第19話 要塞都市バームにて
「ふぃー……」
石造りの城の無骨な内装においてもこの部屋は高価な絨毯が敷かれ、タペストリーが掛けられているあたり、まだ文化的に見えた。
そこに重い樫の机に向き合う男が1人。
これまた重厚な作りの椅子に座り、書類仕事に向き合う。
そんな中、一息ついたので気の抜けたため息を吐いた。
「はい、その書類が終わったなら次はこちらです」
置物のように隣で直立していた女性が次の書類を差し出す。
黒髪を長く伸ばした線の細い女性だ。
「……休憩しない?」
「はい?なんとおっしゃいました?今、聞き間違いでなければ……」
「『休憩しない?』って言ったの。だって今朝からこれだぜ? ゲームの中でも書類仕事とか、おじさん疲れちゃったよ」
「ダメです。一刻も早く我々バーム竜滅戦士団の信用を回復するために、団長である貴方様には頑張っていただかないと」
そうしてさらに追加で2枚、書類を差し出した。
それを何か言いたげな表情で見つめる男。
年は30前後といったところで、髪は茶髪。筋骨隆々だが、髭は綺麗に剃ってあり小綺麗。
だが粗野な印象が拭えないのは右耳から左耳まで一直線に引かれた傷跡のせいだろう。
彼の名はジューゾウ。
彼は貧乏くじだと言うが、バーム竜滅戦士団団長を務めている。
そして彼は貴族然とした格好に身を包むが、どこか蛮族のような印象が拭えない。
そんな彼はどうにか気を奮い立たせ書類に向き合おうとした所、あることを思い出す。
「そういや、元3番隊隊長のバッカス君はもう復活したんだっけ?」
「はい。ゲーム内の時間で6日ほど前に。辞表を提出されたので、保留としておきましたが」
「とっとと『推薦状』書いて連れ戻してくれ。あいつに抜けられると困る」
ここで言った『推薦状』とは、見込みのある兵士を上官へ推薦する書類のことだが、これは表向きの事情。
実際は今回のように上官が死んでしまった際、とっとと元の地位に戻ってもらう為作ったシステムだ。
構成員の6割がNPCで構成されるバーム竜滅戦士団は、優秀な人物が死んだ際、このように回りくどい手を使う必要があった。
そして、思い出したことはもう1つ。
「シキミちゃんよぉ。今回の件、魔術師としてどう思う?」
「報告書はあげましたが」
「いや、個人的な感想、憶測が聞きたい」
「そうですね……」
秘書のようにジューゾウの側で立ち振る舞うシキミという女性。
実は彼女自身、魔術師でもある。
聖光教会によって魔術師は迫害されているが、バーム竜滅戦士団のように巨大な組織は必要にかられ秘密裏に魔術師を雇い、育てることが多い。
そして彼女は魔術師として優秀で、こうして魔術的な知見をジューゾウに述べることもあった。
「今回、屋敷内の調査は新しく変わった市長から断られたので、詳しくできていませんが、返却された団員の遺骨を精査するに屋敷内で魔術が使われた可能性は低い……」
「ただ、屋敷の敷地を覆うように『結界』が使われた形跡があると」
ここまではジューゾウも報告書で読んだ内容だ。
「そのぐらいでかい『結界』って実際張れるもんなの?」
『結界』とは、魔術において重要とされる六系統の一角を担うほど魔術師にとって有用な術だ。
その効果は一定区域に術者の課したルールを強制するというもの。
だが、そもそも『結界』という系統自体難易度が高い上、適用範囲が広いほど効果を強くしづらいというジレンマを持つ。
「理論上は可能。としか言えませんね。そもそも大気中のエーテルからエネルギーを賄えない以上、何か別の形でストックを用意しないとキツイです」
「ふむ」と言ってジューゾウは姿勢を変え頬杖を突く。
確か報告書には結界を張るのに必要な経費の目算が書かれていたが、目玉が飛び出る額だったことを記憶している。
魔術を極めるには本人の素質より研究、開発に必要な環境、ひいてはそれを用意するための財力やコネが重要と言われるのは伊達でも酔狂でもない。
そして返答。
「で、それだけの『結界』を張っておきながら、効果はただの隠蔽で、結界外からの知覚を誤魔化し異常を認識できないだけと」
「そうです。そもそもそれだけエーテルのストックがあるならわざわざ『結界』なんて使わず強力な『呪詛』をかけて屋敷内にいる全員呪い殺せばいい。全てがチグハグなんです。今回の件は。余程余裕のあるやつか、馬鹿の仕業としか思えません」
内容に反し、終始淡々とした口調で彼女は語り終えた。
優秀な彼女がそう言うのであれば、今回の件はことさら異常というわけだ。
だが、今回の下手人の1人について、ジューゾウには心当たりがあった。
例のチグハグな魔術師でもなく、黒ずくめの『ヴィルマの殺人鬼』でもなく、派遣された団員の殆どをただ1人で斬り殺した男。
