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ガラージ  作者: 空き巣薔薇 亮司
第3章 血と陰謀
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第36話 各々の方針

——グラニール大森林、エトセラムの屋敷にて


 見た目というのは大事だ。


 ハハシアは自分専用にあてがわれた執務室にて、ふと天井を眺めそんなことを思う。


 ナルコスラでエトセラム始め各々が独自に活動を進める中、留守中の屋敷の管理と書類仕事を頼まれた彼女は、そんな思索に(ふけ)っていた。


 目の前では自分が下した指示の通り、忠実に手を動かす『悪魔憑き』達が次から次へ書類の束を片している。

 すでにナルコスラへ発ったエトセラムから指示された仕事は終え、もはやカテゴリーごとに片付ける工程に至る。

 大量の書類を収めた箱を資料室など別室へ運び込むので、ハハシア1人の手に余り、こうして部下の『悪魔憑き』達を呼び立て運んでもらっているのだ。


 その様を眺めつつ、いわゆるメイド服に身を包んだ彼女は窓際の椅子に座って指を組んだ手を太腿に置く。


(なんとも、様になったものね)


 人型の人ならざる者たち。

 死体に取り憑いた最下位の悪魔達。

 かつては人の常識すらままならず、そこから一々叩き込む必要があった事を思い出す。


 あれには散々苦労させられたし、そもそもハハシア自身その手のことを学ぶのに苦労した達なので、こうして、優雅なる所作、部屋の主人の機嫌を損ねない所作を徹底しつつ荷物を運び込む彼らを見て何か感慨めいたものが湧き上がらないでもない。


 傍目(はため)には忠実な下男や侍女にしか見えないはずだが、数ヶ月前にエトセラムが連れて来たあの男。

 確か、ガラージと言ったか、あの男はハハシア手ずから人間的な所作を身に付けさせた『悪魔憑き』達が人間でないことを直感的に見抜いていた。


 それを思い出し、少し不快な気持ちに陥る。


 自分が担当した仕事の粗を無理やり見出された様な、そういう不快さだ。

 とはいえ、落ち度はこちらにあるのだし……それで別に困ることがあるわけでもないし……と、ここまで考えてはたと気付く。

 ハハシアは、あのガラージという男が嫌いだということに。


 いや、気に食わないと言うべきか。


 それを隠し通すほどの社会性はあるが、それでも彼と余り話す気になれなかったのはそのせいだろう。


 元々必要以上に話さない無口故でもあるが。


 と、そこで『悪魔憑き』達が書類の入った箱を全て運び終え、最後に残った1体が、それを伝える様に目の前でこちらを見つめていたことに気がつく。


 やや慌てて


「ご苦労様」


 それだけ言った。

 そして、その残った1体が部屋を辞する様を眺めた。


(さて……)


 一息付いて立ち上がる。


 ……暇になった。

 もう書類も全て片付けてしまったし、屋敷の手入れは『悪魔憑き』に任せてしまえば良い。そうして部屋から出る間際に、ふと


「あー……あー……んんっ」


 声を出す。たまにこうして声を出しておかないと自分が口がきけるという事実を忘れそうになるので半ば癖の様なものとなっている。


 エトセラムは、この声を聞いて、昔、出会った頃「良い声をしているね」と、一言漏らしたことがあった。


 その時のことを思い出すと……


(いや)


 そこから先は考えないようにしている。

 だが、ほんの少し胸の動悸を感じた。


◆◆◆◆


——ナルコスラのとある場所


 そこは奇妙な部屋だった。

 窓は無く、壁、床、天井の材質は石。しかし、手頃なサイズの石を当てはめ作った石造建築ではなく、より現代的でまるでコンクリート打ちっ放しの様。

 さらに言えば、エトセラムが『G.O.R.E』の保管に使っているあの巨大な一室を人間複数人が集会に使うサイズに縮めた様で……こういう建物の建造には十中八九魔術が絡んでいる。


