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ガラージ  作者: 空き巣薔薇 亮司
第3章 血と陰謀
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第31話 ナルコスラ

——ナルコスラ


 その名は事情に明るい者にとって裏世界の支配者『黄』のお膝元として有名だし、そうでなくとも裏ビジネス、犯罪が大っぴらにまかり通る街として有名だ。

 だが、その話のみ頼りにやって来た奴の大半は肩透かしを食らう。


 常より発展している意味で普通とかけ離れているが、とても物騒な単語が似合うと思えないほど平和な街に見える。


 そう、平和に見えるのだ。表の通りは。


 少し道を逸れたら暴力や犯罪の匂いが()せ返り、身の安全が惜しけりゃまず誰も踏み込まないほどの物騒さが目につく。


 で、この物騒な街の最大の特色は次のように表される。


『来る者拒まず、去る者追わず』


 文字通り誰でも入れるし、出たければいつでも出られる。

 『騒ぎを起こさなければ』という但し書きは付くが……


 で、その特色は街の門と守護する門番の対応から見て取れる。


◆◆◆◆


「あれ?」


 俺は幌の窓から顔を出し、背後に目をやる。

 たった今素通りしたばかりの門を眺めつつ疑問を浮かべた。


 何が不思議かといえば、素通りできたことだ。


 数人程度の規模で、持ち物はリュクに背負った鞄のみという簡素な出で立ちなら門番のチェックが入らないのは分かる。


 だが、こちらは馬車3台に物々しい武装をした騎兵2人引き連れ明らかに尋常な様相ではない。


 目立つ一行であればあるほど門番の目を引き、制止と荷物検査が入るはず。


「不思議そうだね」


 窓から顔を出す俺にエトセラムが話しかける。

 その声を聞き首を中に戻し、窓の垂れ幕を下ろして今しがた俺が感じた疑問をぶつけた。


「なんで素通りできた?」


 「こんなに怪しいメンツなのに」と言外に言う。

 彼女もそれをよく理解してるからわざわざ指摘の必要も無い。


「確か以前、言ったよね。この街の特色は『来る者拒まず去る者追わず』って」


「いや、でも普通に考えて素通しするか?」


 こんな怪しいメンツ。

 具体的にはアルチョムのツラだけで止めるに値する。


「するんだよ、これが。これこそナルコスラの真骨頂。町に入る輩が誰であろうと何を持ってようと街は看過しない」


 ここまでエトセラムの話を聞いて、俺はふと、キリエが暇そうに馬車の外を眺めている事に気が付いた。

 一瞬だけ俺はそちらを見て、すぐエトセラムへ視線を戻す。


「誰かが変な物持ち込んでトラブル起こしたらどうする?」


「持ち込むのはともかく、トラブルを起こすのは死を意味するね」


「死?」


「この街で騒ぎを起こすのは街の実質的統治者たる『黄』にケンカを売るのと同じだ。だから、ただで死ねたら儲けもの。下手したら死んで転生して尚も残り続ける呪いをかけられる。それだけ和を乱す者には容赦しないのさ」