この感覚は懐かしさと言っていい。
「話は変わるが、実は今回の下手人の1人に心当たりがあってね」
それを聞いてシキミは不思議そうな顔をする。
その意味は「なぜそんな大事なことを黙っていたんだ?」ということだろう。
「いや、実は確信があるわけじゃない。与太話として聞いて欲しいんだけど、『スカーフェイス』って知ってる?」
それを聞いてシキミは少し考え込むように上を見上げ、
「聞いたことないですね」
こう返す。
「ま、そうだよね。奴が活躍していたのはそれこそβテストの頃とか1年目。このゲームが有名になる前だったから」
「で、なんでその『スカーフェイス』が下手人の1人だと?」
「殺り方だよ。奴はとにかく敵の首を切り落とす。加えて復活した奴の証言によるとファルシオンを使っていた。『スカーフェイス』が愛用した武器もそれだ。業物じゃない市販品の。それで、めちゃくちゃ強いの」
「具体的には?」
「噂も含めれば1度に数百人殺したとか、魔術のバックアップ無しで聖光教会の聖戦士斬り殺したとか、『剣客』のゲンジロウに勝ったとか……」
「ゲンジロウを⁈」
彼女はここで1番驚いた。
『剣客』のゲンジロウといえば、『G.O.R.E』の世界では珍しく打刀を愛用することで有名だ。だが、それ以上に強い。
殺された側が何をされたか分からなかったとしか言えないほど。
加えて、数々の武術大会で優勝の経験もあり、負けたという話はまず聞かない。
それほどの戦士。
「あー……噂だよ噂。シキミちゃんそう驚かない。まぁ、ともかくそんな噂が立つ程度には強いってわけ。そのせいで『スカーフェイス』以外にも『首狩りジャック』とか『笑い男』、『サウザンドハンズ』とか『ブギーマン』とか色々異名がつけられたけど、そっちは定着しなかったね」
「でも、なんでそんなに有名だった人が今になって?」
「……分かんない。ただ、これも俺の憶測だから、あまり当てにならないと思うよ?対等な相手いなくてゲーム辞めたって話だし」
「なるほど……では、雑談はこの程度にして仕事に戻りましょうか」
「うへえ」とでも言いたげなジューゾウの顔。だが、それを無視してシキミは仕事を促す。
だが、嫌がっていた割に業務はすぐ終わった。
それ程ジューゾウは優秀なのだ。
◆◆◆◆
余談だが、例の『ヴィルマの殺人鬼事件』において、大衆の認知する内容は実情と遠くかけ離れていた。
その内容はこうだ。
『ヴィルマの街で4,50人ばかり人を殺して回った件の殺人鬼は何を思ったか満月の夜に市長の屋敷に潜り込んだ。
それもたった1人で。
そして大立ち回りを見せ、殺人鬼を捕らえんと意気込み街へやってきていたバーム竜滅戦士団の団員と交戦。
それをことごとく殺して周り、遂には市長を斬り殺してその首を持ち去ってしまった。』
人によって多少違う箇所もあるが、大方こんな感じ。このセンセーショナルな話題はヴィルマの街の外へも伝わり『ヴィルマの殺人鬼』の異様な存在感を広めるに至る。
その当の本人の意思とは関係無く。
◆◆◆◆
「マジで? そんな話になってんの?」
キリエがどうしても起きないので、もうちょっと部屋に居座る流れとなった。
そして、1つ思い出したようにエトセラムが今の話を語ったのだ。
明らかに尾ひれが付きすぎだ。
「いや、なんでそうなるんだよ」
これは怒りというより困惑だ。
実力以上に過大評価されるのは気が重い。
「それは仕方ないんじゃない? 噂話ってのはそういうものだし」
「まさか、お前が広めたんじゃないよな?」
「それは違うよ」
爽やかながらどこか胡散臭い笑みを浮かべつつ彼女はそう言った。怪しい。
だが、発端が俺にあるのも事実だ。
(ちょっとおイタが過ぎたか)
今後は自分の行動に気をつけようと心に決める。目の前の女と付き合っていく以上無理な気もするが、その辺は考えない。
で、そんな話をしていると、俺の隣で寝息を立てていたキリエが目を覚ます。
「……ぁ、ぉはようござぃます」
寝惚け眼を擦りながらこの女は言った。
なお、仮想世界に潜るタイプのVRゲームで寝落ちはまず避けるべき行為とされている。
こういうのは潜ってる間半分眠っている状態で遊ぶゲームなので、簡単に言うと脳がバグるのだ。
そのせいで寝落ちしたらどれだけ眠っても脳の疲れが取れず、むしろ負担となる。
そして目を覚ましたキリエにエトセラムはこの言葉を返す。
「おはよう。よく眠れた?」
「いや、あんま。ってかもう話終わっちゃいました?」
「うん。終わったよ。君がスヤスヤ眠ってる間にね」
「……すいやせん」
「ふふ。それはそうと、ちょっとキリエにやってほしいことがあるんだ。ガラージに君の『右腕』を見せてあげて欲しい」
何の話だ?
