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ガラージ  作者: 空き巣薔薇 亮司
第3章 血と陰謀
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第37話 狐狩り

 戦闘と呼べる行為に定義は様々あるが、多くの人が思い浮かべる均衡した状況、互いが相対し、暴力行為の駆け引きを行う。

 これらを満たした状況は極めて限定的にしか起こり得ない。


 少なくとも現代戦はそうだ。

 不意打ちと空爆でほとんどの兵士が死に、何より一方的に己を撃ち殺すスナイパーを恐れる。


 面と向かい戦闘を行うなど以ての外。

 そもそも戦闘は生き物を物理的に排除する手段として非効率とも言える。


 安全な位置、安全な距離から一方的に攻撃し、目標を排除。

 もしくは日常を過ごす標的を無抵抗の間に排除。


 まさしく、戦闘ではなく暗殺や狩りと呼べるあり方がいかなる状況でも望ましいのだ。


◆◆◆◆


 男は標的をいつでも狙える位置に居た。

 標的の5m後方。


(さて……)


 心中の興奮を静め、大衆の1人であることに徹する。

 場所はナルコスラの東地区、様々な商店が集まり、昼間は買い物客が、夜は飲み屋へ向かう客がひっきりなしに現れ、常に人混みが形成される表通りだ。


 彼は市民風の動きやすい上下をまとい、革の頭巾をかぶる。武器は市民の護身用に合わせたダガーのみ。

 いざとなればそれが頼りだが、彼が斬り合いを演じる可能性は限りなく低い。両側の建物の屋根には腕の良い射手がそれぞれ1人ずつ控えているからだ。

 一方が一の矢でしくじれば、もう一方が二の矢を放つ。無論、矢には致死性の毒がタップリ塗られていた。


 だから、この男は標的の死亡確認、標的に万が一助かる見込みがあった際のトドメを担当していた。


 つまり彼は暗殺部隊の一員として、今この場で控えている。


 暗殺部隊……なんとも後ろ暗い響き。


 だが、れっきとした聖光教会所属の騎士団に含まれ、表向きにもきちんと存在を認められている。


 その活動内容は他の表立った任務をになう部隊と同じという事にされているが……


 どのように清廉潔白を謳う組織にも汚れ役はいる。

 むしろ光が強いほど影も濃くなるものだ。


 そして、男はそういう影の立役者的ダークな立ち位置に憧れるプレイヤーで、中二病を卒業し切れていないとも言えた。


 ただ、今この場に立っている事実から、彼の有能さが窺い知れる。


 そもそも、このようなトドメ役は状況に応じて臨機応変に動く必要があり、最悪射手が外せば標的が動く前に近寄り命を刈り取る役目もある。


 だが何事も無く事が進むに越したことはない。


 そう、何事もなく……


 その時だ。


 ズチュッと、しかし静かに的確にその矢は標的の首の付け根に突き刺さり、即座に命を散らしめる。

 力なく崩れた標的のその体。


(よし)


 狙撃は成功したようだ。

 狙撃部位を上方から狙いやすい頭でなく、ややその下の首としたのは標的の確認を取る為。

 顔を確認し、事前に得た肖像と照らし合わせるのだ。


 そのためにざわめき広がる人混みの隙間をスルスルとすり抜け心配して寄ってきた周囲の人混みに紛れて遺体に触れる。


(脈はない……顔は?)


 首を巡らせ顔を見る。

 黒髪を後ろで括った髪型、比較的整った顔立ちと右目周辺の特徴的な火傷跡。

 街中で鎧を身に付けていないのは当たり前だが、動きやすそうな格好。


 名前は知らないが、腕の良い射手らしい。


 その証拠とばかりに弦を外した弓を革のケースに入れ腰から吊るしていた。


(死んでる……よな)


