第27話 方針
「今後の方針をまとめようか。」
にこやかな笑みを浮かべエトセラムはそう言った。
彼女は金色の瞳で部屋全体を見渡す。
この場には全員が揃っていた。
俺ガラージ、アルチョム、クサカベ、キリエ、ハハシア、そしてエトセラム。
エトセラムはここ、食堂(もはや会議室)の入り口から1番遠く、パチパチと火の燃える暖炉の前の上座に着席。
その後ろで控えるように佇むハハシア。
そして俺とアルチョムが入り口から見て右手側、キリエとクサカベは左手側の席に座る。
ただ、この長方形のテーブルはたった5人で使うには大きすぎ、周囲に並べられた席もこの人数で埋めただけではガラガラだ。
「皆に話した通り、今後、我々はG.O.R.Eの肉体の中でも重要なパーツ。かつて奪われた『脳』、そして『脊髄』を取り戻す。これが最重要目標だ。」
ここまでは俺も先日聞いた話。
当たり前だが、俺より早く加入したメンツは皆あの話を聞かされていたらしい。
中でも俺は1番反応が分かりやすかったとエトセラムは嬉々していた。
「 で、それとは別件なんだが、先日、我々の協力者からそのG.O.R.Eの肉片が手に入ったと連絡があってね。これを受け取りに行きたい。」
G.O.R.Eの肉体は、既にエトセラムが保持する1/12の肉片、心臓に加え脳と脊髄があれば最低限機能する。
だが、これは最低限だ。
足りない分の肉片、つまり11/12の肉体は手に入るならあった方が良いというのはエトセラムにG.O.R.Eを見せられた翌日の講義で聞かされた話。
その方が願いを叶える願望機として機能が安定するのだとか。
「物が物だ。だから、我々で直接取りに行く手はずとなっている。で、その渡し手は『黄』。前回我々が担当したヴィルマの街での一件の依頼主でもある彼だ。」
『黄』
このゲームでかの人物を知る者は実は少なくないのだと言う。
なんなら子供が知っていてもおかしくない。
だが、その実態を知る者はほぼ皆無と言っていい。
年齢、性別、能力、そもそもプレイヤーかどうかさえ不明な彼、又は彼女はその存在が消えてしまえばこの世界の経済が傾く程度に世間に根を張っている。
少なくとも『黄』との親交が厚いらしいエトセラムからはそう聞いた。
そして、中でも『黄』の影響が強いお膝元の街と言えば......
「『ナルコスラ』。彼は受け渡し場所にこの街を選んできた。よって、近い内我々は『ナルコスラ』へ向かう。」
そう言い切って一同の顔を見た。
ここで言葉を挟んだのは終始ソワソワ、ワクワクとした面持ちで話を聞いていたキリエだ。
その小さな手を上げて口を開く。
「しつもーん。ナルコスラには誰が行くんですか?」
舌ったらずな口調でそう言った。
「もっともな質問だ。私はね、今回、アルチョム、ガラージ、クサカベ、キリエ。この4人を引き連れて行こうと思っている。」
加えて下僕の『悪魔憑き』を連れて行く事は言わずもがなだ。
今回は戦闘用を十数人と大勢連れて行くらしいが......
(そんなに必要か?)
そしてエトセラムはふと背後に向きハハシアに「悪いけど、ハハシアは留守番ね。」と小声で言った。
それに「仰せのままに。」と恭しく礼をして答える彼女。
簡素なメイド服という身なりも相まって、やけに板について見えた。
(初めて聞いたな。)
横目に見つつ俺はそんなことを思う。
俺がハハシアの声を聞いたのはこれが初めてだ。
見た目通り透き通った声をしていた。
「さて、一応聞くけど反対の者は?」
ちょっと気になる事はあったが反対の意思は無いので、俺は特に何も言わなかった。
他のメンツも反対意見が無い点で同じらしく、その場は後にちょっとした雑談を交わしてお開きとなる。
その中で俺は今回の過剰戦力ぶりを指摘した。
『悪魔憑き』にされたデーモンはデーモンの中でも特に下等な存在とされているが、『悪魔憑き』にした上できちんと教育を施せば、人、1人分の役に立つ。
中でもエトセラムの抱える『悪魔憑き』は精鋭と呼んで差し支えない。
特に戦闘に特化した個体は中〜中の上程度の戦闘力を持ち、人間ではあり得ないほどタフで痛みも感じない。
死も恐れない。
だから、並みの兵士を引き連れて行くのとは訳が違う。
何か理由があって然るべきだ。
で、エトセラムの回答は
「もっともな意見だ。けどガラージ、君は今回受け取る物の価値を正確に把握するべきだね。G.O.R.Eの肉体。それは喉から手が出るほど欲しい輩が腐る程いるアイテムだ。だから万全を期すのは当たり前だよ。」
(そういうもんか。)
俺は相槌を打つ。
だが、アルチョムとクサカベという冗談抜きで兵士数十人を一方的に相手取れるメンツを揃えるのはなぜか?
順に2人の顔を見つつエトセラムに尋ねた。
クサカベはいつも通り無表情。
アルチョムは......
(?)
