


 だが、辺りに身を隠せる障害物はない。

 この場で潜むにはあまりに閑散としすぎている。

 両側を木造の壁に挟まれたこの裏路地の入り口にすら、その手のものは無かった。


 仮に遠距離から狙われたとして、助けた暗殺部隊から聞いた壁をぶち抜く狙撃を受けたとしても


(対応できる)


 と、言い切れるだけの自信があった。

 自惚れではない。自負だ。


(じゃあ……)


 目の前の子供のように小さな身体を持つ魔術師は自分とタイマン張る気なのだと、その事実だけが結論として残る。


(分からなくはない)


 復帰に時間がかかるとは言え、そもそも死ななければいい。

 他ならぬ聖光教会の聖騎士パラディンがその体現者と言えるのだから。

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