第30話 プロローグ3:出発の直前にやらなくても……
「何してんの?あれ」
屋敷から出たキリエはすぐ前の芝生に座るクサカベにそう尋ねた。
だが、キリエの視線はクサカベのさらに向こう、やや離れた位置へ向けられる。
「模擬戦……らしい。ガラージにとっては真剣勝負だろうけど」
「今からァ?」
「今からだって」
そんな会話を交わし、
「ヤべえな」
キリエは最後にそう言って薄ら笑いを浮かべた。
2人の間にそれ以上の会話は無かったが、それが返って自然体で、それなりに仲はいい様子。
その彼女たちの格好だが、クサカベは戦闘時同様の鎧姿。腰からサーベルと矢筒を吊るし、傍らに弦を外した弓を置く。
だが、これから戦いに出るわけでは無い。
これから彼女も含めエトセラム一行全員がナルコスラへ発とうとしていた。
で、3番目に準備を終えたクサカベはこうして芝生に座りくつろいでいたのだ。
一方、彼女に続き準備を終えたキリエはクサカベのように武装を整えていない。
動きやすい服と幼い体格に合わせた濃紺色のマントという旅装。
容姿の所為もあり、こじんまりした少女が旅人の真似事をしているように見える。
なお、この服は彼女が買ったものでなく、エトセラムに買い与えられたものだ。
現実にしろゲームにしろ服装に無頓着な彼女はあまり服を持たない。精々人から買い与えられたものだけ。
そんな彼女もクサカベの隣に腰掛け、観戦に耽る。
クサカベとキリエ、2人の視線の先で今まさに武器を抜いたガラージとアルチョムが対峙していた。
◆◆◆◆
「この1ヶ月ちょいでどのくらい仕上がったか見ておきたい。」
アルチョムにそう言われたのは俺がナルコスラへ発つ準備を終えて、すぐのことだった。
もとより荷物の少ない俺はとっとと準備を終え、伸びをしつつ庭先に出ると更に早く準備を終えたアルチョムが居て、で、見つかった末の奴の発言。
俺が
「何も出発の直前にやらなくても……」
と、文句を垂れたのは言うまでもない。
だが、それに奴が聞く耳持たないのは更に言うまでもない。
だから必然的に奴の言い分に付き合う羽目になった。
「ここ最近、忙しくてやってなかっただろ? それにエトセラムの準備がまだだ。」
だから時間はある、とのこと。
……確かに、ここ最近奴との模擬戦(という名の真剣勝負)が疎かになっていたのは事実だ。
理由は俺が学校の中間試験で忙しかったり、ナルコスラへ発つ際必要なものを手配してもらったりで手一杯だったとかその辺の事情。
お陰で狩りに行く数日前にやって以来全くだ。
更に言うと以前エトセラムに手配させた装備も手慰みに身につけ動いた以外、まともに慣らしが出来ていない。
だから、そう考えればこうやって真剣をアルチョムと交わすのも悪い話ではなかった。
出立する直前に始めた事を除けば……
そんな訳でお互い武器を引き抜く。
アルチョムはいつも通り鉈のごとき形状のファルシオン。
俺は愛用のダガーではなく湾曲した刃を持つククリナイフ。
エトセラムが勝手に魔剣にしたあのククリナイフだ。
敵の魔力を啜り効果を発動する性質上、魔的要素の無い相手にはただの刃物。
ただし頑丈でよく斬れる。
「それ使うのか」
「慣らしておきたいからなっ——
そう言い様に踏み込む。
虚を突く動きだ。
奴を相手取るなら取れる手は全て取った方が良い。
そして奴は......動かない。視線すら。
だがこちらの動きを全感覚と直感を通して捉えている。
特に直感が厄介で予知のごとき精度を持つ神懸かりなソレ。
だから気付いた瞬間には俺の放った右からのスイングが止められていた。
「チッ……」
瞬にも満たない硬直。
刃がかち合ったゆえの。
その隙を突き奴はカウンターで斬り裂ける。
足払いで崩せる。
制圧できる。
殺せる。
だがそれをしない。
かと言って攻撃しないわけでも無い。
受け止めたと同時、力でなく技巧で流すように払いのけ俺の鳩尾を蹴り潰しにかかるのだ。
当たれば文字通り内臓が潰れる。
敵を殺せる文字通りの必殺技。
だが、奴はこれを計算でやってる節があった。
俺がこれを凌げるという計算で……
それが腹立たしい。
そして奴の目論見通り俺はそれを凌ぎ、距離を取るが主導権は奪われた。
それからはやはり一方的だ。
俺が攻撃を捌くと同時、奴の次の手に備えて始めて対応できる。
となると反撃の隙がない。
加えて半端な反撃は隙を晒す。
たとえ奴の意識の外から攻撃しても対応される……そう、これが1番の問題。
奴は驚異的なまでに不意を突かれない。
実を言うと屋敷で過ごした、しばらくの間に俺は26回の不意打ちを奴に仕掛けた。
廊下ですれ違った時、食事中、読書中など、とにかく奴が隙らしきものを見せた瞬間ことごとくだ。
その結果は未だ俺が奴に勝ててない事実から明白だが、それは良い。
とにかく奴に不意打ちは効かない。
まるで常に戦場にいるかのような対応で奴は全てを捌く——
思うに奴の意識は戦場を常に意識する。
常在戦場という言葉をここまでわかりやすく体現する例も無い。
ここに先も述べた直感も加わるからタチが悪い。
やろうと思えばこちらが行動を起こす直前に崩して好きなタイミングで隙を作れる卑怯スレスレの神業。
実際何度も刃を交わし、それを何度かやられた。
じゃあ、この模擬戦——俺にとっては殺し合いだが、これに勝機はあるのか?
