第18話 G.O.R.E
「さて、じゃあ脱線はここまでで......」
講義を始めようか。
エトセラムがそう言おうとした瞬間。
「おーっす、リーダァ元気ぃ⁈」
そんな素っ頓狂な声と共に部屋の扉が開けられた。
そこにいたのは
「ああ、キリエ。」
そう、ツノの生えた童女の姿をしたあの女だ。
その登場に俺は露骨に顔をしかめる。
一方部屋に堂々と踏み込んだあいつは俺とエトセラムの顔を見た後でこう言った。
「あれ、お邪魔でした?」
「何がだよ。」
俺はぼやいた。
この調子外れな感じが慣れない。
ここでエトセラムが口を開く。
「彼、ガラージ君初心者だからさ。今から色々教えてあげようと思ってね。」
「ああ、なるほど。」
「良かったらキリエも聞いていくかい?」
エ゛?
「じゃあ、遠慮なく。」
え゛?
俺が見ている間に、どんどん事態は悪い方向へ転がっていった。
そして、あろうことかキリエは俺の座っている方のソファに腰掛ける。
このソファは大体2人がけなので、そのちょうど真ん中に居座っていた俺の左隣に座る形だ。
大人なら座れるスペースはないが、奴の体はちょうどはめ込んだみたいにすっぽりと収まる。
だが、密着するのは嫌なので横にズレる。
「ところで......」
エトセラムが口を開いた。
「キリエ、君は何か別の用事が私にあったんじゃないかな?」
すると「たはーっ」とでも言うようなわざとらしさで
「おっといけね、忘れるとこでした。」
そう言って着ている黒マントから分厚く重ねた書類を取り出しバサっと目の前のテーブルに置いた。
ちなみにこいつの着ているマントだが、初めて遭遇した時この女を包んでいた黒い布がそれに当たる。
常に身につけているのだとか。
そして、取り出された書類の方だ。
「うん。問題ない。」
一通り素早く目を通したエトセラム。
「何それ?」
「色んな組織の弱みとか、裏資金の調達先とか、そんなとこ。」
「......」
まじで?
そんなん把握してるの?
つーか、それを調べたのは状況から見るにこの隣に座るすっとぼけた女か。
ふと見ると俺に得意げなドヤ顔を向けていた。
なんか、このあざとさを振りまく感じが癪。
子供の姿でやってるから様にはなっているが、一応18禁ゲームなので中の人間は俺より年上の可能性が高い。
「よし、また脱線して悪かったね。」
「いや、いい。」
どうせ暇だし。
「そう。」
一言相槌を打ちエトセラムは読み終えた書類の束の縁を揃えてテーブルに置いた。
それはそれとして気になることが1つ。
「ところで。」
「ん?」
「講義ってなんの講義?」
「......言ってなかったっけ?」
「聞いてない。」
「じゃ、言うけど、この世界の事だよ。
いや、世界観設定って言ったほうが分かりやすいかな。」
「それって役立つのか?」
「立つよ。魔術とか習俗とか、その辺を解釈するのにね。」
◆◆◆◆
エトセラムが語り始めた内容はこう。
「この世界は今の時代で『悪魔』と呼ばれる存在が形作ったとされている。」
最初にそう言った。
それになんとなく引っ掛かりを覚えたが、何も言わず続きを聞く。
「まず何も無い空間があり、ある時1つの概念が生まれた。
それを仮に『創造主』と呼ぼうか。
『創造主』は世界の根幹を作り出し、最後には世界そのものへ変貌した。
だがそれは、あやふやで何1つ確立されていない不完全な世界だ。
なんでも起こるし、何も起こらない。
そうした矛盾を孕む脈動した世界。
その世界においてある時突発的な現象である存在が生まれた。それが『悪魔』だ。
彼等はその数を徐々に増やしつつ世界のあやふやな部分を確立させ、明確な形を与えた。
こうして世界は形作られた。」
「なんか、スケールのデケぇ話だな。」
「ゲームの設定とか神話なんて大概そんなもんだぜ。」
横のキリエからの発言。
それはそうか。
「続きを話すね。
そして次々と世界を形作っていく中である問題が発生した。
それは老いだ。
分かりやすく見た目が変化し老化するわけでは無いが、彼等とて永遠には存在できないという法則があった。
その解決手段として『人間』が彼等の手で
