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ガラージ  作者: 空き巣薔薇 亮司
第3章 血と陰謀
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第38話 攻守交代

 少し、昨日の話をしよう。

 アルチョムとエトセラムが変則ルールのチェスを指しつつ、暇を潰していた最中のこと。


「……なるほど、この一手が致命的だったわけか」


「そう、だから先にスーパー・ポーンを……あ、お帰り」


 街の散策から帰り、ラウンジへ踏み込んだクサカベに、エトセラムは声をかける。


「はい、ただいま帰りました。……何してるんです?」


「チェスだよ。今は感想戦」


「チェス……?」


 クサカベは昔、弟からチェスのルールを教えてもらい、その全容を把握していた。

 だから、盤上に配置された駒を奇妙に思う。


「チェスっつっても変則ルールだ。それより地理の把握は済んだか?」


「えぇ、一通りは。いつでも狙撃が行えます」


 狙撃という行為において、それを行うスポットの選定は何より重要だ。

 何処からどこまで射線が通るか、敵に見つかりづらいか、いざという時身を隠す遮蔽が近くにあるか、逃走ルートは確保できるか。


 それらの把握にここ数日を費やしていた。


「そいつは重畳。悪いね。こき使ったみたいで」


「いえ、こういうのは私の仕事なので。で、標的は?」


 クサカベは話が早くて助かる。と、エトセラムは常日頃思っている。だが少し口下手なのが玉に瑕だ。


「それも定まった。今朝、黄から連絡が来てね。標的の足取りを掴んだらしい。明日、東地区に現れるからそれを撃ち殺してくれ」


「了解です」


「ああ、後……」


「なんです?」


「今回はキリエもバックアップに付けて。情報収集を私が途中で引き継いだから暇してるはずだよ」


「……そんなに危険なんですか?」


「いいや、念の為だよ。念の為」


(念の為……か)


 クサカベはエトセラムが何かを気取った場合、特にそれが悪い予感であればまず外れないことをよく知っていた。


◆◆◆◆


「ひっ……ひっ……」


 時間は今に戻り、暗殺部隊のリーダーの胸部から上が泣き別れした後さらにもう1人、そのリーダーの部下の1人が同じ手口で撃ち殺された。

 ただその場に残された醜悪でグロテスクな死体だけが異常を呈し、ただ1人残された男はひきつけ気味に悲鳴をあげ、その場にうずくまる。

 そして、彼だけが生き残った理由だが、遮蔽に隠れた3人の中で最も練度が低いからだ。


 まず、敵の抵抗の可能性を削ぐため射手の2人を殺害、それから順に的確な指示を出し得る人材を排除。


 と、くれば彼だけ取り残されたのは必然。


 そうした優先順位を常より的確に把握できたのもキリエの『使い魔』による盗聴の成果と言えた。


「なんなんだよぉ……」


 情け無くも泣き言をほざく。

 この手のダイブ型VRゲームには必ず、極度のストレスや、現実の肉体の異常を感知し強制的にログアウトする安全機構が組み込まれていたが、彼の精神はその寸前まで追い詰められていた。


 が、彼がそのまま強制的にログアウトされる事はなかった。

 なぜなら、彼にとっては文字通り救世主と言える人物が、その路地に踏み込んできたからだ。


◆◆◆◆


「ん?」


 キリエがそれに気付く。


「どうした?」


「いや、標的の隠れてる路地に踏み込んだやつが居てさ」


「身なりは?」


「真っ白のロンググマントとフードで全身隠してる。少なくとも長物は……」


 その時


「ぐぁッ!」


 キリエがとっさに右目を抑えた。

 『使い魔』と繋ぎ観測を行っていた目だ。


「何?」


 極めて冷静な声でクサカベは尋ねる。

 標的の位置へ視線は外さず横目でキリエを見ながらだ。

 彼女とて、全てが計画通り進むと思っていない。


「ネズミが潰された……」


 ここで言ったネズミとはキリエが視界に使っていた『使い魔』の事。

 そうして彼女が右目を抑えていた手を離すと、白目が充血し、血涙を流していた。


「大丈夫?」


「問題ねぇ。それより……」


 ここでクサカベの視界に動きがあり、標的達が隠れた路地から何者かが進み出た。

 キリエが報告した身なり。

 白のロングマントで全身すっぽり覆い隠し、性別すら伺わせない。既に先の騒ぎのせいで人通りの絶えた通りにその姿は目立った。


「何を……」


 いや、誘ってる。

 すぐに勘付いたのは謎の人物が両手を広げたからだ。


 まるで白鳥が両翼を広げるようで、その意図は挑発以外有り得ない。


「……」


 あれが今しがた撃ち殺した連中の味方であれば、ただ1人生き残った輩から矢の威力は聞き出せる。

 殺されたいのか?と彼女にしては物騒な思考が一瞬よぎった。


(どうする……)


 無視して物陰で呆然としてる男を撃ち殺すか?

