第25話 潮の香り
踏み込んだ先には水溜り。
床一面には水が張られていた。
2,3cmの深さだ。
そして鼻をつくのは潮の香りとそれに混ざった磯臭さ。
だがそんなものは気にならない程、目前の光景に釘付けだった。
「......なんだアレは?」
口からはそんな言葉が......
ここは先の広間と同じく全面が継ぎ目の無いコンクリートで造られた様な場所。
だが規模が違う。
それこそエトセラムの豪邸が丸々収まるほどだ。
同じ大きさの建物が更に3,4軒は入るか。
それを見て洪水時に水を溜め込む地下空間を思い出す。
柱は無く、ただ無機質に打ちっ放しのコンクリート部屋のようで、荒涼とした気配を醸し出す。
ただ、妙に明るい。
それも自然光ではなく白い蛍光灯で照らされたようだ。照明などどこにも無いのに。
で、そんな広すぎる空間に何があるかと言えば......
「アレ......何?」
隣に佇むエトセラムに尋ねた。
「アレはね、G.O.R.Eの肉体だよ。」
さも当然とばかりにそう言った。
俺の驚きを喜ぶように。
「肉体?」
(いや、そもそもG.O.R.Eって.....)
いつか聞いた世界の始まりの話を思い出す。
G.O.R.Eとは確か世界の創造主の名だ。
世界の根幹を作り、遂には世界そのものへと変貌した。
そんな話だったか。
「あのデカイ壁みたいのが?」
目の前にあったのは巨大な壁だ。
高さ30mはあるだろうか。
材質は固く分厚いゴムのようで、キメは粗くひどく傷んで見えた。
そんな壁。
「そうだよ。たた、壁って例えは正確じゃ無いね。これはれっきとした生物だ。正確には世界の根幹にある核の様なもの。それを人の領域に貶め呼び出した。今は眠ってるけどね。」
「......生きてるのか?」
「ああ。それと、どの道時間はあるんだ。
少し歩いて、コイツの全貌を見ながら話をしよう。
いつか教えた世界の話のつづきをね。 」
◆◆◆◆
状況が色々飲み込めなかったので、断片的に分かった事からまず述べる。
エトセラムに連れられエトセラムがG.O.R.Eの肉体と呼んだそれに近づいた俺は、まずその表面をよく見た。
なんとなく生理的嫌悪感から触れるのは躊躇われる。
エトセラムは平気で触っていたが。
で、その皮膚は青みがかった灰色をしていた。
やはり表皮はブヨブヨとした海洋生物の様で、所々破けて血色が覗くのが痛ましい。
だが、それは明らかに生きていた。
僅かな熱と脈動を感じたのだ。
「まず、G.O.R.Eを初めてこの世に顕現させたのは聖光教会の前身組織たる聖光騎士団だった。
当時の彼らはデーモンの支配からの脱却を謳うテロリストだったらしい。
で、彼らの当時の長、聖ララトゥール42世がその首謀者。」
俺がしゃがんで皮膚を検めている傍、エトセラムは話し始める。
「なんでわざわざこんな物を呼び出した?」
呼び出してもデカイだけで邪魔だろコイツ。
「それはG.O.R.Eが世界の根幹であり、世界そのものだからだよ。」
「?」
「G.O.R.Eはやろうと思えば、世界の概念を恒久的に変えることができる。」
「......ん?」
えらく......話がデカくなったな。
そう思いつつ立ち上がり、エトセラムの方を向いた。
「って言うと?」
G.O.R.Eの全容を見るため今度は俺がエトセラムを引き連れ歩く。
「つまり、少なくとも人が思いつく限りの事は何でもできる。真に万能の存在さ。」
「え......じゃあ、億万長者になるとか?」
「可能だ。」
「全てのデーモンを従えるとか?」
「それも可能。」
「この世界をファンタジーからSFの世界に変えるのは?」
「多分いけるよ。」
俺は立ち止まり、G.O.R.Eと思しき存在の方を向く。
そんな万能の存在にしてはあまりに情け無く見えた。
だが、それはそれとして
「......すごいな。」
「でしょ?」
いや......
なんかもう、バランスブレイカーどころの話じゃない。
「とはいえ制約もある。結局万能の存在だからといって要望を出すのは人間だ。だから、人が事細かに想像可能な事しかできない。」
「ちなみに......」
再び歩き始め、横たわる生物を親指で指し示す。
「仮にコイツと契約できたとして、本当に契約者の願いを叶えてくれるのか?」
「って言うと?」
「いや、コイツの意思で却下されることもあるんじゃね?って話。」
「ああ、コイツにそんなもの無いよ。
もはや意思は持ち合わせない力の塊と化してるからね。......実際無かったし。」
(ん?)