 違和感。

 死んだ標的への。

 その正体は身体の筋肉の付き方だ。


 そもそも、このゲームの身体能力は概ね『身体能力値』で決まるが、加えてゲーム中のプレイスタイルに応じ微調整が入る。


 よりプレイヤーに向いた身体つきに調整されるのだ。


 だからこその違和感。

 服の上から見たので分かりにくいが射手らしい身体つきとかけ離れて見えた。

 こういう些細な事実を見逃すとロクでもない目に合うと修羅場をくぐった経験からよく知っていて、


——その予感は極めて正しかった。


 ドウッと、飛来した衝撃音、空気を穿つ音。


「いっ!」


 彼の驚きはその音に対してではない、上空から錐揉み回転しつつ真隣に落ちてきた人型のソレを見たからだ。


 下顎から上が無く、力なく伸びた舌と周囲に散らばり落ちた薄ピンクの脳の破片が、欠損した遺体の醜悪さをただ……


「退避ぃっ!」


 気付けば叫んでいた。

 周囲の群衆が何事かと己を見やる様を無視して駆け抜ける。人は意外と人の顔を覚えないものだ。

 この状況に至れば気にする必要はない。


 だが続けざまに空気を穿つ音を聞いた。


◆◆◆◆


 ナルコスラの東地区、人通りの多いエリアからやや離れた閑散たる場所。

 そのうちの一際高い4階建ての建物の屋根の上に2人はいた。


「屋根上にいた射手は2人とも死亡。残り3人は近くの路地、建物の陰に隠れた」


「了解」


 座り込み左目に当てた単眼鏡を覗くキリエから報告を聞き、クサカベは弓を下ろす。ただし、いつでも撃てるように矢はつがえたままだ。


「てか、どうなの?自分によく似せたアンデッド殺された気分って」


「……良くは無い……かな」


 キリエの軽口に答えつつ、クサカベは次の標的を思う。


(判断が早い……射手を失ったあちらに対抗は不可能……とすれば逃走が順当。まぁ……)


「……逃がすつもりはないけど」


冷酷な響きで呟きクサカベは狙撃位置を移るわけでも無く、キリエに一言こう言った。


「キリエ。敵の位置は?」


「依然、建物の陰から動かず。リーダーらしき男が逃走を指示し始めてる」


 返答を返したキリエの、単眼鏡を覗いていない右眼は、まるで独立した生き物のようにビクビク蠢いていた。


◆◆◆◆


「……良いか?向こうの通りに出て別々に逃げろ。その後で集合だ。分かったな。」


 簡潔な指示をわざわざ2回言った。それは生き残った2人の部下がかなり混乱していたからだ。

 この2人はトドメ担当の自分をバックアップするのが仕事で、いざという時3人がかりで標的を仕留める算段だった。


 とっくにおジャンになった算段だが。


 そして、指示を理解した2人の部下は先とは違う通りに向け走り出し、己も後に続く。


 そのかたわらで考えるのはありとあらゆる苦渋と悪態。


(クソッ。デコイをつかまされたか)


 まさに釣りにかかった魚。

 単にこの場に引き寄せるだけで無く、作戦が成功したと思わせ気の緩みを誘った悪辣さ。


 敵はつくづく狡猾極まりない。


(つーか、あいつが悪いっ!あの偉そーな男がっ……!)


 彼は現場でのリーダーだ。

 さらに上に、共にこの街へ訪れた上司がいる。

 どこか上から目線で、気にくわない茶色短髪の男。何かしたわけじゃないのに、こちらを見下した風だったのも気に入らない。

 そもそもなぜあの女を殺さなきゃいけないのかは良いとして、作戦を出した大元も分からないのは勘弁して欲しい。


(作戦バレてるし、上司も現場に出ないくせに鬱陶しーし、今日は厄日だ、クソッ!)


 そう思い、前方を見る。

 上司へはタップリと嫌味を用意するが、それより今は生き残ることが先決だ。


(せっかくここまで来たのに死んでたまるかっ!)


 聖光教会はその教義上、『転生』——つまり死亡に伴うキャラクター消失後のやり直しが全く効かないが、実質的な世界の支配者たる組織の実態は伊達で無く、暗殺部隊の現場指揮を務める彼でさえ中々美味しい待遇を受けていた。


 何より一定の地位という甘美な肩書きは人を何かに駆り立てるには充分すぎる。


——それが必要とあらば捨て駒にする為の餌だとしても……


 そういう意味で彼はどう考えても詰んでいたのだ。


 さて、話を戻すが彼が目にする木造の壁に挟まれた路地の先は遠目からも人通りが見えた。


(よし、これなら——


 その瞬間片耳に捉えたのは何かが叩き折られたような……


「うおぅっっ!」


 目の前を強風が通り過ぎた。


「隊長っ⁉︎」


「いや、大丈夫だ……何が」


 左手側の木造の壁にバスケットボール大の穴が空いていた。


(なんだこれ?)