「つまり、細々と犯罪行為に走るのは構わないが、騒ぎは起こすなってスタンスか」


「そーゆーこと。だから、くれぐれも気を付けてね」


「何もしねーよ」


 そう言って座席の背もたれに体重をかける。

 街には入ったが、目的地に着くまで、まだ時間があった。

 向かう先はこの街にある拠点で、例の如くエトセラムが保有する不動産だ。

 彼女は様々な街でこうした拠点を複数所持している。


 そして、徐々に手持ち無沙汰を感じ始めた折、幌の外から声がかかった。


「そろそろ着くぞ」


 それはアルチョムの声だ。

 奴は町に入ってから馬を降り、手綱を引いて馬車の右側を歩いている。

 クサカベは反対側で歩く。


 ここである事を思い出す。


 アルチョムのあの傷跡だらけの顔が目立たないという不可解な事実のことだ。どの街の通りを歩いても、周囲の人間は全く無反応だった。


 この際だから感じた疑問はエトセラムにぶつける。


「なぁ」


「ん?」


「そういや前から気になってたんだけど、あいつ……アルチョムの顔って、なんで目立たねえの?いや、あいつだけじゃねえな。お前もか。」


 アルチョムに比べエトセラムはあまり外出しないが、見ず知らずの他人に話しかけている場面は何度か見た。

 で、その度に相手はごく普通の奴と話すようにエトセラムに接していた。


 アルチョムは凶悪な傷跡だらけの人相だし、エトセラムは整いすぎている。


 なら、悪目立ちしないはずない。


「ああ、その事……話してなかったっけ?」


 そう言って彼女は首からかけられた細いチェーンを胸元から引っ張り出す。

 その先には台座が繋がり、雫型の赤い宝石が嵌められていた。


「これのおかげ」


「何それ」


 金銭的価値はありそうだが、


「顔の認識を誤魔化す魔道具だね。素顔見られると効果は無くなるけど……欲しかった?」


「いや、いい……っと、着いたみてえだな」


 馬車が止まり、少し外を見ると目的の建物の前に着いていた。

 聞いた話によれば木造3階建て、築17年だが、定期的に手入れしている上、必要な家具も置いてあるので、すぐ生活が始められるらしい。


 そして最初に馬車から飛び出たのはキリエだ。

 延々と座席に収まり続けるのはあいつからすりゃかなり退屈だったらしい。


ダッシュで拠点へ駆け込んだ背中を見送り、続いて俺が降りた。


「じゃ、その辺ブラついて来るわ」


 エトセラムにそれだけ行って一応手元で持っている荷物を確認する。


 特に武器類と防具は要確認。

 はたからは旅装にしか見えない格好だが、マントの下、上着の下にエトセラムに手配してもらった装備一式を身に付けている。

 そんで鞄は持たずポーチに色々突っ込んでいる。動きにくいから。


「ああ、そういえば——」


 俺は振り返って馬車の方を見る。


「——もう早速行くんだっけ?あの『黄』って奴のとこ」


「ああ、準備を終えたらすぐにね」


 そう言ってエトセラムは地に足を付ける。


 視界の端に映った後ろの馬車では、続々と降りてきた『悪魔憑き』達がそそくさと拠点へ荷物を運び始めていた。


◆◆◆◆


 契約というのは大事だ。

 社会という実像を持たない集団はそれを基に成り立つとエトセラムは考える。


 私がこれをするからあなたはこれをやって。


 簡単で、とてもシンプルな図式だ。

 時にはそれを逆手に取ることもあったが、そんなことは今、どうでも良い。


 大事なのはどんな不測の事態があったにせよ、相手から一方的に契約を反故にされるのは少々気に障るという、それだけの事。


「奪われた?」


 ことのあらましを聞き、静かな響き、かつ感情のにじまない声でエトセラムは一言そう漏らす。

 陽光が差し込む応接室の中で彼女は今しがた聞いたばかりの話を頭の中で反芻していた。


 そしてテーブルを挟んで座る男の顔を見た。


「詳しく話しましょうか」


 よく通る声で男は話す。

 髪をオールバックで撫で付け、背筋は芯が通ったように真っ直ぐ。そして実直そうなツラをする。

 だが表情に動きはなく、鉄面皮と言って良い。

 彼とエトセラム。

 部屋には2人きりで、引き連れて来たアルチョムは隣の部屋で待っている。

 しかし獣のような直感の鋭さで何かあれば……いや、その予兆を掴めばすぐにでも駆け付けるだろう。

 なんなら壁をぶち抜いて駆けつけるイメージが浮かんだ。


「一昨日の晩、保管場所である中央地区の倉庫が襲われましてね。で、見張りはほぼ殺され、そこにあった例の品も奪われたんですよ」


「ほぅ、1つ残らずですか」


 聞いていた話では受け取るはずの『G.O.R.E』の肉片はかなりの量に上り、封印処置を施した上、3箇所に場所を分け、小分けに保管されていた。

 だが、取引に際し、1箇所に集めた所を狙われたとのこと。


「なるほど……」


 薄く目を開く。

 相手の身なりを見た。

 中世ヨーロッパというよりは近世に差し掛かった燕尾服。

 これは歴史家的観点から見ると『魔術師の時代』から今に至るまでに文明が逆行したという事実が影響する。

 一般的な市民は中世的な文化に染まるが、一部の金持ちや貴族はかつての時代、文化を思わせる近世的装いを取ることが多い。


 今エトセラムと男が座っている凝った作りの椅子やテーブルもそう。

 わざわざティーセットまで用意され、紅茶からは湯気が立ち上っていた。


 そして、エトセラムが相槌を打ってから、数秒の間が空く。

 話はお前が進めろと言わんばかりに男は黙っている。


(さて……)


 ティーカップの取っ手をつまみ、その中身に口を付けた。

 無駄に良い茶葉を使っていたが、少し匂いがきつく感じられた。


「下手人は見当がついているので?」


「はい、まるで存在を知らせるように正面から来ましたので。これは下手人の1人が落として行った物なのですが……」


そう行って取り出したのはネックレス、白銀のような白い金属の素材、正三角形の中心に真円が位置する飾り……


「聖光教会……」


 僅かな驚きが湧きだすことを自覚。

 表には出さないが。


「はい。それも1人、大型の鈍器を振り回す超人的な強さを持つ男が居たと報告が入っています」


「……それは、確かな情報で?」


「いえ、数少ない生き残りから聞いた上、狼狽していたので、そうとも言えません。ですが、本当であれば少なくとも1人は聖騎士パラディンが来ている可能性が高いです」


 男は落ち着いて答え、その内心を伺わせない。

 エトセラムも同じようにしていたが、その頭脳で今後の対処を計算し始める。


 聖騎士パラディンの対処は不可能ではない。

 相手にもよるが、現在、この街に来ているメンバーで充分に対処可能だ。

 しかし、割りに合わない。


 戦いに絶対の文字はなく、常に死の危険は付きまとう。


(いや……)


