第11話 ダーティーファイト
長い廊下だ。
1階と同じように赤い絨毯が敷かれ、充分な照明があり、等間隔に置かれた絢爛なる美術品の数々。
それらは成金趣味を帯びている。
「気味わりいなぁ」
しかしその華美な装いの反面、ガラージはそう感じていた。
人気が無さ過ぎるせいだ。
これはそこにいるべき警備を殺した男の発言と思えなかったが、人が住むには広過ぎるこの屋敷は、そもそも作り物じみている。
生活感が無いのだ。
これもガラージが現実で暮らす部屋が狭いせいかもしれない。
そんな心持ちの中、廊下を進む。
無論人の存在は影も形も無かったから、あっけなく目的の部屋に着いてしまった。
「ここか」
覚えた地図を頭の中で思い描く。
ここは屋敷の執務室だ。
こんな状況とあって標的が大人しく部屋にいると思えなかったが、それで結局部屋にいて取り逃すのも面倒だ。
だから、既に右手に握ったダガーの重さを頼りにしつつ、重厚な木の扉を開く。
よく手入れがされスムーズに開いたその先には
「誰もいない」
やはり影も形もない。
奇襲に備え開けた瞬間飛び退いたが、その甲斐もなかった。それでも暫く部屋の外から眺めていたのは用心のため。
そして息遣いすら聞こえないこの状況に飽いて、彼は中を見ようと踏み込んだ。
「何か、痕跡でも……」
そう呟いた瞬間、風圧を纏い右側面から迫り来る鉄の塊。
「いっ!」
反射的に奥へ飛び込み、かろうじて避けたガラージは背後、扉の脇を見る。
そこに佇む白毛混じりの口髭を生やす筋骨隆々の男。
バーム竜滅戦士団の装備を纏う男は、ちょうど長剣を下まで振り下ろしていた。
そして
「弱いわけでは無いか」
まるでガラージに聞かせるようにそう言った。
◆◆◆◆
今しがた不意打ちをかけた男はバッカスだ。彼は息を潜めガラージが中へ入るのを待っていた。その隠密能力は意外にも高い。
そして事態は移り2人はしばし動かず対峙する。互い相手の力量を測っているのだ。
そして徐にバッカスは剣を振り上げ、攻撃に備えた。
だが、それは奇妙な構え。
両手で扱うはずの長剣を右手のみで保持、頭の後ろまで振り上げ左掌を部屋の侵入者に向け突き出す姿勢。
「殺す。訳は聞くまいな?」
ドスを効かせた声で殺気も隠さず鬼のような威圧。
彼のドッシリと下げた腰は安定感を伴い鈍重そうで……だがここは室内だ。距離を詰めるのに手間取らない。
ただ水平に足運びするだけでいい。
一方そのバッカスを眺めるガラージ。
既に体勢は立て直し、剣呑な眼で隙を伺う。
そこで思ったことが1つ。
(こいつも格上か……)
まったく、自信をなくす。
こうも立て続けに自分より強い相手と遭遇しては、ただ夜警を殺していていた自分など矮小に思える。
だが、目の前の男を見てこうも思うのだ。
(あのアルチョムって男ほどじゃないな)
それは直感かつ確信。
まだ、相手が理解の範疇にあるという確信。
それだけで負ける気はしなかった。
そして様子見を終え、先に動いたのはガラージ。
彼はあろうことか唯一の武器であるはずのダガーをバッカスへ向け、投げた。
だがそれで決定打になるはずがない。
これは間を潰すための措置だ。
事実、ガラージは投げた直後に距離を詰める。
では攻撃手段は?
それも用意してある。
そもそもバッカスへ投擲したダガーは警備からくすねたもの。
本来の彼の得物は今、鞘から抜かれようとしていた。
それを抜き放つ要領でガラージは斬りかかる。
一方バッカスは
(軽率に距離を詰めないか)
敵の行動を虎視眈々と眺める。
だが、体は思考を伴わずとも最適な挙動を取った。
まず飛んできたダガーを悠々と左籠手で打ち払うと、急速に距離を詰める敵の素早さに驚嘆。
だが彼は経験を生かしある行動を取った。
受けや回避に回るのではなく、あえて前へ斬り込んだのだ。
互いにかち合う刃。
金属の擦過音。
わずかに火花の散ったそれは両者をその場に押しとどめる。
そして
「やはりそうか……」
バッカスは呟いた。
その次の瞬間には力の不利を悟って飛び退ったガラージ。
その様子を見てバッカスはある確信を抱く。
(奴は筋力の不足を、加速で補っている。だからスピードが乗る前に止めてやれば退くしかない)
そうしてほくそ笑む。
今の動作で敵の技量は察しがついた。
実力はそれなりだが格下。
加えて狡智にも欠ける。
これはもう負ける気がしなかった。
その目論見通り、ガラージは苦戦を強いられることになる。
◆◆◆◆
(こいつ、強い!)