 そして家具もなく、部屋と言うよりただの空間と述べた方が的を射ているかもしれない。


「つい先程、情報提供者から連絡があった」


 静かで、なおかつよく響く声だ。

 男の声。

 彼の他には部屋には男女合わせ5人がいた。

 男3人、女2人の組み合わせ。服装もてんでバラバラだ。ある者は傭兵風の装備を身に付けていたり、ある者はどこぞの司教の様な法衣を身に付け、またある者は旅人風の旅装。部屋に照明器具は無いが、それが明白な程に謎の白色光で視界は通る。


 街で活動するため、目立たない格好を取っているとも言え、それが今回の作戦では最適だった。


「エトセラムとその一味は全部で5人。死体に取り憑かせた悪魔が16体。お前達にはこれに対処してもらう」


 ただ1人言葉を告げる男と他の5人は各々向き合い、円形に並び直立する。


「ただ、今回の作戦は戦闘ではなく、敵戦力の調査だ。だからお前達は指揮をとり、実働においては使い捨てられる戦力を使う」


 淡々と言葉を紡ぐ。色の抜けた白髪で短髪に切りそろえた男の背中には彼の象徴と呼ぶべき武器が背負われていた。


「戦闘は許可されているが最優先ではない。各々自分の命を優先する様に」


 長大にして巨大なメイス。純粋な金属のみで持ち手、打撃部が構成された暴力の権化。


 彼、聖騎士第6序列ナキム・カンヴァーは如何なる状況においても安定した強さを持つそのオールマイティーさに定評があった。

 聖光教会の中での定評だが。


「いいか⁈」


 声を張り上げる。話に緩急を持たせ、声量を変化させる。これらは演説の常套テク。


「かの魔女が生き延びることはこの世界にとって無視し得ないリスクだ。速やかなる抹殺。今作戦はその布石となる‼︎」


 わなわなと手を震わせ間を貯めた所で一息に振り上げる。


「この作戦を世界延命への重要任務と知れっ!!だが引き時は誤るなっ!!お前達の命、そして戦力としての価値を把握しろっ!!全員生きて帰れっ!!」


 決意。

 そう呼ぶべきか。

 皆一様に口を引き結び、目は熱い決意をたたえる。ただ1つの目的に邁進(まいしん)するその表情は狂信的とも言えた。


◆◆◆◆


 正義とは麻薬の様なものだ。

 と、男は思考する。

 その正義の名の下に思う存分暴力を振るえるとなれば、それはもう、破滅的な快楽と言えよう。


 だからこそ、つまるところの暴力装置を担う人材は自制の心を忘れてはならないとナキム・カンヴァー——聖騎士第6序列を担う彼は思うのだ。


 そんな思考の傍ら、激励を終え、個室に戻った彼はわざわざ持ってきた秘蔵のワインをグラスに注ぎ、あおる。


 今作戦はエトセラムと呼ばれる魔女の存在確認、そして保有する戦力の確認という任務。

 戦闘も許可されている。

 全面衝突への布石だが、そもそもあの魔女が生きているとつい最近まで彼を含め聖光教会は把握していなかった。


 だからこそ、そのニュースが飛び込んだ瞬間の上層部の混乱と言ったらなかなか酷かったらしい。

 ちょうどその時、別任務に当たっていた彼はそれを見逃したが。


 そしてつい先程、例の情報提供者から、例の魔女の一味を誘き寄せる目処が立ったと連絡があり、作戦は実行のフェーズへと移った。


「でも……」


 彼はひとりごちる。

 その情報提供者もどこまで信用できるか怪しいものだ。今の所は聖光教会にとって極めて都合の良い展開へ流れているが……


「いざとなれば……」


 叩き潰すまでだ。

 暴力装置とはそのためにある。


 己と組織にとっての悪を葬り、ただ利益と平和を勝ち取るための暴力装置たれとナキム・カンヴァーは己を律する。

