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ガラージ  作者: 空き巣薔薇 亮司
第2章 神秘なる存在
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第21話 魔狼

 草の汁を複雑にブレンドした匂いがする。


 鬱蒼とした森を歩いているせいもあるが、何よりクサカベから借りた装備が一通りその匂いをつけられているおかげだろう。


 そう思いつつ先頭を行くクサカベの背中を見た。

 濃緑色の迷彩柄と人間の輪郭を誤魔化す装束は彼女の存在を極限まで自然に溶け込ませていた。


 俺も似たような格好をしているが、恐らくここまでうまく存在感を消せない。

 いざって時はいつでも撃てるよう装填したクロスボウが頼りか。


 ふと、クサカベが立ち止まり、俺はその背中に追いつく。

 何か周囲を見回している様子だ。


「どうした?」


 小声で話す。ここでの大声は厳禁だ。


「……これを見て」


 彼女はすぐ近くの大木を指し示した。

 そこにあったのは『#』の形で付けられた傷。


「これはこの先がホブゴブリンの巣だってことを警告する図。多分縄張りを拡張したんだろう。道を変える」


 そう言って右に逸れた。


 終始余計な魔物との遭遇は避けるらしい。

 そもそも魔物は手当たり次第狩ってはならず、下手をすれば生態系が崩れ大型の魔物の餌が不足し、周囲の村々を襲う悲劇を生む。


 だから身を守る場合など除き余計には狩らない。

 それが『魔狩人』の掟らしい。


 そういえば俺は魔狩人を魔物専門のハンターの名称だと思っていたが、微妙に違った。

 古来から魔物相手の狩りの技を磨いてきた部族に端を発し、時に外部からの参入者も受け入れつつ、代々技術と伝統を伝えていくマタギのような集団。

 つまり優れた技術と伝統という点で単なるハンターとは一線を画する。

 そして通常なら数人規模のチームで狩りを行うらしいが、クサカベのように魔狩人の集団を離れ、ソロでの狩りや雇われての狩りを務める者もいる。

 時には非魔狩人の組織に所属する形で雇われる者も。


 それらは一般的に『独り者』と呼ばれるとのこと。


 なぜ彼女が『独り者』をやっているのか特に教えてくれなかったので、俺からも特に聞かなかった。


 まあ、根掘り葉掘り聞くことでもないだろう。


 そうこうしているうちに森の中を、より深く進んでいく。

 一応地図は持っているが、それすら見ずにスイスイ進んでいけるクサカベはこの地を知り尽くしているのだろう。


 腕利きの『魔狩人』の集団すら潜るのを躊躇するこの地を。


◆◆◆◆


 なお、こうして並んで歩くのはクサカベと俺の2人きりではない。

 俺の背後にはさらに2体の人影。


 彼らはエトセラムから貸し出された『悪魔憑き』だ。

 彼らも俺と同じように森に溶け込む服装だが、必要な荷物の8割を彼らが運搬しているため、その背中にはパンパンに詰まったリュックが背負われている。


 戦闘が出来る奴を身軽にするのは合理的な判断だが、魔物相手は俺とて素人だから俺だけ楽するのもなぁー……なんてちょっとした罪悪感を抱くがそれより楽をしたい気持ちが勝ったため彼らには心中で冥福を祈るにとどめた。


(南無……)


 と、周囲への警戒は解かないが、暇を持て余し頭の片隅でそんなことを考えていたその時だ。


 また目の前でクサカベが立ち止まる。

 そして一言


「居た……」


 その視線の先を追うが、俺にはかろうじて灰色の点が見えるだけ。


「位置を変えよう」


 その言葉とともにやや早足(ただし無音)となったクサカベが急ぐ。

 その後に続く俺。

 なんでもここに居てはいずれ気づかれるらしい。

 そして追従する傍ら森に入る前に聞いた講義を思い出す。


「獲物を仕留める際、絶対やってはいけないのが風上に立つこと。風で運ばれた匂いでバレる。そうなった場合の保険として体や装備の匂いを出来るだけ自然に近付けるが、万全を期した方がいい。」


 そうか、森に潜ってかなり経ったが、ようやく本番か。


 俺の心でにわかに興奮が起き始めていた。


(おっと……)


 こういうのも厳禁だ。

 人は感情の変化に伴い体臭を変化させるという。その微妙な変化に勘付く魔物もいるとクサカベから聞いた。


(落ち着け……)


 ここで気づかれてはちょっとシャレにならない。

 こういうのは不得手とはいえ、前よりは多少マシにできるようになった。


 そして気の昂りを落ち着け、前を向き……


(?)


 クサカベがこちらにチラリと視線を向けた。

 ほんの短い間だったがそれに気付く。


(なんだ?)