 ここまで考え、むしろこの状況を活かす方向に思考が働いた。


 エトセラムの考え方や人格にはこういった側面がある。

 そもそも彼女は微に入り細を穿つ計画を好まない。

 そもそも突き詰めた計画は破綻に傾く可能性が高く、逆に無計画は計画が無い故に破綻しない。

 かと言って何も考えないわけで無く、全て読んだ上であえてそうするのだ。


 つまり、彼女は物を考えるとき、予測不能なカオスを残す。

 だから出たとこ勝負と言えば聞こえは良いが行き当たりばったりとも言え、この思考こそが彼女を数多の成功へ導いて来た。


 そんな彼女の内心は親しい者以外には気配も見せないが。


 そんな調子で計画を整えた時間は数秒と満たない。

 高速なる脳の早回しで全てを終える。


 そして、この場で言うべきことを口に出した。


「で、対処はどうなさるおつもりで?」


「対象の捕捉は難しくありませんが、慎重に事を進めています」


「具体的には?」


「しばらくは様子見でしょうね。藪を突いて蛇を出すわけには行きますまい。ただ、この街の名にかけて相応のツケは払っていただくでしょう」


 それを聞いてエトセラムは席を立つ。

 彼女の纏うローブが少し風にたなびいた。


「よろしい。では、しばらく滞在するので、何か変化があればご連絡下さい。場合によっては協力も辞さないつもりです。では、これで」


 それだけ言って背を向け扉へ向かう。

 するとまるで測ったかのようなタイミングで扉は外から開かれた。

 そして通りざま、彼女はある事を思い出し背後の男に目を向ける。


「そうそう、『黄』の奴にはよろしく言っておいてください。たまには顔を見ておきたいので……」


◆◆◆◆


 ここで少し補足を入れる。

 聖光教会が『黄』という存在をどう捉えているか。


 少なくとも快くはない。


 魔術師の時代が終わり、以降の動乱を収めた救世主という歴史的肩書きとそれに伴う権威を持つ聖光教会だが、権力無き権威に意味など無い。


 だからその命に従わぬ不埒者はことごとくその武力を以って沈めて来た。

 時には真っ向から、時には裏から。

 記録に残せない手段を取った事もある。


 よってその体制が盤石ばんじゃくたればこそ敵には徹底的な粛清をもって対処する。


 『黄』などはまさしくその対象にある。


 しかし、そうはならない。何故なら『黄』という存在そのものが社会に深く根付きすぎているからだ。

 下手に突つけば自らの足元を切り崩しかねない。

 だから、彼らは『黄』のやる事なす事指を咥えて見守るしか無かった。


◆◆◆◆


「じゃあ、聖光教会がいよいよ『黄』の対処に乗り出したって訳か?」


 アルチョムとエトセラムの2人は表通りを2人で歩いていた。

 送迎の馬車で送ってもらう手もあったが、エトセラムたっての希望でこうして帰る。

 やや日も暮れ始め、帰り道を急ぐ者、酒屋へ向かう者と、その目的は多々あり、人通りも多い。


「いや、ちょっと色々引っ掛かる」


 エトセラムはアルチョムに言葉を返す。

 普通ならこの2人の組み合わせは嫌でも目を引くはずだが、顔の認識を誤魔化しているため単にすれ違うのみで通行人は通る。


「例えば、情報提供者とか気になるね」


 黄の手腕から考え情報がどこかに漏らすヘマをやらかすように思えない。

 そもそもこの『G.O.R.E』の肉片の受け渡しという取引はごく限られた者しか知り得ない。

 ならば最も可能性が高いのは……


「……裏切り者がいるって言いてえのか?」


 アルチョムは少し不機嫌な目をエトセラムに向けた。

 彼はこういう点で身内に甘いと、エトセラムは少し思う。


「いや、あくまで可能性。まぁ、せっかく今回は色々連れて来たんだ。一通り調べてみるさ」


 それを聞いてアルチョムは前に向き直り、


「あっそう……そうか。なら、この状況じゃガラージにあの場所を紹介するのは止した方がいいか?」


 別の話へ移った。

 こちらも重要だとエトセラムはよく知っている。

 彼は才能はあるにしろ、まだ実戦経験が浅い。そしてこれはアルチョムから聞いた理屈だが、戦闘とそれに伴う殺人はやればやるほど上手くなる物らしい。


 そして、それを行うにあつらえ向きな施設がこのナルコスラという街にはあった。


「……いや、それは通常通りやって貰っていいよ。彼の成長を促すのは急務だからね」

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