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ガラージ  作者: 空き巣薔薇 亮司
第3章 血と陰謀
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第34話 楽しかった

「対して西より入場するのは、昨日、CランクからBランクへ最短記録で駆け上がったこの男っ!!ダサい名前と裏腹にっ、その実力は折り紙つき!!

誰かこの勢いを止められるのか?やれるもんならやってみろ!ダガー男の入場だーー!!」


 相変わらず建物全体に反響して鳴り響く実況の声が耳をろうする。


「うるっさいっスね……」


 地下一階の見物スペースへ降りたその男は思わず呟く。

 心の底からの本音だった。

 だが、観客からしてみればこのクソでかい実況もなかなか好評らしい。


 それぐらいの盛り上がり様だった。


「いや、むしろ選手の人気のせい?」


 数日ゲームに潜らなかった間に、面白いのが出てきたものだと男は感心しつつ、ブーツを踏みならして人混みをかき分け、最前列へと向かう。


「すンませーん。通りますよっと……」


 腰から吊るしたロングソードは邪魔になるのでベルトから外して左脇に抱える。

 それ以外は武装もなく、鎧も身につけていない。

 だから身軽だが、その条件を加味しても異様なほどスルリ、スルリと人混みの隙間を彼は通る。


(ダガー男……ダガー男か)


 そんなユニークな登録名の奴がどんな姿をしているのか、好奇心が膨らんだ。

 それに、同じBランクの選手として戦い方を見ておきたい。そうした戦術的な理由もある。


「さてと……」


 最前列で落下防止に作られた頑丈な策に左肘を突く。やや半身にもたれかかる楽な姿勢で観戦へとしけこんだ。


「一方は……」


 右肩から2本、腕の代わりに海洋生物のごとき吸盤付きの触手を生やす小男。

 赤いローブを身に付け、武器らしきものや鎧は無い。


「あれは『テンタクル』か……」


 口さがない者は『雑魚狩りタコ男』と蔑称《蔑称》を付け持てはやす。その男は何よりも弱い奴をいたぶり死体をバラバラに引きちぎって殺すという残酷さに定評があった。


 ランク上昇の条件を満たしておきながら長い事Cランクへ残留し、魔改造で身に付けた触手の性能を思う存分発揮する。


 そんなお世辞にも上品とは言えない選手だ。


(満を持してBランクに移ったってわけね)


