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ガラージ  作者: 空き巣薔薇 亮司
第3章 血と陰謀
37/42

第35話 私と共有してもらっても良いんですよ

チェリーパイというものを初めて食べたが、思いの外甘ったるくて好きになれなかった。


「お嫌いです?」


「ん?」


「……いや、チェリーパイ」


 露骨に顔に出てたか。


「ちょっと」


 隠すようなことじゃ無い。

 それに、それがぐらいのことで彼女が機嫌を損ねるほど短気でもないと、短い付き合いながら分かってきたし、まぁ、信用してる。


 そして、また食べかけのパイをフォークで突つく。


 話は変わるが、ついさっき、裏闘技場のランクがAに上がった。

 何でもここまでの早さでランクを駆け上がった奴は滅多にいないらしく、Bランクの10戦目を終えた後、会場が大いに盛り上がっていたことを覚えている。


 俺の内心とは裏腹に。


(結局、あの4戦目の長剣の男以外は有象無象だったな)


 かろうじてマシだったのがCランク初戦の二刀流の男で、それすら有象無象の内。


 期待外れもいいとこだった。


「なんだか、落ち込んでます?」


◆◆◆◆


 つい先日共に食事を取った彼女と再会した経緯を話そう。

 ただ、そんなドラマチックな何かがあったわけでは無い。

 裏闘技場の受付でランク昇格の手続きを終え、なんとなしに観客席へ向かった。

 特に見たいものがあったわけでもなく、賭けに興じる観客の一喜一憂する様を少し見下す心持ちで眺めていた。

 中には持ち金全てを使い果たしたのか床に膝をついて項垂れる……


「ん?」


 項垂れる背中の1つに見覚えがあった。


「あー……どうしましょう」


 いつか見た彼女だった。

 少しかがんで顔を覗くと明らかに有り金溶かしたなと分かる落ち込みをしていた。


「あ、どうも」


 気づいた彼女が一言言う。

 俺はどう声をかけたものか悩んだ。


◆◆◆◆


 と、こういう経緯だ。

 前と同じ店『ゴールデンベアー』に再び来ていた。ちなみに今回は彼女の料理も俺が金を出すことになっている。


「落ち込んでると言うか……そうだな。そう言えるのかもな」


「悩みとか愚痴なら聞きますよ。おごってもらった恩もありますしね」


 そう言って彼女は持っていたフォークをピッと俺に指し向ける。

 彼女は今回、アップルパイを頼んでいた。


「はぁ……」


(悩み……悩みなのかこれは?)


 まずその確証がなかった。

 なんというか、モヤつきとしか言えない。

 中途半端だ。

 今までに楽しんでいた事が楽しくないというそれだけのこと。なら、やめればいいがそうしたいわけでもない。

 それになんとなく予感はあったせいで、不思議と受け入れ始めてもいた。

 ただの殺人には飽きるという予感が。


 まとめればそれだけのこと。

 だが話してみるのも手と、この時は思った。


「あー……」


 考えながら口を開く。

 流石に全て話すわけにはいかない。

 殺人を元々楽しんでいたけど、それが楽しくなくなったとは。


「趣味……?趣味で楽しんでた事が元々あったんだけど、何というか、それに飽きたっていうそれだけのことなんだけど……」


「なるほどー……。ちなみに趣味っていうのは?」


「それは内緒で」


 今更ながら、趣味が殺人ってのは何か変だなと思った。今こういう心境に陥り、ゲームとはいえ、ただ漫然と殺す事にふと疑問を抱いたのだ。


 なぜ殺す?

 いや、そもそも俺はなぜ殺したい?

 相手に恨みがあるわけでもないのに。


 相手に殺される理不尽を押し付けるのが面白かっただけか?


 それから彼女は数秒間「んー……?」と唸り、いかにも頭を捻るように目を瞑り……そして唐突に目を見開き――


「ふんふん……言ーたいことは分かりました」


 そう言った。全て見すかすように大きな目をしていた。


「本当に?」


 正直、自分でもうまく説明できた気がしない。


「ええ、バッチリです。分からないけど分かりました」


「……何それ?」


「あー、理屈の上では分からないけど、感覚的に分かったって意味です。私こう見えて感覚派なんですよね」


 そこは疑っていない。

 そして彼女は満を持して、その分かった事とやらを自慢げに披露する。


「これは倦怠期ってやつですよ」


「倦怠期?」


「そう。これは何に対しても起こりうる、熱中していたならしていたほど起こりうる事態です。要はあなたはその趣味との付き合い方を考えるべき時期にいるんです。だから、それに悩むのは必要な事なんですよ」