実を言うと、ある。
例の魔狼狩りに行く数日前以来丸々模擬戦をやっていないのがポイントで、つまりその間の成長分でアルチョムの予想を超えれば良い。
奴は不意を突かれないとはいえ、流石にこれなら通用すると目論んでいる。
狩りに行く前と後で俺もかなり成長している……筈だ。
そう信じる。
信じるのは大事だ。
ポジティブに行こう。
だからやや距離を置き守勢に回る中で、もっとも隙を生みやすそうな動きを選定し、受け流す。
(どうだ……?)
崩れた。
(行けるッ!)
そう見て取ると同時、前へ出て斬りかかると同時に頬を何かが掠めた。
「うっ⁈」
(なんだ⁈)
逆に不意を突かれ、即座に行動を取りやめ3歩分は跳んで距離を取る。
「は?」
アルチョムの手には愛用してると思わしきファルシオンではなく短槍が握られていた。
長さは奴の身長ほどで穂先は両刃の直線型。
(なんで?)
ファルシオンは地面に放られていた。
一瞬の隙に武器を切り替えたのか?
状況から見るにそれ以外無いが、瞬きの隙すら無かったに関わらず、それも目の前で気付かれずやり遂げた事実が不可解としか思えなかった。
「お前……やっぱ本気出して無かっただろ」
「……バレたか」
奴が会話を持ちかけたので、状況整理の時間稼ぎにそれに興じた。
「んー意図は分からんでもないが、やり口としちゃ及第点だな。だが、こっから先は本気出してもらうぞっ——
穂先が首のあった位置を貫いた。
「ぐっ!」
アルチョムの動きの質が変わった。
意図的に手を抜く挙動が減り、猛攻をかけに来る。
下手すりゃ殺す動きだ。
「待てっ!これ以上やったら……
「ほらっどうした!」
(こいつっ、聞いてねえっ!)
と、こんな調子で最後はひたすら避けに回りこの戦いは終わった。
最後は俺が短槍の石突で鳩尾を突かれてノビる呆気ない結末。
で、その後は目を覚ましたら馬車の中だった。
俺は席に座らされ乗っており、その向かいの席には膝の上に黒猫を乗せたエトセラムと、その隣の席にキリエ。
その向こうの幌の隙間から御者の背中と馬車馬が見えたので後部座席に座ってることが分かった。
「おっ、起きた」
そう言ったのはキリエだ。
その声に気付いたエトセラムは黒猫を撫でる手を止め俺を見た。
エトセラムは俺がノビてからの出来事を語る。
ただ、特に変わったこともなく、アルチョムが俺を馬車に乗せ、キリエとエトセラムも同じ馬車に乗り込み、いつも通りクサカベとアルチョムは馬に乗って周囲の警戒。
今は森から出て街道を進んでいる最中。
幌の右側面の窓から外を見ると遠くまでなだらかに平原が広がっていた。
「いや、災難だったね」
「全くだ」
エトセラムとそんな言葉を交わしつつ目を瞑り、さっきの戦いの反省を頭の中で始めた。
最後には経験不足という結論がチラついたが。
で、そんな思考に耽っているとキリエがこちらをニヤつきながら見ていることに気がつく。
「何だよ」
「いいや?結構やんなって思っただけ」
「本音は?」
「んー、無様だなって」
「……」
こいつはエトセラムと違う傾向で性格が悪い。
なんだろう?魔術師は性格が悪い奴しかいないのか?
相変わらずニヤつくキリエを見てそう思う。
「ああ、でも……」
次は何だ。
「こんな短期間の訓練でアルチョムさんの本気の一端出せたのお前ぐらいじゃねーの?」
キリエのその言葉を俺は褒め言葉と受け取ることにした。