 何かBランクでやって行く当てがあるのか、それともただ増長しているだけなのかは知らないが、あの手の奴はしぶとい上に精神も歪んでいるのであまり近づきたくない。


 では、その相手の『ダガー男』はどんな奴か。そう思い、徐々に視線をずらし、視界に捉え……


 口をあんぐりと開けた。

 開いた口が塞がらなかった。


と、同時に視界が揺れ、それが収まると落ち着きを取り戻して即座に踵を返す。


「なんで……」


 『ダガー男』の姿を思い出す。右手にダガー一振りのみのふざけてるんじゃないかと思えるほど弱っちく見える武装。

フード付きのロングマントを羽織り鎧らしき鎧は身につけていない。


 そして、遠目に見ても分かるほどの、あの爛々とした目。


「なんで……なんで『ヴィルマの殺人鬼』がここにいる⁈」


 彼が即座に駆け込んだのは裏闘技場の受け付けだ。すぐにでもあの男『ヴィルマの殺人鬼』と試合を組む必要があった。


◆◆◆◆


 『ヴィルマの殺人鬼』あるいは『ダガー男』ことガラージを見て驚愕し、受け付けへ駆け込んだこの男はゲーム内でイイダと名乗っている。


 かつてバーム竜滅戦士団に3番隊に所属し、隊長であるバッカスに一目置かれていたあのイイダだ。


 ヴィルマの街でアルチョムに秒殺された二人のうちの片割れ。

 軽薄そうな見た目をした方と、ここまで言った方が覚えが良いかもしれない。


 彼がこの裏闘技場へ流れ着いた経緯を少し話そう。


◆◆◆◆


「俺は……一旦抜けようかと思ってます」


 これはヴィルマの街の市長が殺害された騒ぎが終わり、現実時間で1週間後のこと。

 バーム竜滅戦士団の本部が置かれた城塞都市バームの場末の酒場で3人の男が円形のテーブルを囲んでいた。


 彼らの他に客はなく、仏頂面を浮かべた中年男の店主がカウンターの奥でジョッキの水気を拭き取っていた。

 だから、内密の話をする上でこれ以上の場所も無かった。


「……そうか」


 イイダの発言に対し答えたのはバッカスだ。

 今しがた、自分の考えを述べたイイダへ慈しみを込めた目を向け、そしてどこか諭す様な響きの言葉。


 テーブルを囲む3人の内、もうひとり、メイソンは黙って事の成り行きを眺めている。

 なお、3人共一度死んでいるのでキャラクターは新たに作り直し、新たに作り直したキャラクターでここに集まっていた。


「俺は団長から戻って来いって言われたし、まだあそこで出来ることがあるなら一通りやっておきたいから戻るってだけだ。だから、同じ様にしろとは言わねえ」


「あー……別に責任感じてるってわけじゃないんスよ」


 少し困った様にイイダは話し始める。


「ただ、こういう言い方は申し訳ないんスけど、ちょっと飽きたっていうか……それだけっス」


 これは完全なる嘘だった。

 実を言えば、イイダは斬り殺されたあの瞬間にまざまざと見せ付けられた、あの剣技に魅入られていた。


 理不尽に殺された怒りはある。

 憎悪とすら言える。

 だがそれ以上に欲望が勝る。

 表に出さず飄々としていたが、ただ、あの技が欲しいと熱望していた。


 憧れていた。


 だから、その為にはバーム竜滅戦士団に居続けてはいけないと思っていた。


 ゲームを始めたばかりのペーペーの頃から世話になっていたし、居心地も良かった。


 一通りの武術を教えてもらった恩もある。


 だが、それに甘えていては辿り着けないと思った。


 そんな理由であれから各地をさすらって我こそは最強とのたまう輩を何人か斬り殺した末にここ、ナルコスラの街へと行き着いた。


 そして、この裏闘技場を制覇してやろうと意気込みBランクへと順調に駒を進めていた。


 その登録名は『ワイバーン』。


◆◆◆◆


 ゲーム内時間で翌日。

 イイダは選手の控え室にいた。

 くつろぎを意識したスペースのソファに腰掛け瞑目する。


 昨日、あの憎き男を見つけ興奮冷めやらぬ感情の昂りが収まらずにいたが、数時間もたてば徐々に冷めてくる。


「『ヴィルマの殺人鬼』……か」


 そういえば階段にて邂逅した2人のうち己を斬り殺した側の動きは曲がりなりにも把握していた。


 といっても自分には理解できず、比較にならないほど上位者と、厳然たる事実で殴られた様なものだが。


 そして一方のダガー使いの方、『ヴィルマの殺人鬼』の動きは逃げ足以外に見ていない。


(バッカスさんに勝ったとは聞いてるけど……)


 正直あの逃走の動き1つ思い出してもピンと来ない。

 それほどの実力を持っている風に見えなかった。


「成長速度が脅威とは聞いてるけど」


 それだって常識的に考えたら高が知れてる。

 だから、『ヴィルマの殺人鬼』に対して、ただ憎悪と仄暗い殺意だけが燃えていた。


◆◆◆◆


「おいおい、もうこいつについて語るネタも尽きてきたぜっ!昨日と一昨日で13人も斬り殺してっ!人殺しを楽しんでやがるっ!!そんなデンジャラスボーイの『ダガー男』がにゅーーーーーっっっっっじょうっ!!」


 実況の男の前口上も聞き飽きてきたとガラージは独り思う。

 つーか、よく、こうもいろいろ喋れるものだといっそ感心すらする。


 この2つの思考を伴いダガーを引き抜きつつ闘技場へと入った。


 この日はBランク試合の4戦目で、昨日終えた3戦の続きだ。

 BランクではCランクと同じ様に日に10 戦とか雑に試合を組むことができなくなっていて、日に3戦が限度だ。


「続いてこっちも中々デンジャラスッ!!彗星の如く現れ早々にBランクへ上り詰めた男っ!!

この男は『ダガー男』の躍進を止めてくれるのかっ⁈荒々しく舞い上がれっ『ワイバーン』っ!!」


(ん?)