 若しくは撤退……


(いや……)


 そこで己の異常を察知。

 正確には思考の流れだ。

 あの誘うような佇まいの奴を撃ち殺す選択肢を……気付かぬうちに排していた。


 だから……


「あれと戦ってはいけない」


 狩人の勘がそう囁き、噛みしめるように呟いた。

 あれはおそらく自分達の手に余る。


——額から嫌な汗が垂れた


 手を出せば狩りが狩りでなくなる。

 そんな予感と確信。

 だから、その前に……


「撤退しよう」


 冷静にただ一言そう言い、


「……分かった」


 キリエは数秒クサカベの顔を眺め、さして疑問も挟まず同意した。

 クサカベの意図を全て理解したわけではない。だが、この作戦での指揮はクサカベと事前に決めてあり、必要以上に意見を差し挟むキリエでない。若干空気が読めないとはいえ流石に色々察せる。


 そして、この判断が正しかったのか、クサカベは未だ迷っていた。

 だが、命運を分ける判断とは常にそういうもの。


 そして正しかったとして、有効に作用するとは限らず……


「キリエッ!」


 クサカベが声を荒げたのはある物を見たからだ。

 撤退を判断し、キリエが了承した直後のこと。

 目を離さず観察を続けていた白マントの姿が視界の中でわずかな残像を残し掻き消えた。


 それに遅れて気付くキリエ。

 だが、その続く一言は


「来るっっ!!」


 それが意味する事。即ち、敵が急速に接近して来た事実。

 なお、先の白マントの位置からクサカベ達の狙撃スポットまで直線距離にして400mはある。道なりに進めばさらに長い。


「下から来るっ!!」


 続けて叫ぶキリエの行動は早い。


 即座に彼女は右腕を4本のうねる触手に変貌、内2本で軽々クサカベを掴み上げ、もう2本を隣家へ目一杯伸ばしその表皮で吸着。


 魔改造に造詣の深い彼女の『触手』は色々仕掛けが施されていた。表皮の細かな突起の吸着と驚異的パワー、スピードがその一端。


「っ!」


 クサカベは舌を噛まなかった。

 事前に緊急時の離脱方法として打ち合わせていたからだ。


——そしてキリエの矮躯と持ち上げられたクサカベは宙を舞う。


 筋肉のみで構成された触手は大型機械の如きパワーを発揮し隣家へ飛び移ることを可能とする。


 その瞬間、数瞬前までクサカベが立っていた位置が上方に向け隆起したかと思えば、何かが突き破り噴出。


 人だ。


 先までクサカベの視界にいた白いロングマントの存在が握り拳突き上げ屋根を突き破り、勢い余って、さらに2m舞い上がったかと思えば、華麗に屋根へ着地を決める。

 正体が分からないのでこう呼ぶしか無いが、彼、或いは彼女はあろうことかその建物の最上階、つまり4階から上方へ跳び、天井を突き抜け屋根の上へと到達したのだ。


 その現実離れした光景と無茶苦茶加減に思わず呆気に取られたクサカベ。なお、キリエは移動に集中して、その様を見逃した。


「っ!」


 視線の交錯。


 そこにあったのは殺意でも仄暗い敵意でも憤然とした憎悪でもなく、ただどこまでも虚ろな虚無だけだった。


 ここでクサカベは思い出す。

 自分の任務は何で、標的は誰だったのかと。

 事前の情報ではこんな馬鹿げた事しでかす輩の情報は無かった。

 だが、敵はこちらを殺す気でいるし、その人間性も気味が悪い。


(なら……)


 奴を放っておくのは危険だ。

 だから


(ここで撃ち殺す)


 ここまでが、キリエが隣家へ飛び移り、次の建物へ2本の触手を伸ばし始めるまでにクサカベが考えたことの全て。


 時間にして1秒と満たない。

 そして、即座に考えを固めたクサカベは腰の矢筒から新たな矢を引き抜く。

 もともと番えていた矢は触手で引っ張られた際、落としてしまった。


──そして構え、狙いを付ける。


 キリエが移動用の触手を3本ではなく2本とし、残り2本をクサカベを抱えるのに使ったのは射撃姿勢を少しでも安定させる為。

 ファインプレーと言える。


 高速で周りの景色が流れ行く中、クサカベは未だ屋根の上に佇む白い標的以外、情報を己の視線から排した。

 空中を飛び回りつつ撃ち込む経験など初めてだ。


 そして距離は既に150メートル近く。

 普段なら外す距離では無い。1円玉サイズの的でも余裕でぶち抜ける。

 ただ、今回は安全策を取る。


 動きが早く、躱されやすい頭部よりも、より的のでかい上半身を狙う。

 どのみち人体のどこに当てても矢はミンチ状にすり潰すのだ。


 そして——満を持し引き絞った弦を離した。

 轟音とともに飛び退る矢。震える弦と弓束の振動を手の内に……


「なっ……」


 己の行動の結果にクサカベは驚愕の声を漏らす。相変わらず彼女の表情はストンと無表情だったが。


 起こった事を順に書こう。


 まず、彼女が放った矢は寸分違わず、標的の心臓目掛けて飛んだ。

 そして直前、刺さる寸前まで近寄った矢を、白マントの輩はあろうことか右手で掴み取ったのだ。


 起こったことはそれだけだが考えてみてほしい、人の頭部をミンチ状にすり潰す矢をキャッチしたのだ。

 つまりこれは本来なら下策中の下策。


 掴み取る技量は絶技も甚だしいが、だとしてもかわすか弾くべきだ。

 なぜなら矢は回転しつつ跳び、それを掴んだとあらば間違いなく回転の摩擦で掌の皮がズル剥けになる。最悪肉が裂け骨が露出するだろう。

 その影響で片手が潰れる。


 しかし、クサカベの強化された視覚は捉えた。

 そいつが矢を手放し、案の定、骨が露出した手の平を見ている中、それが筋肉から皮膚へかけ順に再生する様を。


 ここまで情報が出揃えば疑う余地なくクサカベは敵の正体に気付く。


 聖光教会の生き残りを助けた事実、屋根を拳で突き破る馬鹿げた身体能力、五感の鋭い自分より魔力感知の鋭いキリエが先に気付いた事実、そしてあの自己治癒能力。


 間違いなく聖光教会の最高戦力たる


「──聖騎士パラディン


 その1人と。

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