負ける気はしないとのたまっておきながら、徐々に追い詰められる。
敵の剣術は一見奇抜でありながら、堅実に殺しにかかる。
「っ!」
今かすかに防ぎ損ねた一撃がガラージの頬を浅く切り裂いた。このように、少しでも選択を誤れば死に至る危険を常に押しつけてくる堅実さ。
だがその反面、剣筋が複雑かつ奇抜。
実戦志向のみで組み立てられた剣術はきちんと体系づけられた剣術と比にならないほど動きが読みづらい。
事実としてバッカスの用いる闘法は我流に依るところが大きい。
元々フリーランスで傭兵をやっていた彼は、バーム竜滅戦士団の促成栽培式の剣術を好まず、誰に教わるでもなく戦闘の中でこの戦い方を身に付けた。
それを彼自身は『喧嘩剣術』と呼んでいる。
その訳は
「しっ!」
呼気を吐き出すと共にバッカスは手近にあった高価な壺を容赦なく投げた。
その先に狙い違わずガラージ。
そのタイミングがちょうど攻撃を回避し、下がった瞬間であるため躱す余地はなく、ガラージはそれをダガーで打ちはらう。
だが明らかな悪手。
壺は割れ、その破片が彼の顔へ降り注いだ。
「ああっ!」
即席の目潰し。
バッカスの剣術はこうした汚い手も含め、とにかく手近にあるものはなんでも使う。
それが高価だろうとその辺の砂や石ころだろうと。
要はダーティーファイト。
ハマれば一定の強さを持ち、単なる剣の才能で劣るバッカスが編み出した得意技。
加えて左手をフリーにしていたのは体術をかけやすくする意図もあるが、融通を効かせるため。
そして、視界を奪われたガラージへ容赦なく追撃をかける。それは肩から袈裟斬りに両断する軌道。
(取った!)
致命傷を狙ったもので、バッカス自身これで決めるつもりだった。
だが、
(何っ!)
それをまるでどこから来るか分かっていたように紙一重で躱す相手。
それを見て侮れる相手では無かったと敵の評価を上げる。彼は見込みが甘かった自分のミスを心に刻んだ。
その思考に一切驕りはなく、次こそ容赦なく斬り捨てる。
と、その心意気で仕切り直した目論見が、まるで検討違いだったと彼はすぐ知ることになるのだが……
◆◆◆◆
最初の違和感は先の一撃を躱されたこと。
そして次の違和感は敵の動きのキレが徐々に鋭くなっていくことだ。
(おかしい)
決着がつかない。
剣で斬り交わすうちに何か得体の知れない予感が膨らんでいくようだった。
例えば今のこちらが斬りかかった一撃が、引き下がって躱されたのではなく、紙一重で僅かに首を逸らす挙動で躱されたことだ。
加えて徐々に、敵のダガーの一撃が己に届くようになっていく。
今しがたバッカスの首に浅い切り傷ができた。
少しずつロープで首を絞められていくような、毒が体に回っていくような、そんな死の予感を呈し始める。
(こいつっ!)
実力を隠していた?
いや、そのはずがはない。そんなまどろっこしい真似をする必要はないからだ。
ならば、なぜ?
戦いの最中、そんな思考に傾倒しつつあったが、そもそも戦闘とは体に覚え込ませた挙動で進行するもの。だから問題はない。
そして、実の所、結論は早いうちに出ていたが、それを無視したのはバッカスの感情ゆえだった。
それは明らかな嫉妬だ。
つまり、この黒装束の男は今、この闘いの中で自分を追い越そうとしている。
それも驚異的な成長の早さで。
(ありえない)
だが実は事前にデータが出揃っていた。
入手した『ヴィルマの殺人鬼』の資料。
そこに書かれていたのは短期間で洗練されていく殺しの手口。
まるで初心者から熟練者へ至るまでの過程を早回しで見せられているようだった。
それに気付きつつ可能性を見落としてしまったのは、はなからそんなことはあり得ないと決め付けていたため。
(いやっ、だからなんだ!)
否定する。
この男の才能を否定してみたくなった。
だから今重要なのは、ここで奴を殺すこと。
今はまだ自分より弱い。
ならば今この瞬間、ここで殺さなければ手に負えない。
例え、相手がまたキャラを作り直し、ゲームを始めたとしてもどうでもいい。
これは矜持の問題だ。
追いつかれる前に殺せば勝ちという実力のレース。
その単純な図式の中で、刺し違えてでもこいつだけは殺すとバッカスは決意した。
それが自分であれ、殺された仲間であれ、全員に報いる唯一の方法だ。