珍しく何か考え込んでいた。
そういえば、最近はこいつの声をあまり聞いていない。
話しかけたら相槌を返したりはするが。
「んー......今回は妙な胸騒ぎがするからなあ。」
答えたエトセラムの方に振り向く。
「胸騒ぎ?」
「気のせいかも知れないけどね。」
◆◆◆◆
場面は打って変わり聖光教会のお膝元たる『ウルムネスティ』。
そこは白亜の街と呼べた。
継ぎ目のない石畳や建物の壁はまるで汚れを知らないように真っ白で、それが奇跡とは名ばかりの魔術で作られた物質だと町の住民はつゆほども知らない。
その当の住民の顔はもれなくにこやかで、日々を生きる活力に満ちていた。
『こんなに幸せで良いんだろうか?』
そんな心の底が透けて見える。
全ては神、聖ララトゥールによってもたらされた奇跡の産物だと信じ込む。
——無知故の幸福と言えよう。
「相変わらず退屈な街......」
そんな道行く人々を眺めつつ、その言葉を漏らした男は茶色い毛並みの馬を引き連れていた。
そんな主人のぼやきを汲み取り心配そうな目を向ける愛馬を宥めつつ男は歩く。
汚れが不自然なまでにないフード付きマント、その下には全身を覆う鎖帷子とサーコート。
そして背中には異様な物を背負っていた。
長い金属の棒だろうか?
かろうじて握り込める太さで長大。
その先端には巨大な凹凸を付けた鉄塊が付いている。
手入れはされていたが、細かい擦り傷、凹みは無数にあり、ずいぶん長い間愛用されてきたことを物語る。
それは巨大なメイスと言えた。
両手で扱うことを前提としつつ、重量級の戦士さえ、そもそもどんな人間にさえ振るうことが難しそうな得物。
だが、背負う男は精々中量級の体格しか持ち合わせない異様。
それはさて置こう。
彼は、この街がディストピア的コンセプトで作られたと知り、それを享受するのがほぼNPCのみと知りつつ反吐がでるとばかりに嫌気がさしている。
それを表情に滲ませつつ、街の門をくぐり、被っていたフードを外した次の瞬間にはそれを隠した。
貼り付けたような笑みで、表通りを進む。
すると、
「おお......聖騎士様だ。」
最初にそう述べたのは、にこやかな笑みを浮かべた白髪の老人。
そして、門をくぐったばかりのこの男を見て、ありがたそうに、敬うように尊敬の目を向けた。
そして次々と老人の声に気付き男を見る周囲の目。
例外なく尊敬の眼差しだ。
それを受けつつ、道行く男は髪を撫でた。
白の短く切りそろえられた髪。
「聖騎士様だ。」
「聖騎士様がご帰還なされたぞ。」
「......なんと偉丈夫な。」
その視線と声に答えるように時折手を振りながら進む。
それを見た者は感激の声を上げるが、対するこの男の内心は如何程のものか......
◆◆◆◆
——聖騎士パラディン
その存在は成し遂げた偉業とともに語られる。
聖光教会最高位たる法皇にのみ仕える7人の戦士。
それが聖騎士だ。
最強クラスの肉体強化に加え、最高クラスの魔術耐性、極め付けは自己治癒に伴う高い継戦能力を施され、どの方面から見ても一切隙がない存在。
その武威はあらゆる教会の敵に向けられる。
時には邪悪なる魔術師を、時には魔術師の呼び出した悪魔を、時には人々を襲う魔物を、時には凶悪なる犯罪者を。
と、ここまでは有名な話。
だが、彼等がどのような戦い方でどのような敵を倒したかは隠されているわけでもないのに謎に包まれている。
言い方を変えると伝わる話全てが常識外れで、信用されないケースが多いのだ。
◆◆◆◆
「あなたには明日、ナルコスラに発ってもらいます。」
「は!」
高い階の上から響く清廉な声を聞く。
ただ、その主人を見上げることはなく、言われたことを唯々諾々と聞くだけだ。
そのように振る舞うことがこの場では望ましい。
ここ『ウルムネスティ』の中心に位置する白亜の宮殿では。
嘘か本当か知らないが、巨大な大理石をくり抜いて作られたとされる宮殿だ。
そして、かねての遠征より帰還した彼はすぐに次の任務へ赴くことが決まった。
だが、普段の何かを殺したり、何か組織を潰したりといった単純な内容と今回ばかりは毛色が違う。
「質問、よろしいですか?」
応えは無言。
この目の前の真っ白な階段の上に位置するのは聖光教会最高位者たる法皇。
その権威に並ぶ者は世界全域を見てもいない。
許可なく見上げることも許されないのでただ俯いて床を見るしか無い。
そして、このように無言で返された場合、肯定と受け取るのがマナーだ。
「今回は標的の確認、機を見ての抹殺が目的とのことですが、その標的は本当に生きているのでしょうか?どうにも......」
「信じられないと?」
「は!恐れながらその通りです。」
しばし間を置いて法皇は答えた。
「......あなたの懸念は分かります。それにあなたという戦力を送る懸念も。ですが、万が一があってはならないのです。かの邪悪なる魔女エトセラム......彼女はこの世に存在してはならない存在です。」
「承知しました。」
もはや返事に淀みは無い。
「この私。聖騎士第6序列ナキム・カンヴァー。この度もあなたの剣となりましょう。」