 まず違和感を覚えた。


(……殺意……)


 これまでの相手はゲームだから当たり前だが、どことなく遊びでやってる風で何としてでも勝つという気風や執着が感じられず、どこか舐めた風だった。


 精々マシだったのがCランクの初戦で殺した相手だ。

 それもたかが知れていた。


 しかし目の前の男は長剣を高く、剣先をピンと跳ね上げ、緩々《ゆるゆる》と良い脱力で迫り来る静かなる意志。

 勝利への執着以上のものを漂わせていた。


 目を見れば分かる。


 これはアルチョムの言っていたことだが、戦闘や、引いてはその先の殺し合い、ゲームという擬似的な物だとしてもその才気は目に現れる。要は目の座り具合が重要。


(見たい)


 どう動くのか見たい。

 そう少しでも感じられたのは、エトセラム一味を除けばヴィルマの街で俺を殺しかけたあの男の他にいなかった。


 だが、目の前には、それに連なる男がいた。


 だから彼が一体どんな剣技を見せるかとても興味があった。


 だから先手は譲る。

 それを無言で視線を交わすうちに理解したと思しき男。その意思を挑発とは感じず、油断とも思わない精神の安定で迫り来る。


 対してこちらは右手のダガーの切っ先を向け、いかような手にも対応できる構え。

 左手は無手。のちの対応を考えれば空けておくのは都合が良い。


 そして、敵の第一撃はフェイント等一切まじりっけ無い真っ向からの振り下ろしだった。

 それを紙一重で、半身に逸れてかわす。


 紙一重としたのは回避後の隙をゼロとする為だ。

 続く二撃は流れる様なスイング。


 ダガーの鍔で一瞬受け止め、力には拮抗せずに敵の力を利用して流す。


(良い)


 それから何度も剣を交わした。

 敵は強かったし、裏闘技場のこれまでの相手の中で唯一敬意に値したと思う。

 唯一敵とみなせる相手。


 でも……違う。


(弱い)


 俺より弱い。

 その事実がなぜかこの時だけは悲しく思えた。


(何でだ?)


 ゲームの中で人を殺すのは楽しいはずだった。


 瞬間、その踏み込みは遠目に見れば深すぎたのだろう。

 だが、俺はあえて深く、ダガーの間合い、ナイフの間合いよりもさらに深く潜り込む。

 徒手空拳の間合いだ。

 そして意志を持った矢の様に、俺の左手は閃き、敵の喉笛を貫いた。


◆◆◆◆


(え?)


 何をされた?

 イイダはただひたすらに困惑し、長剣を取り落とした。

 喉を抑えると、血がとめどなく溢れ出る。


「かはー……」


 ここで思わず自嘲気味に笑ったが、それはいびきをかいた様なブサイクな呼気にしかならなかった。


 そして、仰向けに倒れ、自然と天井を仰ぎ見る直前、簡単に殺せるはずだった敵が無手と思っていた左手に何か金属の鋲の様なものを隠し持っていた事に気付く。


 それでとどめを刺されたのだ。


(ハハッ)


 実を言うと相対した瞬間に気付いていた。


 ああ、こいつには勝てないな……と。


 1ヶ月と少し前、己を階段で秒殺した男と似た高みを目の前の男、『ヴィルマの殺人鬼』から感じたのだ。


 なんてことはない。あの階段で遭遇した2人、あの2人とも両方が人智を超えた天才だったというそれだけの話だ。


(比べて……)


 なんと己の凡庸ぼんようなことか。


 現実での上手く行かなさと挫折をゲームにぶつけて楽しんで、そんでバーム竜滅戦士団の中で見込みがあると言われて持てはやされて。


 自惚れていた。

 井の中の蛙だった。


 天才はもっと加速度的に成長して、高みを行く物なのだ。


 自分の様な凡人が基盤を作り、一段一段地道に積み上げ、一歩一歩登っていく隣で鳥の様に空高く舞い上がって行く。


 なぜそれに追い付けると勘違いしてしまったのか。


(あーあ……現実はいつだって冷てえや)


 最後に視界が暗くなり、遠くで試合終了を告げる馬鹿でかい声が響く中、イイダは心の折れる音を聞いた。


◆◆◆◆


「勝者っ!!『ダガー男』っおおお!!!!」


 素人目には良い試合、盛り上がる試合に見えたそれは大いに観客を賑わせた。


 その一方、ひどく冷徹な面持ちでガラージは右手のダガー、そして左手に隠し持っていた棒手裏剣を順に見る。


 今、敵へのとどめに使った技は掌剣術しょうけんじゅつと呼ばれる。

 これは本来、手裏剣術という投擲による牽制の直後に飛び込み敵を仕留める武術に含まれる一項目だ。

 ほんの10センチ程度の尖った鉄の棒でも人を死に至らしめるのは容易。


 特に隠し持ち、不意を突けばただ斬りかかるよりはるかに有効な結果をもたらす。

 これもアルチョムから教わった技の1つだ。


「……」


 黙って踵を返し、ガラージは退場した。

 今更だが、彼は自分がここまで強くなっていると思ってもみなかった。

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