 誰か叩き壊したのかと周囲を見回すと右手側の壁の、左手側の穴よりやや低い位置にも同様の……


「なんです?これ」


 部下の心配そうな声。


「いや、分から……」


 言葉を途中で打ち切ったのはあることに気付いたからだ。

 というか、馬鹿げた発想だった。


 先程、敵が撃ったと思しき矢の破壊力を見た。人の頭蓋骨をミンチ状にすり潰したあの破壊力だ。普通は突き立つだけの矢が、あんな風に⁈

 と、彼はほんの少し困惑したが、このゲーム、一見戦闘面は泥臭く見えてごく一握り例外的な強さを持つ連中、例外的な強さを持つ武具が存在する。

 実際、その一部を目にしてきた。


 で、話は戻すが、あの破壊力の矢が木造の壁をぶち抜いたら、ちょうどこうなるんじゃないかと、その発想に辿り着いたのだ。


(ありえない話じゃない……だが、)


 狙えるはずがない。

 何せこちらは建物の陰にいる。矢の射角を見るに、敵は狙撃ポイントを動かず最初の位置から狙撃している。


「とにかく行くぞっ!」


 声を荒げ指示を出した。

 まるで不安を振り払うかのように。

 その指示に従う部下。


(ありえない)


 先の壁をぶち抜いた射撃は当てずっぽうの産物だろうと無理やり自分を納得させた。


 と、その時だ。

 足元を小さい物がチョロチョロ這いずり回る。


「いっ!」


 鼠だ。灰色の、およそペットには向かないドブネズミ。

 そんなものに驚かされた苛立ちと共に走りながら蹴り潰そうとするが、これが掠りもしない。


(くそっ)


 まるで小馬鹿にされているようで、まさにその瞬間のことだった。


 壁の破砕音、左腕から胴、右腕にかけて側面から順に矢が食い込む感触、胸から上が肉体と泣き別れする気持ち悪さと順にそれらを感じて、彼の視界は反転し、最後には走ろうとして次の足が出せず前のめりに倒れる己の胸から下を見て、そこで意識はついえた。


◆◆◆◆


「一発で当てるのはやっぱ難しいなぁ」


「二発で当てんのも大概と思うけどなー……」


 クサカベが独りごちた言葉にキリエが軽くツッコミを入れる。

 だが、クサカベとしては例え壁越し、建物越しの狙撃としても一発で当てたいのだ。でなければ、上位の技量を持つバケモノ共に通用しない。

 むしろ障害物越しでも矢を切り払われる可能性がある。


 おそらく、キリエは正面切ってそういうバケモノとぶつかった経験が少ないため、それが分からないのだろうとクサカベは1人納得した。


 だが、この狙撃方法はキリエが提案したもの。

 これは中々……


(面白い)


 有用とは言い切れない。

 だが面白いとは思う。

 常に敵の裏をかき続ける魔術師特有の発想と言えよう。


 はたからは分かりづらいが、キリエは今しがた行った遮蔽物越しの狙撃で目と耳の役割を果たした。


◆◆◆◆


 クサカベを狙撃手スナイパーとすれば、キリエの役割は観測手スポッターに近い。


 科学技術の波が軍事に強く影響を与える中で観測手と呼ばれる役割は主要国家の軍隊で廃れてしまったが、2080年頃まで実在していたし、一部の国では未だ現役だ。


 で、狙撃手が狙いを付け遠距離から敵を撃ち殺すのに対し、観測手はそのサポートを行う。

 標的までの距離、風速、天候の観測に加え、着弾地点の観測など仕事は多岐にわたるが、それらは全てクサカベ1人で充分こなせる。

 そもそも現実の狙撃手と異なり、彼女の得物は弓だ。機械的な計測など何1つ当てにならないとクサカベは当然のように嘯く。


 だから観測手としてキリエの仕事は2つ。


1.標的の発言の盗聴

2.遮蔽物の向こうの観測


 これらを彼女は『使い魔』を使役して行う。


 『使い魔』とは魔術的に傀儡とした動物の総称。

 アンデッドの使役よりリーズナブルで拡張性に優れ、霊体ゴーストより隠密性が高い。


 そして、キリエは無数のネズミを『使い魔』にしている。


 よって「1.標的の発言の盗聴」は標的に近付けたネズミ。それも可聴域を人間に近付けつつ、集音性を高くした個体で成し遂げ、「2.遮蔽物の向こうの観測」は複数のネズミで標的を観測し、その視界を狙撃直前にキリエを経由してクサカベに見せることで成立させる。


 と、一連の手順を語ればこのようなもの。


 無論、遮蔽物の向こうを観測し、それからどこに撃てばいいか割り出すなど超人的勘と狙撃の腕が不可欠だが、クサカベはそれらを概ね備えていた。


 通常の狙撃より精度は極端に落ちるが、実戦で初の使用でこの戦果なら上々と言えた。

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