「分かりやした」
何か神妙な響きでそう言うと、クルッと向きを変えキリエは俺の方をジッと見つめる。
その小動物のように大きな瞳が機を伺うような光を一瞬映し、
跳ね上がる彼女の右袖
「っ!」
瞬間、考えるより早く反射的に俺はソファを蹴飛ばし跳ねた。
(何がっ!)
足元スレスレを通り過ぎる大質量の塊。
思考が遅れて追い付く。
直前感じたのはわずかに滲んだ殺気。
そして現れたのは
「触手……?」
ちょうどその横合いに着地し、状況の意味不明さにそんな声を漏らす。
キリエの右肩から紫でごん太の触手が生えていた。
一本一本が木の幹のように太く、吸盤の無いそれは植物の蔓を太くしたようにも見えたが絶えず分泌される粘液のせいでそれが軟体 生物の腕であると確信が持てた。
それが右腕のあるべき箇所に4本。
小さな体には不釣り合いだ。
「はえー、まさか避けるとは……あんた凄いっすねー」
「あ、危ねえだろっ!」
かろうじてその言葉が出た。
多分ツッコミどころはそこじゃ無い。
説明を求めてエトセラムを睨むと、どこか笑顔を浮かべている。
「それが俗に『魔改造』と呼ばれる技術だ」
「魔改造?」
何だその安直な名は。
つか心配の言葉とか無いのか。
期待しちゃいないが。
「流派によっては『嘱託』とか『化装術』とか呼ばれてるけど、要は魔術で肉体をいじる技術。あんな風に身体を異形としたり、単に身体能力を上げたりできる」
「弄った結果こいつは触手を生やしたと?」
「そうだぜ」
これはキリエが答えた。
なお、あの触手は突然見る影もなく消え去り、こいつの右腕も子供らしい肉の付いた腕へ戻った。
「お前、趣味キメェぞ」
「へへん。分かる奴には分かんだよ。この良さがな」
そうかい。
「で、君には今後こういう手を使ってくる輩とも戦ってもらうから、ここで見てもらった」
だからって不意打ちかます理由は無いだろうと思ったが、話の腰は折らず答える。
「なるほど。因みにその『魔改造』って俺もできんの?」
「おや? 興味があるのかい? なら、そこにいるキリエが1番施術が上手いからやってもらうといいよ」
ドヤ顔でこちらを見つめるキリエ。
それを無視する。こいつにやってもらうのはちょっと嫌だ。
◆◆◆◆
「魔改造?やめとけやめとけ。あんな物」
ダガーとファルシオンで斬り合う中、俺はアルチョムと言葉を交わす。
前に30回以上ボコボコにされたが、それからもこうして時間のある時に模擬戦を行なっている。
もちろん真剣で。
「いいか?まずデメリットがでかい。『魔改造』1つやるだけで『身体能力値』がかなり持ってかれる」
『身体能力値』とは『筋力』『敏捷性』『強靭性』『持久力』『容貌』の5項目で分けられるキャラクターの身体能力傾向のことだ。
プレイヤーは自分のキャラクターを作る際、これらに一定のリソースを振り分ける。
で、これは高ければ高いほどその方面で優れてる事になる。
因みに最大値は18で、俺は身のこなしが強化される『敏捷性』に最大まで振った。
「例えば魔改造の『筋力強化』で『筋力』を1上げたとしよう。するとデメリットとして他の『身体能力値』から合計2を差し引く。大方こんな具合だ」
「それって損するだけじゃね?」
横からの剣撃をいなしつつ答えた。
「まあ、一応メリットもある。普通『身体能力値』の上限は18だが、さっき言った『筋力強化』を使えばその限界をある程度超えられる。後、『筋力強化』を始めとした『身体能力値』を強化する『魔改造』は強化の内容が容姿に反映されない。
だから、ヒョロガリな奴が思いもよらぬ怪力を発揮する不意打ちも可能だったりする」
「なるほど」
放った突きが躱されたため即座に下がりカウンターを警戒。
「まあ、少しはメリットが勝るようにできてるが、その代償で明確な弱点ができるってのが気に食わねぇ。そんな物なくても普通困らないしな」
(そう言えるのはお前だけじゃないか?)
俺は訝しんだ。
と、その瞬間だ。
こちらの踏み込みに合わせて繰り出された認識外の一撃が俺の首スレスレでピタリと止められた。
「はい、一本。でも、まあ腕上げたな」
「嬉しくねえよ」
「いや、なかなかのもんだぜ。お前は。次からはもうちょい本気出す」
今回はそれでお開き。
この後、よくよく考えたが、この男の本気に勝つ自分はなるべく紛い物じゃないほうがいい。
『魔改造』で得られる強さに興味はあったが、この男を相手にそれを使うのは気が引けた。
できれば同じ条件でこいつは殺したいからだ。




