第10話 それは気性の荒い虎を宥めるような
「すり抜けて向かえって……」
いけるのか?
階段は大人4人並んでまだ余裕がある程の幅。ただ、上に居座る2人の間合いを踏まえたら無事に登るには厳しい。
だが尻込みする俺をよそにアルチョムは話を進める。敵もこの隙に斬りかかればいいものを……
(いや、できないのか)
この男の底知れなさに向こうも気づいていると見るべきだ。俺たちがここに来るまでに何をやったか知っている。
「お前が走りだせばタイミングは合わせる。いつでもいいぞ」
アルチョムはそう提案する。
そのなんとも親切なこと。
絶対裏がある。
そもそも俺が先行する意味はなんだ?あの2人の相手に手間取るのか?
だが思慮の末、結局俺はその提案を飲んだ。情けない話だが、この場の主導権は奴が握っているのだ。
「チッ」
舌打ち。気に食わない。
「そうカッカすんなよ」
「うっせぇ」
そんなやりとりの後タイミングを図る。
目前の2人は長剣を構え視線をこちらへ向け、ネズミ1匹通さぬ気迫だ。
俺から見て左。のっぺり顔の男は顔の横で持ち手を保持し、剣の先端を突き出す堅実なカウンター狙い。
一方、右の若い男は剣先を跳ね上げ、間合いに入った瞬間振り下ろし真っ向から両断する狙いと見た。
こういう構えにも性格は出る。
慎重か、思い切りがいいか。
大まかにはそんなとこ。
で、即座に判断を下した俺は、側からみれば愚直に見える程、一直線に左の男へ向け駆け出した。
「っ!」
虚をつかれたのはむしろその男だ。
のっぺり面が歪む。
敵が斬ってくれと言わんばかりに走り寄って来たら誰でもそうなる。予想外な出来事には奴の方が弱いと判断した。
ある程度賭けだったがそれは正しかったらしい。
急速に駆け上がり、目前へ迫るその顔を振り切るように手前で向きを変え、2人の間を抜けにかかる。
だがその瞬間、浴びせかけられた横振りの一撃。
しかしそれは軽々回避。
元よりタイミングのずれた攻撃などかすりもしない。
むしろ問題はここから。
俺から見て右に居た若い男。端から攻撃に専念していた彼は俺の背に追撃を掛ける。
だが俺はあえてそれを気にしない。
背中にひりつくものを感じつつ無視を決め込む。
誰から見ても自殺行為に見えたそれが、実の所合理的だった事は次の瞬間鳴り響いた金属音によって証明された。
無事登りきった俺はこんな真似をやってのけた俺自身を褒め称えつつ、目的の部屋へ向かう。
◆◆◆◆
(この男……)
メイソンは言葉を失う。
それは、たった今真横をすり抜けた黒い影にではなく、気付いた瞬間には視界に現れていた大柄のシルエットにだ。
黒装束の男へ向けたイイダの一撃は、その実余裕を持ってこの男に止められた。
いや、あまりに当然のように男が防いだため、そう認識せざるを得なかったのだ。
「こいつっ!」
イイダの困惑と驚愕の入り混じった声。
一番驚いたのは斬ったと思った相手をみすみす取り逃がした彼自身だろう。
だがそれでも闘気を失わない彼は、下段へ飛びすさり距離を取る。だが次の攻撃へ向け構えは崩さない。
彼は普段の飄々とした顔と異なり、始終緊張の面持ち。野生じみた直感で何か感じ取ったのだろう。
その様子をメイソンは確認した。
(黒装束の方はまだいい。だが、この男は危険だ)
冷静な判断。
この状況でなお彼の思考は冴え渡っていた。
(この男には……間違いなくバッカスさんも勝てない)
それは確信だ。
だから、ここで手を分け一方を通過した男へ向けるのは論外。2人で、この男と殺り合い時間を稼ぐ。
そして、単身先行した黒装束はバッカスさんに任せるのが合理的。
イイダも同じ結論に至ったことを2人は視線を交わす内に理解した。
そして、実力の差から斬り交わして時間を稼げないことを思い、別の手を考案する。
(何か……)
そして、メイソンが熟慮の末選んだのは会話。
「この状況で言うのもなんだが、話をしないか?」
殺気を押し殺した穏やかな声。
このような場においてそれはあまりに異質に聞こえたが、無理にでも人を宥めすかす響きは気持ちを落ち着ける。
報告の情報によれば、相手は何に刺激され爆発するか分からないダイナマイトのような存在。あからさまな殺気は駄目だ。
一方、イイダは戦闘に長けるが、まだ経験が浅い。修羅場を潜った経験も同様に少ない。
ならば、こういう役割は自分が引き受けるべきとのメイソンの判断。
それで、もし隙を見せるようならイイダが攻勢をかける。
正直分の悪い賭けだが、これに頼る他なかった。
「まず最初に聞くが、君たちの目的を教えてくれないか?」
口を開いたメイソンは最も知りたかったその事実を問いただす。
なぜ、この男は『ヴィルマの殺人鬼』を引き連れ屋敷へ乗り込んだ?
