第22話 狩りの行方
「で、庭先に置いてあるのが例のワーグの死体ってわけ?」
「そうです」
「んー……成る程ね」
エトセラムは顎をさすり少し考える。
これは彼女の癖のようなものだが、半ば意図的にやってる節があった。
言ってみればルーチンワークのようなもの。
そして、たった今クサカベから聞いた報告。
既にガラージとクサカベは狩りを終え、屋敷に帰ってきていた。
だが、ガラージはリアルの方で用事が入ったとかでゲームからログアウトし、クサカベのみ応接室に来て報告をした。
「結局、今回の獲物はほとんどガラージ単独で仕留めたってことか」
「そう言えます」
「ふむ……そうか。じゃあ、続きを話してくれるかな?ガラージがダガーを抜いて、で、それからの事を」
「分かりました。まずこれは、帰り道で彼自身に聞いたのですが……」
◆◆◆◆
ああ、これは無理だな。
最初にそう思った。
ワーグが体の左側面をこちらに晒すやクロスボウの引き金に指をかけると、それのみで仕留めるのがいかに難しいか直感的に理解した。
確かに威力としては心臓をぶち抜くのに申し分ない。
だが、相手は生き物だ。
動かぬ的ではない。
だから、俺はこれを間違いなく外す。
これは殆ど確信だった。
(どうするか)
ここで退くのは癪。
(さらに近づいて撃つか?)
しかし、危険度が上がる。
なら……
そうして迷っているうちにワーグが向きと体の位置を変えた。
それに伴い自然と急所の心臓のある位置が隠れる。
(……くそっ)
今のは完全に俺のミスだ。
ぐだぐだ迷ってる間に機を逃してしまった。
「ふー......」
呼気を吐いて落ち着く。
(......しゃらくさい真似はやめだ。)
決意と共にクロスボウを足元にそっと置き、ダガーに手を掛けた。
遠く背後のクサカベはなんて思ってるだろうとふと思考がよぎる。
(ブチギレてるかな?)
ここまで反抗的な態度を示すと流石にあの女も......
(......)
少し申し訳なさを感じた。
それは、今やろうとしている独断専行より、「外してもいい」と言われた瞬間思わず向けてしまったあの目に対してだ。
どうにも自分は感情のコントロールが下手。昔からそうだった。
だから
(後で謝るか)
その程度には反省した。
で、今考えるべきは視線の先のデケェ獲物についてだ。
既に右手に握りしめたダガーでいかに仕留めるか。
体格差や持ち合わせた身体能力の差を踏まえたら一撃で反撃の余地を与えず仕留めたい。
だから森に潜る前、一通り聞いた魔物の身体構造を思い出す。
あらかじめ獲物となりうる存在について説明は一通り受けていた。
俺の握るダガーの刃渡りは40センチ。
ワーグの皮膚は中型にしては分厚くないので充分心臓へ到達しうる長さだ。
肋骨に阻まれる可能性もあったが、そこは自分の勘を信じる。
しかし、何よりの問題は心臓がぶち抜ける位置まで近付かねばならぬこと。
「よし」
小さく呟く。
今となっては運が良いことにワーグの体はこちらに尾を向けている。
だから視界で捉えられる心配はない。
匂いに関してはクサカベの装備への消臭を信じる。
そして、音と気配について。
それはアルチョムから受けた訓練で嫌という程学ばされた。
音はまだしも気配を消すのは苦手だから、アルチョムの言っていたことを思い出す。
(確か......)
『心に波1つ無い水面を意識して、自然の安定を崩さないよう気を付ける』
(......こうだ)
少し癪だが、今となってはこの教えのみが拠り所。
『心に波1つ無い水面を意識』
順にやろう。
波1つ無い水面を......
抽象的なそれを意識する。
恐らく、ただ心肺を落ち着けるのとは違う。
感情を殺すのでも無い。
一体どうすれば......
その時、1羽の小鳥が足元から飛んだ。
(うっ......!)
僅かに茂みを揺らす音。
即座に獲物に気づかれてないか見やるが、運良く反応していない。
未だ体勢を変えず向こうを見続けていた。
その様子を見て胸を撫で下ろす。
(......?)
