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ガラージ  作者: 空き巣薔薇 亮司
第3章 血と陰謀
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第33話 楽しい

 ムカついていた。無性にムカつくというやつか?


 いや、無性じゃないな。

 理由はハッキリしている。

 あの時、アルチョムにマルチ商法へ誘う文句みたいな話を切り出されて、ここに至るまで全ての流れが気に食わない。


 完全にアルチョムの手の平の上だ。

 だが、もっと気に食わないのはこの状況に至って俺が喜んでいること。

 熱望したと言っていい。


 何を熱望していたかと言えば、俺の最も熱烈に要求する殺人行為だ。


 これから俺は目の前に現れる輩を斬り殺して良い。

 これはそういう状況だ。


◆◆◆◆


「裏闘技場?」


 時間は昨日、俺が例のちょっと不思議な女との食事とか、街の散策を終えた後、自室へアルチョムが踏み込んできたあのシーンに戻る。


「そう。表沙汰に行われる殺人非推奨、あくまでルールに則って行われるコロシアムを表の闘技場とするなら、割となんでもあり、どちらか死ぬまで続くある意味真っ当なコロシアムが裏闘技場だ」


 アルチョムの話をまとめるとこうだ。

 まず、アルチョムの言った簡単に金が稼げる方法とはこの裏闘技場のこと。


 ここナルコスラの街で、一応権力者の許可は得つつも表沙汰にするのはまずいので極秘裏に行われる殺し合いという興行。

 これに参加して勝てばサクッと稼げると奴は言っている。


「割となんでもありってのは?」


 通常、表立ち行われる審判を立てた決闘や斬り合い殴り合いを含む興行は法律に基づき厳格なルールがある。


 まず当たり前だが魔術の禁止。

 そして意図的な殺人の禁止(不幸な事故は度々)。


 この2つが最低限で、他は地域によってまちまちだ。


「あー……そうだな。まず、予め決められた人数同士で戦う事、どちらか死ぬまで続く事、リングから出ない事。こんぐらいだな」


「……マジか」


 ほぼ何でもあり、それこそ魔術も薬品の使用もありの殺し合いってわけだ。


 裏闘技場について大まかな解説はここまで。


 ここまでは良かった。

 何故ならこの街に来て暇を持て余さなくて済む事を悟ったからだ。


 それに自分がどの程度強くなったか試してみたいという武術家的思考と人を殺せる喜びが主張を始めていた。

 しかし、今更ながらアルチョムが出した提案に唯々諾々(いいだくだく)と従うのは癪とスれた思考もあり、ここは保留して少し時間を置いて裏闘技場を訪ねようと考えた矢先のことだ。


「ふーん、なるほ……」


「ああ、実はもうお前の登録済ませたから対戦は明日……現実時間で5時間後な。もうオッズも出てる」


「……は?」


「後、これが選手の目印の腕輪。無くすなよ。」


 そう言ってアルチョムは青銅の腕輪を投げ渡す。


「は?」


◆◆◆◆


 これが事の経緯の全てだ。


「なんか用事あったらどうする気だったんだ」


 ぼやく。

 部屋には1人でいるので虚しく響く。

 場所は裏闘技場の控え室で、わざわざ個室があてがわれていた。


 さらに、リラックスを促すためか、最後の晩餐を皮肉な形で表現しているのか、壁際の棚には各種飲み物に加え、ナッツなど、軽く摘める物が並んでいた。なんと酒まである。


(この状況で酒を飲む奴がいるのか?)


 そう思いつつ、先ほど棚から取って小脇に抱えたボウルからカシューナッツを掴み取り口に放り込む。


 付け加えるがソファやテーブルといった調度品は一流の品を揃えていた。

 その辺りの目利きも嫌々ながらエトセラムに教わった。


(なんか居心地良いし、住もうかな?)