なぜ屋敷でこんな惨劇を起こす?
そこを探れば何か妥協点が見つかるかもしれない。運が良ければ交渉の余地も見えるだろう。
そして、覚悟を決めたメイソンに対し、男の返答といえば何1つない。
無言。
何も発さず押し黙り、2人を焦らすような態度だ。
(くそっ)
それが、どこか怖い。まだ殺気を振りまかれた方がマシだ。殺気どころか、存在さえも薄まる佇まいが自然体として男に備わっていた。
思えば、あのイイダの一撃を止めた瞬間もそうだ。何1つ予備動作を悟らせず、こちらは後手に回らざるを得ない。
その特質をあえて言うなら無気。
今この瞬間豹変して殺気を振りまき、斬りかかられても何1つ反応できない予感。
そんな男が声を発するまでにかかった時間は実際10秒と満たなかった。
結局、2人は極度の緊張で常より長く時間を感じただけだ。
そして、問いを投げかけられた男といえば、
「ふふっ」
笑った。いやに響く。
じっとりと冷や汗で背中が濡れていく。
それに眉をひそめるメイソン。心拍数の増加が嫌でも伝わり体が破裂しそうだ。
そして男が漏らすような笑いを発してから、さらに数秒間を置いて言葉が続く。
「ああ、いや、そう怖がんな」
あまりに普通の声だった。
すでに30人以上殺して回った男の声として普通すぎる。そこらにいそうな、例えるなら酒場で呑んだくれる気の良い中年男の声。
そんなフレンドリーな響きで男は続きを話す。
「んー……目的、目的は……そうだなぁ。悪いが屋敷にいる奴らを皆殺しにすることだな」
「皆殺し」という発言に最早メイソンは驚かない。むしろそれを悪く感じる神経がある事に驚愕だ。できればもっと頭のおかしいことを言って欲しかった。
その方がまだ理解できる。
「皆殺し? そうか、君ならできるだろうな」
落ち着いた声を意識。
震えは無いと信じたい。
「そりゃどうも」
一方の飄々とした声。嫌でも毒気が抜かれるようだ。
「じゃあ、殺して、その後はどうするのかな?」
「街から出て行くさ」
あっさりとした返答。だが、ここでメイソンは「ふざけるな」と叫びたい気分に陥った。
ようやく怒りが込み上げたのだ。
こいつは、意地でもここで殺すか、出来ればさらにひどい目に合わせてやりたい。
だだ、今はそれを押し殺す。
「出ていけると思うかい? すでに伝令が出て街の門は塞いである。それらしい人物がいれば必ず呼び止めるだろう。それに、街から出て終わりじゃない。喧嘩を売ってるのは構成員5000人を越すバーム竜滅戦士団だ。さすがの君でも数百人単位を相手取ることは……」
「くふふっ」
再びの笑い。次はわざとらしい。
(なんなんだこの男は!)