「……だから、今の俺が悩んでる状態こそあるべき姿だと?」


「そーです!……どうです?腑に落ちました?」


 落ちるような落ちないような。

 そんな微妙な心境だ。


「ちょっとだけ……かなぁ」


「んー……じゃあ、その趣味を共有できる人と話してみてはいかがです?周りにそーゆー人いませんか?」


「それは……」


 まずキリエとクサカベは論外。

 キリエは何考えてるかよく分からないし、クサカベはどこまでも合理的で殺人を楽しむタイプに思えない。


 そして、アルチョムだが……あれは殺人を楽しんでるように見えて実は違うことを最近実感しつつある。

 奴は殺人ではなく、戦闘そのものを楽しんでるが強い。

 殺人嗜好ではなく戦闘嗜好。


 その点で明確に異なる。


 そして、1人心当たりとして残ったのが


(エトセラム……)


 世界を滅ぼすとぬかす狂った女。

 だが、それに協力するのも良いと計画を打ち明けられて思った。

 あの時の俺の心境は筆舌に尽し難く、冷静になって思い返しても未だ整理がつかない。

 強いて言うなら共感が3割、興味が2割、残りの5割は得体の知れない何かだ。得体の知れないものが心の内から湧き出ていた。


 いや、単にあいつの言葉に乗せられただけの気もするし、とにかくはっきりしない。


 だが、この気持ちや悩みを分かってもらえるのは奴だけだと……いや、元から分かっていた。


 多分決心が付かなかっただけだ。


「何なら……」


 長く考えていた事に気がつき、不意に耳をつく彼女の声に気がつく。


「私と共有してもらっても良いんですよ。多分わかると思いますし」


(え?)


 そう言われるのは予想外だった。

 彼女は口の中のアップルパイを咀嚼しながら喋ったためか、モゴモゴと舌を動かしながらも器用に言葉を紡いでいた。


「いや、良いよ」


 適当に流す。

 人畜無害そうな彼女にそういう物騒な話をする気にならない。

 その心境を自覚して


(俺はこの女にいい顔したいのか?)


 ふと疑問が湧いた。


 その後は適当な雑談で時間を潰し、店を出た所で彼女と別れた。


◆◆◆◆


 同時刻、場面は移り、エトセラムは雑然とした部屋へ踏み込んでいた。

 ただ、その雑然さの具合は度が過ぎる。


(よくもまぁ、これだけ物を溜め込めるものだ)