作り出された。
では、『人間』をどうするのか。
食べるんだ。正確にはその魂を。」
「食べる?」
「そう。デーモンが老いる原因はその精神が萎えて行くことにある。デーモンはその体が精神の具現のような存在でね。
精神の状態がそのまま体調に繋がるんだ。
そして長い時を生き過ぎると精神が徐々に無気力に陥り、最終的には死に至り、世界を構成するエーテルへと還元される。
だが、ここで死後の『人間』の魂を食し、その記憶の中の経験、情動、人格を吸収することは何よりの刺激、何よりも甘美な体験であり、結果彼等の精神は若さを保ち続けられる。
だから、『人間』をわざわざ生み出し、養うために『人間の領域』つまり我々の世界を作り出した。」
「んー......成る程。つまり『人間』は『悪魔』にとっての家畜で、この世界は差し詰め牧場ってわけか。」
人の扱いの悪さがダークファンタジーって感じ。俺がそう思ったのは昔読んだ小説や漫画の影響だろう。
「大して手を加えなくても生産されるって点で言えば、工場の生産ラインと冷凍ハンバーグに例えた方が妥当かもしれないね。」
それはなんか逆に生々しくて嫌だ。
「さらにある時、『悪魔』達は人間の魂から得られる養分をより高度で美味に変える手段を発見した。それが『魔術』だ。
『人間』に『魔術』授けられた経緯は諸説あり、はっきりとはしないが、『悪魔』から『人間』授けられたことは確か。
『魔術』なんて言うとどうしてもその力の実践、分かりやすく人を殺すとか物を壊すとか直すとか、そういう側面に目が行きがちだけど、そもそもの目的は世界の構造とその始原たるエーテルを知ることにある。
これを理知的かつ感覚的に知ることで人間の精神や魂の格が上がる。」
「そして『悪魔』にとってみれば美味しくなると。」
「そうだ。
そして、より優れた『魔術』の使い手たる『魔術師』には最高位クラスの『悪魔』から直々に保障された権威が与えられ、王となれる。
こうして『悪魔』は『人間』が進んで
『魔術』を習得する環境を作り出した。
さらなる美食を求めてね。
この構造で秩序が保たれていた時代は
『魔術師の時代』と呼ばれる。」
「じゃあ、やっぱあれか。その時代の『魔術師』は死んだ後自分の魂が食われるかもってことを知らなかったのか?」
「ん?どうしてだい?」
「いや、だって普通に考えて食われるなんて嫌だろ。」
ここでエトセラムは少し苦笑。
(なんか変なこと言ったか?)
「はは、成る程ね。じゃあ、1つ質問するけど、君、カニバリズムについてどう思う?」
「何の話?いや、普通に嫌だけど。」
これは生理的嫌悪というやつだ。
「それは、君にとっての普通だね。
だが、カニバリズムは食べた相手の力を取り込むとか、死んだ親族の死体を食べることで肉体の中で永遠に生きてもらうとか、そういう妥当な考えが背景にあったりするんだよ。まして、この話に関して言えば食べてくれるのは自分よりはるかな上位存在たる『悪魔』だ。
だから、その一部になれるとすれば、むしろ喜んで食べてもらうって価値観もおかしくないと思うけど。」
「つまり、その時代の『人間』は死後『悪魔』に魂を食べられることを受け入れていたと。」
「その可能性が高いね。ま、結局は設定の話だ。詳細な真偽は放っておこう。それと付け加えておくが......」
「ん?」
「実は『悪魔』って呼び方はあまり正しくないし、蔑称としての意味合いが強い。」
「......どういう事だ?」
「元々は別の呼ばれ方をしていたってこと。
『devil』ではなく『daemon』。『悪魔』ではなく『異形の神』、『守護霊』としての意味がある呼び方さ。」
その方が神秘的な存在っぽさはあるな。
「じゃあ、何で『悪魔』なんて呼ばれ方するようになったんだ?」
「それは『聖光教会』。
今の世界で一番の権威と権力を持つ彼らが『悪魔』と呼んでいるからだね。
それに彼ら『聖光教会』の前身組織はかつて『異形の神』に反旗を翻し『魔術師の時代』に終焉をもたらした『魔術師』の集団でもある。」
いや......でもそれっておかしくないか?