最後のフレーズは微妙に聞き取れなかった。
「じゃあ......」
何か口を開こうとした瞬間、丁度G.O.R.Eの真正面に辿り着いたことを悟る。
こいつは......
「鯨?」
細く突き出た顔の側面に備わる瞳は開きっぱなしで、何も映さず白く濁る。
その巨大な口は僅かに開いたままで、細長い針状の歯(いや、髭だったか?)が無数に並ぶ。
「そう。G.O.R.Eは人間の領域に顕現する際、多頭の鯨の姿を取る。
だからこれはG.O.R.Eの肉体の12分の1ってとこだね。」
◆◆◆◆
G.O.R.Eの居たあの空間から帰り、エトセラムが扉を支配する者を帰還させた後、俺達はまたいつもの応接室に戻る。
2人で話す時はいつもこの部屋だ。
なお、装備の詰まった箱は俺の部屋へ運び込んだらしい。
そして、互いにソファに座って向き合う。
すると、扉が開いて温かい紅茶が運ばれてきた。
今回はいつもの悪魔憑きではなく、一度書斎ですれ違ったきりのハハシアという女だ。
そして2人分の紅茶を置くと、何も言わず表情すら変えず会釈して退室。
あの女も話したことが無いので謎が多い。
「じゃ、話をまとめようか。」
そんなことを思っているとエトセラムが話を切り出す。
G.O.R.Eの顔を見た後、さらに補足として色々聞いた。
まず、聖光教会の前身組織、聖光騎士団はG.O.R.Eを使って人間の領域からデーモンを追い出した。
他にも高度な肉体強化や治癒の術式を手に入れたり、教義に逆らう存在悉くを識別する呪詛をこの世界の人間にかけたり......
まあ、好き放題やったわけだが、1番デカイのはG.O.R.Eという力を背景に当時の為政者に無茶を通したということ。
「いわば核ミサイルみたいなものだ。」
つまり抑止力。
強力な力は持っておくことに価値がある。
「やろうと思えば街1つ跡形も無く消せるしね。」
だそうだ。
(ん?)
俺はここで引っ掛かりを覚えた。
『街1つ跡形も無く消せる』
このフレーズだ。
(......なんか。)
割と最近そんな話聞いた気がする......
「だが、G.O.R.Eの肉体は時代を経て部分的に盗まれ、奪われ、様々な人物、組織の手に流れた。
そもそも聖光教会の恐怖政治がまかり通る事自体無理な話だった。」
話を聞きつつ、先の違和感を解消するため記憶を探る。
(何だ?何が?)
「で、私もその一部を手に入れた。だが、中でも重要なのは......」
「あ。」
思い出して俺は食い気味に話す。
「確かドンビアって街があったよな。」
話を中断するエトセラム。
少し目を見開いた。
「あの......跡形も無く消えたって街。」
これは拠点に来る道すがらの寄り道でアルチョムから聞いた話だ。
サービス1年半目ぐらいで唐突に消え、後に何も無い平原が残った街。
「よく気付いたね。その話はアルチョムから聞いたのかな?」
「ああ、お前らを待つ間暇だったからな。
んで、俺の予想だとドンビアはそのG.O.R.Eと契約した奴が消したと思う。どうだ?
当たってるか?」
「ふふッハハッ......そうだね......うん。」
妙に楽しげだ。
「その反応は正解ってことか?」
「ああ。その通り。G.O.R.Eの肉体の中でも核となるパーツ。脳、心臓、それらをつなぐ脊椎、そして肉体の一部を使ってG.O.R.Eを復活させ契約した者がドンビアを消し去ったよ。」
言い方が気にかかる。
「なんか、やけに言い切る形で話すな。
もしかして現場を生で見たとか?」
「ある意味そうだね。だって......」
ここでもったいぶる様に少し間をおき、
「それやったの私だし。」
そう言ってのけた言葉を噛み砕く時間が必要だった。
「......は?」
今、こいつなんて......?
「だーかーら、G.O.R.Eと契約してドンビア消したのは、私。」
そう言って自分を指差しクスクス笑う。
その様は普段の飄々とした仕草からかけ離れ、妙に......楽しげというか......いや、
わけがわからなく見えた。
だから俺はただ呆然とするしか無かった。