 これはただの冗談だ。

 だが、これが考えられるぐらいに落ち着いていた。


 そもそも、この裏闘技場がどこにあるかという話だが、なんと中心街のそれなりに繁盛している酒場の地下に堂々とある(表向きは酒の保管庫としている)。

 もはや隠す気があるのか疑わしい。


 天井がやたらと高い地下一階と二階から成り、地下一階が観客用の見物スペースで、その下の地下二階は実際に選手が戦うリングとその控え室がある。


 そして観客用の見物スペースとリングは吹き抜け構造で直通であり、地下一階の見物スペースから地下二階のリングを見下ろし観戦する。


「始まんの遅えなぁ」


 なんでも前の試合の敗者が酷い死に方をしたらしく清掃に手間取ってるらしい。


 そんなことを思いつつ、心の内に湧き上がる興奮を抑えきれないと自覚した。


「早く殺りてえな」


 口元がシニカルに歪んだ。


◆◆◆◆


 私の名はサドバン。

 裏闘技場の登録名はクーパー。これは適当に思いついた偽名だ。


 武器はシミターの二刀流だ。

 鎧は鎖帷子と補強した皮鎧を身に付けている。


「……遅い」


 前の試合の敗者が酷い死に方をしたとは聞いていたが、この裏闘技場ではそれが日常茶飯事だ。

 特に相手が魔改造を施していればその割合は高い。


 例えば強酸で死体がグズグズに溶けていたり、触手で体がバラバラに引き裂かれていたり。その辺はまだマシだ。


 そのような残酷なパフォーマンス目当てで見に来る客も一定割合いると聞く。

 大変悪趣味だとは思うが。


 そんなことを考えていると、この控室でもリラックスする気になれない。

 そもそも張り詰めた緊張を維持するなら試合前には汗を流したいものだ。


 で、それはそれとして、気になるのは対戦相手のこと。


 個人情報が一切明かされないのは報復を抑制するための裏闘技場のルールとして当然だが、受け付けで聞いた話によると今日、これから行われる私との試合が初めてらしい。


 登録名は「ダガー男」。


 最初翻訳システムの誤訳を疑ったが、これで正しい。

 風の噂によると、登録の時、筋骨隆々の男が


「このランクで戦える1番強いやつを相手にしてくれ」


とのたまったらしい。


「余程の馬鹿か、命知らずか、もしくは相応に強いのか」


 思考の最中、そんな言葉が漏れ出た。

 よりによってナルコスラ裏闘技場Cランクにおいて9連勝中の私との試合を選ぶとは。


 ランクとは、戦績によって闘技者を区別した指標だ。A、B、Cの3つに別れ、CからB、BからAへ、同ランク相手に10勝すれば上がれる(残留も可)。そしてAランクに到達したら、6ヶ月に1度のペースで開催されるチャンプ決定戦に参加できるというルールだ。


 当たり前だが、敗者には死あるのみで、戦績によるランクの降格というルールは存在しない。


「相手に悪いが負けるわけにはいかんなぁ」


 油断は無い。

 これまで経験を積み上げた自負もある。

 負ける気はしなかった。


◆◆◆◆


「さて、今日、この日の初っ端に組まれたカードは何ともキテレツっ!!東側から入場するのは現在9連勝真っ盛り!!この勢いは誰にも止められないっ!!クールな二刀使い!!クーパーァッッ!!」


 ガンガンと頭に響く実況の前口上を聞きつつ登録名が叫ばれたサドバンは闘技場へ入場を果たす。

 そして入り様に左右の腰に吊るす2本のシミターを引き抜いた。

 これは闘技場に入った瞬間に攻撃を仕掛けるせっかちな輩へ対処するため。


(全く、拡声器も無いのによく響く声だ)


 喉を魔改造でいじってんじゃ無いかと彼は訝しむ。


「対する西側ッッ!!何と今日が初試合ッッ!!果たしてその実力はいかに!!ダサい名前はお茶目ゆえ⁈謎の新人!!ダガー男ッ!!!」


(おや?)


 西側から入場した人影を見てサドバンは疑問を抱く。

 15m距離を挟んで歩み来る対戦相手は戦士にしては細かった。


(筋骨隆々の男と聞いていたが)


 黒色のロングマントとフード。鎧は大して身に付けているように見えない。

 当たり前だが目から下は覆面で隠している。

 これは裏闘技場暗黙のルールで、選手は覆面をすることで正体を隠す事が望ましい。


(なんか……イラついてる?)


 目元からそう見えた。


(何があったか知らないが、相手にとって不足なし)


 そしてサドバンもまた、対戦相手へ歩みを進める。

 そうして見据える先、敵の得物は右手に握るダガー。


(ブラフ?)