 だから、仕方がないことだと割り切りつつも、己の身を己で守る気のない弱者は見ていて反吐がでる。責任とはなるべく皆で共有すべきものだからだ。

 守ろうとしても守れないのであれば仕方がないが。


 そして、こんな重圧とは無縁の生活を送り、この世界を単なる遊びとみなしヘラヘラ笑うプレイヤー連中には心の底から憎悪を抱く。


 その憎悪を鎮めるため、再びグラスの中身を口内に含む様にあおった。


 回復法術(ヒーリング)で常に体内の異常が正される彼の体はアルコールという毒を即座に分解するが、これは気分の問題だった。


◆◆◆◆


「少し、マズイことになったね……」


 エトセラムは独り言の様に、だが目の前の男に語りかける様に口から漏らした。


 目の前の男とはアルチョム。

 2人は向かい合って拠点1階ラウンジの革張りのソファに座り、膝の高さのテーブルに載せたボードでチェスをしていた。


 トンッと、エトセラムが静かにポーンを進める。まだ盤面は始まったばかりで、勝敗のつく気配は微塵もない。


 しかし、その一手を見てアルチョムは唸り、その傷跡だらけの凶悪な顔を歪ませ、長考。


 沈黙がその場を支配する。


 そして数分後、持ち時間のルールは今回無視しているのでたっぷりと考えたアルチョムは自分の黒のポーンを動かし、エトセラムの駒を取った。


「逃げるなら早くしたほうがいいぞ」


 静かに語りかける。その言葉は彼の表層だけしか知らない者にとっては彼らしくなく聞こえるが、本来アルチョムとはこういう男だ。


 戦況を見て、考えて動く。


 ただ、その上で戦いを楽しむだけ。

 考えなしに動くのは彼の最も嫌いとする行動だ。


「逃げる?ふふ、まさか」


 そう言ってエトセラムは膝を折り畳み、足の裏をソファに乗せ、行儀悪く体育座りをする。


 この時、アルチョムはエトセラムが素足である事に気が付いた。


「行儀悪いぞ」


「良いでしょ別に。君の前でぐらい……で——」


 足の指を閉じたり開いたりを繰り返す。足のつま先に至るまで彼女の肢体は整い、白魚の様な足指には健康的なピンク色の爪。

 艶めかしく燭台の光を反射している。


「——どうするかって話だけど、この街で相手取ることにするよ」


 そう言ってやや前傾気味に右腕を伸ばし、自分の駒を動かした。

 そしてアルチョムが次の手を考え……


「これ……君詰んでない?チェックメイトだよ」


「んぁ?マジ?」


 不意をつかれたとばかりに驚くアルチョムを前に、エトセラムは顎に右手を当て、しばらく後の盤面を思い浮かべた。


「うん、やっぱり詰んでる。35手先でね。……あれだね。変則ルールでやるとオリジナルがいかに優れてるか確認する羽目になるね」


 変則ルールとは、チェスの変則ルールのことを指す。

 そもそもこの様な、長く遊ばれてきて歴史あるゲームには多くの変則ルールが存在する。

 そのあり方は盤のマスの数を変えたり、駒の種類を増やしたりと様々で、今回アルチョムとエトセラムが遊んだのは、ボードを10×10のマスとし、駒を3種増やしたスーパー・チェスと呼ばれるものだ。


 なお、追加された駒の種類は、複数の駒を一度に取れるサイクロプス、次にポーンを強化したスーパー・ポーン。


 そして、4マス先を攻撃できるアーチャー。


「ひとまず続き動かしてみようか」


 万が一、自分の見立てが外れていては口先で丸め込んだことになり気が引けるため、エトセラムは続きを促す。


 それを受けアルチョムが動かしたのはサイクロプス。

 エトセラムが動かしたのはアーチャーだった。

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