何か、今掴みかけた。
何かが一瞬頭の中で閃いたのだ。
何か......そうか。
足元の小鳥が飛び立った理由。
それは単に俺が近づいたからじゃない。
頭上で聞こえる何かの動物の鳴き声も、恐らく俺という異常を感じ取って鳴いているのだ。
(多分......俺という人間はこの森にとって異物なんだ。)
勘とも呼べない予感が舞い降りた。
恐らく俺は自然の安定を乱す存在。
だが、これは動物に限った話じゃない。
例えば街の中で、殺意を持った俺を気取り、先んじて斬りかかってきたやつが数人いた。
俺より手練れでもなかったため、なぜ気づかれたのかずっと疑問が残っていたことを思い出す。
恐らく動物に限らず、生物は皆ベースラインを持っている。
それは自分の住まう環境が普段通りであるか気付くための本能と言って良い。
その本能で気取ったものが『気配』と呼ばれるのだ。
(腑に落ちた。)
心から理解した。
だが、それを今この場で実践しなければならない。
なんて無茶ぶりだ。
自分で自分をこの状況に追い込んでおきながら、俺はそう思わずにいられなかった。
◆◆◆◆
「その時、私は『凄い』と思いました。
獲物を仕留めるため位置どりをしていた最中、気配を消す技術の素養は感じましたが、あんな短時間で習得するとは......」
「ふふっ」
「?」
突如笑ったエトセラムに対しクサカベは首をかしげる。
「いや、君が興奮するなんて珍しいなと思ってさ。」
「そう見えます?」
「分かりやすいほど。君興奮すると早口になるだろ?」
クサカベはその自分の癖を初めて知った。
思えばそうだったかもしれない。
「じゃあ、結局の所ガラージはワーグをどのように仕留めたか、聞かせてくれ。」
◆◆◆◆
それはあまりに呆気なかった。
ワーグが向きを変えた瞬間。
自分でも驚くほどすぐ近くまで近付けていたので、ただ何か殺す時のようにダガーが届く距離まで踏み込み全体重と渾身の力を込めて左前脚の付け根、心臓の位置へと刃を突き込んだ。
ズブっと硬いゴムを貫いたような感触。
生暖かいものが隙間から僅かに滲み出していた。刃という栓を傷口から押し出そうとする血の噴出だ。
ガフッガフッと、息と血を漏らし何が起きたか分からないまま視線を泳がせるワーグ。
だが、この結果にビビったのは俺も同じだ。
それから普段やるように傷口を抉るため刃先を捻った上で引き抜いた。
そして数歩距離を取る。
そのあっけなさと反比例するように心が沸き立つ心地で、己の成した結果を静かに眺めていた。
かがみ、姿勢をドウッと低くするワーグ。
(やった......)
だがこの数瞬後、俺はクサカベが飛び道具による狩りに拘った訳を思い知る羽目になる。
瞬間、バネのように跳び上がるその重たい身体。驚異的な生命力、不遜にも己を殺傷せしめた俺へとただ殺意を込めて一瞥を向けると同時、俺目掛けてワーグがっ——想像以上に高速。
(やばっ!)
遅れて回避の動作。
だが、身のこなしや次への動きを考慮する暇は無い。
ただ後ずさっただけにとどまり……
そう、相手は獣である以上に魔物でもある。
その生命力は今際の際に普段以上の動きで
獰猛に牙を剥くことを可能とした。
目前に開かれた顎門。
回避の余地は......
その時だ。
右耳スレスレを何か高速で過ぎ去った。
だが、気付いたのは目の前でそれが突き立つ結果を見てからのこと。
瞬間、迫り来るその巨体は動きを止め、開かれた顎とそこに並ぶ鋭い牙はほんの少し俺の右頬を抉り飛ばすに留め閉じ、遂にその場に倒れ伏した。
その様を数秒間、俺はただ呆然と眺めた。
心臓がバクバクとうるさく鳴り響くのを聞きながら。
そして右肩が叩かれてようやく背後にクサカベが来たことに気付いた。
◆◆◆◆
「なるほどなるほど。そいつは重畳。見事気配を消したガラージはワーグへ接敵し心臓をひと突きと。」
「一応、最後支援の矢を撃ちましたが、あのまま放っておいても殺されはしなかったと思うので、ほぼ彼の独力と言って過言じゃないでしょう。」
「いやいや、君の教育の賜物でもあるさ。まさに餅は餅屋ってね。」
その褒め言葉を聞いて、まあ嬉しくなくは無い。
そもそもクサカベという女は好意や賞賛を簡単に受け入れられるほど素直な人間ではなかった。
多分、こういう悪い癖が同年代以上の人と話す時に出てしまってるんだろうなー......
と、自覚はある。
「じゃあ、ガラージとも仲良くなれたって事で良いのかな?」
「それは......どうでしょう......」
あまり自信はない。
結局、謝罪し損ねたし。
そもそもクサカベは同年代の異性と話すのが苦手なのだ。
中高一貫教育の女学院に通っていた身としては。
クサカベが思うにガラージは自分より2つ3つ年下。
概ね同年代だろうという予想。
それは見事に外れていたが......