 一瞬それを疑う。

 無手や、チンケな武器しか持たないように見せかけ、体に仕込んだ暗器や魔道具、魔改造した部位で奇襲を仕掛けるのは常套手段だ。


 加えて闘技場の床は細かい砂で覆われている。

 これを使った目潰しも効果的に使えば脅威。


(いや、違う)


 そういう搦め手頼りの奴はこんな堂々と歩まない。そもそも魔改造を施しているなら挙動に癖が出る。


 なら、答えは1つ。


(奴はダガーのみで勝負を決める気でいる)


「ふふっ」


 笑った。嘲りからでは無い。

 嬉しいのだ。

 サドバンが9連勝を重ねるまでに斬り殺した相手の内、7人が搦め手主体の戦い方だった。


 だからこそサドバンは武器の技量のみで勝利を重ねた自分に誇りを持っていたし、できるなら自分と同じく真正面から勝負を仕掛けてくる()と戦いたかった。


 だから、とても嬉しい。


(ダガーを使った武術はマイナーだが侮れないな)


 油断の()の字もない。

 敵に敬意を評し徹底的に殺す。

 勝つのは私だ!

 その心意気。


「さぁ、来いぃぃぃぃい——


(あれ?)


 声が変だ。うまく発声できない。


(なぜ目の前に?)


 男が居た。目と鼻の先に。

 先のイラついた目ではなく、スッキリした様子でどこか気持ち良さそうに、嘲るように、見下すように、ジットリと微笑む様に。

 その全てを混ぜ合わせた目。


(なぜ……なぜ)


 喉が掻き切られている?


 まだ互いの距離は10メートルはあったはずだ。


 なぜ……なぜ……なぜ……


 ここでサドバンの視界は暗くなった。


◆◆◆◆


「弱っ」


 敵への評価はそれだけ。

 今しがた喉を掻き切った男が息絶える数秒の余命を見届けて、急に冷めてその一言を漏らした。


 ただ踏み込み、

 切った。


 やった事はそれだけで、一周回ってやる気満々だった相手に申し訳なさを感じ始める。

 ただ、それも長くは続かず、すぐに殺した相手への興味は失われた。


 そして頭によぎったのは試合の直前に聞いた実況の男の言葉だ。


(ダガー男……なんだよダガー男って……)


 雑にも程があるとガラージは思う。

 登録名をこれにしたのは間違いなく勝手に登録したアルチョムだ。

 というか、登録名なんてシステムがある事自体あの実況の言い草で初めて知ったぐらいだ。


「くそっ」


 一言言ってやらねば気が済まないとの心意気でリングから飛び出て、職員に呼び止められて、何か色々説明されたのを適当に聞き流しつつ、ひとまず覆面を外し、返り血は浴びてないがロングマントだけ普段着にしてる焦げ茶色の物に着替え、石の階段を踏み均す勢いで地下一階へと駆け上がる。


 そしてごみごみと人の集まった観客席へ分け入ると、奴は居た。


「おいっアルチョム!」


「おー、初勝利おめっとさん。こっちも賭けで結構稼げたぜ」


「んなこたどうでもいいんだよ!なんだよ『ダガー男』って」


 周囲は次の試合に沸き立ち騒がしいので発言に気を使う必要は無い。


「なんだよ。お前を表すのに良い名前じゃねえか。それより良いのか?」


「何が……」


「いや、ファイトマネー受け取らなくて。職員が説明してくれただろ。早く受け取らないと無効になるって」


「は?……くそ、マジか。いいか?そこから動くなよ」


「おうおう、待っててやるよ」


 その後急いで受付のカウンターに駆け付けたが、ファイトマネーの受け取りに時間制限などなく、試合終了後の職員の話もファイトマネーの受け取り場所を一応説明していただけだった。


 それにファイトマネーもしょぼかった。

 そもそもCランクは雑魚がひしめき合い、Bランク行きの選定の意味合いが強く、ちゃんと納得が行く額が出るのはBランクかららしい。


 その後怒り心頭でアルチョムの元へ戻るがすでに姿はなく、諸々のイラつきを発散するため、その日は組めるだけ試合を組んだ。


 勿論全勝してBランクへ上がった。

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