頭がおかしいんじゃないか?
イカれてるとしか思えない。男の向こうで剣先を跳ね上げるイイダも困惑気味。
この男もそれが分からないわけではないだろう。
「いや、時間稼ぎに執心するお前らが滑稽でな。それともあれか?お前らの提案に付き合う気は無いっ……」
この瞬間、イイダが仕掛けた。
おそらく、今の交渉を無下にする発言を開戦の狼煙と見たのだろう。
放ったのは単純な振り下ろし。だが、勢いが乗れば、硬質な鎧を食い破り、心の臓を両断する。
それに呼応する形で、次手へ向け動くメイソン。どうも理屈を踏まえる彼はイイダのように反応の早さを持たない。
だが頭はキレる。
イイダの一撃が防がれた場合、その他諸々の局面を踏まえた備えに移る。
そして
「くっ!」
唸る。それはイイダの声だ。
あろうことか男は振り向きさえせず、肩越しに腕を伸ばし剣で背後からの斬撃を止めたのだ。
続けてメイソンが動く。
男は今、剣を自分の背後に伸ばし、無防備な状態。分かりやすいほどの好機。
(仕留めるっ!)
彼はコンパクトかつ、最短の動きで振り抜いた。
だが、それらは全て無駄だったようだ。
挟み撃ちにした2人の前で、その男は消えてみせたのだ。
姿勢を自然に落とすように、その場に沈み込む動作。
体重を支える足から力を抜き重さを逃がすそれは古武術で『膝を抜く』と呼ばれ、回避に伴う隙を無くす。
ほぼ時間を要さない動き。
ただし、それも効果的な局面で使えばの話。
そして、ここまで効果的な局面もなかった。
結果虚を突かれた2人を前に、彼は次の動作へ移る。
先に前方で剣を空振ったメイソンを選ぶ。
股間から喉元まで一直線に深く切り込みを入れ確実に殺した。
続け、背後で剣を振り下ろすイイダの首を流れるような剣技で斬り飛ばす。
この間1秒と満たない鮮やかな手際。
鮮烈な殺しの技術。
補足だが、彼自身、古武術を極めた訳ではない。ただ、道を極めた者が行き着く先は大方似通っているもの。
そして、実力の差が大きいほど、決着はあっけないものだ。
◆◆◆◆
「話は最後まで聞けっつーの」
最早彼以外いなくなった階段でアルチョムはボヤいた。
聴く者のいないその言葉はただその場に虚しく響く。そして何か感じさせる間も無く斬り殺した2人の死体を見下ろすと、アルチョムは何か感慨にふけるような面持ち。
その目には澱んだ光を宿していた。
そして一言。
「やっぱ弱くなってんな」
その言葉をつぶやく。
それは、2つの死体へ向けられた言葉ではない。
アルチョムと彼らの間に面識はなく、であればその言葉は誰、いや何に向けられた言葉かは想像する他ないが。
そして切り替えるように剣を振り払い血を飛ばすと、ころっとニヤけた表情へ変わった。
切り捨てた相手への興味はとっくに消え失せている。
「さて、ガラージは上手くやるかな?」
目下興味があるのはあの男だ。
こうしてわざわざガラージを先行させ、アルチョム1人で敵2人を相手取ったのは都合良く自身とガラージが別れるため。
彼は屋敷に入ってからキツめの戦闘をほとんど押し付け立ち回っている。
それも妥当な戦術だが、それでは困るのだ。
アルチョムは彼のポテンシャルが見たい。
そして、うまくそれを測るのであれば、数段上の相手とぶつけるのが手っ取り早い。
そのちょうどいい相手が屋敷の2階で待っていると事前情報を基に予測をつけた。
加えて、この展開はエトセラムから下された指示の1つ。
まあ、それでもやりたくなければ無視するのがアルチョムの性根なのだが。
「さあて、どうなるかな?」
正直、ガラージが勝てるかは五分五分だ。
だが割と期待している。