 だが、何も言わずすぐに向き直ったので、俺も気にしない。


 で、クサカベが立ち止まった位置で俺と背後の『悪魔憑き』達も止まる。

 そして視線の先で闊歩するソレはすぐに目に付いた。


(で、デケェ……)


 今回狙う獲物は中型の魔物だと聞いた。

 で、具体的にそれがどんなサイズかと言えば少なくとも目の前の個体は体長4mに達する。


 中型の魔物が一般的に3~5mのサイズと踏まえれば適度なサイズだろう。


だが、話に聞くのと実際見るのとで全く印象が異なった。


 獰猛さを絵に書いた顔と筋肉のミチミチに詰まった四肢。

 体長4m、それに見合う形で重く、それでもなお巨体を支え素早い動きを可能とする肉体はただ暴力の権化と言うほかない。


 ――それはワーグと呼ばれる巨大な狼の姿をした魔物。


◆◆◆◆


 毛並みは灰色がかった黒と白が混ざる。

 三角の耳はピンと天を向いて立ち、周囲の音を鋭敏に捉えていた。

 その瞳は黄色く常に剣呑な光を携え、中心一点のみが黒々と輝く。


 現実味が無いその姿はよく出来た作り物にも見えたが、その喉と胸の収縮と生々しさが生きているという厳然たる事実を突きつけていた。


 そんな存在と約200mを挟んで相対している。

 だが、向こうはこちらに気付いていない。


 これが唯一にして最大のアドバンテージ。


(あれを今から狩るのか)


 具体的にどんな作戦でいくか臨機応変にその場で決めるとクサカベから聞いていたので指示を仰ぐため俺はクサカベを見た。


 彼女はワーグへの視線を逸らさず、僅かに口を動かして独り言を呟く。

 ほとんど聞き取れない程の大きさ。

 思考を整理しているのだろうか?


 そして俺の視線に気付いて指示を始めた。


「まず、お前らは待機」


 『悪魔憑き』2人は無言で頷く。

 次に見たのは俺だ。


「じゃぁ、今回は訓練も兼ねるから始めにガラージ、君に攻撃してもらう。」


「は?」


 マジで?


「この位置から真っ直ぐ100m手前。あの木のあたりまで移動して心臓を狙い撃って。丁度左前脚の付け根の所を。」


 いや、ちょっと待ってくれと言わんばかりに抗議の目を向けた。

 だが、少しでも安心させるためかクサカベはこうも言った。

 この一言は俺のあるか無いかも微妙なプライドを絶妙に傷つけた。


「大丈夫。外しても襲いかかる前に私が仕留めるから」


◆◆◆◆


(あの目は……)


 指示に従いワーグへ少しずつ隠れ潜み近づくガラージの背中を見守りつつクサカベは思考する。

「外してもいい」

 そうした趣旨を伝えた瞬間のガラージのあの目がクサカベの脳に焼き付いていた。


(ちょっと言い方がまずかったか)


 話に聞いていたよりガラージが素直だったので配慮に欠けていたか?


 そう思わせるあの目は様々な感情を含んで見えた。

 クサカベが舐めた発言をしたことに対する嫌悪。いっそ殺意と言っていいか。


(いや、それ以上に……)


 何か淀んで仄暗い闇をはらんでいた。

 数々の魔物を狩り殺したクサカベをして思わずギョッとさせるほど。

 あんな人間が現代社会に馴染めるのか疑問として鎌首をもたげつつ、「意外と年下かもなぁ......」というややこの場にそぐわない思考も浮かんだが、今それはどうでも良い。


(後で謝るか)


 そういう反省をしてクヨクヨするのは終わり。


 そして、目の前の状況に集中し、左手の弓に矢をつがえた。


 ガラージは丁度クサカベが指定した位置へ辿り着き、クロスボウを構える。

 苦手と言っていた割に様になっているとクサカベは思う。


 その数秒後、絶好のチャンス。

 ワーグが体の左側面をガラージの居る側へ向けた。

 心臓の位置は左前足の付根だ。


 そして……


(何故撃たない?)


 何か、自分の位置から感知できないトラブルでも起きたか?


 クサカベがそう思った矢先、ガラージはあろうことかクロスボウを地面へそっと置いた。音を立てないように丁寧に。


(?)


 そして腰の後ろへ手を伸ばし、ダガーを……


(まさか……)


 ダガーで仕留めるつもりか?


(馬鹿な……)


 思わず呆気にとられる。

 確かに、近接武器で魔物を仕留める魔狩人がいないわけではない。


 クサカベが狩りの技を学んだ流派では、そんな行為をただの愚行として切り捨てるが、より獣的に狩りを行う別の流派ではその限りでない。


 だがその別流派の彼らとて魔改造で肉体を強化している。

 ましてガラージの場合は純粋な肉体を持つ戦士。これは対人戦とは訳が違う。

 だから魔物の身体能力に対抗できるはずが……


(いや……)


 ほんの少し心中に立った波が落ち着く。

 意識的にそうしたのだ。

 よって彼女の心中に今、困惑や焦りはない。


 そこにあるのは純然たる好奇心。

 アルチョムやエトセラムから聞いたガラージという男の可能性、才能。


 それを直接目にしたいと思った。


 ここでようやく待機を命令した『悪魔憑き』2人が何か言いたげな表情をしていることに気が付く。


「このままでいいのか?」


 そう言いたげだ。

 彼らの表情は存外豊かで、喉からの発声が不可能な彼らとコミュニケーションを取る上で不便はない。


(私も現実じゃ表情豊かな方だと思うんだけどなー……)


 クサカベは少し羨ましく思うが、できない事を自分に求めても仕方ない。

 で、今彼らに話すべきは指示はこうだ。


「作戦は続行。ただ、彼がダガーで狩りをしたいというなら、それに任せてみる。」


クサカベは小声でそう言った。


 ここで彼女は大人気なくもワクワクしていることに気がついた。

 だが、心の中は常に凪のようだ。そういう2つの感情を両立することは彼女にしてみれば難しいことではなかった。

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