 エトセラムはそう感心した。

 部屋の内部を具体的に描写すると、まず扉を開け視界に飛び込むのはうず高く積まれ、多種多様な品々で構成された山。


 その1つ1つが本だったり何かの彫像だったりとゴミと呼べるほど無価値でなく、かと言って掘り起こす価値があるかと言われれば中途半端。

 ただ、この中に極一部、極めて高価な品が紛れ込み、さらに部屋の主はその位置を完璧に把握しているので、勝手に片付け辛いのが悩みどころ。

 部屋の主人とはこの場合キリエを指す。


「こんな短期間で物を溜め込めるのは才能というべきか……」


 これだけの物をキリエは屋敷から持ち込んだのではない。

 ゲーム内時間でたった数日のうちに、この街で調達したのだ。

 だから、これが才能とすれば並々ならぬもの。


「さて」


 その一言と決意を胸に、エトセラムは目の前の山を這うようにして登る。

 そしてちょうど山頂に辿り着くと目の前には下り坂。


 部屋の形状が真上から見ればほぼ真四角で、その内部にかけては窪地となり、部屋の中心の小さなスペースだけは床がむき出しになっている。

 そこには1人の童女が寝そべり、黒いローブをまとったその姿はまごうことなくキリエだった。


 ただ、どこか異様なのは、彼女が床の空きスペースにびっしりと描かれた幾何学的模様の上に寝そべる事。


「まだ潜ってる最中か」


 仰向けでまぶたは開かれたまま虚空を見つめるが焦点は合わず、薬物中毒患者の眼球が痙攣するように高速でビクビクとせわしなく動いていた。


 ただ、それにエトセラムは驚く風もなく、近くの山から背もたれ付きの椅子を引っ張り出して傍らで座り、そのまま待つ。


 そうして1時間は経過しただろうか。


「ん」


 もぞもぞと起き上がり、キリエがうめく。そして着ている黒いローブを整えつつ立ち上がり……


「おはよう。キリエ」


それに声をかけるエトセラム。


「あぁ、おはよぅございます。リーダぁ」


「部屋の惨状について言いたいことはあるけど……」


「あっはっは……」


「今回は早速本題に移ろうか」


 そう言ってエトセラムがキリエに手渡したのは30枚程の紙の束とインク壺と羽ペン。

 全て手元の山から今取り出した物だ。

 慣れればこういう不意に使いたくなる品はキリエの近くに配置されてると、よく分かる。


「りょーかい」


 全て受け取ると、まずキリエは紙の束を床に置き、ペンにインクを付け


「よし」


 その一言と共に何かを書き始めた。


 速い。

 その手の動きは超人的に速い。

 機械的に高速で、記す内容は今しがた彼女が見てきた全てだ。大量に引き連れてきたその大量の目で。


 そして完成と同時に手渡す。


「どうやら聖光教会が町に入ったってのは本当みたいですよ。何組かに分け日をまたいで、旅人や商人に扮して入ったみたいです」


 エトセラムはその報告を聞き満足気に聞きつつ、返された紙の束――報告書を読む。内容は裏表両面にびっしりと書き込むに至るが、その全てが時間をかけて推敲を重ねたかのように見やすかった。


「なるほど」


「後、『G.O.R.E』の肉片もちゃんとウィルソニア商会——コウの持つフロントの商会の倉庫に運び込まれていたみたいです」


「なるほど……完璧な情報。流石だね。」


「元々こっちが本職でスからね。ただ——


「簡単に裏が取れすぎ、情報が完璧すぎ……だろ?」


「そうです。これは勘も混じってますが、若干何者かの作為臭いです」


「そうだね……」


 エトセラムは少し、顎に手を当て思索に耽る。

 その頭のうちではほんの少し、以前立てた計画の見直しが成されていた。


「じゃあ、キリエ。色々調べるのはここまでで良いよ。後は私が引き継ぐ」


「良いんですか?」


「ああ、私の方で調べておきたいこともあるしね」


「ふーん……?」


◆◆◆◆


 場面はガラージに戻る。

 『ゴールデンベアー』から出て彼女と別れた後、また名前を聞きそびれたことを思い出したが後の祭りで、そんな中、ある店を探し彼は街の中をほっつき歩いていた。


「研ぎ屋……研ぎ屋ねぇ」


 刃物の中でも人の血を吸う刀剣類は特に劣化が早い。そして、武器の品質、劣化の度合いは文字通り使い手の生死を分ける。

 かつての彼のようにガタガタの物を使い潰すのはもってのほかだ。


 だから「定期的にプロに見てもらえ」というのがアルチョムの言葉。

 簡単な手入れは身につけていたが、その技術で飯を食うプロには叶わないと教え込まれた。


「……探すと案外見つからないもんだな」


 そうして自力で探すのを諦め周りの通行人に聞こうとしたあたりで、人気の無いエリアを彷徨っていた事に気付き、その時だ。


「あ」


 見つかった。

 日用品としての刃物の売買と研ぎ屋を兼ねた店だ。

 しかし……


「いや、どうなんだ?」


 武器の売買は取り扱っていないようで、刀剣類も手入れしてもらえるのかはっきりしなかったが、物は試しと店の扉を開く。


「いらっしゃいませー」


 好々こうこうやを絵に描いた老人が店奥のカウンターで暇そうに居座っていた。

 天井を見上げていた目をこちらへ向ける。


「あの、武器の手入れ頼みたいんだけど、いいか?」


「ンォ?武器ですかい。もちろん良いですよ。元々そっち中心でやってましたからね。ちょっち見せてもらえます?」


 カウンターへと向かう。店内は横幅が狭く一本の廊下様だった。

 両脇に天井まで高く、包丁や工作用のナイフ、用途のよくわからない小型のナイフが立て掛けられていた。

 多種多様と言う他なく、どこか圧迫感がある。


「これなんだけど」


腰のベルトから外したダガーと左肩から外したナイフを渡す。

エトセラムに魔剣にされたククリナイフはあまり使ってない上、魔道具を下手に弄られると何が起こるか分からない(だから手入れはエトセラムに丸投げする様言われている)ので腰に付けたまま。


 老人はそれらを1つ1つ手に取り


「あー……はいはい。これなら今すぐにでも。何なら今日中に終わらせますよ」


「それは良かった」


「ただ……」


「ん?」


「何というか、この刃物。特にダガーの方、こう言っちゃあ何ですが、かなり血ぃ吸ってますね。」


 ここでガラージはようやく、この老人がプレイヤーであることに気がついた。こんな雑談を仕掛けたとあればそれ以外ない。

 それに、この店の謎の圧迫感にも納得が行った。ここはNPCがやる商売目的の店と比べ、どこか趣味に凝った装いなのだ。

 だから、店主たる老人の自室のようで、強烈に趣味を押し付けてくる威圧感とも言えた。


「そりゃぁ、まぁそういうゲームだからな」


「でもこれは度が過ぎてるというか……おっと、そんな怖い顔しないでくだせえ。ちゃんと仕事はしますんで……」

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