「『聖光教会』って確か『魔術師』を迫害してたよな。じゃあ、今の社会じゃ『魔術師』が『魔術師』を迫害しているってことか?」
「そうなるね。ちなみに彼ら『聖光教会』が『奇跡』と呼び行使する超常の技もその実態はただの高度な『魔術』だよ。」
歪んでいる。
最初にそう思った。
「じゃあなんで『聖光教会』は反旗を翻した?」
「さあね。
その辺りの正確な記録は残っていないよ。
ただ、憶測も交えて話せば死後に魂を食われる世界が受け入れられなかったとかそんな所じゃないかな?
それと正確に分かることは彼らが反旗を翻し、それが一定の成功を収めた後、社会情勢が不安定化した。
その時期に発生した様々な争いを調停したお陰で『聖光教会』は今の地位まで上り詰めたってこと。」
「ひでぇマッチポンプだな。」
「でしょ?」
「でもさぁ、何でその『異形の......』長いな。
『デーモン』でいっか。その『デーモン』は『聖光教会』に負けたわけ?
だってなんか凄え存在なんだろ?」
「そこについて話すとまた長くなるなぁ。
だから今は『聖光教会』がどんな手段で
『デーモン』に対抗したか話しておこう。
で、それは細かい根回しだとかを除けば
ただ1つ。
『人間の領域』とデーモンが存在する世界との間に魔術的な障壁を張って遮断する事。」
「......つまり?」
「遮断したお陰でデーモンは『人間の領域』に簡単に入り込めず、人間の死後、その魂が『人間の領域』から出ないためいずれデーモンは飢えてしまう。
といっても余程食い詰めた奴じゃない限り数万年は生きるけどね。
で、こんなことをした結果色々弊害も起こった。」
「例えば?」
「大気中のエーテルの減少と転生。
この2つ。
まず、エーテルとは世界の素であり、魔術に不可欠なエネルギーでもある。それは『人間の領域』の外から流れてくるため、それが遮断され大気中のエーテルが薄弱化。
そして物理的な干渉といった燃費のかかる魔術の行使が極端に難しくなった。
加えて転生。これは人の魂が『人間の領域』の外に出られなくなった結果先天的に強度の低い魂は消滅。
強度の強い魂は新たな命に宿り転生という末路を辿ることになった。
ま、これはプレイヤーがリスポーンする理由に世界観を紐付けるためのものだね。」
◆◆◆◆
「さて、今日はここまでにしようか。掻い摘んで話したけど、分かってもらえたかな?」
「概ね。ひでぇ話だなぁってことは。」
「ん。よろしい。じゃあお開きに......」
不意に言葉を止める。そして、視線は俺ではなくその隣、キリエの方へと向けられていた。
「寝てる。」
ふと隣を向いた。
「ほんとだ。寝てやがる。起こすか?」
「そうだね。」
「おい、起きろ。」
頰をそこそこの力でペチペチ叩くが、起きない。
いや、そもそもゲーム内の体に痛覚はないから意味がないのか。
いっそ前みたくどこかに投げつけてやろうかと思った瞬間、今回聞いた内容について、
ふと疑問が湧いた。
「そういや......」
「ん?」
「いや、さっきの話に関する質問なんだが、確か世界を形作ったのが『デーモン』なんだよな。」
「そうだよ。」
「じゃあさ、その世界の基になった
『創造主』だっけ。重要なポジションの割にやけに影が薄いなって思ったんだが。」
「ああ、いい質問だね。実はその『創造主』についてはほぼ資料が残っていないんだ。精々高位『デーモン』からの聞き取りが記録に残っているぐらいでね。
それもあまり正確ではない。」
そりゃそうか。
なにせその『創造主』が活動していた時期はその『創造主』しか居なかったわけだから、観測する奴がいない。
だから、その高位『デーモン』の話とやらも正確じゃないだろう。
ネットの怖い話でよくあるパターンだ。
人からの伝聞という形式を取っているくせに主人公が死んでてじゃあこの話を誰から聞いたの?って疑問が残るやつ。
ま、これも所詮はゲーム。
そのぐらいの齟齬はあって然るべしだ。
「ただ、不思議と1つだけ明確に分かっていることがある。ここだけはまるで示し合わせたようにどの高位の『デーモン』から聞いても一致してるんだ。」
「そりゃ一体?」
「名前だよ。『創造主』のね。」
「名前?」
「そう。
その名は『Goeitire』、或いは『Goetia』。
もしくは略式で『G.O.R.E』と呼ばれている。」




